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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

FUKAIPRODUCE羽衣『女装、男装、冬支度』

毎月連載

第57回

FUKAIPRODUCE羽衣『女装、男装、冬支度』(2023年版)チラシ(表面)

俳優の深井順子さんが主宰を務め作・演出・音楽の糸井幸之介さんによる唯一無二の「妙ージカル」を上演する団体、FUKAIPRODUCE羽衣。パフォーマンスは一見激しく、けれどその物語や曲は観る人の心にやさしく寄り添います。約10年ぶりの再演『女装、男装、冬支度』のチラシはどうやってできたのか、糸井さんに伺いました。

左から)糸井幸之介さん、中井美穂

中井 FUKAI PRODUCE羽衣はいま何年目ですか?

糸井 いつの間にか、来年20周年です。

中井 いつも、チラシはどのように作っていきますか?

糸井 初期の頃は深井さんが「こういうチラシにする」とリードしていた気がしますね。僕はタイトルだけ決めて、「こんな話になりそう」と伝えて……。

中井 その後、イラストの時代がやってくる。

糸井 最初は「女性だけのチーム」という深井さんのコンセプトのもとやっていたのですが、第4回公演『張り裂けソーネ』(2006年)あたりから、そこはとくに気にせず、小さなところであまりお金をかけず好き勝手やろうということになり、「だったら僕が描きます」と言って、筆ペンでチラシの絵を描くようになりました。

中井 そこから写真の時期とイラストの時期が混在して……。

糸井 『橙色の中古車』(2015年)は、珍しくコンセプトからチラシを作っている感じがありますね。

制作 このときはチラシを作る時点で台本があったので……。

糸井 女性がひとりで旅をするというお話で、深井さんの一人芝居なので深井さんの写真のチラシになりました。写真を撮ってくださった杉田協士さんとデザイナーの林弥生さんのアイデアを存分に注いでいただいて作りました。

中井 なるほど。そして『よるべナイター』(2014年)には唐突に古田敦也が出ているという(笑)。彼の唯一の出演舞台。

糸井 「野球指導」で入っていただいたのですが、公演の半分には特別出演もしていただいて。

中井 私が観に行った日は出ていない日でした(笑)。

糸井 このとき、中井さんにアナウンスをお願いしましたよね。

中井 はい。「1番 セカンド」とか録音しましたね。これはシンプルなチラシ。

左から)FUKAIPRODUCE羽衣の公演『橙色の中古車』(2015年)、『よるべナイター』(2014年)各チラシ。(『よるべナイター』のチラシはベース型に切り抜かれた形で配布された)[写真:杉田協士 宣伝美術:林弥生]

チラシの絵を描くことは、作品づくりの重要なプロセス

中井 今回の『女装、男装、冬支度』は2014年に初演したものの再演ですよね。初演時は正方形チラシが今回はA4サイズになって、イラストは初演と同じ、糸井さんが描いたもの。これを描いたときのこと、覚えていますか?

糸井 「ずっと雪が降っているお話」ということと、男女で衣装を入れ替える作品ということはチラシの絵を描く時点で決めていました。『シンデレラ』や『あしながおじさん』のような、童話のようなビジュアルのイメージで描き始めた記憶があります。正方形の紙を斜めに使おうというアイデアも最初からあったと思います。描いていると男女が時計の針っぽいなと感じて、時計のデザインになって行きました。

『女装、男装、冬支度』チラシ用に描かれた原画

中井 脚本を書いたときの思い出は?

糸井 直前にキャスト全員が出演する、脚本も書き下ろしのイベントがあって。だからこの公演は短時間で一気に作った作品でした。

制作 本当はそのイベント用に書き下ろした作品が本編に入るという前提だったはずなのですが……。

糸井 「なんか合わないね」となったのかな。

中井 そんなドタバタの中で生まれた、この夢のように美しいチラシ。これ、色といいコンセプトといい、非常に美しいですよ。でも、お墓にゾンビが現れるようなお話だった記憶が……。

糸井 はい。そんな曲もあります。

中井 このチラシを見ていったらかなりのギャップがありますね(笑)。

糸井 たしかに「どんなお芝居かを伝える」という意味でのチラシの役割を果たしていないとも言えますけど、観終わるとこんなきれいな雰囲気も残っているはずです。

中井 今回再演にあたって、チラシにはどんなアレンジを加えましたか? まず判型が変わっていますが。

糸井 判型は制作的なオーダーで決まっていたので、原画は正方形で考えて描いたものだから、単純にまっすぐにはめただけだと変な感じがして、ちょっとだけ傾けたほうがいいかもね、とは伝えました。

中井 今回、タイトルと「FUKAIPRODUCE羽衣」の文字が手書き文字からフォントになったのが意外でした。

糸井 原画のタイトル字はあんまり上手に描けなくて、かなり苦戦して描いていた記憶があって、今回は「どうせだったらタイトルはきれいにしちゃえば?」と。

中井 裏面のデザインも凝っていますが、これはデザイナーさんの領分ですか?

