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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

劇団四季『アナと雪の女王』の見どころは俳優VSテクノロジーの全面対決

不定期連載

第39回

ⒸDisney 撮影:阿部章仁

劇団四季公演、ディズニー・ミュージカル『アナと雪の女王』が遂に開幕した。6月24日、JR東日本四季劇場[春]。あえて「遂に」と強調したのにはふたつの意味合いがある。ひとつは、最初の予定では2020年9月10日のオープニングだったところ、コロナ禍で9ヶ月以上も先延ばしになったこと。もうひとつはコロラド州デンヴァーでのトライアウト(2017年8月17日~10月1日、ブエル劇場)からの長い、長い道のりだったことである。ちなみにブロードウェイでのオープニングは18年3月22日、セント・ジェームス劇場だった。しかし残念ながら、20年3月、コロナ蔓延のせいでロングランは中絶してしまった。今のところ再開の気配はない。

もちろん、この舞台は同名の映画、すなわち雪の女王エルサ、その妹アナのダブル・ヒロインの物語に基づいている。したがってその成否は、半分以上、氷と雪の世界をステージ上にどう再現するかにかかっている。雪の女王エルサの魔法で、瞬間、立ち現われるその世界は幻想的な美しさに満ちあふれていなければならない。更にはそこに身を置いたら凍え死んでしまいそうなリアリティも欲しい。ディズニーの技術陣は先端テクノロジー(LEDパネル、プロジェクション・マッピング)をフル回転させ、この作品に必要不可欠な空間を見事に作り上げた。本来、この舞台を適確に批評するには、舞台美術、照明を自在に操るその最新技術に通暁していなくてはならないだろう。もとより私にその資格はない。ただ茫然と眺めるのみ。いや凍えそうな寒さを感じて思わず二の腕をさすってしまった。

ⒸDisney 撮影:阿部章仁

「ブロードウェイ版、全米ツアー版のいちばんいいとこ取りをしたのが四季版です」と劇団四季吉田智誉樹社長は胸を張っていた。もちろん、この空間を作り上げたアメリカ・チームの技術力は圧倒的に優れている。しかし、それをがっちり受け止め再現してみせた四季スタッフの水準の高さにも驚かされた。文句なしにブラボーものだ。

とはいっても、技術陣の奮闘だけで終わってしまったのでは生の舞台の魅力が発揮されたことにはならないだろう。最新テクノロジーに押しつぶされない、いやそれを上回る俳優たちの演技力が期待されるところだが、今回の劇団四季のキャストはその困難な障壁を見事乗り越えてみせてくれた。特にアンサンブルのダンス力には目を瞠った。戴冠式のダンス場面など今までの四季ミュージカルになかったおとなびた雰囲気にあふれている。

楽曲中、観客の期待度ナンバーワンの「Let It Go」、ならぬ「レリゴー」ないし「ありのままで」は第1幕の最終場面で歌われる。エルサを演じるのは岡本瑞恵、三井莉穂のダブルキャスト。私は岡本で聴いたが、この起伏の激しいドラマチックな難曲をほぼわがものとして歌い上げていた。目くるめく白銀の世界、そこにすっくと立つエルサの雄姿(女性を形容するにはふさわしからぬ表現だけれど)、わが目を疑いたくなるような魔術──ここには胸ときめかせずにいられないエンターテインメントのすべての要素が結晶している。それにしても作詞・作曲コンビ、クリステン・アンダーソン=ロペス、ロバート・ロペスの巧みな歌作りにはほとほと感心させられる。大胆にして繊細! 多分に情緒的、しかし過剰ではない。大作ミュージカルの目玉のナンバーが必要とするすべての条件を備えている。

ⒸDisney

パンフレットに掲載されている「舞台版『アナと雪の女王』に託した想い──日本語台本・訳詞 高橋知伽江さんに聞く」(文・田中裕子)から興味をそそられた部分を引く。まず全国区的ヒット・フレーズ誕生のいきさつについて。

「Let It GoのItは魔法の力を指すのですが、直訳だと、それが出るなら出るに任せてしまおう、ということなのです。でもあのシーンでエルサは初めて、今まで偽ってきた自分を捨てて、ありのままの自分を出して、それを自分で受け入れる。その歓びがあふれた歌詞を、無理に直訳するのではなく、エルサが生まれたままの自然な、彼女本来の姿に戻るということを『ありのまま』という言葉に託しました」

こう語った上で高橋は

「映画版であれほど大ヒットとなり〈ありのままで〉の歌詞を覚えているファンの方たちも多いかと思うんですよね。ただ映画は、登場人物の口に合わせる〈リップ・シンクロナイゼーション〉ということを厳密にやっているので、原文に忠実でないところもあるのです。なので、舞台の時はより原文に忠実な歌詞にするか、それとも、映画ファンの方たちのために映画と同じにすべきなのか、すごく悩みました」

悩んだ末の結論は?

「でも、劇団四季は“作品に忠実に”を信条とする劇団だということを大切にしたいと思って。だから舞台は原文に忠実な訳詞にしようと決めました。もちろん、“ありのままで”とか“生まれて初めて”などのキーフレーズ的なものは変えていませんけど」

入場券は来年6月24日の1周年を超え同月28日まで売り出されている。もちろん売れゆき絶好調。当然、劇団四季は超長期のロングランを視野に入れている。そのひとつのバロメーターとなるのが一般発売初日の数字だが、『アナ雪』は当日(本年4月30日)たった一日だけでなんと23万9千枚という厖大な枚数を売り上げた。劇団史上最高の記録だという(6月19日付け日本経済新聞“文化往来”)。

四季とディズニーが手を携えればコロナだって怖くない?

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。