みうらじゅんの映画チラシ放談

僕、前世は犬だったのかもしれません『犬の裁判』『ぶぶ漬けどうどす』

月2回連載

第149回

『犬の裁判』

── 今回の1枚目のチラシは、フランス産の風刺コメディ『犬の裁判』です。

みうら 近著『アウト老のすすめ』の表紙に写っているワンちゃん、僕が飼ってる犬だと思ってる人いるかもしれませんけど、あれはウチの事務所のウスイさんという女性が飼ってるモコゾウっていうワンちゃんなんです。チョーヤの梅酒のCMにも出演してるんですよ。今年でちょうどウスイさんがみうらじゅん事務所に務めて、30周年。そのお祝いもあってコラボしたってわけです。何のこっちゃよく分からない方もおられると思いますが(笑)。

── おお、それはお疲れさまです。

みうら だから、僕自身は特に犬好きってわけじゃないんです。戌年生まれってだけで(笑)。

それに犬の方からも好かれてないっていうか、犬には人間の本心を見抜く力があるんでしょうね。昔、親戚の家がちょっと大きめの犬を飼ってたんですけど、あるとき、近くの川で子どもが溺れるなんて事件があって、散歩途中にその犬が見つけて、「わんわん!」って吠えて伝えたそうなんです。それで子どもは救われたんです。

新聞にまで載るほどではなかったんですが、親戚の間では「あの犬はとてもかしこいな。人の気持ちがきっと分かるんや」と言われてました。でも僕が親戚の家に行くと、いつも吠えるんですよ 。

噛みつかれたこともありましたよ。「じゅんちゃんは何も悪いことしてへんのになぁ」って親戚の人は言ったんですが、きっと僕の邪悪さを読み取ってたんだと思うんです。

── なにか悪いことをしてたんですか?

みうら いやいや、してませんよ(笑)。心の中を読まれたんじゃないかと。それか僕、前世は犬だったのかもしれません。

── 邪念を元から断つみたいな。それでケンカをふっかけてくると?

みうら 前世犬説が正しければそうですね(笑)。ま、きっと人間の心が見抜けるんでしょう。だからこのチラシの「彼は無罪か有罪か」っていうキャッチコピーを見て、ドキッとしました。

チラシ写真を見ると、犬の前にパネルのようなものがありますよね。たぶんここの裏には犯人にまつわるものが隠されてるんでしょう。で、犬はそれを見てて「みうら」っていうところを押すんでしょうね。

犯人としては「いや、犬に分かるわけないじゃん!」と必死で訴えるし、当然、世論としては、まあ人間の言ってることの方が本当だろうということになるんでしょうけど。でもその裁判官も僕のような犬に嫌われ続けてきた経験があるんでしょうね。それで犬が言ってることの方が正しいと分かるんです。

── なるほど、犬に告発されて、後ろ暗い人が有罪になる話。

みうら ですね。今はAIもありますし、「こいつ犯人!」と犬語を人語に替えて喋るかもです。「でもな、お前の気持ちも分からないでもない。少し刑は軽くしますよ」と、そんなお涙シーンもあるんじゃないでしょうか?

── 泣くんですか?

みうら ええ。犬はかしこいな、人間は本当にバカだなぁーって。泣いちゃうと思うんですよ。

『犬の裁判』
上映中
(C)CBANDE A PART - ATELIER DE PRODUCTION - FRANCE 2 CINEMA - RTS RADIO TELEVISION SUISSE - SRG SSR - 2024

『ぶぶ漬けどうどす』

『ぶぶ漬けどうどす』

── 2枚目のチラシは、京都の文化をテーマにしたコメディ『ぶぶ漬けどうどす』です。

みうら やっぱり元京都人としてはすごく気になるんですよね。

「ぶぶ漬けどうどす」ってタイトル、これは京言葉ってやつなんですけど、うちのオカンとかは「お茶漬けでも食べていかはったらええやん?」と言いますね。それを訳すと「お茶漬けしかうちにはあらへんねんけど、どう?」ってことになります。

