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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

PLAY/GROUND Creation #5『Spring Grieving』

毎月連載

第55回

PLAY/GROUND Creation #5『Spring Grieving』チラシ(表面)

闇の中に浮かんだような一面ピンクの桜は、よく見ると上下逆さまに配置されています。ちょっと不安も感じさせるような『Spring Grieving』のチラシを手掛けたのは俳優でデザイナーでもある藤尾勘太郎さん。10年以上のつきあいというPLAY/GROUND Creationの代表・井上裕朗さんとのやりとりから生まれる、タイトルや作品内容にまで影響を与えるチラシ作りとは?

左から)中井美穂、藤尾勘太郎さん、井上裕朗さん

中井 「Spring Grieving」のチラシを藤尾さんに頼んだ経緯は?

井上 もともとPLAY/GROUND Creationは俳優が集まったちいさな勉強会のようなもので。2016年にワークショップ公演をやったんですが、そこに俳優として参加してくれていた勘太郎に、公演のチラシもお願いして。そこからは全作品のチラシを任せています。

中井 では、元々は俳優としてのおつきあい。

井上 多分、いちばん共演回数の多い相手です。

藤尾 2桁超えてるよね。

中井 藤尾さんは、デザインの専門学校に通われていたというわけでは……?

藤尾 ないですね。

井上 お父さんの話したら?

藤尾 お父さんの話? ああ、父が現代美術をやってまして、母が日本画を。僕も小さい頃マンガを描いてはいたんですよ。でも演劇部に入ってからは全然。で、劇団「犬と串」に所属していた頃、チラシのデザイナーを探していたけれどなかなか見つからなくて、「じゃあやってみるよ」と、一から教わりつつやって。以降の犬と串のチラシは全部。デザインをはじめてから11年目になりますね。まさかこんなにやることになるとは思いませんでした。

中井 やってみたら「俺、才能あるじゃん」と思いましたか?

藤尾 思いました(笑)。

井上 でも、何年か前に「もう辞める」って言ってなかった?

藤尾 ああ、そのときは俳優とデザイン、二足のわらじをはいていることに違和感がある時期で。でも今はもう考えが変わっています。

中井 どんなふうに?

藤尾 いまは、たぶん僕はモノづくりをするのが好きだと。それは俳優でも宣伝美術でも絵を描くことでも、あるいはまだやっていないことであっても変わらないだろうと。今後新たになにかをはじめることになっても、なにかから離れることになってもおかしくないと思うようになりました。

藤尾さんがデザインを手がけたPLAY/GROUND Creation過去公演のチラシとパンフレット

中井 なるほど。俳優であろうが、デザインであろうが、そのとき心が動けば。

藤尾 はい。そのときのご縁や、興味がわいてやりたいことだったらやればいいと。ジャンルはあまり気にしなくなりました。

中井 井上さんがその悩みをご存知ということは、当時相談を受けたわけですか?

井上 飲みに行ったときに聞いたのかな?

中井 そのときはなんと?

井上 うちの公演だけはやってね、と(笑)。

藤尾 そんなこと、言ってた気がする(笑)。

芝居の稽古のようなチラシ作り

井上 チラシ作りは、芝居の稽古をしているようなものだよね。最初は作品をどうしたいか、どう見せたいかを僕が提示する。それに対して勘太郎くんから疑問や意見をもらう。打ち合わせ後に、彼からどーんとたくさんの案が出てきて、その中から「これ好き」とか「これは嫌」とかやりとりしてできあがっていく。

中井 たとえば今回の『Spring Grieving』では、チラシの依頼はどんなふうに?

井上 今回は二作品を交互上演する新作だったので、タイトルとプロットだけがある状態でした。その時点で作家がつけていた全体タイトルが「Good Company」という、今と全く違うものだったんです。最初のチラシの打ち合わせで彼に「死を乗り越えて行く物語になるけど、乗り越える方は作品で描くので、宣伝ビジュアルとしては死や悲劇の部分を出したい」と話したら、その最中に「ちょっと質問なんですけど、『Good Company』というタイトルで合ってるんですか?」と。

中井 そこから!

井上 「確かにそうだね」と、タイトルまで変えてしまいました。でも今となっては本当によかったと思います。

中井 脚本を担当された須貝英さんは納得を?

