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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

小野寺修二 カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』

毎月連載

第41回

小野寺修二 カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』チラシ(表)

アリスにチェシャ猫、ウサギにトランプのカードたち……。黒地にカラフルな色彩で描き出された『ふしぎの国のアリス』の世界。小野寺修二 カンパニーデラシネラによる『ふしぎの国のアリス』のチラシは、子どもたちが喜びそうなかわいらしさと、大人をひきつける魅力の両方を兼ね備えています。2017年の初演時から愛され続けるこのデザインを生み出したデザイナーの小倉利光(イエローノーツ)さんと、新国立劇場制作部舞踊プロデューサー佐藤弥生子さんにお話を伺いました。

左から、中井美穂、小倉利光さん

中井 『ふしぎの国のアリス』のチラシはとても特殊な、目立つチラシですね。新国立劇場のバレエ&ダンスのチラシというと、やはりバレリーナの方やダンサーの方の写真がメインのイメージがありますが。

小倉 そうですね。

佐藤 2017年の初演のとき、まだ作品ができる前に小倉さんがつくってくださったすばらしいチラシです。2020年に再演を予定していましたが緊急事態宣言で上演中止になり、初演と同じイラストで作っていただいていたチラシも幻になりました。

中井 ではこのイラスト、デザインのチラシは3回目。

小倉 はい。好評いただいて、同じデザインでということで。

佐藤 「大人も子どもも一緒に楽しめるダンス作品として『ふしぎの国のアリス』を上演したい」と小野寺修二さんにお願いしたところからはじまった公演ですが、このチラシを見て、たくさんのお子さんが来てくださいました。小野寺さんの世界はとてもシュールなものですが、観ていてとても面白いですよね。最初はこの世界に子どもがついていけるかと大人たちが心配しましたが、子どものほうがダイレクトに反応していました。

中井 子どものほうが、理屈を考えないし言葉にとらわれないから、素直に楽しめるのかもしれませんね。

佐藤 小野寺さんらしさが随所にありながらも、原作に忠実に作られているのもいいのかもしれません。初演時はセリフも多くありましたが、今回はなるべく減らして、テンポよく演出されています。

中井 そういう変化があるわけですね。

佐藤 小野寺さんが公演に休憩を入れたのはこの作品が初めてだったそうです。初めて劇場に来た子どもたちに、休憩時間にも劇場を楽しんでもらいたいということでお願いしました。

中井 劇場をまるごと楽しむために休憩を。

佐藤 美術を手掛けてくださった石黒猛さんは工業デザインの方で、おもちゃも作っていらっしゃるんです。その幕間の休憩に、石黒さんがつくったおもちゃをロビーに置きました。線がひいてあると、その線に沿って動く金魚のおもちゃ。

中井 いいですね!

佐藤 小野寺さんもテープをロビーの床に貼って、そこに金魚がくっついていく、というパフォーマンスをされて。

中井 小野寺さんは出演もされているのに、幕間にも登場を? すごい!

佐藤 はい。今回は残念ながら、ご時世的に人が集まるような楽しみはつくれませんが、そうやって隅々まで子どもたちが楽しめるような世界を作っていました。

デザインが舞台に反映するチラシ作りの面白さ

中井 小倉さんはダンス系のチラシのお仕事が多いようですが、最初のきっかけは?

小倉 デザイナーになった最初の頃は雑誌などのエディトリアルデザインがメインで、その後広告やイベント関連の宣伝など範囲が広がっていきました。独立前に務めていた事務所のボスが舞踊評論家でもあったので、劇場から話が来て、デザインを担当することがあって。最初はコンテンポラリーダンスのチラシで、そこからバレエや演劇、ミュージカルといろいろやらせてもらうようになりました。

中井 それまでもダンスはお好きでしたか?

小倉 仕事をするまでは触れたことがなかったですね。チラシを手掛けたことがきっかけで公演を観に行くようになりました。

中井 こういったパフォーミング・アーツのチラシの仕事の特徴は?