他県の人には京都のお茶漬けって、なんか料亭で出てきそうなものを想像されるかもしれませんが、問題は「お茶漬けしかあらへんけど」の部分。「家上がってもうてもええけど、それくらいしか出せへんのや」っていう意味だってことなんですよ。

── 確かに京都の裏表を表す言葉としてすっかり有名になりましたけど、自分も両親が京都生まれですけど「ぶぶ漬け」は日常では聞かなかったですね。

みうら しかも、そのぶぶ漬けは仮想食。いくら待っても出てきません。だから「お茶漬けしかあらへんけど、上がっていかはる?」っていうのは、客が図々しいか否かのリトマス試験紙なんです。

それでもし上がってきた人は図々しい人と評価されます。ほら、チラシにも「人を翻弄する街」って書いてあるでしょ。

── 「すべての人を翻弄する街・京都」だそうです。

みうら すべての京言葉には裏があるってことです。「あの人、ホンマ図々しいなぁー、断ってんのに家に上がってきやはったがな」が裏の訳です(笑)。他県の人は、あのリトマス試験紙には気を付けてくださいね。

── みうらさんのご実家もそんな感じでしたか?

みうら いや、大学時代、友だちが何人か京都の実家に泊まりに来たんですけど、こっちも困ったことがありましてね。

── というと?

みうら いや、他県の人が抱いている京都の家のイメージとウチがかけ離れてたってことなんです。商売とかしてませんのでウチの実家。極フツーの家でして。「もちろん入り口には暖簾がかかってるんでしょ?」とか、「うなぎの寝床みたいなんでしょ?」とか聞かれてもねぇ。

── 入り口は狭くて、奥は広いってやつですね。

みうら ウチは奥も狭かったですからね(笑)。泊ってるくせに友だちはウチの家を見てガッカリしているわけですよ。

ま、そんな友だちにはウチのオカンは「ぶぶ漬けどうどす」なんて言わないですからね。

でも気を付けてください。「何でも言葉どおりに受け取ったらあかんで」ってこのチラシにも書いてありますでしょ。もう僕すら知らない言葉が京都にはありますからね。

── もっと罠が巧妙になってるってことですね。

みうら 巧妙というか、京都には「観光用言葉」があるんだと思います。特に商売されてる方は「他県から来はった人は、こう言っといた方が京都らしゅうて喜ばはる」っていうことなんです。

30代の頃にね、東京の仕事仲間を連れて京都に行ったことがあるんです。僕は実家に帰ればよかったんですが、文豪が泊まったような老舗の旅館をわざわざ予約してね。その旅館に3人で泊まったんです。

そのとき女将がね、冬だったんですけど、夜ご飯が終わった後、部屋にやってきて、寒いのに窓を開けたんです。女将はしばらく夜の空を見てるんですよ。それ、もう演技なんです。空をじーっと見てね、僕らに聞こえるように「いやぁ、雪起こしやわあ」って言ったんです。

たぶん観光用の言葉なんじゃないですかね。客が「雪起こしって何なんですか?」って聞くのを待ってるわけです。

当然、聞きました。すると、女将は振り向いて「いや、京都では昔から、冬の夜空見たらな、明日は雪降るなって分かるんどっせ」って言ったんです。けどね、翌日はピーカンでした(笑)。

── (笑)。

みうら チラシにはシニカルコメディと書いてありますけど、京都人ホラー映画かもしれませんね(笑)。

── ぜひみうらさんにこの映画をご覧いただいて、どう思ったか聞いてみたいです。

みうら 怖いもの見たさはありますねぇ(笑)。

『ぶぶ漬けどうどす』
上映中
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会

取材・文:村山章

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』『アウト老のすすめ』(ともに文春文庫)など著作も多数。

『アウト老のすすめ』
⽂藝春秋
1540円(税込)