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みうらじゅんの映画チラシ放談

映画の中では事件を解決する度に主人公がこのポーズを決めるんだと踏んでます『デーヴァラ』『私の親愛なるフーバオ』

月2回連載

第145回

『デーヴァラ』

『デーヴァラ』

── 今回の1枚目のチラシは、インドの海洋アクション巨編『デーヴァラ』です。

みうら このチラシが気になったのは、このポーズにあります。これって昔、懐かしいマドロスのポーズではないかと思ってね。

── マドロスのポーズってのは何ですか?

みうら ご存じないですか? ホラ、波止場にある、ポマードみたいな名前の船のロープをかけるやつがあるんですけどね。

── それはボラードですか?

みうら そうそう、ボラード。そこにね、マドロスは片足を乗せてカッコをつけるんですよ。僕らの世代にはもうマドロス映画は流行ってなかったんですが、ひと昔前、小林旭さんとかが船乗りの役で大活躍するような映画があったんですよ。

たぶん僕の世代が初めて見たマドロスはアニメの『ポパイ』だったと思うんですけどね、でも大概は主人公が船員であって船長ではないんです。つい、船長がかぶる帽子にダマされますがね。

── ツバの上に錨のマークがついてるような帽子ですよね? 『宇宙戦艦ヤマト』の沖田十三とかかぶってるみたいな。

みうら そうです。マドロスはかぶってませんよね、そんな帽子。港に船が停泊すると、何日間か船乗りたちはそこに留まるわけでね、その時、なぜかマドロスは船長帽をかぶり、ボラードに片足をかけ、背中にバッグを担いでパイプを持ってるんですよ。

── それは完全にポパイじゃないですか?

みうら でしょ? でも、単なる船員ですよ。僕が一番最初に買ったマドロスレコードはね、西川峰子(現・仁支川峰子)さんの「峰子のマドロスさん」っていうシングル盤だったんですよ。

── 確かにボーダー着て帽子かぶってますね。

みうら 検索したら出てくるでしょ。ホラ、彼女も船長帽かぶってるでしょ。マドロスさんと言ってるのに(笑)。かつては、美空ひばりさんがよくやってたマドロス・スタイルです。

やっぱ、この帽子は船長のやつでしょ。ということは、船員が船長室からこっそり盗んだものだと考えられます。

たぶんそのとき、パイプもくすねてきたんでしょうね。それで、港のバーで船長ぶって女性を口説くんですよ。「オレは七つの海を航海してんのさ」とかなんとか言って。

長い話になっちゃいましたけど、この海洋バトルエンターテイメント『デーヴァラ』のチラシを見て、これはインドのマドロス映画じゃないかって思ったわけです。

── 海洋映画の根っこはマドロスのポーズと繋がってるってことですね。

みうら そうなりますね。そもそもそのポーズのルーツは、インドだったかもです。たぶん、ヒンドゥー教においての海の神様のポーズじゃないかと。

古くはインドの神がそのポーズを決めたときに、「よ! デーヴァラ!」と囃し立てたのかもしれません。たぶん、この映画では、ポセイドン的な神のヒミツが解き明かされるんじゃないかなと思います。

── なるほど。でもありそうな話に聞こえてきてました。

みうら 仏像の台座にも岩座というのがあって、不動明王像などは岩座に立つんですけど、そのときのポーズ、歌舞伎で言うところの「傾いてる」っていうやつなんです。そのルーツもたぶんこのデーヴァラがしているポーズだと思います。たぶん、映画の中では事件を解決する度に主人公がこのポーズを決めるんだと踏んでるんです。

── でも、チラシをよく見たら今風の襟付きのシャツを着てますね。

みうら あれ? 本当ですね(笑)。だったら『RRR』、神様がこの『RRR』な方に乗り移るんでしょう。当然、水にまつわる神話ってことで、クンビーラっていうのも出てくるはずなんです。クンビーラってのはガンジス河の化身で、巨大なワニなんですよ。このチラシの写真、岩に見えてますけど、実は巨大ワニの可能性がありますね。

── ああ、ワニに乗ってるってことですね。

みうら そうなりますね。ちなみに、そのクンビーラっていう神様が日本に伝来し、金毘羅(こんぴら)になったっていう話です。 

デーヴァラは、いつも巨大ワニに乗って移動するんです。たぶん主人公はグラフィックデザイナーです。仕事でポスターデザインを頼まれて、その現場の写真を撮りに行ったときにある事故に巻き込まれ、命を落とすんじゃないですかね。で、『ウルトラマン』のハヤタ隊員みたく、ゾフィーに魂をもらう……。

── 今どこかで聞いたことある話だなって、ちょっと思いました(笑)。

みうら まあ、ウルトラマンも神話みたいな話ですからね(笑)。この主人公も海の神の魂を宿し、悪を働く海賊たちを懲らしめたりするんだと思います。この手に持ってる武器はね、そもそもはグラフィックデザイナーが使う定規がデカくなったものだと思いますね。

『私の親愛なるフーバオ』

『私の親愛なるフーバオ』

── 2枚目のチラシは、2020年に韓国で生まれたジャイアントパンダを描いた『私の親愛なるフーバオ』です。

みうら 僕、中国の四川省にある峨眉山っていう山に仏像を見に登ったことがあるんです。普賢菩薩の里って呼ばれているところなんですけど、そもそも「ガビザン」っていう山の名の響きにグッときましてね。

── 濁音はカッコいいですからね。

みうら そのときに調べてみたんですが、成都っていうところにパンダ基地がありましてね(笑)。

── “成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地”ですか?

