みうらじゅんの映画チラシ放談

観終わった人は「これ、パンチくんのことじゃん!」って言うでしょうね『おさるのベン』

月2回連載

第164回

『おさるのベン』

── 今回の1枚目のチラシは、パニックシチュエーションスリラー『おさるのベン』です。

みうら これはもう、どう考えても、母親に育児を放棄されてぬいぐるみと一緒にいる、千葉県の市川市動植物園の……

── パンチくんですか(笑)? YouTubeで話題になった。

みうら いや、タイトルは『おさるのベン』ですが、どう考えてもパンチくんがベースになった話かと(笑)。チラシには「愛する家族の何かがおかしい」って書いてありますが、「家族」の上にわざわざ「ペット」ってルビが振ってあるのがミソなんですよ。この家族というのはね、あくまでサルの家族のことで。愛する母親の態度がおかしい、ということに気がついたおサルのパンチくんが、与えられたぬいぐるみと一緒に行動する、それはそれはホロっとする映画なんじゃないですかねぇ。

── でもパニックシチュエーションスリラーって書いてますけども。

みうら いや、パンチくんにしたら母親の態度がスリラーですからね。飼育員の方が与えたぬいぐるみと行動を共にする姿がカワイイって話題になってますけど、ベンくんからしたら、いや、パンチくんからしたら何で自分だけが育児放棄されてるかって考えりゃ考えるほどスリラーですよ。

だからこれは、ベンくん側、いやモデルとなったパンチくん側の気持ちになって撮られた画なんじゃないですか。チラシにもぬいぐるみが写ってるでしょ。

── そう聞いたらすごく寂しい写真に見えてきました。

みうら 育児放棄の部分は日本のテレビもそんなにクローズアップしないですけど、ベンくんからしたら問い正したいのは母親の方ですからね。

チラシのベンくん、悩んでるポーズにも見えるじゃないすか。きっと「僕の愛する家族の何かがおかしい」と考え込んでいるシーンだと思いますよ。このチラシを見る限りだと、人間の家庭に住んでいるペットに見せかけてありますけど、きっと観終わった人は「これ、パンチくんのことじゃん!」って言うでしょうね。 

── でも昔でいえばロジャー・コーマン的な、流行に早く乗っかって素早く映画を作る商売ってありますよね。

みうら 久々のコーマン路線だと思いますよ。製作はウォルター・ハマダって書いてあるじゃないすか。きっとこの方、日系人ですよね?

── そうでしょうね。

みうら そりゃ、日本のニュースにもアンテナを張っておられるんでしょう。なんならウォルター・ハマダさんは日本に住んでるのかもしれないですね。

きっとオープニングシーンは千葉県の市川動植物園ですね。観客で長蛇の列になってるとこからカメラがグッと引いて、話が始まるんだと思います。本当はタイトルも『おさるのパンチ』にしたかったんでしょうけど、それはさすがに権利問題があるだろうということでね。

── サルの名前の権利ってどうなってるんですかね?

みうら いや、僕にはさっぱり分かりませんが、よくいるじゃないですか。関係ない奴がその名前を商標登録とかしてたり。嫌ですよね、そーゆーの。

パンチくん、このチラシに写ってる大きさから考えると、この映画はパンチくんの成長記録でもあると思うんですよ。服も着てますしね。

相変わらず母親は育児放棄で、相変わらずロンリーなんでしょうね。たぶんそのまま思春期を迎え、「どうして俺だけこうなんだろう?」ってやっぱり悩みますよね。悩んだあげく「ひょっとして僕は、あの母さんの子じゃないんじゃないか? 本当のお母さんに会いたい!」って思うんでしょう。

── だいぶこじらせましたね。

みうら 進学とか考えたときに、戸籍のことが気になったんだと思いますよ。

── 動物園のチンパンジーって進学するんでしたっけ?

