みうらじゅんの映画チラシ放談
「鉄の爪」が培養液に入れられてると思います『アイアンクロー』『インフィニティ・プール』
月2回連載
第126回
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『アイアンクロー』
── 今回の1枚目のチラシは、A24 製作の伝記映画『アイアンクロー』です。
みうら 僕の世代で「アイアンクロー」というと、当然フリッツ・フォン・エリックの「鉄の爪」のことですからね。チラシの写真からプロレスの映画であろうことは分かりますし、後ろにいる人が手を広げていて今にも必殺技「鉄の爪」をかけようとしてますね。
でも、どうでしょう? 僕ら以降の世代にはさっぱり分からないチラシかもしれません。とりあえず、どういう話なのかが気になりました。チラシに写ってる3人は、たぶんフリッツ・フォン・エリックさんの息子たちなんでしょう。
そういえば昭和の頃のプロレスって、いちレスラーに対してひとつの必殺技みたいな約束があった気がします。
ブルーノ・サンマルチノの「人間発電所」とか、ビル・ロビンソンの「人間風車」なんてネーミングにもグッときました。この映画も、フリッツ・フォン・エリック家の伝承芸であるアイアンクローを息子たちが引き継いでいく根性モノだと思うんですけど、どうでしょう?
── 確かにチラシに「呪われた一家」って書いてますから、家族の話ってことですよね。
みうら 「呪われた一家」ということは、必殺技のアイアンクローが呪われてるってことですか? 当時は日本語で「胃袋つかみ」って言ってましたから、それ以来、胃の調子が悪いレスラーがいたとか。
── アイアンクローは顔面を鷲づかみするんじゃなかったですっけ?
みうら そうです。顔面をつかむのがアイアンクローで、胃袋をつかむのがストマッククローです。よくジャイアント馬場さんが、フリッツ・フォン・エリックが額のところをつかもうとするのを、必死で止めてたもんです。額のちょうどこめかみのあたりに爪が入るとね、顔面が割れると僕らは思っていました(笑)。対戦相手は、入れば絶対にギブアップなんですよ。胃袋なんて鉄の爪に掴まれたら破裂しますよ。
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Photo:AFLO
── 人間の胃袋って外からつかめるものなんですか?
みうら いや、僕はやられたことがないんで(笑)。でもたいそう痛そうなんです。でも横倒しにされたレスラーの胃袋のあたりにアイアンクローが入るんです。それが入るともう、体内から胃袋をつかみ出されるくらいの激痛が走るみたいで。
しかも一度つかんだらアイアンクローは離れないんです。スッポンが食いついたら雷が鳴っても離れないくらいの勢いなんですよ(笑)。だから対戦相手はどうにかしてロープに逃げるしかない。よくよく考えたらその手を蹴り上げれば取れるんじゃないかとも思うんですけどね。
リングサイドのところにつかまって、レフリーのユセフ・トルコに「ロープ、ロープ!」って言ってもらってようやく離してもらえるんですけどね。
当時『ゴング』とか『プロレス&ボクシング』って雑誌が出ていて定期購読をしてたんですけど、海外での噂とかが載ってるんです。もう、ほとんど悪役レスラーはホラーの扱いでしたから(笑)。
「呪われた一家」っていうことは、アイアンクローで相手選手を絶命にまで追い込んだにもかかわらず、(落語の)『真景累ヶ淵』的な、先祖の霊がどんどん次のヤツらを呪っていくような話じゃないでしょうか。
── アイアンクロー自体は呪われた技ってことですか?
みうら 父親のフリッツ・フォン・エリックとしては、もうこの技は封印したし、ここに写ってる息子たちにも継いでほしくない。芸能人が自分の息子が芸能人になるのを止めるみたいに「プロレスラーは勧めん!」って言ってたのに、やっぱり血が騒ぐんですかね。3人ともプロレスラーになって、3人とも禁じ手であるアイアンクローを使うという。
息子の中のひとりが、霊が乗り移ってアイアンクローをかけちゃうのを、他のふたりがリングサイドから駆け寄って、「兄貴、それはダメだ! それだけはダメだ!」とか言って、手を押さえてね。
── 今、霊が乗り移るっておっしゃりましたか?