みうら それです! そもそも仏像を見に行くのが目的だったんですが、パンダに夢中になりました。そこには、上野動物園にかつていて、中国に返されたパンダもいました。

上野動物園のパンダのコーナーは、いつも長蛇の列じゃないですか。でも、中国のそこにはうじゃうじゃパンダがいてね、そんなに混んでいませんでした。

── ありがたみが薄れましたか?(笑)

みうら いや、そもそもそんなに興味なかったんですけど、こないだ「赤ちゃんが生まれた」って日本で大騒ぎになってたじゃないですか。まだ赤い色でふにょふにょのパンダがガラスケースに入っていて、それを遠いとこから見るだけでも長蛇の列ができてましたでしょ? それもね、中国にはいっぱいいてねぇ(笑)。

ピンク色した赤ちゃんパンダのぬいぐるみも売られていて、4つばかり買いました。

── やっぱりかわいかったわけですか?

みうら ゆっくり見れましたね。そりゃ赤ちゃんパンダはかわいかったです。それでね、このチラシを選んだわけです。

── よく分かりました。

みうら チラシの裏をちょっと読むと、この映画、韓国のパンダが中国に帰るって話みたいですね。韓国も、中国との約束の期間を終えたら返さなきゃならないんですね。

こないだ日本でもパンダを送り出したとき、上野動物園にいっぱい人が見送りに来て、中には泣いてるファンの人もおられましたからね。これは泣くでしょ。涙のカツアゲ映画だと思いますね。

僕も似たような感情を一度抱いたことがあって、それは小学6年生のときに、地元の京都のデパートで「出羽三山の秘宝展」っていうのがあってね、仏像好きだったもんで観に行ったんですよ。てっきり仏像だと思ってたら、ミイラ仏。仏像じゃなくて、即身仏だったんです。

── ああ、本当にミイラだったんですね……。

みうら そうなんです。リアルすぎました。その即身仏、湯殿山にある大日坊っていうとこにおられる真如海上人っていう方でね。それがもう本当にすごい衝撃で、それによって僕の中での第1期仏像ブームが終わったくらいでした。

── 怖すぎて?

みうら はい(笑)。それが40代ぐらいになったときに、ふとそのことを思い出して、やたら会いたいなって思ったんです、真如海上人に。

で、山形県の鶴岡の大日房っていうお寺を訪れたんです。おられました、小学校6年生のときも見たあの真如海上人が、ちっともお変わりなくおられたんです(笑)。

すごい感動したっていうか、再会がすごい嬉しくて、思わずつぶやいたんですよ、「お変わりありませんか」って。でも、よく考えてみたらお変わりがあったのは僕の方でした(笑)。

── そうですね、即身仏は数百年、保存されてるわけですもんね。

みうら そうなんですよ。ちょっとそれとは違うんですがね、再会映画といや当然、泣いちゃいますよね。

── とにかく感動作ってことですね。

みうら ですね。でも、パンダ外交で中国に返すって言っても、どうなんですかね、そんな年老いたパンダのお世話も大変だろうと思うんですけどね。

韓国で涙ながらに見送られて中国に戻ってきたけど、ひっそりと余生を暮らすんですかねぇ。まあパンダ本人にはそんな気ないでしょうど、韓国ならスターであり続けられたのにねぇ。

── 昔の名前は通用しない場所ですね。

みうら このチラシには「君との出会いは奇跡でした」って書いてあるんで、単なる再会でないことは分かります。もうパンダが好きすぎて、あるファンが中国の施設の飼育員になるっていう話ではないでしょうか?  

── ある意味で老老介護の話ですね。

みうら ま、ファンの方もお年だろうしね。ひょっとして、ラスト、その人も、パンダの檻の中に入ってパンダの格好をしてるかもしれないですね。「わだばパンダになる!」なんて言って。これはフィクションなんですか? 

── (ぴあ編集)ちょっと口を挟むようですけれど、「本作はドキュメンタリー映画です」っていう件名のメールが宣伝ご担当から来ていました。

みうら ええ?(笑) じゃ、パンダの格好した人間は出てきませんね。

── 映画としては、「パンダを老老介護しに行って自分もパンダになる」って、すごくいいシナリオな気がしますけどね。

みうら ま、急いでそんなメールが編集部に届いたってことは、またみうらが『わさお』の映画を観たときのようなコメントを述べるのでは?という危惧からなのでは(笑)。言わせてもらいますが、『わさお』のときも僕、号泣でしたからね!

『デーヴァラ』
3月28日(金)公開

『私の親愛なるフーバオ』
4月18日(金)公開

取材・文:村山章

(C)2024 NTR Arts. All rights reserved.
(C)2024 ACOMMZ and EVERLAND RESORT. All rights reserved

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

『マイ修行映画』
文藝春秋
1650円(税込)