中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
『掃除機』
毎月連載
第53回

『掃除機』チラシ(表面)
スマホ画面が4つ並んでいるようなビジュアル。飾り気のないプレーンなフォントで記されたタイトルやキャストが、より誰かのSNSの画面を覗いているような感じを掻き立てます。岡田利規さん脚本、本谷有希子さん演出の『掃除機』。雑然とした中にひっかかりを残すこの公演のチラシを手がけた、デザイナーの小池アイ子さんにお話を聞きました。KAAT神奈川芸術劇場のプロデューサー、伊藤文一さんにもご同席いただきました。
中井 小池さんは演劇チラシ以外にもさまざまなデザインのお仕事をされているそうですが、演劇チラシはだいたいどれくらい手がけてらっしゃいますか?
小池 そんなに多くはないです。年に1回とか、それくらいのペースです。
中井 前回の「歌劇『田舎騎士道』(カヴァレリア・ルスティカーナ)/歌劇『道化師』」のときは演出の上田久美子さんにお話を伺いましたが、あのチラシも小池さんが手がけられたそうですね。
小池 はい。ここ最近たまたま続きましたね。
中井 今回の『掃除機』のチラシを小池さんが手掛けることになったきっかけは?
伊藤 『掃除機』は、80代の父親とひきこもりの娘と息子という3人の家族+掃除機が登場する、ある家の中の話です。そこでは会話らしい会話はなく、それぞれの人が独白をずっと吐きつづけるスタイルで、視点が複数あるのが特徴です。その視点の重なり合いがチラシで表現できないかと思いました。小池さんの手がけているファッション関連のデザインでは写真や絵のコラージュが多用されていて、そのアイディアがうまくつながらないかと感じたことと、小池さんがKYOTO EXPERIMENTのデザインを担当されていたのを知って、舞台関係にも近い方なんだと思って、お願いしました。
中井 小池さんがこの仕事を受けようと決めたポイントはどこでしたか?
小池 もともと岡田さんの作品は面白いなと思って見ていたので、お話をいただいた時点で「絶対やりたい」と思いました。
中井 戯曲を読んでの印象は?
小池 台本がすごく面白かったから、やる気が出ました。
中井 演劇ってチラシを作る段階では商品がないですよね。面白いかどうかもわからないものを売るビジュアルを作るのはすごく難しいと思いますが、その中で戯曲がちゃんと面白かったらたしかにうれしいでしょうね。
小池 はい、とても。まず、淡々としている話だから、シンプルなチラシにしたいなとまず思いました。それから、栗原類さんが掃除機役で……。
中井 栗原さんが!
小池 はい。掃除機の目線を想像したときに、外には出られないから、ずっと部屋の中にいて、きっと足元の電源コードなんかが見えているのだろうなと想像しました。
中井 チラシでは画面が4分割になっていて、それぞれの視点が表現されていますが、最初からこの提案を?
小池 最初は掃除機の視点から見た部屋が大きくひとつあって、他の出演者はその部屋を映し出しているスマホの画面を見ながらリアクションをしている、という形で小さく隅に顔写真が並ぶようにしようと思っていました。でも、そうするとちょっとキャストの顔がわかりづらいということで、4人の視点をまとめて提示することにしました。
「すっぴん、ぼさぼさ」の自撮りをお願いした
中井 演劇チラシは普通、ビジュアルがどんと大きく配置されていることが多いですが、このチラシはごちゃっとしていて、パッと見た感じチラシっぽくない感じがします。小池さんが狙ってそうされているのか、自然とそうなったのかどちらでしょう?
小池 「BeReal」というアプリがあって、そのイメージをそのまま表現したものです。SNSの一種ですが、InstagramとかTwitterと違って、「今アップしてください」とアプリの通知が来るんです。通知を受け取ったら、ユーザーがその場で写真を撮って投稿するというもので。それが、スマホのカメラと、インカメラで同時に撮影したものになるんですよ。だから自分がその瞬間見ている景色と、そのときの自分の顔が映り込む。
中井 なるほど。まさにこのチラシにあるように、左上にワイプのように撮っている人が映り込むわけですね。
小池 だから嘘もつけないし、加工もできない。しかも24時間で消えてしまう。『掃除機』の、複数人の視線や視点について考えたときに、言葉なしでうまく見せるのなら、今の人たちはこういうものに慣れているからいいかなと思って。
中井 いつ思いつきましたか?
小池 台本を読みながら、「あ、これでいけるかも」と。
中井 SNSで見ているような画面が紙になっているという違和感がおもしろいですね。
小池 たしかに、その効果は狙いました。
中井 キャストの皆さんの顔写真が特徴的ですね。本当にSNSを見ているときのような雰囲気の人もいるし、気になる表情の人も。
伊藤 これは皆さんに自撮りしてもらいました。演出の本谷有希子さんから、生活感というか、ある生々しさを出したいということでこのような形になりました。

