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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

ニットキャップシアター『よりそう人』

毎月連載

第62回

ニットキャップシアター『よりそう人』チラシ(表面)

古い写真、切なさと温かみのあるイラスト、落ち着いた色合い、写真の端に“よりそって”いるタイトルの文字。どこか懐かしい雰囲気をたたえたニットキャップシアター『よりそう人』のチラシ。3年の期間を費やしてつくられた公演の、その道のりまでを包み込んだこのチラシができるまでを、ニットキャップシアターの高原綾子さん、門脇俊輔さん、デザイナーの山口良太さんに聞きました。

上段左より)山口良太さん(slowcamp)、門脇俊輔さん(ニットキャップシアター)
下段左より)高原綾子さん(ニットキャップシアター)、中井美穂

中井 山口さんがニットキャップシアターのチラシを手掛けるようになったのはいつからですか?

高原 最初が2016年で、今回の『よりそう人』で6作目です。ちょうどチラシの転換期に、いつかご一緒したいと思っていた山口さんにお願いしました。

山口 観客として見に行ったことはありますが、まさかお話がいただけるとは思わなくて。ニットキャップシアターさんはかなり長いキャリアをもつ劇団なので、「ニットキャップシアターのチラシといえばこれだよな」という色が浸透していました。だから「劇団のイメージを壊さず、かつ新しく見せること」を求められているのだろうなと感じて気合が入りましたし、最初は緊張しました。

門脇 イラストは竹内まりのさんという方に2002年から変わらずお願いしています。そうやって変わらない部分もありつつ、宣伝美術自体は新しくということで山口さんにお願いしました。

高原 実は今回、一旦イラストをなくしてみてもいいかもしれないという検討もしました。今回は特にチラシに昔の写真を使ったので、イラストとの共存が難しいんじゃないかと思って。でもやっぱりずっとこのイラストはあり続けてきたし、結果として今回もあってよかったなと思います。

山口 実は、使っていないイラストがまだ大量にあるんですよ。毎回、スケッチブック2冊分くらい。

中井 そんなに!

高原 竹内さんは台本を読みながら、メモ書きのようにたくさん描いてくださるというスタイルで。

山口 選んだり組み合わせたりする面白さと難しさがありました。チラシがいいものになったのは、このイラストが持つ力かなと思います。

古い写真が持つ力を信じて

中井 今回、このチラシはどんなところから作りはじめていきましたか?

高原 最初に話したとき、山口さんから「舞鶴の昔の写真をたくさん使いたいと思うのですが、可能ですか?」と。もともとこの『よりそう人』は3年計画でできあがった作品で。舞鶴の昔の写真をもとに短い戯曲を書いて、それをリーディングするという2年間がありました。ですから写真がたくさんあった。その写真を活かせないかというのが山口さんのアイディアでした。

門脇 地域の方から昔の写真をたくさん提供いただいて。公演中は劇場ロビーで写真展も開催します。

山口 ニットキャップシアターの場合は、作品が生まれるまでのバックグラウンドも重要だと思っていて。特に今回はそうで、経緯を含めて見るとまた見え方が変わって、より深く楽しめる。とくに今回は戯曲自体が、舞鶴の地域の方から集めた写真がきっかけとなった物語なので、写真そのものをチラシに使うほうが絶対いいし、戯曲自体の特性、成り立ち、完成に至った経緯も伝わるようなチラシにしないといけないだろうと。

中井 たしかに。

山口 昔の写真って力がある。プロが撮ったものでなくても、ふだんの生活が映ったフィルム写真って、生々しさがある。映っているのがどこの誰かはわからなくても、見る側の想像が膨らむ。その写真の力を借りたいなというのもありました。

高原 舞鶴で日常を送った人の物語と、この写真を使ったチラシはとても相性のいいものになったと思います。

中井 これはエピソードの基になった写真を使っているわけですか?

山口 物語の基となった写真そのものを使っているわけではないですが、物語に出てくる要素は選んでいます。東京オリンピックの聖火リレーの話が出てくるので、聖火リレーの写真を選んだり、犬が登場するから犬の写真も入れたり(笑)。そんな中でメインで使っているのは、物語の核ともなる舞鶴の港ですね。表面は引き揚げ船を待っている人々、裏面には舞鶴の港に入ってくる船の写真。

ニットキャップシアター『よりそう人』チラシ(表面)
ニットキャップシアター『よりそう人』チラシ(裏面)

中井 この写真は本当に印象的ですね。全体の色合いはどのように設計を?

