中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
明後日プロデュース『青空は後悔の証し』
毎月連載
第43回

『青空は後悔の証し』チラシ(表)
明後日プロデュース公演『青空は後悔の証し』は、岩松了さんによる書き下ろし作品。タイトルをどかんと配した印象的なチラシからは、その心にひっかかるフレーズがぐっと迫ってくるようです。このチラシについて、そして公演について、デザイナーの江口伸二郎さんと、プロデューサーの小泉今日子さんにお話を伺いました。

中井 「明後日プロデュース」の公演が始まって、どれくらいになりますか?
小泉 会社をつくったのが2015年で、最初に上演した『日ノ本一の大悪党』が2016年の6月です。
中井 江口さんは、そのときからチラシのデザインを?
江口 はい、やらせてもらっています。
中井 もともと、なぜ明後日のチラシを手掛けることに?
江口 明後日のもう一人のプロデューサーである関根(明日子)さんが前にいらした会社でよく仕事をしていて。その関根さんが明後日を立ち上げたタイミングで、そのまま声をかけていただきました。
中井 最初に演劇のチラシを手掛けるようになったきっかけは?
江口 いまは独立していますが、会社員時代は広告制作会社にいました。同期から「先輩が舞台のチラシやパンフを作る人を探している」と声がかかって、会社にバレないようにこそこそと。
一同 (笑)。
中井 最初は副業から!? チラシに名前が載ってしまいますよね。
江口 小さな劇団だから大丈夫かな、と。そのうちチラシを通じていろんな方に出会い、そそのかされて「会社をやめたほうがいいのかな」と……。だから僕は、演劇がきっかけで会社をやめたようなものです。
中井 もともと演劇がお好きでしたか?
江口 僕自身はそこまで演劇にのめり込んでいたわけではなくて。妻がルーマニアのシビウ演劇祭まで行くような演劇好きで、妻に連れて行かれていました。新宿梁山泊を観たり、コンドルズのオクダ(サトシ)さんが予備校時代の先生だったので、コンドルズを観たりしていました。

中井 江口さんは2.5次元系のチラシもよく手掛けていらっしゃいますが、2.5次元が特にお好きというわけではなく?
江口 特に2.5次元がということもないです。声をかけていただけるものはぜんぶやりたいので、やらせてもらっています。
中井 演劇チラシのやりがいはどこにありますか?
江口 お客さんの反応がすごく見えるところですかね。SNSなどで「このチラシいいね」という感想を見るとすごくうれしいですね。
送られてきた案から1秒で決めた
中井 『青空は後悔の証し』は、タイトルの文字自体にメッセージ性があるようなチラシですね。このチラシのはじまりはどんなところから?
小泉 最初、イメージとして「窓から見える風景」というオーダーをしてみたんですよね。
江口 はい。
小泉 で、最初に出てきたラフが……(最初の案を広げる)。
中井 すごい、こんなにたくさん! 写真案も多かったのですね。この写真はどこから?
江口 鏡に青空が写り込んでいる案は、車がいない隙に道路に事務所から持ち出した鏡を置いて自分で撮影したものです。近所の風景を撮ったものも僕が撮りました。あとは、いつも明後日公演を担当しているカメラマンのストックフォトから選んだものを配置したり。選ばれた案によって写真をどうするかは改めて考えるつもりで。

小泉 「大きな窓があって、そこに建設中の鉄塔が見える」というお話なので、窓の外とか空のイメージで。けれど作っていただいたのを見てみると、それぞれ素敵だけど、逆にこの画がイメージを狭めてしまうかもしれないなと思ってしまって。「これだけ出してもらったけれど、タイトルがとても強いから、もしかしたら文字だけでも行けちゃうかもね」と電話で伝えました。あと、「男の後悔って感じなんですよね」と。それで第二弾の案をいただいて……。
中井 第二弾も4案ほど。いつもこんなに案を出されるのですか?
江口 最低でもこれくらい出します。
小泉 すごいでしょう?
中井 英語のタイトルは岩松さんが?
江口 いえ、僕です。デザイナーの悪い癖で、英語を入れたくなってしまう。
中井 第二弾はすぐ決まりましたか?
小泉 1秒で「これ!」と決めました。やっぱりこれが強いよね、かっこいいよねって。さすが!と思いました。
江口 (小さな声で)ありがたい……。
中井 何が決め手でしたか?
小泉 今回岩松さんは70代の年老いた父親と、50代の息子の話を書いているんです。青い空ってポジティブなイメージが強いけれど、そこまで生きてきた人たちは青い空を見てもっとネガティブな記憶、苦い後悔を思い出すこともあるかもしれないなって。でも女たちの前では決して何も語らない……。その男心が、このチラシデザインにすごく現れている感じがしました。比べてみると最初の案はもっとさわやかだったり、青春っぽかったりする。選んだ案は、文字のつぶれた感じとかもすごくいいなと思って。