小倉 初演のときはかなり手探りのことが多いですよね。演出家さんもまだイメージが固まっていなくて、与えられる情報が少なかったりする。でも逆にこちらから提案したものが舞台そのものに反映されていくこともあって、それはすごく面白いです。自分が作ったデザインが舞台の小道具として使われたりすることがある。そういう関わり方は、ふつうの広告とかデザインとは違った魅力があります。舞台を作るのってすごく大変ですけど、みんな楽しそうにやっているじゃないですか。それに自分も参加させてもらうみたいで、すごくうれしい仕事ですね。

中井 今回の『ふしぎの国のアリス』はどういうきっかけでお話が?

小倉 2011年ころから、新国立劇場のバレエとダンスのチラシデザインをやらせていただくようになりました。それより前、小野寺さんとは『空白に落ちた男』(2008年・2010年)という公演の初演と再演のチラシでご一緒しています。このときは稽古場で緻密に作品を作り上げているところも、実際の舞台も拝見して。この作品がぼくには衝撃で、劇場に4、5回は観に行きました。以来小野寺さんの作品は時折観に行っていたので、その特徴は多少頭に入っていたかもしれません。

中井 小倉さんから見た小野寺さんの舞台の魅力はどんなところですか?

小倉 シュールさやシニカルさももちろんありますが、最初に観たときに思ったのは、すごく洒落っ気がきいているなということ。それに、舞台の小道具がパズルのように動いていって、その動きを生み出す創造力がすごいなと思いました。

子どもの意見が反映されたチラシ

中井 今回のチラシをつくったときには、どの程度の情報があったのでしょう?

小倉 ほぼなかった気が……。

佐藤 小野寺さんが『ふしぎの国のアリス』をやる、ということだけ。

小倉 当時の宣伝担当の方から、「子どもと大人が楽しめるダンス」というお題はいただきました。このキーワードをもとに、イラストにしようと。アリスの世界観と小野寺さんの世界観に合いそうなイラストレーターさんの候補を5人ほど出して、打ち合わせの末このイラストを描いてくださった大野舞さんにお願いすることになりました。

中井 イラストのオーダーはどのように?

小倉 ふだんから、イラストレーターさんにいきなり細かい注文はしないんです。今回であれば「アリスの物語に出てくるキャラクターがいっぱいほしい」とか。あとはいろんな場面に飛んでいく作品なので、「場面がいろいろ混ざっている不思議な異空間のような感じを出したい」というような、抽象的なオーダーです。あまり最初から構図まで指定してしまうと、イラストレーターさんの魅力が半減してしまうので、最初はざっくりとした注文で、その方がどういうイラストを出してきてくれるかを楽しみにします。

中井 このイラスト、とってもすてきです。

小倉 イラストレーターの大野舞さんにお願いした理由は、子どもにも伝わるかわいらしさと、アリスの物語や小野寺作品に共通するシニカルさがあったから。ちょっとした毒っ気ですよね。大野さんの場合はキャラクターの表情の無機質さ。その要素をビジュアルに入れたいなと思いました。

小野寺修二 カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』2022年版チラシ(表)

中井 このイラストはもともと黒地だったのか、それとも白地にこのイラストを描いたものをデザインで黒いバックを敷いたのか、どちらですか?

小倉 大野さんには「ちょっとシュールなところがある」とお伝えしたら、ラフの段階で色をつけて出してくれて、そのバックがもう黒に近いものでした。その後2回ほどイラストにオーダーをして再度ラフを出してもらうなかで違う色も試してもらいましたが、やはり最初の黒がいいよねと。

中井 ダンスとかバレエとかのチラシで地が黒というのはあまり見かけませんよね。でもこのチラシは黒のおかげで絵が浮き立って見えますし、パッと見てアリスとわかる。最初のラフを受け取ってからのオーダーはどんなことを?

小倉 大枠は完成形に近かったんですが、その最初のラフを子どもたちにも観てもらって、子どもたちの意見を取り入れてみました。

中井 どんな意見が?

