みうらじゅんの映画チラシ放談
パンフレット売り場ではもうひとつ“関門”があります『HOW TO HAVE SEX』『帰って来たドラゴン《2Kリマスター完全版》』
月2回連載
第133回
『HOW TO HAVE SEX』
── 今回の1枚目のチラシは、無軌道なパリピの若者たちを描いた青春映画『HOW TO HAVE SEX』です。
みうら かつて『セックス・アンド・ザ・シティ』って映画あったじゃないすか。公開当時観に行ったもんですよ。
── 映画版を、ですか?
みうら はい。逆に映画版しか知りませんでしたから。そのときはまだ、チケット売り場で買ったもんです。
── 売り子の人にタイトル言わないといけないやつですね。
みうら まずそこを試してくるわけです、映画館はね。その試練を乗り越えた者だけが映画を観られるというシステムでした。自動発券機が当時既にあったのかもしれませんけど、まあ試練を数々、乗り越えてきた身としてはチケット売り場じゃなきゃいけないと思ってね。 そうしたら、その売り場のガラス窓のところに注意書きがあったんです。『セックス・アンド・ザ・シティ』を「SATC」と呼んでくださいって。
── よく「SATC」って略されてますね。
みうら 「SATCと呼んでください」って突然言われてもねぇ(笑)。僕の前に並んでた人が「SAナントカ」ってしどろもどろに言ったら、チケットを売ってる女の人がインカムマイクを付けていてね、「『セックス・アンド・ザ・シティ』ですね」って大きな声で言ったんです。
── ひどい! それはひどい!(笑)
みうら でしょ? SATCにした意味ないじゃないですか! それで自分の番が来るのが怖くなってねぇ(笑)。
僕、そこまでして『セックス・アンド・ザ・シティ』が観たかったわけじゃないんです。もうしょうがないから、ここは堂々と「セックス1枚!」って言いました。
そうしたら「ハイ」って素直に売ってくれたんです。それでまずはホッとしたんですけど、僕、パンフレットを買うのも義務でしてね。当然、もうひとつ関門があったんです。
前から提唱しているアイデアなんですがね、大きな映画館ではいろんな映画を上映してるわけですから、パンフレット売り場ではタイトルじゃなくて、A、B、C、Dとか記号をつけるだけでいいんじゃないかと。「Aください」って言えば出してきてくれたら楽じゃないですか。パンフレット売り場でも「セックスのパンフください!」って言わなくてすみますからね。
たぶん、この映画も「ハウツーのパンフをー」と言っても、店員さんはやっぱり「『HOW TO HAVE SEX』ですね」ってフルで言うでしょうね。でもこんな関門をくぐり抜けて手にしたパンフレットって、僕にとっては何よりも値打ちあるんですけどね。
── それもみうらさんがよくおっしゃる“修行”の一環なんですね。
みうら 映画には修行が付きものですから(笑)。それに今回のハウツーですが、僕らの世代には、奈良林祥さんの著作『HOW TO SEX』ってベストセラー本がすぐに浮かんできます。
たぶんこの映画を観に来る昭和生まれのオッサンたちは、間違えて「HOW TO SEX」って言うに決まってるんです。「HAVE」なんて絶対に目に入らないと思います。だったらいっそのこと邦題は『HOW TO SEX』でいいじゃないすかねぇ。
── 頑として『HOW TO HAVE SEX』とは言わないんですか?
