中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
番外編:「チラシ束」を支える株式会社ネビュラエンタープライズ訪問
毎月連載
第63回
中井美穂(前列中央)が「チラシ束」でお馴染みのネビュラエンタープライズさんを訪問!代表取締役・緑川憲仁さん(後列右端)、専務取締役・永滝陽子さんほか従業員の皆様と
演劇を観に行くと、劇場で必ずといっていいほど渡されるチラシ束。シアターゴアーにとっては、新たなる出会いを導く存在です。今回の『めくるめく演劇チラシの世界』は番外編として、この演劇チラシの折り込み代行サービスを行っているネビュラエンタープライズを訪問。専務取締役の永滝陽子さん、マネージャーの成島秀和さん、ブランドデザイン/広報の清水美里さんにお話を伺いました。
公演ごとに細やかにカスタマイズされる折り込みチラシ
中井 ネビュラエンタープライズさんのチラシに関するお仕事は、どのようにスタートを?
永滝 80年代小劇場ブームの頃は、もちろん皆さんチラシをずっと手で折り込みされていました。その後、当時キャラメルボックスの制作をやっていた会社が小劇場のみなさんにお声がけして、共同で丁合機(チラシを折り込みできる機械)を入手したところがはじまりと聞いています。弊社自体は、2002年から事業化しました。のちに2.5次元の作品も増え、同時にパソコンの普及でチラシを作ること自体のハードルも低くなっていきましたよね。するとチラシを配布する規模も大きくなるので、折り込み代行サービスがお役に立てる機会も増えて、会社の規模も少しずつ大きくなっていきました。
中井 チラシ束をまとめるこの「Caution!(コーション)」と書かれた帯、演劇ファンにはおなじみですよね。
永滝 このペーパーも試行錯誤がありまして。丁合機で折込をする際は、何枚ものチラシをまとめる帯が必要です。そのため、この帯を使って情報誌をやったり、広告として団体さんの情報を載せたりということをしていました。いまは背景イラストのうえに、チョイスくんというキャラクターの顔のイラストを載せています。主役は挟み込まれているチラシなので、出すぎず、でも目に留めていただけるような工夫をしています。
成島 あくまでもお客さんは公演を観に来ているので、そこは邪魔しないようにと。現在のチョイスくんの背景デザインは、コロナ禍の最中に変更したものです。劇場に行けない方がチラシを通じて劇場を思い出してくれるようなイラストにしています。
中井 帯ひとつとってもそんな歴史が。
永滝 もちろん折り込みそのものも、じゃまにならないよう手にとっていただいて、1枚でも多く持って帰っていただけるようにという技術の精度をあげてきました。丁合機で作った束は、手に取ったときに落としづらくバラバラになりにくいんですよ。
中井 そうなんですね! チラシの折り込みの順番に法則性はありますか?
永滝 まずはその劇団さんの次の公演、アンケート、そして公演に関係するキャストさんの次回公演など関係者のチラシが前半。後半はチラシを使って宣伝したい団体さんから、「この劇団の作風ならうちの次回公演と近いはず」「ぜひうちの公演をみてほしい」「客層が重なっている」という精査をされて、1件1件「この期間にこの枚数」と指定していただきます。その際にいただく折り込みの利用料が実は当社の収益の基本です。ですから、同じ日であっても違う公演に行けば入っているチラシは少しずつ違います。それはキャストや関係者の違いだけでなく、それぞれの団体さんが「どこに折り込もうか」と考え抜かれた結果の現れなんです。
中井 そんなに細かく指定されているとは! ただ、たくさんの公演の中から一つひとつ選ぶのも大変そうですが。
永滝 もちろん、私たちがご相談にのることもたくさんあります。「どういう公演ですか」「どういう客層を求めていますか」と聞き取りをして、「ではこの公演に折り込みをされては?」とコンサルティングします。でも、各団体の制作さんが考え抜いて一つひとつ選ぶことのほうが多いですよ。
成島 たとえば「この公演のこの日にだけ折り込みたい」というリクエストもあります。特別ゲストに合わせて、とか。
永滝 ほかにもご年配の方が多い公演、ファミリー向けの公演だと、配布をおこなっていただく主催者さんから「チラシ束は持ちやすい分量で」というご指定をいただくこともあります。すると申し込みの上限を設けることになります。折り込みたい側と、配布する側とのマッチングですね。
中井 折り込みたい団体と配布する主催者、双方の希望があるわけですね。団体さんからの相談に対応できるということは、みなさんはかなり演劇公演を観ているわけですか?