山口 写真自体の色はほとんど加工していません。このチラシ自体を、昔のアルバムからぽろっと出てきたような、いつの時代かわからないレトロな感じのものにしたいとは思っていました。ただ過剰にやりすぎるといやらしさが出るので、できるだけ自然な古さを出したくて、色合いを選んでいきました。舞鶴って海と山の町なので、海の色の案もありましたが、山の色になりました。

高原 色は青と緑だけでなく、紫や黄色などいろいろと試していただいて、やっぱりこれが一番だねと。劇団としては緑のチラシは今までなかったので、新鮮でしたね。

門脇 緑に決まってからも、配置や色の配分など、かなりのパターンを試していただきましたよね。

中井 とても細かい作業の積み重ねの果てに、いまこのチラシがあるわけですね。

チラシを辿る目線で町の空間を感じてほしい

中井 山口さんが今回のチラシづくりで大切にしたことは?

山口 ニットキャップシアターは作品によって毎回作風が違うんです。破天荒なものもあれば、今回のようにじっくりと物語を楽しむ作品もある。今回は特により広い人に届けられる作品になるだろうと思っていて。ただ、壮大ではあるけれども、派手ではない作品なんですよね。だから、チラシを手にとって、観劇して劇場を出るまでの全部が、その人にとって大事な時間になったらいいなと思って、今回は特に何十万人に向けたものというより、ひとりに確実に届くチラシにするべきだろうと思って作りました。チラシ自体、派手ではないけれどきっとピンと来る人はいてくれるはず、と。

高原 実は、チラシに載っているすべてを見てほしいわけでもなくて。雑誌のように好きなところを見て興味を持ってもらったり、芝居を見終えたあとに「こういうことなんだ」と思ってもらえたりしたらいいなと。私自身、チラシをきっかけに演劇を観ることもありますし、そもそも演劇自体、自分の好きなところを見るじゃないですか。

中井 そうですよね。本当にそうです。

高原 その感覚と、チラシというものの親和性が高いなと。紙のチラシという立体物は、作品にもう一歩近寄ってもらえる可能性があるものだと思っているので、本番前から楽しんでもらいたいなという気持ちはあります。

門脇 他の団体だったらパンフレットに入れるようなことを、僕らはチラシに盛り込んじゃうところがありますね。

中井 このチラシ、確かに裏面にぎっしりと情報が入っているけれど、圧がなくて読みたいと思わせますよね。

山口 ああ、うれしいです。読む人がストレスなく読めるように、退屈にならないように考えました。裏面を写真の周りをぐるりと囲むようにレイアウトしたのは、舞鶴の山に囲まれた内海の感じを出したくて。それは伝わらなくていいんですが、文字をたどっていく目線自体で舞鶴の町の空間を感じてもらえたらと思って。

高原 山口さんは、編集力がものすごく高いデザイナーさんだなと思います。テキストのどれをどう見せたらいいか、その生かし方がとても巧みな方なので、情報をいっぱい渡しても大丈夫、と思っているところがあります。

チラシに惹かれて演劇を観に行った経験

中井 山口さんはもともと演劇を観に行く習慣が?

山口 昔から好きでした。いちばん最初は中学生のとき。『ぴあ』の関西版で公演情報を見ていたら、惑星ピスタチオの『大切なバカンス』のチラシビジュアルが載っていたんです。それがフランス映画のような雰囲気で、それに惹かれて自分でチケットを買って劇場に行って観ました。

中井 まさにこの連載にふさわしいエピソード! 『ぴあ』で情報を知って、チラシをきっかけに演劇に足を踏み入れたわけですね。ご覧になって、どうでしたか?

山口 チラシから受けたイメージ通りでしたね。パントマイムとセリフで表現するいわゆる「パワーマイム」という演出方法はそれまで観たことがありませんでした。登場人物それぞれがキャスト全員によって演じられていたんですが、それは同じ役柄の衣装を身に着けた役者さんが複数並んでいるチラシの通りで。

中井 そこから演劇の道に?

