みうらじゅんの映画チラシ放談
たぶん70年代青春ノイローゼ野郎を当て込んで作られた映画でしょう『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』
月2回連載
第157回

── 今回の1枚目のチラシは、ボスニアを舞台にしたロードムービー『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』です。
みうら いやぁ、これはもうチラシの白い水着にグッときて選んじゃいました(笑)。このご時世ですからはばかられましたけど、やっぱり白い水着って僕らの世代にはすごい存在でね、僕が白い水着を初めて見たのは『007/ドクター・ノオ』だったと思います。
── 初代ボンドガールと呼ばれたウルスラ・アンドレスですね。
みうら そうです! その名前は未だ忘れることがありません(笑)。中学時代、映画館で買ったパンフレットにはウルスラの役は「海女」って書いてありましたね。白いビキニで腰のところにナイフを下げて、貝を拾ってましたからそんな役名になっちゃったんでしょう。さすがに違和感ありましたよ。
ジェームズ・ボンドがドクター・ノオの島に潜入したら、ウルスラ・アンドレスが先にいたんですよね。そのときの白い水着姿が頭から離れなくなっちゃってね。全く、勉強が手につかなくなってしまいました。
そもそも当時、日本ではなかなか白い水着はお目にかかれなくて。だから「ウルスラ、海外の映画でそういうのを見るとすごいの着てんなぁ!」って。
そういや僕、『色即ぜねれいしょん』って小説を書いたんです。後に、渡辺大知くん主演で映画にもなったんですけど、高校2年生の主人公が夏休みに友だちと旅をする話なんですが、島根県の境港からフェリーに乗るんですけども、その船内であだ名がオリーブという女性と知り合うんです。映画では臼田あさ美さんが演じてくれました。その彼女がなんと、タンクトップ姿でノーブラだった……。
── オリーブさんは実在するんですよね?
みうら はい。『色即ぜねれいしょん』は僕の実体験が基になってますから。
当時、カーリー・サイモンの『ノー・シークレッツ』っていうアルバムが出たんですが、そのアルバムジャケットのカーリー・サイモンがノーブラでねぇ。詳しいことは知らないんですけど、それって女性解放運動的なことだったんだと思います。
同じ頃、『わらの犬』っていうダスティン・ホフマン主演の映画があって、そこでもスーザン・ジョージはノーブラでした。そんな革命は僕らからしたら大変な事件でした。
それでね、臼田あさ美さん演じるオリーブが隠岐の島の同じユースホステルに行くことが分かって、主人公たちは大喜びでね。翌日、一緒に海水浴に行くんですけど、そのときね、オリーブは白い水着だったんですよ。海に入るとちょっと透けてて……。もう僕たちは「どうしよう!?」ってなってみんなで一斉に海に飛び込んだ青春ノイローゼの思い出(笑)。
それがこのチラシを見て蘇ってきたもんで、今回選んでみましたって具合です。
── はい、納得しました。
みうら ただこのチラシの女性は、よく見たら水着じゃなくて下着かもしれませんね。当時だともっと青春ノイローゼをこじらせてましたね(笑)。
── 確かにこれはただの日光浴の場面かもしれないですね。
みうら 本当、困ったもんですよ。たぶんこのチラシの女性は、旅先で知り合った高校生たちを惑わせてくるんだと思いますね。そして、とんでもない目に遭わされるに決まってます。
僕の高校時代には『個人授業』とか『卒業旅行』とか、ちょっと年上の女性に誘惑されてメロメロになってえらい目に遭う、そんな映画が大流行してましたからね。だからこの『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』に副題を付けるなら『新・パンツの穴』じゃないですかね。チラシのピンク色もそういう気にさせますよ。
たぶん70年代青春ノイローゼ野郎を当て込んで作られた映画でしょう。今じゃ、誘われもしないアウト老ですけどね(笑)。
『テイク・ミー・サムウェア・ナイス』
(C) 2019(PUPKIN)
『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』

── 2枚目のチラシは、サム・ライミ製作のアクション映画『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』です。
みうら サム・ライミとくると選んじゃいますよね。これは今の映画ですか?
── 主演のビル・スカルスガルドは最近の役者さんなので、今の映画だと思います。確かにビジュアルを見るといつの映画なのか分からなくなりますね。
みうら 80年代の匂いをわざとプンプンさせているチラシですけどね。
── このヘルメットをかぶってる人も、懐かしい感じがしますね。
みうら 石井聰亙監督の『狂い咲きサンダーロード』とか『爆裂都市 Burst City』のイメージがありますねぇ。
このヘルメットのバイザーのところには「DIE」って文字が見えますけどね、これは手元で操作して字をそこに表示させることができる最近のやつですよ。携帯電話から文字は打てますから、3000円くらいで買えるものと聞いてます。
遠隔操作ということは、このチラシのヘルメットの人も、自分で「DIE」を出してるんじゃなくて、他人にいたずらされてる可能性があるんですよ。
── 確かに、自分で「DIE」とか出してたら恥ずかしいですもんね。
みうら ひょっとして本人は気づいてないかもしれませんね(笑)。
この映画に出てくるのは、悪の秘密結社に集められた少年たちです。洗脳されて、仮面ライダーみたいに改造人間にされてるのだと思います。たぶん、「KILL」って文字を出されてる人と戦うように操作されていてね、主演のビル・スカルスガルドっていう人も改造人間なんですけど、改造手術の途中に逃れたんでしょう、さらわれた子どもたちを救いに行くんです。
── つまり懐かしのヒーローものですね。
みうら 映画館に観に行く人のニーズに合わせてね(笑)。だから、この“ボーイ・キルズ・ワールド”っていうのは秘密結社の名前です。通称「BKW」と呼ばれていると思います。そのBKWが世界を血に染めていくことは許さん!っていう意味を込め、チラシの背景に「X」って書いてあるんでしょ?
── あぁ、これは「エックス」じゃなくて「バッテン」なんですね。
みうら 僕らの世代は「ダメージ!」のバッテンですからね。
「脳が吹っ飛ぶ復讐劇」ってコピーもグッときます。それに香港映画みたいに漢字が書いてあるのは、文字が黄色であることにヒントがありますよ。当然ブルース・リーの『死亡遊戯』を意識してますよね。
── この黄色はブルース・リーのジャンプスーツの黄色ってことですか?
みうら そうなりますね。『キル・ビル』以来の登場ってことでしょう。この黄色は若者が嫌がる「モスキート音」みたいなもんでね、僕らの世代にしか引っ掛かりません。この映画、R15と書いてありますけど本来ならR60ぐらいじゃないですかね。
── 映画を観た若者の意見も聞いてみたいですが。
みうら 残念なことに若者はこのチラシを見てもピン!とこないでしょうし、若者にはこのチラシは見えないも同然だと思います。
── 我々にはバッチリ見えてます。恐ろしいチラシですね。
みうら ふだん老眼で見えない小さな文字もすっきり読めますもんね。これは我々に「絶対、観に来るように!」と召集がかかっているんでしょう(笑)。
『ボーイ・キルズ・ワールド:爆拳壊界流転掌列伝』
(C)2023 Boy Kills World Rights, LLC All rights reserved.
取材・文:村山章
プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』『アウト老のすすめ』(ともに文春文庫)など著作も多数。


『アウト老のすすめ』
⽂藝春秋
1540円(税込)