安倍寧のBRAVO!ショービジネス

才能の塊、和田誠さんが遺した永遠の作品集三つ

不定期連載

第43回

『和田誠展』(ブルーシープ)4400円

和田誠さんはひとことでいうと才能の塊のような人だった。本業のイラストレーション、デザインは言うに及ばず、エッセイ、映画、舞台、作詞作曲なんでも来い。偉ぶらずフランクな人柄だったから、誰からも愛されたろう。

和田さんが亡くなったのは2019年10月9日(享年83)。あれから早2年。ことし秋、初めての大々的な回顧展『和田誠展』が催された(10月9日~12月19日、東京オペラシティアートギャラリー)。連日、多くの人々で賑わったようだ。11月のとある平日の午後、私も足を運んだが、幅広い年齢層の観客が詰め掛けていた。1977年5月以来の週刊文春の表紙でその作風が好きになったファンも多いのではないか。ご存知のように、この週刊文春の表紙は過去の作品のアンコール登場というかたちで今日なお続いている。展覧会は、東京のあと、2022年夏、熊本市現代美術館と新潟市(予定)、同年秋、北九州市などを巡回する日程が整えられつつある。

『和田誠展』東京オペラシティアートギャラリーでの展示風景

和田さんの人気は展覧会だけにとどまらない。展覧会に歩調を合わせてさまざまな刊行物が陽の目を見ている。そのなかから三つほど紹介したい。まずは『和田誠展』(編・和田誠展制作チーム、発行・ブルーシープ株式会社)。そもそも展覧会のカタログとして刊行されたものだが、これ以上ない和田誠作品集になっている。520頁もあるその部厚さに度肝を抜かれる。

この図録の冒頭を飾るのは4歳のときのイタチ、猫などのスケッチである。色つきだしストーリーまである。いらなくなった紙の裏に画いたものだという。母親がそれらの紙片を糸でかがって保存しておいたらしい。年代不詳だが、高校時代に作られたと覚しきアメリカ映画『ジョルスン物語』についての研究ノートも紹介されている。なんと大学ノート3冊。中身は自らの感想、ジョルスンを演じたラリー・パークスの肖像画、収集した新聞雑誌の記事など。生来、勉強家というか凝り性というか。もちろんプロのイラストレーター、デザイナーになってから係わった映画、演劇のポスター、2000冊以上を数える単行本の装丁も目白押しに紹介されている。和田誠ファン必携。

『和田誠日活名画座ポスター集』(888ブックス)4950円

ふたつ目は『和田誠日活名画座ポスター集』(888ブックス)である。昔、新宿3丁目、日活映画の封切り館新宿日活(現在の新宿マルイ本館の場所)の5階に新宿日活名画座という小さな映画館があった。和田さんは、1959年、多摩美術大学図案科を卒業し立ての頃から9年間、この映画館のポスターを手掛けた。デザインもしたしスターの似顔絵も画いた。ポスターを印刷している会社の社長から「君は映画が好きらしいな。ポスターの絵を画いてみないか」と誘われたからだった。ただし、絵を入れたいと思ったのは印刷会社々長だけで、日活は文字情報だけでいいという考えだったのでギャラは出なかった。ジェームス・ディーン『エデンの東』、アラン・ドロン『太陽がいっぱい』、オードリー・ヘップバーン『ローマの休日』……。絵もデザインもすこぶる素朴だが、どこか都会的な洒脱さが感じられ、つい見入ってしまう。60年代の名画座とはどんな存在だったのか、漠然とながらそれを知るよすがにもなる。そしてなにより和田さん自身の青春の刻印である。ポスター185枚収録。

『オフ・オフ・マザー・グース』(ディスク クラシカ ジャパン)4400円

三つ目に訳詞和田誠、作曲櫻井順の2枚組みCDアルバム『オフ・オフ・マザー・グース』(ディスク クラシカ ジャパン)を挙げる。『オフ・オフ・マザー・グース』(1995)と『またまたマザー・グース』(97)の2枚からなる。それぞれのCDに所謂“マザー・グース(かあさん鵞鳥)”、イギリス、アメリカに伝わるわらべうたが60曲ずつ収められている。計120曲、いずれも和田、櫻井ご両人の心血をそそいだ労作ばかりである。しかも歌う顔ぶれにひとつのダブりもない。アット・ランダムに拾うと井上陽水、堺正章、小椋佳、永六輔、森山良子、岩崎宏美、坂本冬美、黒柳徹子……。誰かが“歌の満漢全席”と呼んだそうだが、これ以上アルバムの特質を云い当てた言葉はないかもしれない。

和田さんは“遊び心”の人である。その粋なセンスが端的に表われているのが週刊文春の表紙の画材と題名だろう。札幌・二見公園の河童像を画いたときには「河童ブギウギ」というタイトルをつけたが、もちろん札幌の河童像と美空ひばりの名曲とはなんの関係もない。ナンセンスの面白さである。和田さんが持ち前のナンセンスな遊び心に磨きをかけ、かつフル回転させて達成したのが“マザー・グース”訳詞120篇ではなかろうか。一篇だけ引用する。

ハンプティ・ダンプティ 塀の上でらくらく
ハンプティ・ダンプティ おっとついらく
(「ハンプティ・ダンプティ」)

英語歌詞の特色のひとつ脚韻にいたくこだわっていることが見てとれる。櫻井さんもすぐさまその点に注目し作曲を進めたので、和田さんはことのほか嬉しかったようだ。

櫻井さんの音楽は、先行する和田さんの訳詞に寄り添いながらさまざまな展開を見せる。あるときはどきりと驚かせてくれるし、またあるときは思わずにやりと笑わせてくれる。ただし受け狙いはない。常に知的で一定の品格を保っている。総数120曲というべら棒な曲数なのに、どうしてこんな芸当ができるのだろう。櫻井さんの辞書には「枯渇」という文字はないのかもしれない。ライナーノーツで櫻井さんはこう述べている。

「ノッケは多少とも子供を意識した行儀のよいメロディで揃えていたが、次第に気分が変わっていろんな曲の切れっぱしの引用やら定番のパターンやら民俗旋法(原文ママ)やらナンデモアリのスタンスになった。」

曲目一覧表を目にしながらCDを聴いているうちに、ひとつの事実に気がついた。大半の曲が1分以下なのだ。例外的に4分34秒という「恋人」のような曲もあるが、1分台、2分台の曲さえ数えるほどしかない。そうだ、櫻井さんといえばCMソングの大御所だったのではないか。短い曲を書かせたらプロ中のプロではなかったか。千差万別の商品、企業にのっとって各種各様の曲を書き分けることにかけても最高のプロフェッショナルだったにちがいない。CMソングで培った感性や技倆が“マザー・グース”でも大いに役立った?

以上、3作品、どれをとっても和田誠さんの希代の才能があふれんばかりに詰め込まれている。見て聴いて飽くことがない。

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。