糸井 僕や深井さんが自由にアイデアを出し合って、デザイナーさん(土谷朋子さん)にまとめてもらってます。「裏面は表の絵を反転させたらどうだろう」というのは深井さんから出た案で、それいいねぇ、とか。

FUKAIPRODUCE羽衣『女装、男装、冬支度』2023年版チラシ表面(左)と裏面(右)[宣伝美術:土谷朋子]

中井 糸井さんにとって、チラシのイラストを描くことは作劇に影響するものですか?

糸井 すごくあります。何も決まっていなくて、広すぎて迷っている時期にタイトルを決めたり、チラシの絵を描いたりすると、きゅっと絞られていきますよね。作品の世界を探していくためにチラシの絵を描いている面もあります。だからチラシのためというよりも、作品をつくっていくための作業のひとつのようなもので。

中井 漠然としたイメージを落とし込む行程のひとつ。チラシはずっと作っていきたいと思っていますか?

糸井 毎回うまくつくれてるとはいえないところもあると思うんですけど……。統一されたこだわったビジュアルで展開していく、隅々まで美意識を落とし込んでいくということができているわけでもなく……。

中井 たしかに、観る前にイメージをふくらませるというよりも、観終わった後に「ああ、このビジュアルがしっくりくる世界だったな」と納得するのが羽衣のチラシなのかもしれません。

糸井 特に僕が絵を描いたチラシはそうなっているかもしれません。写真と絵を行き来したりして「チラシを見てもどんな作品かわからなすぎるのはよくない」と思ってわかりやすさを追求するとちょっと違うなと思ったりして、というのを繰り返している気もします。劇団の試行錯誤の歴史がそのまま出てます(笑)

10年前の作品を再演する意義

中井 なぜいま、この公演を再演しようと?

糸井 羽衣の作品は男女の性愛を強く打ち出す面があります。そこに否定的な意見を投げられることもあった。でもこの作品は男女の俳優が入れ替わることで、一面的ではない性愛の見え方がすると思っています。今の時代は男女の性愛を打ち出すことはそぐわないムードがあるかもしれないけど、だからと言って人間と性愛を切り離せるものでもありません。この作品なら今の時代に則した形で性愛を描いていけるかなと考えました。それと、曲も雰囲気も気に入っているのに初演の公演回数が少なくて、またやりたいなと。今だったらもう少し、観る人の情緒に入っていけるように作れるかなとも思っています。

FUKAIPRODUCE羽衣『女装、男装、冬支度』2014年初演時チラシ表面(左)・裏面(右)[宣伝美術:林弥生]

中井 キャストが10年歳をとったことについてはどう捉えていますか?

糸井 今回、改めて曲のキーを探ってみたら、すべての曲が半音下がっていました(笑)。初演のみずみずしい感じとは違ったものになるだろうなとは思います。

中井 その変化はポジティブにとらえていますか?

糸井 そうですね。自分も歳を重ねて、どぎついものはそんなに見たくなくなってきましたし(笑)。

中井 どぎつくはないですが、糸井さんの作品にはエネルギーがありますよね。「ここにいる私たち」の視線だと思っていたら、もっとあらがえない、流れ行く時代や連綿とつながる地の繋がりの視点が描かれている印象があります。そういったものは、10年前と同じように描けると?

糸井 歳をとってきた俳優さんたちも、体力的に若い頃のようにはできないかもしれないけど、そこが重要というわけでもなくて。エッセンスは少し変わるかもしれないけれど、むしろ成熟して描くものがよりクリアになることもあるかもしれない。だから歳をとることはウェルカムです。今回は再演ではあるけれど、配役は全て変わっていて、初演に出ていても同じ役は演じないんです。

中井 それは面白いですね。再演だけれど新しい公演。楽しみにしています。

取材・文:釣木文恵 撮影:藤田亜弓

公演情報

FUKAIPRODUCE羽衣『女装、男装、冬支度』
日程:2023年7月21日(金)~2023年7月30日(日)
会場:吉祥寺シアター

プロデュース:深井順子
作・演出・音楽:糸井幸之介

出演:
深井順子、日髙啓介、鯉和鮎美、新部聖子、岡本陽介、浅川千絵、田島冴香、平井寛人、村田天翔(以上、FUKAIPRODUCE羽衣)
森下亮(クロムモリブデン)、能島瑞穂(青年団)、牧迫海香

プロフィール

糸井幸之介(いとい・ゆきのすけ)

劇作家・演出家・音楽家。2004年に女優の深井順子により旗揚げされたFUKAIPRODUCE羽衣の全作品で作・演出・音楽を手掛ける。全編の7割ほどを演者が歌って踊る、芝居と音楽を融合した独自の作風を“妙―ジカル“と称し、唯一無二の詩的作品世界と、耳に残るオリジナル楽曲で高い評価を得ている。第22回公演『瞬間光年』(2017年上演)にて、第62回岸田國士戯曲賞最終候補となる。近年は、木ノ下歌舞伎 ロームシアター京都 レパートリーの創造『糸井版 摂州合邦辻』演出・音楽を手掛けるなど、外部活動の範囲も広がっている。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。