井上 各作品のタイトルではなくて全体タイトルということもあって、理由を含めて説明したら納得してくれました。

中井 チラシのデザイナーがタイトルまで変えるという話はさすがに初耳です。

藤尾 僕もはじめてです(笑)。

井上 デザインも、実はこれ、一度はボツになった案で。イラストの地面の部分がふつうに茶色で、公園のような雰囲気で少し日常的なのどかな感じだったので……。でも上下逆さまにしてみて、夜や水のイメージを足したいと地面の部分を青くしてもらったら、これは面白いなと。

藤尾 これはイラストを購入して加工したものですけど、逆さまにした瞬間に「これ!」と決まったよね。

井上 打ち合わせのときに、「今回は家族の話だから、ファミリーツリーみたいなイメージ」と話していて。

藤尾 その話を聞いて最初に脳裏に浮かんだのが血縁とか、家系図とか、根っことかで。そういうモチーフの案をたくさん出した気がしますね。

中井 なるほど、上から下に流れていく感じ。

井上 勘太郎くんとやってていちばんやりやすいのは、最初にいろんな選択肢をくれること。たとえば今回だったらこんなふうに(ipadのラフを見せる)。

中井 すごい、こんなに!

井上 これを見て、「今回はタイトルを大きく出すのは嫌だ」とか「これがいいね」とかフィードバックしていって、狭まっていくんです。

中井 なるほど。

井上 たとえば今回は春の上演で、なおかつ死をテーマにするというこの企画が決まったときから今回のチラシは桜モチーフ=ピンクと決めていたんですよ。

中井 そんなに早い段階で。

井上 僕と須貝くんが二年前のほぼ同じ時期に母親を亡くして。ふたりともが強烈な経験を持っているものをテーマにしようと。でも、「絶対こうしたい」というのは、勘太郎くんは聞いてくれない(笑)。

藤尾 そんなことないよ。ピンクは使ってるじゃない?

井上 でも、候補に青いパターンを混ぜてきてる。

藤尾 見てみたら「青もいいね」となる可能性もあるし。

藤尾さんから井上さんに提案された膨大なデザイン案の一部

中井 「これだけは絶対」という条件があっても、そこから外れたものも提案する?

藤尾 提案しますね。裕朗さんが「チラシ作りは稽古と同じ」と言いましたけど、僕も俳優をやっているときと変わらなくて。演出家の脚本に対する解釈には寄り添うけど、自分の解釈も出す。最初に提示された条件からかけ離れたものを提案して「でもこれちょっと引っかかるね」というものがあるとしたら、たとえそのアイデアがボツになっても、完成品の中に5%くらいはその要素が含まれるかもしれない。最初にとにかくたくさん見せることで、どの要素が必要なのかがどんどん判断できるんです。作品を伝えるときに、たとえば伝えたいことが大きくふたつあるとしても、それ以外の要素もなるべくたくさん押さえておきたい、と思うんですよね。

中井 お話を聞いてみると、まるっきり稽古ですね。それは役者さんという戯曲に慣れ親しみ、演劇の世界に身をおいている人ならではの手法だと思います。

バトルの末に生まれる思いがけない表現

中井 井上さんとのチラシ作りは、他のクライアントとどう違いますか?

藤尾 細かい。こだわりが強い。いちばんバトル感がある、かな?

井上 あ、毎回ちょっとケンカみたいにはなります。

藤尾 お互いのこだわりや美意識をどこで着地させるかでケンカしちゃう。

井上 意見がぶつかって、僕も彼も譲らないからどこにもいけない時間が必ず生まれるんです。でもどちらかの意見にするんじゃなくて、二人をあわせた別の案に昇華されていくことが多くて。お互いが思っていなかったところにたどりつくのがすごく楽しいですね。

藤尾 裕朗さんは細かい部分もあるので、何度も何度もオーダーが来るんですね。「さすがにこれ以上注文するのは」と思うのか、毎回後半で裕朗さんが譲歩する瞬間があるんですが、僕はそれが嫌で。

井上 そこが面白いですよ。「ここはもう勘太郎くんの要求を飲もう」と思って引くと「ちょっと待って下さい」と言われる(笑)。

中井 藤尾さんはとことんまでぶつかろうとされるわけですね。

井上 そうやってできあがったチラシという作品が、稽古がスタートして実際に演劇を立ち上げていくときに大きく影響していく。ある意味、この宣伝美術をベースにつくっていくところがあります。たとえば『The Pride』のとき、僕は「真っ白で行きたい」と言ったけど、勘太郎くんはしれっと違うものを混ぜてきた。僕はまんまとそれを選びました。もし真っ白のチラシのままだったら、公演自体も違うものになっていたと今でも思っています。

中井 それはすごいですね。

藤尾 宣伝美術って、公演が終わるまでは、場合によっては2か月も3か月もその団体の顔になるし、座組にとっても作品について考えるとき、必ずしみついていっちゃうものだと思うので。

中井 たしかにそうですね。

公演後にも続く創作活動

中井 藤尾さんは本当にたくさんの劇団、団体のチラシを手掛けてらっしゃいますが、相手によって、劇団の特色とか戯曲とかが違うので、おのずとデザインも変わってくると思いますが。

藤尾 自分のテイストはそんなにないんですよ。クセはあるかも。

中井 クセはどんなところににじみ出ますか?

