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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

シックな音楽、迫力満点の群舞/エンターテインメント性あふれる新生『GUYS AND DOLLS』

不定期連載

第50回

ミュージカル『ガイズ&ドールズ』ゲネプロより

1956年、映画版が日本公開された当時のタイトルは『野郎どもと女たち』だった。今回の公演(6月9日~7月9日、帝国劇場、7月16日~29日、博多座、製作東宝)では『GUYS AND DOLLS ミュージカル ガイズ&ドールズ』と英語、日本語の二本立て表記で、しかも英語表記のほうが俄然目立つ。表記の違いに時代の移り変わりが反映していなくもない。英語タイトルがメインになった分、ブロードウェイが私たち日本の観客にとって身近なものになった?

大もとのブロードウェイの舞台が開幕したのは1950年11月で、1200回のロングラン記録を残している。つまり、このミュージカルには70年を超える歴史があるのだ。それなのに、今回見てみて(6月18日マチネー)、おーっ古典的という印象がまったくない。獲り立ての新鮮さにあふれている。ひとつにはクリエイティヴ・チーム3人、マイケル・アーデン(演出)、エイマン・フォーリー(振付)、デイン・ラフリー(装置)の功績である。しかし、それ以前に、このミュージカルは観客をわくわくさせずにおかない魔力、すなわち永遠のエンターテインメント性を隠し持っていて、それが作品の生命力の保持に一役買っているのではないか。

私の睨んだところ、この作品のこのような特質は、専ら物語の寓話性、寓意性から来ていると思われる。そして、もちろんそれは原作のデイモン・ラニヨンの短篇小説に端を発するものである。そもそも主役ふたりが希代の博打々ちと救世軍宣教師という設定からしてお伽話的で、現実的にあり得るかなと疑ってしまう。もうひとつのカップル、博打の胴元とナイトクラブ歌手はあり得るとしても、14年間、婚約者のままというのが現実味に欠ける(ぐずぐずせず、さっさと別れりゃいいのに)。ふた組ともリアルな視点に立てばちょっと待てよといいたくなる設定だけれど、現代のお伽話と見ればそう目くじらを立てる必要などないか。非現実的でお伽話的な分、いまわしい日常を忘れさせてくれる効用がある。

あとは私たち見る側が、この物語設定からどのような寓意(イコール教訓)を引き出すかにかかっているのでは?陳腐な例でお恥ずかしいけれど、「制服の女性は堅物で恋は苦手、といった先入観に囚われてはいけない。すなわち、人は外見によって判断してはならない」とか。私は満員の客席の99パーセントを占めるであろう女性客を見渡しながら、彼女たちがわが身と照らし合わせつつどのような想いに浸っているのか、想像を逞しくせずにいられなかった。

フランク・レッサーの音楽がとてもシック(Chic)だ。俗受けを狙ったところがまったくなく、洗練の一語に尽きる。そうでありながら高踏的でなく耳になじみやすい。むろん古臭さは微塵(みじん)もない。レッサー音楽の都会性を手抜かりなく表現したオーケストラの健闘を讃えたい(音楽監督:前嶋康明、ピアノ/指揮:太田裕子)。

今回の配役はよくぞ揃えましたねとびっくりするくらいの豪華な顔ぶれである。まず男性陣。井上芳雄(大博打々ちスカイ・マスターソン)、浦井健治(クラップ・ゲーム胴元ネイサン・デトロイト)、田代万里生(ちんぴらの博徒ナイスリー・ナイスリー・ジョンソン)。女性陣には明日海りお(救世軍宣教師サラ・ブラウン)、望海風斗(ネイサンの婚約者、ナイトクラブ歌手ミス・アデレイド)と宝塚歌劇団元トップ・スターが顔をそろえる。観客はミュージカル・ファン、宝塚ファン、その両方を兼ねたファンの三層からなるのか? いずれにせよ熱度の高いファン層の集積である。

ひょっとしてマイケル・アーデンは、観客の構成、その特質を熟知して演出したのかもしれない。主な俳優たちの役作りに無理を強いている様子がまったく見当たらないからだ。あくまで俳優たちの個性を尊重するという方向性をお行儀のいいくらい保っている。登場人物ときたらバクチ打ちや救世軍で、いくら誇張的演技を要求したっておかしくないというのに。あえて演出家がその方法を避けたとしたら、観客層にそぐわないと知っていたからにちがいない。とてもcleverな演出だと思う。

たとえば博徒のひとりナイスリー・ナイスリー・ジョンソン役を演じる田代万里生。もともと彼は典型的な二枚目だし、今回の舞台でも特にコミック・リリーフを意識している様子は見当たらなかった。しかし、映画版を見れば一目瞭然、典型的三枚目の役柄だ。演じているスタビー・ケイは容貌容姿からして喜劇俳優のタイプに属する。彼はオリジナルの舞台でもこの役で大好評を得ていた。映画化に当たってプロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンは、ナイスリー・ナイスリー・ジョンソンはスタビー・ケイ以外ないとご執心だったらしい(スタンリー・グリーン著、村林典子訳、岡部迪子監修「ハリウッド・ミュージカル映画のすべて」)。

恋のバラードあり、卓抜なコミック・ソングありと粒揃いのミュージカル・ナンバーが並ぶなかから、特に私がエンジョイしたナンバーをふたつ挙げたい。ともに歌ありダンスありのショウ的色彩の濃い場面で演じられる。ひとつはアデレイドが出演しているナイトクラブのショウの1景「恋にメロメロA Bushel and a Peck」。もうひとつは賭場でサイコロ・ゲームに熱中するギャンブラーたちの群舞「俺のレディ・ラック(幸運の女神よ)Luck Be A Lady」である。前者は明るく脳天気、後者は迫力満点。両場面で振付のエイマン・フォーリーがいい仕事をしている。後者での男性ダンサーたちの一糸乱れぬ群舞には目を瞠った。

『GUYS AND DOLLS』のような長い歴史をくぐり抜けてきた名作には、新作にない伝統の重みがある。更にその重みが若い世代のクリエイティヴ・センスによって磨き上げられたとき、過去のヴァージョンとは異なる魅力が光り輝く。今回の「Luck Be A Lady」には日本の若いダンサーならではの若々しさ、すがすがしさがあふれていた。映画『野郎どもと女たち』の同じ場面(振付マイケル・キッド)とは別の趣で別の感動があった。

コロナ禍の中、鮮度の高い『GUYS AND DOLLS』が誕生したことに惜しみないStanding Ovationを贈る。

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。