小倉 最初のチェシャ猫を子どもたちが怖いというので、ちょっとだけかわいくしてもらいました。最初は口をにやっと開いて歯も出ていましたが、口の開き具合が少し小さくなりました。

中井 子どもの指摘って、意外なものがありそうですね。

小倉 こちらの印象と、子どもたちの素直な感想とはズレがありますね。「そんなふうに捉えてくれるんだ」という面白みもあります。

中井 じっくりと見れば見るほどいろんなキャラクターが見えてくる、面白いチラシですよね。

小倉 チラシは舞台を見る最初のとっかかりになることが多いので、なるべくなにかしら引っかかりを持ってもらって、手にとってもらえるようにはしたいなと思っています。

中井 初演版と再演版、2つのチラシの表はほぼ同じですが……。

佐藤 裏面は初演のときと違いますね。

中井 そうですね。裏面を見ると年代がわかる。今回は裏面も黒地になって、より写真やイラストが浮き立っていますね。

小倉 特に「違うものを作ろう!」決めてこうしたというよりは、自然と違うものになっていきます。今回、表が同じイラストでというお話だったので、せめて裏側は違うものを盛り込みたいと。

小野寺修二 カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』2022年版チラシ(裏)

中井 必ず載せなければならない情報が多いですね。

佐藤 半分その情報にとられてしまうのいつも悩みどころですが、なければならないので。

小倉 でもご担当の方も頑張ってくださって、なるべく情報を少なくしようと内部で戦ってくれているようです。

「かわいい」だけでは済まない魅力

佐藤 初演のとき、このチラシのアリスにそっくりの恰好をして観に来ていた女の子がいましたよ。

中井 それは楽しいでしょうね。そんなことが起きるのも、イラストが魅力的だったからこそですね。新国立劇場のバレエ&ダンスのなかではかなり冒険的なチラシ。

佐藤 これはコンテンポラリーダンスだからできたことかもしれません。あとはやはり「大人も子どもも楽しめる」という要素があるから。森山開次さんもこのシリーズでいい作品を作ってくださっていますが、その作品もやはりわかりやすいけれど子どもにおもねっていないものです。

中井 たしかに、このチラシも「わー、かわいい!」だけで済まない不穏な感じがある。不思議の国に迷い込まされるような雰囲気がありますね。

小倉 子ども向けに、わかりやすさはテーマに置いています。大人向けにシニカルな表現をしながら、アリスのキャラクターをふんだんに使ってもらうこともわかりやすさのひとつです。

中井 じつはこの連載で前回、別役実さんの書かれた「不思議の国のアリス」を取り上げています。でもそのチラシにはアリスもチェシャ猫も出てきません。同じアリスだけれども全然違う。けれどどちらも黒ベースで、ピンクが使われているという共通点もあるのが面白いなと。

小倉 新国立劇場では6月にバレエでも『不思議の国のアリス』をやりますよ。

佐藤 私たちはこっちを「大人アリス」と呼んでいます。小野寺さんの作品とバレエと、片方を観るともう片方も観たくなりますよ。キャラクターや展開が全然違って、実はルイス・キャロルの原作には小野寺さんのほうが近いような気もして。

中井 小倉さんは初演をご覧になってどんな印象を持ちましたか?

小倉 イメージしていたものよりもよりシュールだなと思いましたね。

佐藤 アリスが革ジャンを着ているんですよ。

中井 本当ですね! 一見、アリスとわからないアリス。

撮影:鹿摩隆司

佐藤 アリスが遭遇していく体験を、3人くらいが演じていたりします。そういう意味ではシュールかもしれません。

中井 小倉さんが公演をご覧になって、チラシの要素が作品に反映されたと感じた部分は?

小倉 アリスの衣裳など、細かな部分は違いますが、大枠のシニカルさは出せていると思うので、このチラシは気に入っています。

無意識の部分ににじむデザイナーの色

佐藤 新国立劇場が小倉さんと初めてお仕事したのが、『中村恩恵✕首藤康之 Shakespeare THE SONNETS』(2011)のチラシです。何気ないけども素敵なチラシ。

中井 わー、素敵ですね!

