みうらじゅんの映画チラシ放談

ここにきてVHSテープのリバイバル(笑)? 『V/H/S ビヨンド』『キムズビデオ』

月2回連載

第152回

『V/H/S ビヨンド』

── 今回の1枚目のチラシはVHSテープにまつわるホラー『V/H/Sビヨンド』です。

みうら 『V/H/Sビヨンド』といや、今月もう1枚チラシがあったじゃないですか。これです。『V/H/S 94』ってやつ。シリーズものなんですか?

『V/H/S 94』

── 昔からあるホラーアンソロジーシリーズで、『V/H/Sビヨンド』が最新作。『94』は2021年に製作された第4弾のようです。

みうら その他にも韓国人のレンタルビデオ屋のドキュメンタリーっていうのもありました。どうしたんですか? ここにきてVHSテープのリバイバル(笑)? そうであれば今回、ひとまとめにさせてもらって、VHSについて話したいんですが。

── なるほど。

みうら 最近、ずっと借りてる倉庫を、新しいところに移転しなきゃならないことになったって話なんですよ。もう少し広めの倉庫じゃなきゃ、もうモノが入りきらなくなっちゃったわけでね。

それでここ1カ月、仕方なく倉庫の中を整理してたんですけど、一番幅をきかせてた段ボール箱の山、その中身がぜんぶVHSテープだったということが分かってゾッとしたんですよ。ずっと倉庫に入れ込んだまま放置してたんで、その事実をすっかり忘れてたんですね。段ボール箱はVHSだけでも、20箱以上ありました。

最近、よく終活って言葉を耳にしますけど、僕の場合は集める方の“集活”だから、捨てたりはできないんですよね(笑)。ただこのVHSに関しては、デッキがとうに壊れてもうないんで、観返すことすらできないんです。

── 片っ端からデジタルにして、ディスクに焼くのはどうですか?

みうら それですよね。業者を調べてはみたんですが、VHSテープ1本をディスク1枚に入れるシステムらしくて。そりゃ、フルに録画したものばかりだったらいいんですが、中にはちょっとしか録画してないテープだってあるわけですよ。食べ残しみたいに何かそれを1枚に焼いてもらうのがもったいなくて。とりあえず今、ウチの事務所の方に持ってきたんですけど。

── 20箱全部ですか?

みうら はい。それでなくても既に事務所もパンパンなんですけどね。これは将来観直すかもしれないやつを選ぼうと2箱くらい開けたんですが、どれもディスクに焼いてもきっと死ぬまで見ないやつばかりでね(笑)。

昔、自分がテレビに出たときの録画とか、そういうのもいっぱいあって、僕にとっちゃ、貴重っちゃあ貴重なんですけど。「本当に貴重?」って疑問も湧いてくるわけでねぇ(笑)。

背のシールのところに「AVオンパレード」って自分で書いているテープも出てきたんですよ。自分の字でマジックで「SMオンパレード」って書いてある。たぶん、当時レンタルビデオで借りたやつのとりわけ好きなシーンだけをダビングしたやつだと思うんですけどね。

そのときはビデオデッキを2台持ってましたから。でもそれを業者に焼いてもらうとなったら、まあ一応中身を見ますよね、業者も。「こいつ、バカだなぁー」って思うんでしょ(笑)?

── 昔の恥をさらしてまでやるべきかどうか、悩んでるんですね。

みうら 焼いてもらったのに観返さないんじゃ、それはどうかとね。まだカメラがデジタルじゃなくフィルムだった時代、DPE屋さんに現像に出し焼いてもらったときに、「これですよね」って確かめるべく上に載った写真を店員さんが見せてきたじゃないですか。

そのときに、本当にどうしようもない写真だったら当然、先方も「バカだなこの人」と思っていたはずなんですよ。それのイヤらしい版となると、やっぱねぇ(笑)。

いっそもう、何もしない方がいいんじゃないかって思い始めてまして。ダンボール箱はそのままになってるんです。

だからこの『V/H/S』シリーズのチラシは、まだVHSテープをたくさん段ボールに入れて残している人間にとっちゃ、かさむ倉庫代もホラーに思えてくるんですよ。

このチラシ写真、ビデオのテープが口の中に入ってるみたいだけど、テープが絡んでデッキを台無しにしたことのある人間には恐怖でしかありません。

村山さんもVHSテープをたくさんお持ちでしょう? どうしてるんですか?

── 仕事柄、動くVHSデッキは持ってるんで、デジタル化してBlu-rayに焼こうと思ってますけど。

みうら 思ってるだけなんじゃないですか(笑)?

── もうVHSのまま放置してますね。いつかやろうみたいな(笑)。

みうら 「いつかやろう、いつかやろう」がこの年まで続いているってことは、もう「いつになってもやらない」と同じですよね(笑)。

── でも、例えば20年前に撮っていたビデオが役に立つ瞬間って、ごくたまにだけどないですか?

みうら 役に立ったことはないんですが、誰かと喋ってて「ほら、昔、加山雄三さんが紅白歌合戦の司会をされていた回、少年隊の歌『仮面舞踏会』を紹介しようとしたとき思わず「仮面ライダー!」って言ってしまったことあったよね」なんて話になったとき、僕はそれをバッチリVHSに録画してることを誇らしく言うでしょうね(笑)。そういうセンスが通じる友だちが遊びに来たときは、焼いたやつを見せるでしょうが、そんなことこの先、何度あるのかと考えるとねぇ! 