山口 大学で演劇サークルに入りました。最初は全員役者から始まるんです。でもイラストが得意な先輩が作った完成度の高いチラシを見て「学生でここまでできるんだ!」とびっくりして。自分も見よう見まねで作り始めたんです。そこからデザインに対する興味のほうが強くなって、デザインの勉強を始めて、こちらにシフトしていきました。

中井 先ほど伺った山口さんのデザインにおける「編集力の高さ」は、ご自身の演劇経験があることとも関係しているかもしれませんね。

山口 たしかに、演劇をやる側と観る側の視点の両方が意識できるのは、内側にいたことがあるからかもしれません。

中井 最後に、紙のチラシはどんな存在か、改めて聞かせてください。

高原 私はとても大事にしています。いまはデジタルの時代だし、紙代も高くなっていますからコストもかかります。手間もかかる、訂正も簡単ではない難しい宣伝媒体だけれど、でもやっぱりこれを手にとって劇場に足を運ぶという意味では、改めて大切だなと思いますし、作品の第一歩だなとも思っています。

門脇 例えば主題歌が先に決まっていて映画やドラマが引っ張られていくという話を聞いたことがありますが、ニットキャップシアターではチラシがそういう役割を果たしてくれた公演がこれまでいくつもあって、外に向けてもそうですし、一番最初にできあがる公演のプロダクトとして、座組を引っ張っていく重要なものだと捉えています。

山口 僕はアーティストではないので、「自由に表現してください」「作品を作ってください」と言われたら何もできないです。演劇のチラシは、公演のテーマや戯曲といったお題を与えられて、そこから想像を膨らませて、劇団や演出家の方といっしょに作っていく。その作業がとても面白いなと思います。それが新作であれば、演出家自身、劇団自身でさえまだ見たことがないものをビジュアルにしていく。それはスリリングですよね。門脇さんがおっしゃったように、時には、そのビジュアルが作品に影響することもある。チラシのデザインがそのまま舞台美術に反映されていたこともあります。それはとてもやりがいになります。お客さんにとっても観る前にワクワクを高めるものだし。モノとして、誰かにとって大切に思えるもののひとつになれたらいいなと思っています。

中井 演劇って、本当に特殊ですよね。とくに新作の場合は、まだできていないもののチラシを作らなくてはいけない。そこが難しさでもあり、魅力でもある。実際の公演との落差もあったりする。とても面白い文化だなと思うので、これからも紙のチラシがあり続けてほしいなと改めて思いました。

取材・文:釣木文恵

公演情報

ニットキャップシアター第44回公演『よりそう人』

日程:2023年12月22日(金)〜12月25日(日)
会場:京都・THEATRE E9 KYOTO

脚本:ごまのはえ
演出:西村貴治
出演:門脇俊輔 / 高原綾子 / 澤村喜一郎 / 仲谷萌 / 山谷一也 / 高田晴菜 / 阪本麻紀 (烏丸ストロークロック) / 上条拳斗

プロフィール

山口良太(やまぐち・りょうた)

アートディレクター/グラフィックデザイナー。1983年大阪府出身。“見慣れないものごとをわかりやすく、身近に。そしてたのしい気分になること” を大切に、演劇公演のチラシデザインのほか、「ストレンジシード静岡」のデザインや、音楽家や俳優から届いた年賀状を展示する企画『音楽と演劇の年賀状展』の企画・運営も手掛ける。
https://slow-camp.tumblr.com/

撮影:kozo kaneda

高原綾子(たかはら・りょうこ)

京都府出身。2004年ニットキャップシアターに入団。以降、ほぼ全ての作品に俳優と制作として携わってきたが、2022年は俳優を休業。『よりそう人』で1年ぶりに出演。子ども向けの演劇ワークショップ、演出助手、市民参加型作品の演技指導など舞台創作のサポート役を担ってきた。

撮影:脇田友

門脇俊輔(かどわき・しゅんすけ)

1981年、北海道出身。2002年、京都大学在学時にニットキャップシアターに入団。2003年、ベビー・ピーの旗揚げに参加。以降両劇団に所属し、俳優、制作、公演プロデューサー等で作品に参加。舞台ではカホン等の打楽器を演奏することもしばしば。舞台外ではナレーションや声の出演も。一般社団法人毛帽子事務所理事。2011年よりKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭スタッフ。

撮影:脇田友

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。