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みうらじゅんの映画チラシ放談

これは『ミッドサマー』的な要素があるのでは? 『理想郷』

月2回連載

第117回

『理想郷』

── 今回は、昨年の東京国際映画祭でグランプリに輝いたスペイン映画、『理想郷』です。

みうら Bunkamuraっぽいチラシを選んだんですけど、これ、たぶんね、ホラー映画だと僕は踏んだんですけどどうでしょう? チラシのどこにもホラー映画とは書いてませんけど、『理想郷』なんてタイトル、怪しいじゃないですか? きっと田舎の怖さを描いたホラーで間違いありません。

── 確かにこのチラシ、イヤなことが起きそうな雰囲気ですね。

みうら ほら、「理想だと思ったその土地は地獄でした」って書いてありますよ! ピンときたのは、自分が京都生まれってことがあるからなんですけどね。「いずれ京都に住みたいんだ」とか言う人いるじゃないですか。でもね、それはあくまで理想郷としての京都ですよね。実はちょっと厄介な街でもあるんですよ。

── 関西でも「京都の人間はイケズだ」って言われますよね。

みうら そこですよね(笑)。僕は18年しかいませんでしたけど、「お茶漬けでも食べていかはったらええのに」っていう例の「京のぶぶ漬け」を何度も聞いてますしね。京都では誰かが突然家に訪ねて来たときに、「玄関先やのうて、上がっていっておくれやす」っていうシナリオができてるんですよ。たぶん市の条例じゃないですかね(笑)。「上がっていって、何にもないけどお茶漬けぐらい食べてって」って、そう言うわけです。

そこまで言うんだったら少し家に上がっていこうかなって、普通の感覚なら思ってしまいますよね。それでズカズカと上がり込んでしまったら最後、いくら待っててもお茶漬けなど出てこない。

お茶漬けっていうのは「今日は帰ってください」っていう意味なんです。京都の人にとってそれは当然のことですけど、他県の人は知らないでしょ? 帰った後で「あの人、なに勘違いしてはるんやろ。初めて家来て抜け抜けと上がってくる人なんている?」って言われてしまうわけです。

── それって都市伝説じゃなくて本当にあるんですか?

みうら ありますねぇ、実際。うちのおかんなんて夏場になると初めての客にも「お風呂入っていかはったらええやん!」って付け加えることもありましたし(笑)。

そういえば僕が上京してから何年か経った冬に、東京の知り合いから「今度みうらくんが帰省するときに京都を案内してくれないか」って頼まれたことがあるんですよ。

僕、先ほど言ったように18歳までしか京都にいなかったんで、夜の京都とか全然知らないし、知ってるのは仏像くらいでちっとも役に立ちませんけど、と言ったんです。でもその旅、ちょっと面白いなと思ったのは、ある文豪が逗留してたというザ・京都な老舗旅館に泊まるって聞いたんで、僕もそこに泊まりますって言ったんです。

コラムニストの泉麻人さんとポパイの編集部の人だったんですが、「うわぁ京都だな」っていう旅館に泊まったんですよ。その旅館の女将は、当然、僕も東京の人だと思ってるわけです。

── 普通は京都の人はわざわざ泊まりに来ないですもんね。

みうら でしょ(笑)。僕は、実家に帰ればいいわけですからね。で、出ましたよ。僕も知らない京都のシナリオが女将の口からね。

夜に女将が部屋に入ってきましてね、窓を開けたんです。寒い夜にわざわざね。和室の窓をガラガラって開けて、雨戸を閉めようとする手前の演技なんですけど、女将はね、しばらく寒空を見つめてるんですよ。そしてね、「いやぁ、寒いはずやわ」と僕らに聞こえる声で言って、「雪起こしやんかぁ」って続けたんです。

京都にいた頃は1回も聞いたことない言葉でした。僕は努めて標準語で「雪起こしって何なんですか」って聞いてみたんです。

するとね、「あぁ、京都ではな、明日、雪降るのが分かるのんどっせ」と、きた。「さすが京都ですね!」と感心したフリしたんですが、翌日の朝はね、ピーカンでしたよ。冬にしては珍しいぐらいの青空でした。まあそれが京都の人としては、サービスをしてるっていう気持ちなんですよ。

みんな演技してますからね、観光客向けに(笑)。で、きっとこの映画の“理想郷”も同じだろうと踏んだわけです。

他県の皆さんが思うイメージは理想かもしれないですけど、実はその土地は地獄でしたっていうことがあります。思ってたのと全然違うって移住先からすぐ戻ってくる人も多い世の中じゃないですか。

きっとこの映画の理想郷、外面だけはいいけど、地獄のような裏がありまくる土地だったりすると思いますね。そもそも理想なんてのは裏切られるための言葉だっていうことですから。

── 期待した理想どおりの場所だったら、映画になりませんもんね。

みうら チラシにはさも理想郷みたいな田舎の風景がありますけど、きっと、めんどくさい人が多く住んでるんだと思いますよ。

── チラシでは笑顔でふたりが座ってますけどね。

みうら この村には夜這いの風習があったりね、常識では考えられないことがあるはずですよ。

数年前にようやくDVDが出たんで買ったんですが、『九十九本目の生娘』っていう新東宝の映画に出てくる村もとんでもなかったですし、ホラー映画の金字塔『悪魔のいけにえ』みたいなケースもあります。だからきっとタイトルに騙された人は度肝抜かれると思うんですね。とんでもない殺戮シーンを見ることになりかねません。

── 「都会VS田舎」って書いてますから、殺戮もありそうですね。

みうら 「人間の暗部に潜むひとりよがりな思考」とも書いてありますもんね。これです、これ。“京のぶぶ漬け”よりキョーレツな思考。

チラシの裏には羊を抱いている写真がありますね。たぶん田舎の方に住むって決めた夫婦が、羊を飼って牧場を始める、みたいな暮らしを理想としていたら、そこの村では羊を使ってね、とんでもない祭りをやってたとかね。

── みうらさんのお好きな“とんまつり”の映画ですね。

みうら ですね、『ミッドサマー』的な要素があるのでは?

「カトリーヌ・ドヌーブさんも絶賛」って書いてあるのは、Bunkamura用にでしょうね。これが「カーペンター&トビー・フーパー監督も絶賛」って書いてあったらネタバレしちゃいますからね(笑)。

取材・文:村山章

(C)Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。