みうら いや、知能はすごいですから、チンパンジー。将来、この世を『猿の惑星』にしてやると企んでる可能性もあります。

── ずいぶん壮大になってきましたね。

みうら サルと言えばSFがつきものですからね。チラシにパニックって書いてあるのも、思春期パニックと考えられます。

── あと「密室」ってのもちょっと問題じゃないですか?。

みうら いや、その密室はあくまで動物園の檻のことですから(笑)。

── なるほど! 確かにそうですね。

みうら きっと、一度ベンは本当の母親捜しのため動物園を抜け出すんですよ。

── めっちゃいいシーンですね。

みうら ホラーだと思ったら大間違い。アニメ『母をたずねて三千里』のような泣けるシーンがたくさん出てくると思いますよ(笑)。

『おさるのベン』
(C)Paramount Pictures.

『映画 冬のソナタ 日本特別版』

『映画 冬のソナタ 日本特別版』

── 2枚目のチラシは、かつて一斉を風靡した韓流ドラマ『映画冬のソナタ 日本特別版』です。

みうら チラシに「もう一度、あの微笑みに会いたい」って書いてありますけど、僕、まだ一度も観たことなくて。

── 僕もないです。

みうら そういう方のために用意された映画かもと思い、今回選びました。

── でも、何も知らないなりに、ヨン様とかジウ姫とかは聞いたことあります。

みうら 僕も同じです。それほどドラマが当時、すごい話題になってたってことですね。ブームに乗るのも何だしなって思ってたひねくれ者のために「もう一度チャンスを与える」ってことなんだと思うんです。

── 「映画」って付いてますが、新作ではないんですかね?

みうら いや、新作かどうかなんてそもそもドラマを観てない者には分かりっこないですよ(笑)。でも、これは僕も知ってるヨン様です。優しい笑顔に眼鏡の。それに、マフラーをしておられましたから。

僕、ドラマは観てなかったですけど、ヨン様の靴下持ってるんですよ。

── それは何をもってヨン様の靴下なんですか?

みうら だってヨン様の顔がプリントしてある靴下だからです(笑)。事務所のどっかにあると思うんで後で探してみますね。ブームの頃に、新大久保の店で買ったんだと思います。でも記憶はおぼろげ。『冬のソナタ』が流行ったのっていつでしたっけ?

── 2002年に放送されていたみたいなので、もう4半世紀近く前ですね。

みうら 4半世紀以上経ってもその靴下だけはまだ持ってるってことになりますね(笑)。

でも、なぜか片方しかないんです。きっと、面白がって飲み屋に履いていったんだと思うんですよね。人に見せたりしているうちに脱いだんじゃないですかね、そのまま片方を飲み屋に忘れて帰ったような気がするんですけど(笑)。

みうらさんの事務所に片方だけあるヨン様の靴下

だからチラシの「もう一度」ってのは、「お前、靴下まで買っておいて、観てないなんてそれはないぞ」って最後の警告なのかもしれません。ドラマシリーズは結構長いからアレですけど、これは映画ですからサクッと観れるだろうって。

── 「日本のためだけに1400分のドラマを2時間に再構成」って書いてあります。

みうら やっぱり、ヨン様はお優しいですね。わざわざ日本のために、そんな作業をして下さったってことですよね。

── ヨン様がその作業をされたわけじゃないでしょうが(笑)。

みうら そりゃ、そうでしょうけど(笑)。きっとグッとくる映画に違いありません。もし映画館の売店でヨン様の靴下が再入荷してたら買い直しますよ。2足揃えるためにね。1足余りますが、村山さんにも差し上げてもいいですよ(笑)。

『映画 冬のソナタ 日本特別版』
(C)2025. KBS. All rights reserved

取材・文:村山章

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『マイ修行映画』(文藝春秋)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』『アウト老のすすめ』『見仏記 三十三年後の約束』(ともに文春文庫/『見仏記…』はいとうせいこうと共著)など著作も多数。