みうらじゅんの映画チラシ放談
20年前の映画って可能性はありません?『スパイダー/増殖』『動物界』
月2回連載
第137回
『スパイダー/増殖』
── 今回の1枚目のチラシは、フランス産のホラー映画『スパイダー/増殖』です。
みうら 「過去20年間のフレンチホラー史上最大のヒット!」って書いてあるんですけど、過去20年間のフレンチホラーの代表作って何がありますか?
── 『マーターズ』とか『屋敷女』とかですかね。
みうら 聞いたことありますね。で、この邦題は「増殖」と読んでいいんですか?
── 確かにどう読んでいいのか分からず、自分の教養を疑いますね。
みうら 古い写植時代の文字を使ってるってことは、この舞台となる所が印刷工場ってことなんでしょうか? 昔は職人さんが一文字一文字、活字を拾ってましたからね。もしかしてこれ、リバイバル上映じゃないんですか?
── 過去20年の最大ヒットだって言ってるんで、新作じゃないですか?
みうら 20年前の映画って可能性はありません?
── 可能性はありますが、2023年って書いてありますよ。
みうら ですが、じゃ、これ、「増殖」じゃなくて「誤植」じゃないでしょうか?
── スティーヴン・キングが寄せているコメントも「氣持ち悪く」って難しい漢字を使ってますね。
みうら わざと古い漢字を使っているのではなくて、ものすごく昔に寄せたコメントなんじゃないでしょうか? サム・ライミのコメントも、『死霊のはらわた』を撮ったぐらいのものだったりして。
── 頑なに2023年って認めませんね(笑)。
みうら (笑)。チラシの文面に「実際のクモを200匹使い」と書かれているんですけど、どうなんでしょう? その数、多いですか? これは本当のクモを200匹使って撮った昔の映像を、最新のCGで増殖したんじゃないでしょうか?
── 『E.T.』 の修正バージョンみたいなことですか?
みうら そうですね。VFXで直す前は、大して怖くなかったんだと思うんです。クモの種数によりますが、小さなクモ200匹だったとしたらねぇ(笑)。
── 確かに200匹くらいなら頑張れば集められそうですね。
みうら これがもしタランチュラなら、チラシに「タランチュラ200匹」って書きませんか? たぶん普通のクモが200匹だったものを、VFXでもっと多いように見せてるんじゃ。だったら日本の「スパイダース」の方がよほど存在感はありますよね(笑)。
── 堺正章さんや井上順さんのグループサウンズですね(笑)。
みうら あと裏面も変じゃないですか? おっさんの顔アップ。それにこのクモはイラストですよ。
よく見たら表面も裏も同じクモの絵です。もしかして、もしかしてですよ、この映画にはクモなんて出てこないんじゃないですか?
── でも、200匹って書いてますからクモは出てくるんじゃないですか?
みうら じゃ、それは数が問題なんじゃなくて、大きさでは? 200匹の巨人クモだったら、そりゃ驚くでしょう。
── そうなると、ホラーというよりモンスターパニック映画ですね。
みうら そうかもしれないですよ。このおっさんの口は「デケエ!」って言ってますから(笑)。
となってくると、裏面の下に写ってるこの変わった建物は、説明には「郊外の団地」って書いてあるけども、確実に巨大グモの巣ですよ。でも、待てよ。その巨大グモも出てこない可能性もあると思うんですよ。
── どういうことですか?
みうら 映画はすべてクモ側の視点で描かれるのかもしれません。クモの目線から人間を見ている映画だと、巨大グモ自体は作らなくて済みますからね。
── ホントだ。低予算でも大丈夫ですね。
みうら 実際にクモが200匹出てくるシーンはあると思います。それが合体して平成ガメラのレギオンみたく巨大グモとなる。
── そして画面には映らない巨大グモが出てくると。
みうら 巨大グモ目線で描かれてますからね。そのアイデアにスティーヴン・キングやサム・ライミも「マジか、ずっとクモ目線かよ」って、驚いたんじゃないでしょうか(笑)?
『動物界』
── 2枚目のチラシは『動物界』。これもフランスのホラー映画ですね。
みうら このフレンチホラーの邦題、かなり大きく出たなと思いましたねぇ(笑)。「界」でくくってきましたか。チラシのコピー「この世界では人は動物になる」ってそりゃそうでしょう。人間界より動物界の方がデカいですからね。
── 「人間も動物である」みたいなことですか?
みうら 人間って動物であることを忘れがちじゃないですか。「霊長類」なんて呼んで、驕っていますからね。そのことに対してもう動物界も堪忍袋の緒が切れたんでしょう。
動物たちが集まっての裁判シーンから始まると思うんですよ。「アイツらもう超図に乗りすぎてるから、ここは一発言ってやんなきゃなんない」ってね。そこのCGは金がかかってますよ。
動物界の“百条委員会”が設置され、人間はもう涙目でしょうね。地球温暖化とか自然破壊とかの話も当然、出てきてます。そして、ついに「今後は人間界は廃絶します」っていう審判が下される。
このチラシの人の目の上がトカゲみたいになってるじゃないすか。
── 確かに。
みうら トカゲ人間、いや最終的にはトカゲになるんでしょう。
そうなると、まず服を剥ぎ取られますから、動物モドキは恥ずかしがって茂みに隠れたりするでしょう。ペロッとハエとかも食べるんでしょうね。そうやって動物へと進化していく様を記録する映画ですから、これはかなりの長編だと思います。
── 進化を記録って、100万年単位じゃないすか?
みうら まあ、それくらいはかかるでしょうね。何たって人間からトカゲになるんですもの。
── あくまでも人間ではなくてトカゲが主なんですね。
みうら トカゲ映画と言ってもいいでしょうね。中にはヒトカメレオンとか、ヒトカブトムシとかになる者もいるだろうし。
── 急に学名っぽくなってきましたね。
みうら 「俺はひょっとして、ヒトゴキブリかも」などと、いろいろ考えさせられるんだと思います。友だちと観にいった人は「お前、絶対亀だよな」とか話が盛り上がること請け合いです。でも、そんなことでケンカしちゃいけませんよ。本当に将来、ヒトガメになっちゃう場合もありますし(笑)。
── もうホラーの枠じゃないですね。さすがはセザール賞最多12部門ノミネート。
みうら それ、スティーヴン・セガールが選ぶ賞じゃないですよね(笑)?
── (笑)。もうチラシの裏は見ないでおきますか?
みうら これは見ない方がいいと思います。だって「界」が付く映画は、丹波哲郎さんの『大霊界』以来ですから。何があってもおかしくないですよ。
取材・文:村山章
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プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。
『マイ修行映画』
文藝春秋
1650円(税込)