中井 たしかに小泉さんのおっしゃったような空気が伝わってきますね。文字はどこから発想を?
江口 「窓から建築中の建物が見える」という設定から、文字もスクラップアンドビルドされているような感じにしました。その文字のイメージと、青い四角で窓の外を表現して、それを重ね合わせたものにして。第1弾を出したあと小泉さんからお電話いただいて、いちばん最初に思いついたのがこれでした。
中井 文字の絶妙なかすれ具合はどんなふうに調整を?
江口 とにかくいろいろ試しながら、感覚でやっています。
小泉 ポスターにしてもかっこよさそう。昔の映画みたいな雰囲気もありますよね。
「わからない」ことの色っぽさ
中井 江口さん、脚本はもう読まれましたか?
江口 はい、半分。
中井 いまの時点でまだ半分しかできあがっていない?
小泉 はい。でも今回、石田(ひかり)さん以外は岩松さんの芝居経験者なので「まだですか?」という問い合わせもありがたいことになく。
中井 脚本が完成していない状態で、稽古場ではどんな稽古を?
小泉 できているところを繰り返しています。岩松さんって、実際に書いた部分で役者を動かしたときに生まれるものを、後半に取り入れていくんですよ。「この人の声、面白いな」とか「この関係をもうちょっと見たい」とか、そうやって作っていく。もともと、岩松さんは東京乾電池のときに即興から始めていたんですってね。関係性が面白くなっていく岩松さん独特の本って、そうやって作るからこそなのかなと。だから本が遅いというのとはちょっと違うんです。私はその書き方は素敵だなあと思うし、役者の皆さんも理解してくれていますね。
中井 役者さんからすれば、自分たちのエッセンスが本筋のお話の中に入っているというのは取り組み甲斐がありそうですね。
小泉 発見ができますよね。「人からみたら私こういうふうに見えるのかしら」と思いながら、それを芝居としてどう表現するか……。岩松さんの芝居は、いつもと違う脳みそを使う感覚がありますよ。稽古場で石田さんが「私、10年くらい使っていない脳の部分がいっぱいあった気がする!」とか言ってた(笑)。

中井 私は初めて見た岩松さんのお芝居が小泉さんが出てらした『シブヤから遠く離れて』で、「わからない!」という感想で(笑)。でも小泉さんが着ていた洋服とか、階段を上がる足とかが頭に残って……。
小泉 そう、場面が残るでしょう。岩松さんの芝居って、映像を観ているかのように場面が焼きつく。私も初めて観たときには「わからない」と思ったけれど、「じゃあわかるってなんだっけ?」という気持ちになりました。わからないことの色っぽさよ、と思ってからは、力を抜いてただ目撃者としてそこにいるという感覚になれた。「わかりたい」という気持ちを捨てて、わからないことを味わえたら、岩松さんのお芝居って本当に面白い。
中井 うん、たしかに色っぽいですよね。
江口 ぼく台本を読んでいて、全然わからないなと思っていて……。今のお話を聞いて安心しました(笑)。
プロデューサーをやって「いい仲間」になれた
中井 今作のあらすじを読んでいても、謎めいた部分がありますね。
小泉 風間杜夫さんがお父さん、豊原功補さんが息子、石田さんが息子の奥さん。佐藤直子さんが風間さんのヘルパーさんで。一人だけこの家族に関わりのない小野花梨さんが、すごく面白い登場の仕方をするんです。いまのところ、誰も小野さんの役の正体をわかっていないですけど、たぶん後半に彼女の存在が効いてくるのだろうな思います。岩松さんのお芝居らしく、最後まで登場しない第三者をめぐっていろんな話が展開していきます。
中井 面白そう。小泉さん、プロデューサーとして稽古場を見守っているなかで、「自分が出たいな」とは思わないですか?
小泉 岩松さんのお稽古って、見ているとすごく勉強になるので、俳優の心が出てきちゃう時間はあります。俳優にとって、人がダメ出しされているのって一番の勉強なんです。自分へのダメ出しはいっぱいいっぱいになっちゃうけど、人へのダメ出しは客観的に見られるから。今回はとくに、すごくいい勉強をしながらプロデューサーをやってるという感じですね。
中井 プロデューサーをやって、演劇とかに対する姿勢や見えてくる風景は変わりましたか?