みうら いや、ちゃんと言うためには前もって何回か練習してからパンフレット売り場に行かないとムリですね。「ハウ・ツー・ハブ・セックス」ってちゃんと点で切って発音して、パンフレットくださいって言ったとしても、自信がないと小声になりがちなんで、当然「はい?」って聞き返されますよね。練習が台無しです。
昭和の人たちがこの映画をすんなり観られるように考えてもらいたいです。「H・T・H・S」はもう、ダメですからね(笑)。
『帰って来たドラゴン《2Kリマスター完全版》』
── 2枚目のチラシは、1974年の香港カンフー映画のリバイバル、『帰って来たドラゴン《2Kリマスター完全版》』です。
みうら 当時、映画館で観た香港映画は基本、画質がボソボソでしたからねぇ。どのぐらいキレイになってるのかが知りたいところです。
かつて黒澤明監督の『七人の侍』の“修復版”ってやつを観に行ったことがあるんですが、こちらは音声がボソボソでねぇ、何を喋ってんのかさっぱり聴き取れなかったシーンもありました。今回の『帰って来たドラゴン』はこのチラシ自体ずいぶんクリアになってる気がするんですけど、どうでしょう?
── チラシも2Kになっているってことですか?
みうら せっかく帰って来たんですから、せめて2Kになってるんじゃないですか(笑)?
── この映画の主演はブルース・リーじゃない別のドラゴンさんですよね?
みうら ドラゴンと言っても何匹もいた時代です。この方はブルース・リャンさんですね。ブルース・リだとか、ブルース・リィとか笑いを取ろうとしてんじゃないかと思うドラゴンはたくさんいました。そんな中、ブルース・リャンはちゃんとしたドラゴンでしたよ。
── 「ちゃんとしたドラゴン」ってくくりがあるんですね(笑)。
みうら ありますねぇ(笑)。それほどブルース・リーブームはすごかったということです。
倉田さんも本当のドラゴンでした。当時、敵役であれ日本人が大活躍されているところを観るのは嬉しかった。
── チラシには「香港カンフー映画、伝説の最高傑作」とまで書いてますね。
みうら 『帰って来たドラゴン』は数あるドラゴンものの中で名作だと思いますねぇ。でもね、倉田さんはこの映画ではブラック・ジャガーなんですけどね。
── チラシにも当然のように「ブラック・ジャガー」って書かれてますけど。
みうら ドラゴン以外にもジャガーがいましてね。当時、観に行った映画でも『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』って邦題の映画もあったくらいです。
ま、感覚としては、「ゴジラ対キングコング』みたいな。つまりどっちも強さは互角であるっていう意味だと捉えていいんじゃないですかね。
ジミー・ウォングさんはドラゴンでも片腕ドラゴンで有名ですし、後に座頭市にも登場されます。
── ジミー・ウォングが片腕剣士として登場する『新座頭市・破れ!唐人剣』ですね。
みうら それです。かつての日本のチャンバラ映画が、ドラゴンにも大きな影響を及ぼしてるわけです。倉田さんがドラゴンとして香港でもものすごくリスペクトされてたってことです。いや、この場合、ジャガーですがね(笑)。
── ジャガーですが(笑)。チラシの裏面を見ても、完全にブルース・リャンより倉田さんが目立ってますね。
みうら でしょ。昔は今みたいに情報がなかなか入ってこなかったから、倉田さんの香港での活躍は一部のカンフー映画ファンじゃないと知りませんでした。『Gメン’75』でようやく知った方も多かったと思いますね。
同時上映が倉田さんの短編映画『夢物語』ですか。これはジャガー祭りというか倉田さん祭りですね!
── これはブルース・リーの映画ではないですけど、ブルース・リーのコレクターでみうらさんの美大時代のお友だち、トット・リーさんは観に来られるんですかね?
みうら 先日、前売り券を買ったと電話がありました(笑)。
その時、「じゅんちゃんに一応言うとくけど、ジャッキー・チェンの『ライド・オン』は、50周年記念作やねん。これだけは観てえな」って頼まれたもので観に行ったんですよ。
スタントマンの哀愁にボロ泣きしました。やっぱりカンフーものはいいですね。『帰って来たドラゴン』は、そんなキープオン・ファンのために帰って来てくれたんです。トット・リーはそれだけでも泣いていると思いますよ(笑)。
取材・文:村山章
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プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。
『マイ修行映画』
文藝春秋
1650円(税込)