みうらじゅんの映画チラシ放談
“心の師匠”の役をボブ・ディランさん本人が演じるんじゃないかな 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』『大きな玉ねぎの下で』
月2回連載
第141回



『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
── 今回の1枚目のチラシは、みうらさんも大ファンを公言しているボブ・ディランの伝記映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』です。
みうら はい。待ってましたの作品です。一番最初に出たイメージカットの写真を見たんですけど、それはボブさんのセカンドアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケットを模したものでした。
── ボブ・ディランが女性とふたりで街角を歩いてるやつですよね?
みうら そうです。僕も初めてニューヨークに行ったときは、同じ現場で写真を撮ってもらいました(笑)。ボブさんの彼女、スーズ・ロトロさんと仲良く腕を組んでるジャケットです。
となると映画はボブさんが、フォークシンガーとして成功するところから始まり、みんなにもてはやされていたときに突然ロックに転向して、観客からブーイングされ「ライアー」って言い返して、『ライク・ア・ローリング・ストーン』をバンドと共に奏でる。それがラストシーンで間違いないと思います。
── もう観終わったみたいじゃないですか(笑)。
みうら いや、ファンにとっては『桃太郎』ぐらいの有名な話ですからね(笑)。それにタイトルどおり、名もなき者の時代のボブさんがウディ・ガスリーっていう憧れのフォークシンガーに会いに行くシーンもあるでしょうね。
── ウディ・ガスリーが入院してるところに訪ねてくるんですっけ?
みうら そうです。きっとそこで『ウッディに捧げる歌』ってオリジナル曲を披露するんです。これはひょっとしてですけど、そのウディ・ガスリー役をボブさんがやっておられるんじゃないかなと。
── なるほど。かつて憧れた心の師匠の役をディラン本人が演じるみたいな。
みうら ボブさんはかつて何本かの映画に役者として出演されてますから。ま、これはあくまでファンとしての期待ですから。違うかもしれません(笑)。
その後にボブさんのミューズである彼女と知り合って、彼女の影響でプロテストソングを書く。それでフォークの女王だったジョーン・バエズとも知り合って、お付き合いをされ、フォーク界のプリンスに持ち上げられる。でも、『時代は変わる』。そのイメージを払拭するようにロックに転身、最後にはザ・ホークス(後のザ・バンド)とツアーを回るわけです。
── だからもう観終わってるみたいじゃないですか?(笑)
みうら いや、だって有名な話ですから(笑)。だから最後は『ライク・ア・ローリング・ストーン』と相場は決まっています。 でもね、ここでちょっと自慢話をしたいんですが、ボブさん本人が歌ってる『ライク・ア・ローリング・ストーン』を世界で初めて使った映画は、『アイデン&ティティ』だったっていうことなんです。僕の漫画が原作となった映画のみが使用しているんですよ。
── それって容易に許可が取れたんですか?
みうら 『アイデン&ティティ』の映画化が決まったときは、ボブさんサイドに台本を送ってくれって言われて、1年ぐらいずっと寝かされてたのかな。もう返事が来なかったら映画は断ち切るっていう状態だったんですけど、ギリOKが来て、「どの曲使ってもいいですよ」と言ってくれたんです。
監督の田口トモロヲさんと話し合って、「だったら『ライク・ア・ローリング・ストーン』でしょ!」ってなって、実際に許可が下りたんですよ。世界で初ですからね、オリジナルを使うのは。すごい大ニュースだったはずなんだけど、日本のマスコミは一切そこは報道してくれませんでした(笑)。
どうなんでしょうか? この『名もなき者』は実際のボブさんの歌声を使うんでしょうか? それとも……。
── ディラン役のティモシー・シャラメ本人が歌ってるって聞いたんです。
みうら それはそれでまた、スゴイですね。当然、その時代のボブさんの歌い方をマネておられるんでしょう。
── ちなみにこの監督、以前にジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道を』撮った人ですね。
みうら となると、ジョニー・キャッシュさん役の方も出ておられますね。ボブさんの才能を早くから気付いていた方ですし、ロック期の後のカントリー期では共演もされてますしね。
── みうらさんはもう場面写真を見ればだいたいどの時期が当てられそうですね。
みうら いや、もうどんなシーンが出てくるか、今からワクワクです。たぶん、泣いちゃうと思います、僕(笑)。
── とにかく注目の1本ということで見逃せないっていうことですね(笑)。
みうら ですね。僕としてはこの映画で感動した方は是非『アイデン&ティティ』も観直してほしいです。
『大きな玉ねぎの下で』