小倉 これはもう、とにかく写真がよくて。

佐藤 操上和美さんが撮ってくださっています。

『中村恩恵✕首藤康之 Shakespeare THE SONNETS』(2011)チラシ

小倉 このときは衣裳を探しにヨウジヤマモトの本社にもお邪魔させてもらいました。

佐藤 広いスペースにその年のコレクションがずらっと並んでいるところに行って、公演の衣裳だけでなく撮影用にもお借りしました。

中井 そんなところから立ち会われたんですね。撮影にも立ち会いを?

小倉 はい。楽しかったですね。お二人が撮影前にストレッチをする、その風景がもうすごくかっこいいなと思っていました。操上さんは台車に乗って、足で床を蹴って、スタジオ中を台車でザーッと移動しながらいろんな角度から撮っていました。

中井 すごい!

小倉 この時は、カメラマンとダンサーのその場のセッションで、僕らは一つの作品を見せてもらっている感じでした。そこで生まれた画を使わせてもらっています。逆に演劇やミュージカルは「こういう画にしましょう」とこちらから提案して、それをもとに撮影していくことが多い。順番が逆ですね。

中井 どういうやり方がやりやすいですか?

小倉 なんらかのコンセプトがあると作りやすいですよね。依頼してくださる側の思いや熱意を宣伝物として出すのが宣伝美術の仕事なので。そこがアーティストとデザイナーの違いで、作品の色がまず大前提。そこに自分の色がちょっとだけ出ると、そこを依頼してくださる方はいいと感じてくれるのかな、と思います。

中井 作品の色を優先していても、小倉さんらしさがどこかに出るんですね。

小倉 特に意識しなくても、好みやクセが勝手ににじむものだと思います。無意識の部分にこそ、自分が出てしまう気がしますね。

中井 たとえばどんな部分に自分らしさが出ていると思いますか?

小倉 細かい話ですが、文字の処理ですね。日付の部分や、文字の組み方。字間や行間のバランスにデザイナーの感性が出ると思います。そのバランスが上手な人は、全体の仕上がりがきれいにまとまっていると思います。

中井 最近、演劇でもチラシが少しずつ減ってきていますが、ご自身の中ではチラシはどういう位置づけですか?

小倉 最初のとっかかりになるものですよね。作品の先陣を切るもの。みんなに気軽に手にとってもらえる紙媒体のチラシは、このままあり続けてほしいです。デジタルに移行していくのは時代の流れですし、コロナの影響もあってなかなか厳しい状況ではありますが。

中井 舞台って、観ている人だけの経験じゃないですか。手に取れないもので、持って帰れるのは記憶やその時の感情だけ。その形のないものを唯一形にしてくれるのがチラシやパンフレットの存在だと思います。チラシは、記憶の扉を開く手がかりとして重要ですよね。

小倉 僕もチラシは好きで、各ジャンルにわけて大量にあります。チラシをもらうためだけに劇場に寄ったりしますよ。

中井 どういうものが好きですか?

小倉 攻めているチラシが好きですね。ふつうならなかなか通らないような、突拍子もないものが実際に制作物として世の中に出ているのを見ると、「これは劇場や制作側も攻めているのだな」と感じて楽しくなりますね。前情報を何も知らなくても、チラシがいいから観てみようかなというものがある。舞台って観る側もエネルギーを使うものですが、僕自身も、手にとった人にお金と時間を使わせるだけの魅力をチラシに込めたいなと思いますね。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

新国立劇場ダンス 小野寺修二 カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』
日程:2022年3月18日(金)~2022年3月21日(月・祝)
会場:新国立劇場 小劇場
構成・演出:小野寺修二
出演:カンパニーデラシネラ
崎山莉奈 藤田桃子 大庭裕介 荒 悠平
王下貴司 斉藤 悠 仁科 幸 小野寺修二

プロフィール

小倉利光(イエローノーツ)(おぐら・としみつ)

1978年生まれ。デザイン事務所勤務後、2008年よりフリーランス活動を開始し、2010年イエローノーツ株式会社設立。雑誌、書籍、冊子、パンフレット等のエディトリアルデザイン、ダンス、演劇、ミュージカル等の宣伝美術、広告等を中心に活動。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)、「つながるニッポン!応援のチカラ」(J:COM)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。