安倍寧のBRAVO!ショービジネス

酪農場に突然キャバレー出現! 現代の“お伽話”、フランス映画『ショータイム!』が滅法楽しい

不定期連載

第66回

映画『ショータイム!』© 2021 - ESCAZAL FILMS - TF1 STUDIO - APOLLO FILMS DISTRIBUTION - FRANCE 3 CINÉMA - AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA

酪農とショウビジネス。同じ生業(なりわい)でも両極端過ぎる。水と油で混じり合うところはない。片やバター、チーズのもとになるミルクを作るべく牛を育てる。もう片方は目も眩む照明のもと美女が乱舞するショウ作り。ところが突然、フランスの片田舎に納屋をキャバレーに改造し、ショウを上演しようという妄想?にとり憑かれた男が現れた──。映画『ショータイム!』(監督ジャン=ピエール・アメリス、脚本アメリス他)は、そんなとんでもない男ダヴィッド(アルバン・イワノフ)を主人公にしている。しかも、この主人公のこの物語、実話だという。事実は小説より奇なり。実在する当の主人公ダヴィッド・コーメットが書いたノンフィクション「Les Folies Fermières(農場キャバレー)」(2019)も刊行されている。

フランスの田舎であった実話をもとに、フランス初の農場キャバレーオープンに向けて奔走する人々の奮闘がユーモアたっぷりに描かれていく

フランス人はチーズ好きで知られるが、それでも昨今の酪農々家は、仕事、商売すべて楽ではないらしい。時代の流れか、ダヴィッド一家も経営難で四苦八苦している。創業者のじいさんは相変わらず頑固一徹。二代目の父親は、悪戦苦闘の末、早死にする。ダヴィッド本人は美容師の妻と離婚し、もっか独身。ただし別れた妻と実母は今も仲がいい。この映画が際物の域を超え、人間ドラマとしての幅と奥行きを備えているとすれば、このあたりの家庭内事情がきちんと描き出されているからだ。アメリス監督は人間ドラマを撮らせたらなかなかの名手と見た。

ある日、ダヴィッドは、借金のカタにでも入っていたのか、地方裁判所から酪農場の土地を召し上げる旨、宣告される。猶予期間僅か2ヶ月。その夜、彼は浴びるほど酒を飲み、とあるキャバレーに迷い込む。酔眼朦朧(もうろう)の彼を捉えたのはお色気たっぷりのボニー(サブリナ・ウアザニ)が演じる空中ダンスであった。天井から垂れ下がった布にぶら下がり。さまざまなセクシー・ポーズを見せるパフォーマンスだ。一瞬にして、納屋をキャバレーに転用し、彼女を目玉にしたショウを上演しようと思いつく。酔った上での世迷い言?いやそうではなかった。翌朝、しらふに戻った彼は、当たって砕けろ、まずはボニーとの直接交渉からスタートを切る。そして、着実に一歩一歩、この無謀な計画を推し進めていく。

ダヴィッド(アルバン・イワノフ)とボニー(サブリナ・ウアザニ)はパフォーマーを集めるべくオーディションを行うが…

ボニーにはショウ全体の演出にも責任を持ってもらう。隠し芸を持った素人芸人を捜し出そうとオーディションもおこない、催眠術師、女装の男性歌手らを見つけ出す。このあたりの一連の描写がまた興味尽きない。一方、いざこざも次々起こる。キャスト内の対立。村の人たちだって全面協力しているわけではない。果たしてフランス初の農場キャバレーは開幕するのか。映画を見ながら私まで、地元の食材を使った美味しい料理をパクつきながらショウを楽しむっていうの、確かに悪くないよな、と思わずにいられなくなった。

次第に町のクセ者たちが集結していく

こと音楽面ではダリダと彼女のシャンソンを巡る人々の議論が興味深い。ダリダは、1933年、カイロ生まれ、両親はイタリア人、87年、54歳でパリで没した。フランス人のシャンソン歌手ではないのに、フランス国民から深く愛された。映画のなかではリハーサルで男性歌手のドミニックが彼女のシャンソンを熱唱する。ダヴィッド初め多くの人たちが胸を打たれる。しかし、ひとりボニーがキャバレーの舞台には暗過ぎると異を唱える。前途多難だ。話は脇道にそれるが、日本ではダリダの知名度は決して高くない。70年の大阪万国博を含め3回来日しているが、格別、人気は盛り上がらなかった。もういちど聴き直すだけの価値のある歌手だと思う。

開幕までさまざまな出来事があった。すべてが時間の足りない突貫工事だった。でもなんとか、いよいよあすは開幕である。野外のテーブルを囲んだ誰もが笑顔を浮かべグラスを掲げる。ところがその直後、突然、すべての努力が水の泡と帰すようなとんでもない出来事が持ち上がる。元凶は頑固じいちゃんだ。普通ならばこれで一巻の終わりだろう。しかし、この物語ではダヴィッド以下、全員がふたたびその災難を乗り越えるべく、勇気を振り絞り立ち上がる。物語はより色濃い感動に包まれることになる。この突発大事件、実話でも起こったことなのか、それともフィクションなのか知りたいところだ。

ふたりの奮闘により、みるみるうちにパフォーマンスが出来上がっていくが、思いもよらない出来事が起こり…

本筋とはまったく関係ない見せ場で、ダヴィッドとボニーが牝牛のお産に立ち合う場面がある。彼等とともに私たちも新しい生命の誕生を凝視し、歓声(あるいは嘆声)を上げずにいられない。それにしてもアメリス監督、脚本家たちはどういう意図であの場面を挿入したのだろうか。農場キャバレー誕生の暗喩として挟み込んだものと思われる。監督、脚本家の皆さん、随分、粋なことをやりましたねぇ。

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。