── 2枚目のチラシは、爆風スランプの名曲にインスパイアされたという映画『大きな玉ねぎの下で』です。
みうら やっぱ、このタイトルはそうですよね。それで選ばさせてもらいました。あの歌をリアルタイムで知ってる世代の人には分かると思うんですけど、文通相手と初めて会う、そんなドキドキの話ですからね。
── 歌い出しが「ペンフレンドのふたりの恋は」ですよね。
みうら 携帯がない時代、ペンフレンドっていうものがどういうものか、今の若い人に分かるのかな?とは思いますがね。 それにタイトルの『大きな玉ねぎの下で』の意味。日本武道館の屋根のてっぺんに付いてる“大きな玉ねぎ”って何なのかっていうことですよね。あれは宝珠というものでして。玉ねぎじゃない(笑)。
お寺の上や、仏像が手に持つ宝珠は、龍王の脳内より出た玉のことで、仏法ではこれを得るといかなる願いも叶うと言われています。
── 宝珠の説明じゃなく映画の予想の方をお願いします(笑)。
みうら すいません(笑)。 実は僕も高校生の頃、文通していたことがありましてね。何度かやり取りをしていると、やっぱ最終的には会いたくなるんですよ。お互い写真なんて送りませんから、どんな顔しているんだろうってそりゃ気になりますよね。
── まさに爆風スランプの『大きな玉ねぎの下で』と一緒じゃないですか。
みうら 武道館で会ったわけじゃないんですが、僕の場合、初めての待ち合わせ場所は京都タワー前でね。手紙には会う日の服装しか書き合ってないんです。先方は「水玉の服着て行きます」と書いてありました。それ以前の手紙には「たまに山口百恵さんに間違えられることがあります」みたいなことが書いてあったんですが、信用ならないじゃないですか(笑)。
こっちもね、「ブルース・リーに似てるって言われる」って書きましたから仕方ないんですが(笑)。京都タワーの前で山口百恵とブルース・リーが会うって、そんな不確かなことってないでしょ?
結局、当日、会えずじまいというか。水玉の服を着た人もいなかったし。たぶん、彼女は来なかったんじゃないですかね(笑)。
── なんか切ない話ですね(笑)。
みうら でしょ? 現実はこんなものでしたから文通って。
でも、この映画のチラシを見る限り、ふたりはイケてますよね。あの『大きな玉ねぎの下で』のふたりは、歌詞の中でどうなったんでしたっけ? 確か会えなかったんですよね?
── 「アンコールの拍手の中 飛び出した 僕はひとり涙を浮かべて」ですから、相手は来なかったんだと思います。
みうら どんなコンサートで会おうって約束してたんですかね?
── 確か、爆風スランプが最初に武道館公演をやるときに作った曲だったと思います。
みうら 爆風スランプは自らのコンサートで会わそうとしてたんですね。でも、相手は来なかった?
── 「キミのための席が冷たい」っていう歌詞もありますから、来なかったってことですね。
みうら まさか氷を置いておいたんじゃないでしょうし(笑)。女性が来なかったのには理由が当然ありますよね。 映画の中では、何か事故が起こったとか、ドラマチックなことがあるかもしれないですけど。結局現れなくて、逆の席に座ってた人と盛り上がったなんてストーリーじゃないですよね?
── それはいいラブコメな感じがしますね。女性が男性を試すために、違う席に座ってたって可能性もありますよね。
みうら それもすごい話ですが、このチラシには一切、ラブコメとは書いてないですからね。
── 本当だ(笑)。
みうら じゃ、予想の方向を切り替えて、そのコンサートで演奏してるのは爆風スランプですかね?
── 今っぽい人があの曲をカバーして、コンサートで歌うのかもしれないですね。
みうら 今っぽい人と言ってもやはり、サンプラザ中野くんのスキンヘッドはいりますよね? 大きな玉ねぎとも被っていますから。ということは、今誰でしょう?
── 宇多丸さんのRHYMESTERは最近武道館公演をされてましたけど。
みうら 宇多丸さんはぴったりですね。サングラスもしてるし、これは確実にRHYMESTERのコンサートですね。
今思ったんですけど、この彼女、チラシの写真、なんかゴースト的なカンジしませんか? 何となく彼女の方の色が薄い気がするんですよね。これは、文通の中のイメージではこう見えてたっていう幻影ではないかと。
── かなり切ない映画になりそうですね。
みうら 『ゴースト ニューヨークの幻』でろくろを回すシーンのパロディも出てくるかもしれませんよ。
── イマジナリーの彼女と出会う話だと思ったら、ずいぶん切ない気持ちになってきました。
みうら 玉ねぎだけに刻むと涙が出ますから、この映画観たら、僕は絶対に泣くと思います。やっぱ文通って切ないもんですからね。
取材・文:村山章
(C) 2024 Searchlight Pictures.
(C)2024 映画「大きな玉ねぎの下で」製作委員会
プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

『マイ修行映画』
文藝春秋
1650円(税込)
