みうらじゅんの映画チラシ放談
このビルは言うなれば“キラー・エレベーター”ですよ『エレベーター・ゲーム』『ホビッツベイ』
月2回連載
第125回

『エレベーター・ゲーム』


── 今回の1枚目のチラシは、都市伝説を基にしたというホラー映画『エレベーター・ゲーム』です。
みうら チラシの絵面は違うんですけど、『フォール』という高い塔の上に女の人たちが取り残される映画があったじゃないですか。あの感じをちょっと思い出したんですね。このエレベーターがあるビルもすごい高層建築なんでしょ?
── でも「5」って書いてあるんで5階じゃないんですか?
みうら ありゃ、5階ですか(笑)。いやいや、まだ5階だとも言えますよ。1回ドアが開いたんで、降りようとしたら閉まっちゃって、もう何階なのか分かんないとこまで連れていかれるゲームだと思うんですよ。
── ひょっとして最上階も突き抜けて、天界まで行ってしまうかもしれません。1階1階にブルース・リーの『死亡遊戯』的なマスターがいるのかも? でも、アクション映画ではないか(笑)。
分かりました。このチラシに「都市伝説」って書いてあるんで、おそらくニューヨークかどこかにそんなビルができたんですよ。一度乗ったらどこの階で下ろされるか分からない、アミューズメント施設みたいなのを作ったやつがいて、止まった階ごとにゲーム的なことがあって、ハッピーになるか最悪になるかみたいな。
で、ホラー映画だから、出てくるのは当然、無軌道な若者ですね。そいつらが「話題のエレベーター・ゲームって知ってる?」って話になって、何人かで行ってみようよって。ルーレット方式で、どの階でドアが開くか分からない。中には大儲けできる階があったり、すごく楽しい階もあるんだけど、ロシアンルーレットみたいに止まった階には必ず降りないといけないんで、めっちゃ怖い階に降りた者は痛いメに遭う映画。そんなカンジに思いますね。
── なるほど(笑)。
みうら 実はね、このビル、生命体なんですよ。ちょうどエレベーターが口に当たる部分でね。言うなればキラー・エレベーターですよ。
── エレベーターに襲われる映画、昔、観たことある気がします。
みうら その続編と考えてみてください(笑)。人間が思ってるエレベーターの概念とは全く違うんですよ、生命体ですからね。でも無軌道な若者たちは「ラ・ブーム」明けなんですよ。かなり調子に乗ってますから。
── 『ラ・ブーム』ってソフィー・マルソーの映画ですよね。
みうら そうです。卒業後のパーティーみたいなやつですよね。みんながダンスしたりする。 このチラシに写ってるチアガールっぽい子は最後の方まで生き残るんでしょうけど、付き合っている彼氏は真っ先に殺られます。それがホラーの掟ですからね(笑)。
『ホビッツベイ』



── 2枚目のチラシは1970年代を舞台にしたホラー『ホビッツベイ』です。
みうら これも僕的には選ばざるを得なかったチラシですね。
── 今日は統一感ありますね(笑)。
みうら でしょ(笑)? 僕が選ぶチラシって全体的に茶色がかってるんですよね。男の料理も茶っぽいって言うじゃないですか。弁当作っても、野菜を入れたりしないから。そんな男の弁当に通じるのがこの『ホビッツベイ』のチラシだと思うんです。
しかし、これはデカデカとモンスターが写ってますよね。こういうものって普通は隠すもんじゃないですか。「モンスター出ますよ」ってことはハッキリしてる。ここまで見せてくれてると、次には「何に似てるモンスターだろう」って考えるじゃないですか、男としては。
── 男としては……(笑)。
みうら みうら 男としては「アメフラシだな」って思ったんです。一度、鴨川に行ったとき、ある磯で見つけたんですよ。
これもどうしてですかね、男って本当はビーチより磯の方が好きじゃないですか? そりゃイケてるヤツらはナンパ目的でビーチを目指すのでしょうけど、僕みたいな文化系のヤツって磯の方に行きがち。村山さんはどうです?
── 確かにウニとか穫れるんじゃないかと期待して磯には行きますよね。
みうら やっぱりね(笑)。ナンパが目的じゃない者は、もっぱら海の生物のハントですからね。そのとき、ちょうど引き潮になってたんで、岩のところにいろんな磯の生物がいたんです。で、僕は生まれて初めてアメフラシっていうものを見ました。
── この『ホビッツベイ』のモンスターの口の部分は、たぶんアメフラシをイメージしてるなって思ったんですね。
みうら それにアメフラシ、紫色の煙みたいなのを出すんですよ。触りでもしたら内臓をぜんぶ出すかもしれません。それで外敵をビビらせて逃げるんです。もう予想だにしないことを奴らは仕掛けてくるんです。
しかし、このチラシの女の子はそんなに驚いてない。モンスターが背後に迫ってるときにこんな表情しないでしょう。しかも横の女の人に至っては眉をしかめてるじゃないですか。
── 確かにホラーなのに恐怖の表情じゃないですね。
みうら ホラーなら本来叫ぶところですよ。しかし、このチラシの表情がヒントです。
── 「ヤバい!」とか「噛まれる!」みたいな感じじゃないんですよ。この怪物は、攻撃とも言えないし、防備とも思えない、人間の想像をはるかに超えたヘンな動きをするはずなんです。
「ぎゃー」って表情をする怖さなんてたかが知れてます。本当の怖さというものは「ナニコレ!」なんですから。
ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』のモンスターも、犬の顔がバナナ割れしたり、ニューッと出てきた先っちょにオッサンの顔が付いててブラブラしてたじゃないですか。アレを初めて見せられたとき、恐怖というか「ナンだこれ?」っていう感覚が先だったと思うんです。
このチラシがあえて怪物を前面に押し出してるっていうことは、「ナニコレ、なんにも仕掛けてこないじゃん!」っていう逆の怖さを狙ってるんだと思います。食われるんだろうなと思わせてますけど、全く食いもしないと思いますよ。
この子どもの表情なんて、ちょっと飽きてる感じすらしますもん。子どもは飽きるの早いですからね。人間はついつい理由を探りがちだけど、いやいや、自然界には理由なんてないんですよ。そこが怖さなんですよ。
宇宙人にもつい敵か味方かって考えるじゃないですか。でも宇宙人は理解を超えたことを地球にしにくるはずで、そんなこと全く考えてるわけがないんですよ。
襲ってくるか、こないかすらも分かりませんが、なにか理解を超えたことをするに違いない。この映画は「オレが思ってるモンスターじゃない!」って思った瞬間に負けだと思います。
みうら じゃあ、お客さんもこのチラシみたいな表情で映画館から出てきますかね。
── そうですね。「何だったのアレ?」って顔で出てくるでしょうね(笑)。
取材・文:村山章
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プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。
