みうらじゅんの映画チラシ放談

ラスト「年を取っても友情はいいもんだ」みたいな筆書きの縦の文字で僕は泣くと思います『五十年目の俺たちの旅』

月2回連載

第162回

『五十年目の俺たちの旅』

── 今回の1枚目のチラシは、往年の青春ドラマのその後を描いた『五十年目の俺たちの旅』です。

みうら これはもう、結構前に「今回の作品は中村雅俊さんが監督をされる」っていう記事を読んだときから、絶対に観なくちゃと思ってた映画です。TVで『俺たちの旅』が始まったとき、僕は17歳。青春ノイローゼ真っ只中だったからです。 ドラマが終わってからも『十年目の再会』『二十年目の選択』『三十年目の運命』と、特番も組まれてましてね。『俺たちの旅』ってTVシリーズだけじゃなく、『何年目シリーズ』も結構あるんですよ。

── 何年かごとに集まってるってことですか?

みうら そうなんですよ。それがとうとう五十年目にして映画化されたってわけです。

── チラシを見ると秋野太作さんが演じるグズ六は、もう杖ついてますね。

みうら 老いるショックは顕著ですね。でも、このチラシの写真、ファンにとってグッとくるのは吉祥寺にある井の頭公園で撮影してるとこなんです。井の頭公園の近くにカースケ・オメダ・グズ六の俺たちトリオが住んでましたからね。

僕、上京してきたとき真っ先に行ったのは、ここと、今はTOHOシネマズのすごいビルが建ってる新宿コマ劇場の脇のとこ。そこに昔、噴水があって、3人がはまるんです。それを真似て僕も噴水にはまったこともありますしね(笑)。たぶん僕の聖地巡礼は『俺たちの旅』が最初だったと思います。そりゃあ「五十年目」だって付き合いますよ。

あと、友だちと酒を飲むと最終的に口論になるとか、そういうことも教えてもらいましたから、このドラマ(笑)。それで喧嘩になって、最後には頭の中で『俺たちの旅』のテーマ曲が流れて握手、「友情ってそんなものなのです」みたいな文面が縦書きで出るんです。

── ムチャクチャ影響受けてるんですね。

みうら というか、青春をさらにこじらせました(笑)。『アイデン&ティティ』っていう僕が描いたマンガを、田口トモロヲさんが監督して映画化されましたけど、文字が縦に出てくるシーンがありましてね。もちろんそれは『俺たちの旅』ですから。

でも今回のチラシを読むと「20年前に病死した洋子を懐かしむカースケだが、グズ六から洋子が生きていると驚きの情報を耳にして」って書いてありますよ! 『俺たちの旅』ファンからしたら、これは大事件です。

── それはえらいことですね。

みうら 20年前に亡くなったっていうのは、『三十年目の運命』(※2003年放映)のとき。十年ごとに「あの人はこうなったんだ、へえ、こんなことやってんだ今」みたいに近況を追いかけてきましたけど、この「死んだはずだよ、お富さん」展開はこの映画のキモだろうと思うんですよね。

かつての恋人、洋子さんが『お帰り、寅さん』方式で昔の映像で出てくるのか。すっごく気になるところです。実は亡霊だったとか? もしかしたら今回、ホラー、いや、「ほら話」って可能性もありますしね。

── もしくは、みんな認知症になっているのかもしれないですね。

みうら その可能性は確かにありますね。グズ六は3人の中で一番年上の役ですから。よく分からないホラを吹くのかもしれませんね。設定のお歳はいくつなんでしょう?

── 「70代」って書いてありますよ。

みうら てっきり赤いベレーで還暦なのかな?と一瞬思ったんですが、そんなわけありませんよね。

当然、ラストには「年を取っても友情はいいもんだ」みたいな筆書きの縦の文字が出るんでしょうね。それで僕は泣くんだと思います。

── 最後にはみうらさんも泣くんですね。

みうら 当然です(笑)。いくつになっても青春モノは涙のカツアゲじゃなきゃいけませんからね(笑)。

去年『見仏記 三十三年後の約束』っていう『見仏記』シリーズ9冊目の本を出したんですけど、『見仏記』の1冊目が出たときってもう33年前なんですよ。いとうせいこうさんが文章を書いて俺がイラスト描いてるんですけど、1巻目の最後にいとうさんと京都駅で別れた記述があるんです。

僕は単に京都の実家に帰ったってだけで、翌日はもう東京に戻ったんですけど、『見仏記』の連載も1巻が出せたら終わる予定だったもんで、なんか感極まっちゃって、京都駅前でいとうさんと握手したんですよ。

で、そのときに約束したんです。「33年後の3月3日の3時33分に、京都の三十三間堂で再会しましょう」って。

── それは友情っぽいエピソードですね。

みうら 正直そのことも忘れかけてたんですけど、何年か前に、そんなこと書いてあった気がすると思って読み返したら、33年後がその次の年だったんです。だから、当時は冗談でしかなかった約束が果たせそうになったんです。それでいとうさんに電話して「どうしよう?」って聞いたら、「会うしかないよね」って。

