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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

知られざるエピソードが次から次へ、ドキュメンタリー映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』に超満足

不定期連載

第57回

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』 (C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

ドキュメンタリー手法による音楽家の評伝映画は山ほどあるが、『モリコーネ 映画が恋した音楽家』はそれらの作品からひときわ抜きん出ている。映画音楽の巨人エンニオ・モリコーネ(1928~2020)の知られざる側面が次から次へと披瀝される。それもほとんどが本人の口から。この作品に背骨が一本、でーんと通っているとしたら、モリコーネ自身が折あるごとに登場するからだ。赤いセーター姿で闊達に語るその有様は親しみやすさと存在感とその両面を感じさせる。特定の曲が話題になるとすぐさまハミングするあたり、さすが作曲した当の本人と思わずにいられない。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

監督はこの音楽家と『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)『海の上のピアニスト』(98)でコンビを組んだジュゼッペ・トルナトーレ。モリコーネ自身の指名だという。この指名がいかに正しかったかは仕上がった映画を見れば一目瞭然だ。普通、ドキュメンタリーでのインタビューの聞き手は監督が兼ねるから、この映画の撮影ではトルナトーレが務めたと思われる。モリコーネから次々と興味深いエピソードを引き出し得たのは監督の話術、人柄、モリコーネとの信頼関係によるものだろう。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

モリコーネの才能と名前を広く知らしめたのは、マカロニ・ウエスタンの傑作『荒野の用心棒』(64、監督セルジオ・レオーネ)である。この作品にまつわる部分ひとつとっても未知の製作裏話がいっぱい詰め込まれていて、興味尽きない。

ある日突然、見知らぬレオーネ監督からモリコーネのもとに作曲依頼の電話が掛かって来た。会ってみるとふたりは小学校の同級生だった。新作は「この雰囲気だ」と、参考作品として黒澤明監督『用心棒』(61)を見るはめに。監督がいちばんのクライマックス場面に『リオ・ブラボー』(59、監督ハワード・ホークス)の「皆殺しの歌」を使いたいといい出し、一悶着起きる。作曲家が即座に拒絶すると、レオーネ監督は「似たような曲を書いてくれればいい」とたしなめる。このようなやりとりの末、『荒野の用心棒』の主題曲「さすらいの口笛」は誕生したという。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

『荒野の用心棒』に関する部分に限らず、関連する各映画のシーンがたっぷり引用されているのがとても嬉しい。最近、音楽ドキュメンタリーが続々製作されながら、関連映像の挿入がほとんどないのは、多分に高額な使用料が邪魔しているからにちがいない。本作では金銭か人間関係かなににもの言わせたのか知らないが、その障壁を見事クリアしたと見える。さすが!

モリコーネの個人的なキャリアについても初めて教えられることが多い。たとえば父親が劇場やナイトクラブの楽団でトランペットを吹いていたミュージシャンで、息子にも同じ道を歩ませたかったとか。しかし、息子の関心は徐々にトランペットから作曲に傾いていく。しかも十二音階技法など前衛音楽に。進学したローマのサンタ・チェチーリア音楽院で教えを受けたゴッフレード・ペトラッシ教授の影響、大なるものがあった。更に30歳のとき前衛音楽の旗手ジョン・ケージの演奏に接し、身も心も震えるような体験を味わい、ますます深入りする。

しかし一方、現実生活では結婚もしたし食い扶持を稼ぎ出さなくてはならない。金にならない前衛音楽ではなく、即、金になるカンツォーネの編曲や映画音楽で。どのような監督との共同作業もいとわなかった彼は自らをカメレオンにたとえている。お蔭で仕事は引きも切らず。スクリーン・ミュージックの分野であっという間に売れっ子になった。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

もっとも、モリコーネ自身は映画音楽で評判をとればとるほどなにかシャク然としないものを感じていた。インタビューのなかで、絶対音楽対映画音楽という括り方で、非商業音楽と商業音楽との対比についてしばしば熱く語っている。彼の言うところの絶対音楽とはなにか。音楽以外の他のなにか、たとえば映画に寄りかかっていない、独立性を保った音楽を意味する。真の音楽は音楽だけで屹立していなくてはならない——これが彼の信念だったのだろう。絶対音楽は純粋音楽、芸術音楽と言い替えてもいい。

それだけに、モリコーネは昔の前衛音楽仲間が映画音楽で成功した彼をどう見ているか、気になって仕方なかった。敬愛するペトラッシ先生は彼の映画音楽を聞いているのか、いないのかも。

実はペトラッシ先生は彼の映画音楽をちゃんとチェックしていた。コンサートにも姿を見せている。不肖の弟子?の曲でいちばんのお気に入りは『夕陽のガンマン』(65、監督セルジオ・レオーネ)の主題曲だが、弟子のほうはかならずしも自信作ではなかった。師弟間の些細なずれがちょっとおかしい。

出世街道を一気に駈け上がったかに見えるモリコーネだけれど、ことアカデミー賞作曲賞に関してはなかなか順番が回って来なかった。2016年、なんと6度目のノミネーション、『ヘイトフル・エイト』(15、監督クエンティン・タランティーノ)でやっと果たすことができた。87歳という高齢での受賞であった。もっとも、それ以前の07年、アカデミー賞名誉賞でオスカー像を手にしている。これはアカデミー賞側からの「本来、早くに作曲賞を差し上げなければならないのに、申し訳ない」というお詫びのしるしだった? 結果的にモリコーネはアカデミー賞二冠という栄誉に輝いたことになる。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

ここでクイズです。88年、モリコーネが『アンタッチャブル』(87、監督ブライアン・デ・パルマ)で作曲賞にノミネートされたとき、彼を破ったのは、なんという作品の誰れ? ヒントは日本人。はい、正解は『ラストエンペラー』(87、監督ベルナルド・ベルトルッチ)の坂本龍一です。

映画『モリコーネ 映画が恋した音楽』にすっかりはまった私は、今、1冊の本とCD2枚組みベスト盤で復習にこれ努めている。「エンニオ・モリコーネ 映画音楽術 マエストロ創作の秘密——ジュゼッペ・トルナトーレとの対話」(訳真壁邦夫、DU BOOKS disk UNION)と「ENNIO MORRICONE」(ランブリング・レコーズ)である。前者は映画のためにおこなわれた作曲家と監督の対談集。(私の予想通り聞き手はトルナトーレ監督だった)。映画で使われていない話題がわんさと出てくるわ、出てくるわ。

後者では『荒野の用心棒』の「さすらいの口笛」を聞くことができる。1960~70年代に作曲された曲目が中心で、この時期、いかに彼が精力的に仕事に励んでいたかがうかがい知れる。

巨峰モリコーネを踏破するのは容易じゃない。

左:「ENNIO MORRICONE」(ランブリング・レコーズ) 右:「エンニオ・モリコーネ 映画音楽術 マエストロ創作の秘密——ジュゼッペ・トルナトーレとの対話」(訳真壁邦夫、DU BOOKS disk UNION)

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。