藤尾 なんだろう……。言葉が難しいんですが、繊細なものが乗っちゃうな、と思いますね。ドライに、エネルギーだけボンと置きたいときでも、勝手に繊細さがくっついてきちゃうのはあるかもしれません。

井上 あと、うちのチラシでは僕の好みと違うから封印してもらっているけど、他のチラシを見るとたぶん本人はかわいいものが好きですね。

藤尾 かわいいは正義だよ。裕朗さんは基本的にカッコよくて、インパクトがある、潔いものが好きだよね。

中井 井上さんから見た藤尾さんはどんな人ですか?

井上 彼自身が言うとおり、繊細です。傷つきやすい。俳優としてもデザイナーとしても人に対してやさしい目線があるからこそ寄り添いすぎてしまう面があって、そうすると自分が壊れてしまう、その恐怖とか防衛本能も強い気がして、アーティストだなあ、と思います。

藤尾 たしかに寄り添おうとはするかも。でも、寄り添っていても自分は失わないようにどんどんなっている気がするよ。

井上 若い時よりも自信がついたのか、安定してきた感じは受けるな。

中井 きっと経験を重ねて自分のスペースが広がっていって、他者を受け入れても自分を削らなくて済むようになっているのかもしれませんね。

藤尾 たしかにそうかもしれないです。寄り添いながらも我慢はしないというか。たとえば裕朗さんに対して「ここはやりづらかった」「これは納得がいかなかった」ということは全部伝えるようにしています。制作過程で言えることは言うんですが、「終わってからのほうがいいな」と思うことは後から。

中井 すごい。プロデューサー的な側面もありますね。

藤尾 伝えないで我慢すると、今後にも影響がありそうで。

井上 彼も含め、いろんな人がちゃんと僕に意見をしてきます。よく怒られています(笑)でも僕は、全スタッフがフラットな現場にしたいという理想を持っていて、それが実現できている証拠だと思います。細かいこだわりとして、チラシ裏面のクレジットは、キャストもスタッフも必ず全員同じ大きさで入れるようにお願いしています。

PLAY/GROUND Creation #5『Spring Grieving』チラシ(裏面)

中井 チラシは稽古や本番までは影響を及ぼすけれど、その後まで関わる人はそうそういない気がします。将棋の感想戦ってあるじゃないですか。対戦直後に、棋士同士が自分の手を全部再現して検討を延々とする。おふたりのやりとりはあの関係にちょっと似たところがありますね。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

PLAY/GROUND Creation #5『Spring Grieving』二本立て公演
side-A『桜川家の四兄弟』
side-B『春を送る』

日程:2023年5月19日(金)~5月31日(水)
会場:サンモールスタジオ

作:須貝英
演出:井上裕朗
音楽:オレノグラフィティ

出演:
【side-A】鍛治本大樹 林田航平 小早川俊輔 河原翔太 森川由樹 小向なる 永井幸子 池田努
【side-B】辻親八 三津谷亮 伊藤白馬 内田靖子 竹田光稀

プロフィール

藤尾勘太郎(ふじお・かんたろう)

1986年、東京都出身。2008年劇団「犬と串」に参加し、case.1『メスブタ』以降、case.17まで全本公演に出演。同劇団にて宣伝美術を2012年頃からはじめる。2018年退団。俳優として舞台のほか映画『土竜の唄 香港狂騒曲』('16)、『めがみさま』('17)に出演。宣伝美術を担当したオトナの事情≒コドモの二乗『楽屋–流れ去るものはやがてなつかしき–』で2016年度佐藤佐吉賞優秀宣伝美術賞受賞。『アンチカンポー・オペレーション』で2018年度佐藤佐吉賞最優秀主演男優賞受賞。

井上裕朗(いのうえ・ひろお)

1971年東京都出身。東京大学経済学部経営学科卒業後、外資系証券会社に勤務。2002年より北区つかこうへい劇団養成所にて俳優活動を開始。以降、TPT・箱庭円舞曲・DULL-COLORED POP・イキウメ・TRASHMASTERSなど、小劇場を中心にさまざまな団体の作品に出演。2015年、自身が主宰するユニット『PLAY/GROUND Creation』を立ち上げ、俳優主体の創作活動をスタート。ワークショップ公演the PLAY/GROUND vol.0『背信 | ブルールーム』を経て、#1『BETRAYAL 背信』('20), #2『Navy Pier 埠頭にて』('21) 、#3『The Pride』(’22)、#4『CLOSER』(’22)を上演。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。