それからあちこちの雑誌で「三十三間堂で来年会う」みたいな話を書いてたんです。そうしたら、たまたま三十三間堂の関係者の方からうちの事務所に、「JAFメイトで読みましたが」って電話がかかってきたんです。運転免許もないのに書いたクルマ関連の雑誌をお読みになったそうなんです。

で、「どうやらその33年後にここでお会いになるってことで、それは構わないんですけども、毎年3月3日は桃の節句で法会があって、その日だけは3時30分に閉門しちゃうんです」って言われて……。

── 約束の時間より、閉まるのが3分早かった……。

みうら でも三十三間堂の人が、「3分早く閉めちゃうんですけど、どうします? 延長しておきましょうか」って言ってくださったんです!

── なんて親切な!

みうら そうなんです! 三十三間堂さんの粋な計らいでね。で、本堂の回廊も登っていいことになって、右と左からいとうさんと別々に歩いて、真ん中で再会するっていう設定にね。

で、当日、待機のためのロケバスから降りたら、なんと三十三間堂の前に2000人以上もの人が集まってくれていて。

── ふたりの再会を見届けに?

みうら そうなんです。見仏記ファンの人たちが各地から来てくれて、僕たちの“33年目の約束”を見守ってくれたんです。もう感極まっちゃって、思わずいとうさんに抱きついたら涙が止まらなくなっちゃって。もうノイローゼですよね。見仏ノイローゼ。

ついさっきまで一緒だったのに、本当に33年ぶりに会ったような気になったんですよね(笑) 。

そのときも三十三間堂の回廊の上から、見に来てくれた人たちに向けて「じゃあ次の33年後にまたここで会いましょう!」って約束したんですよ。観客も「わーーー!」ってなって、「絶対行きます!」とか言ってくれたんです。よく考えると今度の33年後は僕、100歳でしたけど(笑)。

約束が叶うって、遠ければ遠いほど感極まるものです。だからみなさんも、今からでも遅くないから、何か約束をしておいた方がいいと思うんです。 

そうやってアニバーサリーにしていくことの大切さを教えてくれたのも、『俺たちの旅』なんです。だから60年目のドラマも必ず観たいです。

『五十年目の俺たちの旅』
(C)「五十年目の俺たちの旅」製作委員会

『ワーキングマン』

『ワーキングマン』

── 2枚目のチラシは、おなじみジェイソン・ステイサムのアクション映画『ワーキングマン』です。

みうら こないだ養蜂業をやっていましたよね、ステイサム。

── はい、『ビーキーパー』っていう映画で。

みうら これまでにもいろいろな職種をやってこられたと思うんですが、今回の「ワーキングマン」ってタイトル、大きく括りすぎやしませんか? ま、何してる人かは重要じゃないってことなんでしょうから、いっそのことタイトルも、もう『ジェイソン・ステイサムの』でいいんじゃないですかねぇ(笑)。

チラシには「現場をなめるな」って書かれてますけど、現場って言ってもいろいろありますからね。さすがに漫画家の職場ではないと思いますけど(笑)。

── とりあえずハンマーを持ってますもんね。

みうら だったら、これまでジェイソン・ステイサムがどんな仕事=ワークをしてきたのかを、全部振り返るって映画の可能性はあるんじゃないですかね?

── なるほど。これまでの仕事、全部見せます!みたいな。

みうら 『MEG』の巨大サメと戦っている仕事から、きっと新しい仕事も今回は混ぜてくるでしょうね。先ほど言った漫画家もあるかもしれませんよ。

チラシを見る限りでは、いつもの調子のステイサム映画だろうなと思わせておいて、「ええ? こんな現場にもいたの?」ってなるんじゃないですかね。

それで、転職を考えてる若者に対して、「やっぱどの職業も厳しいもんなんだよ、若者よ!」みたいにオヤジの説教が出るんじゃないでしょうか? たぶん、その現場は居酒屋だと思いますが。

── 確かにステイサムが語る現場の苦労話は、スケールがデカそうですね。

みうら 「実はこういうのもあんだよ、俺も最初は、エアロスミスのボーヤをやってたんだよ」なんて言うシーンもあるかもしれませんよ。そうなってくるともう、ステイサム七変化ですからね。

── そんなの絶対に面白い映画じゃないですか(笑)。

みうら ニコラス・ケイジだったら絶対にやってくれると思うんですけどね(笑)。

── でも、ニコラス・ケイジなら表情豊かに百面相でやりそうですけど、ステイサムは基本的にいつも同じ表情ですよね。

みうら あらゆる職業を同じ表情でこなすんでしょうね。

『ワーキングマン』
(C)2025 CADENCE PRODUCTIONS LIMITED

取材・文:村山章

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』『アウト老のすすめ』『見仏記 三十三年後の約束』(ともに文春文庫/『見仏記…』はいとうせいこうと共著)など著作も多数。