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安倍寧のBRAVO!ショービジネス

世界初、ジャズの名曲「セントルイス・ブルース」がバレエ化される/期待される衝突と融合!

不定期連載

第70回

「セントルイス・ブルース」が上演される『堀内元 BALLET FUTURE 2024』

あのジャズの名曲「セントルイス・ブルース」が初めてバレエ化されます。この新企画に挑戦する振付家、バレエ・ダンサーは、この曲ゆかりのセントルイスで、2000年から同地バレエ団芸術監督を務める堀内元さんです。ことし2月、セントルイスで世界初演がおこなわれ、好評を博しました。堀内さんは、ニューヨーク・シティ・バレエで長らくプリンシパルの座にあった、米バレエ界の超ベテランです。この作品では本人自らの出演も予定されています。5月31日の日本公演でも振付、出演の両方での大活躍を期待したいと思います。

 あるとき、セントルイスから一時帰国中の堀内元さんと気軽なお喋りをしていた折に、
 「折角、セントルイスと縁ができたのだから、あの有名なジャズの名曲、『セントルイス・ブルース』をバレエ化してみたら?」
 と持ち掛けたことがある。ごく軽いひらめきを口にしただけなのに、それがきっかけで本格的バレエ作品が誕生することになろうとは!びっくり仰天。そして何より嬉しい。

ニューヨーク・シティ・バレエで長らくプリンシパルとして活躍した後、セントルイス・バレエの総監督・芸術監督を務めている堀内元

 セントルイスは全米有数の大都市である。しかし私はふたつのことしか知らない。ジャズ史上最高の名曲誕生の地だということ、そしてわれらが堀内元が、2000年以来、同地のバレエ団の総監督・芸術監督を務めていることのみ。このふたつをくっ付けてみたに過ぎない。
 いわゆるご当地ソングはアメリカにも山ほどある。「ニューヨーク・ニューヨーク」「霧のサンフランシスコ」など。だが、「セントルイス・ブルース」以上に格調高い歴史的名曲はほかに見当たらない。
 ブルースの父W・C・ハンディ(1873~1958)がこの曲を作詞作曲したのは、20歳の頃といわれる。19世紀末、1893年あたりのことか。
 たまたま立ち寄ったセントルイスの裏町で失恋した女のつぶやきを耳にし、町に流れる川のほとりで徹夜して書き上げたと、ものの本には書かれている(野川香文著「ジャズ楽曲の解説」、1951年刊)。
 曲の始まり、「I hate to see de evening sun go down,」の一句はそのとき川原で見た光景か。
 レコードその他に数多くの名演奏、名唱が残されている。なかでもトランペット、唄の二刀流ルイ・アームストロングの熱演には心揺さぶられる。ジャズ・ピアノの大御所ハービー・ハンコックがスティーヴィー・ワンダー(唄、ハーモニカ)をゲストに迎えた豪華版もある。
 堀内元さんは、ニューヨーク・シティ・バレエの創設者ジョージ・バランシン最後の愛弟子である。同バレエ団の最高位プリンシパルとして1982年から89年まで主要作品の中心的役割を果たしてきた。バランシンの目指したところのひとつは音楽の完璧な視覚化だとされるが、元さんはその技法、精神を受け継ぐ数少ないダンサーであり、振付家・演出家だと思う。

バレエ「セントルイス・ブルース」

 私は何気なく「セントルイス・ブルース」のバレエ化を提案したが、元さんのキャリアからしてそれが可能だという直感がどこかで働いていたのかもしれない。
 堀内元さんは、バレエのかたわら『ソング・アンド・ダンス』『キャッツ』などブロードウェイ・ミュージカルでも重要な役柄を演じている。純粋芸術の舞台とコマーシャル・シアターともに世界の頂点を極めたことになる。このキャリアは〝凄い〟の一語に尽きる。とりわけ『キャッツ』では超難易度の高い回転をこなさなくてはならない魔術師猫ミストフェリーズ役であった。元さんはこの役をブロードウェイだけではなくロンドン・ウエストエンド、東京・札幌など劇団四季の舞台でも演じている。
 『キャッツ』を振り付けたジリアン・リンはかつて私に、
 「Genは私の秘蔵っ子中の秘蔵っ子よ」
 と胸を張っていっていた。
 堀内元さんは、クラシックとモダン、芸術とショウビジネスなど対立するふたつのものを同時に体得するという貴重な経験を積み重ねてきた。一方、依然として一ダンサーとしての気概にもあふれている。今回ももちろん出演する。作り手としてダンサーとして全キャリアを賭けた円熟、そして新境地を期待せずにいられない。時代色豊かなブルースと最先端のダンス感覚をどう衝突させ、どう融合させてみせるのか。

『堀内元 BALLET FUTURE 2024』チラシビジュアル(裏面)

 作曲・編曲・音楽監督は在ニューヨークの徳家〝Toya〟敦。演奏はジャズ・コンボのToya & Friends。ブルースの古典を素材にどのような楽想が繰り広げられるのだろう。ヴォーカルはミュージカルで活躍する剣幸。
 なお「セントルイス・ブルース」のバレエ化は、堀内さんの総監督・芸術監督就任当時、三浦雅士氏が「ダンスマガジン」誌上で言及されていたようです。ここに明記し、三浦先生に敬意を表します。
(堀内元BALLET FUTURE 2024 ホームページより転載)

「セントルイス・ブルース」と同様『堀内元 BALLET FUTURE 2024』で上演予定の「In Reel Time」

プロフィール

あべ・やすし

1933年生まれ。音楽評論家。慶応大学在学中からフリーランスとして、内外ポピュラーミュージック、ミュージカルなどの批評、コラムを執筆。半世紀以上にわたって、国内で上演されるミュージカルはもとより、ブロードウェイ、ウエストエンドの主要作品を見続けている。主な著書に「VIVA!劇団四季ミュージカル」「ミュージカルにI LOVE YOU」「ミュージカル教室へようこそ!」(日之出出版)。