── 没後に「送る会」とかで懐かし映像として流してもらえるかもですけどね。

みうら 本当にしょうがない人だったなって思い返してもらうために、自分の葬式で流されるんだとしたら役に立ちますけどね(笑)。ただ、遺族はそんなの望んでないでしょうから。

この解決のつかないことの答えっていうのは、結局、自分で出すしかないんでしょうけどね。

── あとは寄贈ですかね?

みうら 寄贈はいいですよね。でも欲しがってくれる相手が僕と同年代の者であれば、そいつの遺族だって困りますよね。

── そういう一部の人間にとって貴重なアーカイブを保存する、NPOみたいなのを作るしかないですね。

みうら そういうことになってきますよね。われわれみたいな人間のための貴重なビデオ会社を起業するっていうことですよね。

『V/H/S ビヨンド』
上映中
(C)2024 STUDIO 71, LP ALL RIGHTS RESERVED

『キムズビデオ』

『キムズビデオ』

── じゃあ続けて今回の2枚目のチラシは、NYにあった名物ビデオ店のドキュメンタリー『キムズビデオ』ですね。

みうら どうやらここ、貴重なカルト映画のVHSばかりを取り扱ってる店らしいじゃないですか。まだ、その店はあるんですか?

── 確かキムズビデオはキムさんという韓国系の人がやっていたニューヨークのビデオ屋で、貴重なVHSビデオの宝庫だったんです。ところが1回営業をやめてしまって、ここからがちょっとややこしい話なんですけど、大量のライブラリーをシチリア島かなんかに寄贈したんですよ。

みうら でもなんでシチリア島だったんですかね? 

── ところがまったく利用もメンテナンスもされてなくて、それをどうやって取り返したのか、みたいな話を聞いたことがあります。このドキュメンタリーも、まだ観てないですけど結構エキサイティングな話なんじゃないでしょうか。

みうら エキサイティングというのは複雑な大人の事情のことですね。それで取り戻せたんですか?

── 確か、今、ニューヨークに再びアーカイブ施設みたいなのができていたので、取り戻せたんだと思うんですけど。

みうら いいこと聞きましたよ、今。ということは、うちの事務所に放置してある20箱の段ボール箱も、そこのアーカイブシステムに送りつければいいってことですね!

── 確かにキムズビデオなら引き取ってくれる可能性がありそうですね。

みうら これはVHSの救いの映画じゃないですか! でも、こんなことがこのドキュメンタリー映画でバレちゃったら、当然、僕らのような人間は、寄贈という名のもとに送りつけちゃいますよね(笑)。

── VHSであればいつかキムズビデオを引き取ってくれる(笑)?

みうら キムズビデオからしたら、全世界中から大量のVHSが送られてくるわけですから、それはホラーですよね(笑)。

ただこんなVHS問題が起きてるのも、VHSがベータに勝ったからこんなことになったわけですよね。もしあのときベータがVHSに勝ってたら、『V/H/S ビヨンド』じゃなくて『ベ/ー/タ ビヨンド』になってたわけですから。

── まあ、そうですね。

みうら そういえば僕、大学のときに当時、30万円近くしたビデオデッキを買ったんですよ。漫画で賞金をもらったもんで。そのとき、僕はソニーの方がデザインがカッコよかったからベータにしようと思って、買いに行ったんです。

でも住んでたアパートの近くにあった電気屋の親父が、VHSには「ソフトが1本付きますが?」って言ったんです。奥から持ってきたソフトが『愛染恭子の本番生撮り』っていうAVでね。それでVHSの方にしたんです(笑)。あのときベータがVHSに負けたのは確実にそのせいだと思っています!

── (笑)。

みうら このチラシ、よく見たら「劇場限定で本編字幕版のVHS発売」って書いてますよ。ってことは、これはVHS世代のジジイが観に行って、まんまと1本買わされるっていう手口ですよね(笑)。

── 450本限定だそうですけど、われわれ世代を当て込んだ450人でしょうね。

みうら 完全に当て込みの数ですよ(笑)。

── 前売り券も「VHSカセットぐらい大きくて持ち帰りにくい!」って書いてますね。

みうら わぁ、いたずらにもほどがありますよ(笑)。

── やっぱりみうらさんがまいた“いやげ物”とかバカビデオの種が、こういうところで育った結果じゃないんですか?

みうら それだったら本当、悪いことをしました。すいません(笑)。いや、そのVHS、ひょっとして村山さんちでダビングしてるんじゃないですよね?

── いえ、VHSデッキは1台しかないんでダビングはできないですね。

みうら 村山さんと映画配給会社の仕業かと(笑)。もしその450本があまり売れなかったら、残りはキムズビデオに寄贈されるかもしれませんね(笑)。

『キムズビデオ』
8月8日(金)公開
(C)Carnivalesque Films 2023

取材・文:村山章

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』『アウト老のすすめ』(ともに文春文庫)など著作も多数。

『アウト老のすすめ』
⽂藝春秋
1540円(税込)