小池 ラフの段階ではみなさんの宣材写真を仮に並べてみたんですよ。でもヘアメイクとかライティングがしっかりしすぎているなということで、自撮りをお願いしました。
中井 自撮りをしてもらう際に、なにか指示はしましたか?
小池 「できるだけすっぴんで、髪の毛もぼさぼさのままで、私服で、背景が特になにもないところで、ライティングも気にせずに」とお願いしました。お父さん役の皆さん(俵木藤汰、猪股俊明、モロ師岡)がいろんなバリエーションで撮ってくれました(笑)。
中井 想像がつきます(笑)。お部屋の写真はどうやって?
小池 写真素材のサイトで「messy room(汚い部屋)」とかのワードで検索して、床にものがある部屋で、汚すぎない部屋の写真を購入しました。でもアメリカっぽさとか、ティーンの女の子っぽさとか、特定できるものが多くて。その中からできるだけ年代とか性別とか国籍がわからないものを選びました。
中井 ひとつの部屋をそれぞれが見ているということですね?
小池 そうです。裏面に一枚写真が敷いてあります。表面ではその写真のいろいろな場所をトリミングして、それぞれの視点を表現しています。
デザインされていない感じが好き
中井 演劇チラシと言うと裏面に情報をたくさん入れなくてはいけませんが、いくつかパターンを?
小池 いえ、裏面は最初からこの形で提案して、そのまま進みました。今回はプロフィールとかもないし、難しい内容もそんなになかったので、そのまま素直に。表も裏も、文字組みはInstagramのストーリーズのイメージです。写真の上にそのまま文字を手打ちで入れました、という雰囲気を出したくて。雑な感じ、デザインされていない感じを重視しました。
中井 たしかにチケットの絵文字とか、自分でもよく使います(笑)。プロの方が一般の人のマネをするのも、逆に難しそう。一般の人のInstagramはよくご覧になりますか? 一般の人が画像とか動画とか、いろんなものを投稿していくと、プロとの境目がどんどんなくなっていきますよね。
小池 よく見ます。あまりデザインされていないもののほうが好きかもしれません。プロじゃない人が作ったもののほうが効果的なときもあるんですよね。

中井 こうしてできあがったチラシを見て、ご自身ではどう感じていますか?
小池 演出の本谷さんと直接お会いしていなかったので、それが気がかりでした。
伊藤 すごく気に入っていましたよ。
小池 本当ですか? よかった。でも、岡田さんファンや本谷さんファンの方たちにどう思われるかなと心配は常にあります。
中井 そんなふうに不安を持ってらっしゃるとは思いませんでした。ちなみに、小池さんはなぜグラフィックデザインの道に?
小池 ロンドンの大学でグラフィックデザイン学科に所属していて、写真とか映像とか雑誌の編集とか、スタイリストとか、いろんなことをやりたかったんです。大学卒業後、日本に帰ってきて本屋とかいろんなことを試したあと、デザイン事務所に入り、フリーになりました。デザイナーって写真も映像もできるし、編集のようなこともできるから、やりたいことがつまっている感じはあります。
中井 さまざまな仕事のなかで、演劇のチラシは他のものと何が違いますか?
小池 素材がない、ですかね。それが逆におもしろい。今回も何も決まっていないところからはじめられたのが楽しかったです。
中井 小池さんは、以前から舞台に興味が?
小池 興味がなかったのですが、KYOTO EXPERIMENTのアートディレクションをはじめてから「これは勉強しなきゃ」と思って、最近はよく観に行くようにしています。
中井 最初はどんな作品から?
小池 それこそ岡田さんの作品だったと思います。面白かったです。あとはKYOTO EXPERIMENTで見たオーストリアの「フロレンティナ・ホルツィンガー」という女性ダンサーだけのカンパニーはすごく衝撃的でした。アクション・バレエというジャンルの、過激な作品でした。一生忘れないと思います。あれを見て、演劇が好きになりました。
手に取るものから形のないものへの変化
中井 チラシはこれからどうなっていくと思いますか?
小池 劇場で大量のチラシ束を見ると、「これはちょっといらないかもしれない」と思ってしまいます。紙がもったいないなと……。でもいまだにSNSとかではなく、チラシを見て劇場に来る人もいるから難しいですよね。
中井 私は形のあるものに慣れているから、やっぱり形になっていてほしい、さわりたいと思ってしまいます。でも、本当は映像がチラシの代わりになることもできる時代ですよね。
小池 そう思います。実際、コロナでチラシにふれられる機会が減ったこの2、3年は、動画がすごく役に立っていた気がします。
中井 どちらも併用されていくのか、紙がなくなっていくのか。私はどうしても劇場でチラシを見かけて作品に出会うという偶然性に惹かれてしまいますが、この先変化していくのだとしたら見届けたいですし、動画など別の伝達手段の発展は楽しみです。
小池 私もいろんな形の伝え方を試してみたいなと思います。
構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース
『掃除機』
日程:2023年3月4日(土)~3月22日(水)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉
作:岡田利規
演出:本谷有希子
音楽:環ROY
出演:家納ジュンコ 栗原類 山中崇 環ROY
俵木藤汰 猪股俊明 モロ師岡
プロフィール
小池アイ子(こいけ・あいこ)
1989年、東京都出身。セントラル・セント・マーチンズ大学クグラフィックデザイン学部卒業後、village®に所属し、2016年より独立。contact Gonzo+YCAMバイオ・リサーチ「wow, see you in the next life. /過去と未来、不確かな情報についての考察」、PARCO「あいとあいまい」、「KYOTOEXPERIMENT京都国際舞台芸術祭」のアートディレクション&グラフィックデザインなどを手がける。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。