みうら つい、言いました(笑)。「やめろ! その技は出すな!」っていうお父さんの霊の声がね。
── チラシの裏を見ると、兄弟が4人いますね。
みうら 3人じゃないんだ。たぶん、一番下の子はアニメ好きだと思います。呪われた一家の話を、いずれアニメ化するんだと思います。
霊じゃなくて、手だけが生きてるのかもしれないですね。手の部分だけが培養液の中に入っていて、鉄の爪だけは生きている。
── ホラーじゃないですか。
みうら ホラーとも言えますね(笑)。
── 僕、実はこの映画観てるんですけど……。
みうら 村山さん、観てるんですか!? 早く言ってくださいよ。で、僕の予想、違ってます?
── 違ってます(笑)。
みうら 鉄の爪が培養液に入れられてるっていう予想は?
── それも違います(笑)。
みうら もうそれ以上言わないでください(笑)。自分で観て確かめたいんで。
『インフィニティ・プール』
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── 2枚目のチラシは、「性癖に刺さる」という触れ込みのスリラー『インフィニティ・プール』です。
みうら 性癖に刺さるプールもの。面白いに決まってますね(笑)。
── プールものってジャンルありましたっけ?
みうら あるでしょう、そりゃ(笑)。
このコーナーで『はい、泳げません』って日本映画を取り上げたときにもお話しましたけど、僕は、泳げません。
でも、通っていた小学校で、卒業するまでできなきゃいいのにって思っていたプールが、6年生くらいのときにできちゃったんですよ。当然夏になると、水泳の授業です。
泳げないヤツらがプールサイドに集められて、どこから持ち出してくんのかよく分からなかったんですが、体育教師が碁石の入ったお椀みたいなやつをプールに持ってきて、白と黒の碁石をプールの底に撒くんですよ。泳げない生徒はそれを潜って取りに行かなくちゃならないんです。そういう屈辱レースをさせられたんです。
碁石を拾ってるときにプールサイドからの嘲笑の声が漏れ聞こえてくるんです。もうプールから上がりたくないなっていつも思ってたんですけど、コレもそんな映画だと思います。
このチラシの男の顔を見る限り、水に顔すらつけられない泳げないタイプだと思います。
── 確かに、泳げない人には見えますね。
みうら たぶんこの人も、アメリカの小学校で碁石拾いをやらされたクチですね。トラウマになってるんでしょう。コンプレックスに思っているんでしょう。大人になって、友だちとプール行く約束しちゃって、仕方なく自主練をするんだと思うんですよね。だって、好きな彼女もいますから。夜中にプールに忍びこむんです。
でも、そのプール、碁石拾いをやらされて溺れ死んだ霊が出るんです。上がろうとしたときに沈めに来ると思います。
チラシをよく見たら、監督・脚本に「クローネンバーグ」って書いてあるんですね。これはきっとデヴィッド・クローネンバーグの息子さんですよね。たぶん、泳げなかったコンプレックスがあるんだと思うんです。
── 「インフィニティ・プール」っていうのは、よく南国リゾートにある海とつながって見えるプールのことですよね。
みうら インフィニティは碁石っていう意味じゃなくて(笑)?
── 「罪をつぐなうのは、もう一人の自分」って書いてありますね。
みうら ということは、碁石拾いをやらせた体育教師が主人公って可能性がありますね。
── それが南国リゾートでですか?
みうら 碁石拾いがちょっとしたブームとか(笑)?
取材・文:村山章
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プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。
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『マイ修行映画』
文藝春秋
1650円(税込)
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