小泉 プロデューサーをやると、金銭的なことも全部理解できるようになっちゃう。だから、他のカンパニーに行ったときはすごくいい仲間になれていると思いますよ。「わかるから、文句言えないじゃん」という感じだから、みんなやりやすいと思います(笑)。
中井 プロデューサーだったり、俳優をやったり、いろんな立場に。特に2020年に本多劇場で日替わり公演をやったときは、プロデューサーでありながら出演もされて。(編注:2020年10月、「asatte FORCE」と銘打ち16日間に渡り本多劇場で様々な公演を行った)
小泉 いまは「足りないところをぜんぶやる」という感覚だから、ステージにいようが、ロビーに立っていようが、同じだと思うようになってきました。できる人がやればいいわけで、「立ってる者は親でも使え」みたいな(笑)。
わからないから面白いものが作れる
中井 今回も含め、演劇チラシは中身がわからない状態で形にする難しさがあると思いますが。
江口 逆に好き勝手やれる楽しさがあります。ストーリーが詳細までわかっているものはそこに縛られてしまうことも多い。 明後日のチラシは何もわからないから、面白いものが作れるかなと。
中井 これまで明後日プロデュースで手掛けたチラシで、事前に物語がわかっていた作品は?
小泉 『日の本一の大悪党』は四谷怪談をベースにということだけは決まっていました。
中井 仮チラシと本チラシ両方に水の波紋があって、統一感がありますね。

小泉 これは私が演出した舞台ですけど、四谷怪談だけどおどろおどろしくしたくなくて。同じ”怖い”でも、音のイメージとして「ドドドドドド」じゃなくて、水が「ポタン、ポタン」というような怖さがいいなと思って、入れてもらいました。
江口 そういえば、『名人長二』はチラシの時点である程度物語があったかも。
小泉 豊原さんは真面目な人なので、すごくきちんと準備するタイプですね。
中井 『名人長二』は仮チラシの時点からきれいなロゴが入っていて完成度が高いですね。

江口 紙もおもしろいものを使っています。「少しフランスっぽくしたい」と言われた記憶があります。
小泉 モーパッサン原案なので、ちょっと和洋折衷な、ヨーロッパの香りがするものにしたいと。
中井 演目における全体像のイメージは、いつもプロデューサーが決めるものですか?
小泉 そうですね。『名人長二』や『後家安とその妹』は、豊原さんが演出でもあり企画者でもあるので、豊原さんの感覚が反映されています。『日の本一の大悪党』や『またここか』、今回のものは私がぜんぶお話しして、決めています。
作品を大切にしているとチラシで伝えたい
中井 これまでのチラシを並べてみると、『またここか』のチラシはA3二つ折りと他に比べて大きいですね。制作側としては予算の兼ね合いもあると思いますが……。
小泉 もちろん予算も重要ですけど、悔いを残したくなくて。このときはせっかく坂元裕二さんがほぼ初めて戯曲を書き下ろしてくれた公演でした。そしたらやっぱり坂元さんの作品を大事にしていることを伝えたい。それで、ホセ・フランキーさんという日本画家の方にお願いしたらこの絵が上がってきたので、この絵を味わえるサイズにしました。

