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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』新版が ディズニーランドのお膝元、舞浜で始まった

不定期連載

第55回

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』より (c)Disney

舞浜アンフィシアター(千葉県浦安市)で劇団四季『美女と野獣』の公演が始まった。おなじみのディズニー・ミュージカルである(原作はフランスの作家ボーモン夫人の短篇で、角川文庫所収)。ミュージカル・ナンバー、登場人物、物語などは、これまで四季が上演してきた同じ題名のミュージカルとまったく同じだけれど、振付・演出にはかなりの相違が見られる新版である。旧版で振付を受け持ったマット・ウェストが演出と振付の両方を担っている。ポスターなどになぜか新版の文字は見えないものの、ピカッピカの新品なのは間違いない。

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』より (c)Disney

まずはディズニーと『美女と野獣』の係わり合いについておさらいしておこう。1991年、第一番目にアニメーション映画が作られる。ミュージカル志向の強いアラン・メンケンが音楽を受け持ったため、会社側が予想した以上にミュージカル的色彩が色濃くなった。どういう風の吹き回しかニューヨーク・タイムズの劇評家フランク・リッチが気に入って絶讃する。自分の領域のブロードウェイの舞台でもないのに。そもそもリッチは厳格さにおいてはアメリカ随一のドラマ・クリティックである。飛び上がらんばかりに喜んだのはディズニー・グループの総帥マイケル・アイズナーで、ただちに舞台化の指示を出す。ただし当時のディズニーには舞台製作の経験者はまったくいなかった。いても精々、ディズニーランドでアトラクションのショウを手掛けた程度の人材しか見当たらなかった……。

それでも、1994年4月、ディズニーはブロードウェイ進出を果たす。贅を尽くした豪華な舞台に仕上がっていて、連日、客席は超満員。2007年まで13年間上演され、プレビュー公演46回、本公演5461回のロングラン記録を残している。ブロードウェイ初進出でこれだけの興行成績を上げることができたのは、ひとえにディズニー・ブランドの賜物と思われる。

なおディズニーは、2017年、『美女と野獣』実写版を製作している。ディズニーがアニメを基に実写版映画を作ったのはこれが初めてのことである。17年の日本公演時、映画興行成績第1位の栄冠を手にしている。『美女と野獣』は、これからも手を替え品を替え、さまざまなジャンルで利益を生み出していくことだろう。こういうポテンシャリティの高い、すなわち頼り甲斐のあるコンテンツはそうざらにあるものではない。

劇団四季がミュージカル『美女と野獣』日本初演を手掛けたのは、1995年11月のこと、於赤坂ミュージカル劇場(現TBS赤坂ACTシアターの前身)であった。早いもので、あれから27年の歳月が流れたことになる。日本上演に当たってはディズニーのミュージカル界への進出第一弾だけにそれなりの争奪戦があったと聞く。四季は東京とほぼ同時に大阪での無期限ロングランを提案した。当時のミュージカル市場の情況からすれば、ライバルを蹴飛ばすに十分な、かなり大胆な条件提示であった。契約が締結されると約束通り、四季は、95年12月からMBS劇場で大阪公演をスタートさせている。

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』より (c)Disney

物語については広く知られているので、くわしく解き明かす必要はあるまい。老婆(実は魔女)への憐愍の情が足りないことを咎め立てされ野獣に変えられてしまった王子と、彼の人間復活の鍵を握る若き美女とのロマンスである。ヒロインの名はずばりベル(フランス語でBelleは美女を意味する)。ふたりのロマンスを人間復活のドラマが加速させる。よりスリリングなものにしているといってもいい。ディズニー新版では物語の展開が旧版以上に加速しているような印象を持った。物語の先を、更にその先、またその先を見たいという観客の欲求にじゅうぶん応えている。マット・ウェストの新演出が意識的に狙ったポイントのひとつにちがいない。

演出のテンポに即してか美術面でも大きな変化が見られる。旧版ではいかにもリッチな?ディズニーらしくド派手な舞台美術が目立った。野獣の住み処の城郭ひとつとっても外部内部とも凄く立派だった。よくいえば新版はすっきりしている。旧版にあった大仕掛けな見せ場が姿を消しているのだ。たとえば旧版の「Be Our Guest(おもてなし)」の景では舞台の両サイドに飾られた巨大なシャンパン・ボトルから、パンパンとはじける派手な音とともに大きな泡が吹き出していたが、そのような壮観は求めるべくもない。

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』より (c)Disney

城内の図書館で野獣とベルが初めて心通わせる「何かが変わった」は舞台美術が“何か”どころかすっかり変わってしまい、もの足りないというか淋しいというか。旧版では本がぎっしり詰まっている本棚がひとつの見ものになっていたのに、新版では本棚はどこと目をキョロキョロさせても見当たらない。図書館、本棚、本という空間設定とふたりの恋の行くえとが微妙にからみ合っているだけに、この場面の舞台美術に関しては旧版を懐かしく思い起こさずにいられなかった。

旧版、新版を通じその魅力にいささかの変化も感じさせないのはアラン・メンケンの音楽である。タイトル・ソングの「美女と野獣」についてかつて私は次のように書いている。この「楽曲のロマンティシズムは、なんと形容したらいいのか、たる香りを放ちながら、とろける蜜の甘さがある。しかも俗でなく上質である」(「All about 劇団四季レパートリー/ミュージカル教室へようこそ!」、日之出出版)。他にもベルの自己紹介を兼ねた彼女と町の人々が歌う「変わりものベル」、ビーストがあふれる愛と切実な苦悩を切々と訴える「愛せぬならば」など、うっとりと聞き惚れてしまうナンバーにこと欠かない。なお一曲新曲が追加されている。ベルの歌う「チェンジ・イン・ミー」で、もちろんメンケン作曲。彼女の心の震えを伝えてあまりある。

劇団四季ミュージカル『美女と野獣』より (c)Disney

最近たまたま、YouTubeで「Hollywood in Vienna 2022 A Celebration Of Disney Classics-Featuring Alan Menken」という1時間半ほどのコンサート映像に出逢う機会があった。クラシック音楽の本場ウィーンでおこなわれた、フル・オーケストラ、大合唱団による大規模なコンサートらしい。開演早々に、『美女と野獣』のナンバーも飛び出し、耳を楽しませてくれる。メンケンの音楽の凄さは、こういうシンフォニックなスタイルで演奏されても、微動だにしないどころか、その華麗さ、スケール感がむしろひしひしと伝わってくることであろう。

ところで、今回の舞浜アンフィシアターでの『美女と野獣』で、私がもっとも注視したいのは、東京ディズニーリゾート内、すなわちディズニーランド、ディズニーシーのお膝元の劇場というロケーションである。厖大な数の遊園地の客には劇場でミュージカルを見たことのない人たちが沢山いるにちがいない。それにこのアンフィシアターでの本格的なミュージカルの上演自体、初めてのことでもある。新しいミュージカル市場の開拓という観点からしてこれ以上興味深い実験の場はそうないだろう。すばらしい数字がはじき出されることを切に祈りたい。

撮影:平野祥恵

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。