中井 このまま作品として飾れそう。
小泉 そう、好きな人はこれ、額装するくらいのチラシですよね。会社に原画がありますけど。
中井 ビジュアルを具体的にどうするか、誰に頼むかまで、小泉さんが選ばれることもあるわけですね。
小泉 このときは、たまたま彼の個展を観ていて。リリー・フランキーさんのお弟子さんだった方で、面白いお仕事をされているので、頼んでみようと。
江口 元の絵がすごく素敵だったので配置なども動かさずに使いましたし、これが映える紙を選びました。
中井 何にどれだけお金を使うかは、プロデューサーの考えどころですね。
小泉 最初のうちは特に、うちは実績のない会社なので、本当に好きで作っているよというのを訴えたかったんですよね。今回は岩松さんという大きな柱がある座組なので、ドンと勝負しようと思ってビジュアルを選びましたし。その時々で違いますね。
中井 チラシと同じように、パンフレットも小泉さんがアイディアを?
小泉 そうですね、プロデューサーが考えます。今回はスタッフをフィーチャーしようと思って。キャストは調べようがあるけど、スタッフのことってなかなか調べられない。若い人を含めたくさんの人に演劇に興味をもってもらうために、「こんな仕事があるんだ」と思ってほしくて、読むところの多い雑誌のようなパンフにしようと思っています。岩松さんの作品なら、そういうことができるかなって。
チラシがアートとして発展してくれたら
中井 これから、演劇の広告宣伝についてはどうしていこうと考えていますか?
小泉 本当にうちはそこが弱くて。かといってキャストにテレビに出てもらうのも、自分が嫌だからできるだけさせたくないと思ってしまうし。でも本当に、私がお芝居を作っていることってぜんぜん浸透していなくて……。だからいま、頼りはSNSですね。Instagramには「青空日誌」と名付けた稽古場の動画やプロモーション動画を作って流したりしています。昨日もその動画編集をしていました。「#私の窓から」というハッシュタグで窓からの景色を投稿したりもしていて。そうやって、知らない間に丸め込めたらいいなって。SNSで「#青空は後悔の証し」というハッシュタグを見ていた人が、芝居の情報にぶつかって「あ、これだ」と思ってくれるんじゃないかなと。

中井 チラシについてはどうですか?
小泉 チラシを作らないところも増えてきているけど、たとえチラシがなくても、ビジュアルデザインは絶対必要なんですよ。たしかに紙って効率は悪い。でも、慣習になっていたことをもう一度考えてみるという点では、コロナは全てにおいていいきっかけだったのかなと思っていて。公演を伝える手段一つとっても、今まで「こういうものだ」と思っていたものを分解した結果、「言いたいことをはっきり言おう」というところにたどり着いている気がします。
江口 僕もこの2、3年、WEBだけ、チラシはなしという案件が何本もありました。でもやっぱり触れるものがないのはさみしいなと思いますね。
小泉 逆にポスターを復活させて、アート感覚で「演劇ポスター通り」とかを、下北沢とかどこかの街が作っちゃえばいいのにね。

中井 そうですね。チラシとかポスターって、上演が終わったらこの世から消えていくじゃないですか。でも心には残っているから、チラシを手元に残したりする。だから何かの形で残してほしいですよね。美術館があってもいいくらいだと思ってしまう。そういう発展に期待してこの連載をやっているところもあって。
小泉 新宿村スタジオの壁にはチラシがラミネートしてバーッと貼られていて。そこに明後日公演のチラシがあるのはすごくうれしいし、見ているとこれはもうアートだなって思う。独立したアートとしての発展が、演劇のチラシデザインに生まれるといいなと思いますけど。ぴあさんとかが。チラシのグッドデザイン賞とかやったらよくない?
中井 それはいいですね!
構成・文:釣木文恵 撮影:坂本彩美
公演情報
明後日プロデュース『青空は後悔の証し』
日程:2022年5月14日(土)~2022年5月29日(日))
会場:シアタートラム
作・演出:岩松了
出演:風間杜夫、石田ひかり、佐藤直子、小野花梨、豊原功補
プロフィール
江口伸二郎(えぐち・しんじろう)
アートディレクター / デザイナー。株式会社SENRIN代表。明後日プロデュース公演チラシのほか、『コンフィデンスマンJP 英雄編』『劇場版 きのう何食べた?』等映画のビジュアル、ミュージカル「刀剣乱舞」「僕のヒーローアカデミア」The “Ultra” Stage、ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」等、2.5次元舞台のチラシも多く手掛ける。
小泉今日子(こいずみ・きょうこ)
1982年、歌手デビュー。「木枯しに抱かれて」「あなたに会えてよかった」「優しい雨」等の楽曲を発表。俳優として映画やドラマ、舞台に多数出演し、執筆家としても活躍。2015年、株式会社明後日を立ち上げ、舞台・映像・音楽・出版など、ジャンルを問わず様々なエンタテインメント作品をプロデュース。2021年には上田ケンジと共に音楽ユニット、黒猫同盟を結成。音楽を通じて猫の保護活動を応援するなど活動は多岐にわたる。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。