成島 どうしても好きなもの中心にはなりますが、これだけのチラシに触れられるので、「面白そうだな」というものには行くようにしています。
清水 私は自分が観に行ったときは必ずチラシ束も「これとこれが入っているな」と改めてチェックしますね。
永滝 うちのスタッフはやはり劇場でお客さんがどんなふうにチラシを手に取っていらっしゃるかを見ていて、置いていかれる率や、チラシを落とされて散らばっている様子なども確認します。それを会社で共有して、「次はちょっと条件を変えてみようか」なんて話したりもするんです。
成島 チラシ回収ボックスに戻されたチラシは弊社で回収して古紙のリサイクルに出すのですが、一時期はどのくらい回収ボックスに戻って、どれとどれがお客様に持っていかれているかを細かく調査していたこともあります。
永滝 すべては見られなくても、これだけ団体さんとお話をしていると、公演の諸条件や、それこそチラシから得られる情報によって「こういう感じかな」という分析はできるようになっていきますね。
中井 劇場によって、公演によってそんなにも細やかに変えているとは驚きました。もっと単純な、オートマティックなものだと思っていました。
永滝 劇場の折り込みチラシは宣伝媒体として、さまざまな可能性があると思っています。それを意識している制作者さんはこちらもわかります。限りあるチラシ在庫を、どの公演にどれだけの期間撒くかを非常に綿密に考えてお申し込みいただく制作の方からはかえってこちらが勉強させていただけるし、その思いに応えられるようにお客さんに届けなくてはと責任を感じます。ですから、チラシ束の置き場所や配り方まで配布先の主催者さんにご提案することもあります。
広がっていった「おちらしさん」のサービス
中井 チラシを無料で家に届けてくれる「おちらしさん」のサービスは面白い試みですよね。
清水 私は「おちらしさん」を担当していますが、今よりも観客の皆さんが作品のジャンルや団体に関わらず、気になるものを観られる、広くお客さんの行き来が活発になるような手助けがしたいと思ってネビュラエンタープライズに入ったので、「おちらしさん」のサービスにはやりがいを感じています。
永滝 コロナ前はこんなサービスをすることになるとは思ってもいませんでした。2020年4月に、コロナですべての公演が中止になり、わたしたちの会社も仕事ができなくなって2ヶ月完全休業しました。その後少しずつ公演が回復してきても、感染対策の意味もあって劇場でチラシを配るところまではなかなか遠い道のりで。コロナ前は月50〜60公演だった折り込み代行先の公演数が、1/4ほどに縮小してしまって。でもお客さんに来てほしいという団体さんの思いは感じて……。差し迫って、最初はチラシの配布先の確保のためにはじめたサービスでした。
成島 2020年5月いっぱい休んで、6月の頭に「おちらしさん」をやろうと決めて、2週間ほどで希望者の募集までのたてつけをして、7月から実際に会員募集をして。すると一気に1,000人もの方が申し込んでくださったんです。
永滝 正直、採算のとりづらいサービスではあるので、期間限定のつもりでした。でもお客さん、団体さん双方から感謝の声をいただいて、いまは会社のもうひとつの柱といっていいほどのサービスになりました。
成島 サービスを始めてすぐに、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんがSNSでも反応してくださって、とても嬉しかったですし、それによって登録者の方もぐんと増えました。
永滝 その数ヶ月後から美術展のチラシもやってみようと。今はふたつ併せて1万6千人を超える会員の方がいらっしゃいます。
成島 「おちらしさん」も、おひとりおひとり違うチラシが届くような設計にしてあるんですよ。
中井 えっ!? 同じものが届くとばかり思っていました。
成島 登録の際にお住まいの地域や年齢層、好きなジャンルやテーマを選択していただくので、それにあわせて。
永滝 会員の方には10ジャンル16テーマから好みを選んでいただいて、細かく設定していただく方ほど、それにあわせたチラシが届きます。
中井 「おちらしさん」もそこまでカスタマイズされているとは!
永滝 公演団体の方に宣伝効果をこちらも発揮したいなと思うと、カスタマイズをして、ピンポイントでほしい方にほしいものが届くことに価値を見出してもらおうと。
成島 美術系のチラシに関しては、それまでチラシを「まとめて配る」という習慣はあまりなかったように思いますが、「おちらしさん」によって「チラシ束」という概念ができたと思っています。
永滝 最初は配り先の確保という現実的なスタートでしたが、その後「公演には行けないけどチラシを見たい」という方からもお申し込みがあって。そんな方が「チラシを見て、行ってみようと思いました」というお声をいただくと、チラシという媒体は「集客」だけでなく「創客」にも貢献できるものなんだなと改めて感じます。
演劇チラシの可能性はまだまだある
中井 コロナ後、チラシに変化は感じますか?
永滝 「おちらしさん」にはデザイン関係の方やアート関係の方もたくさん登録してくださっているのですが、チラシって情報を伝えるという役割だけでなく、創造性もあると思います。コロナを経て、慣習で作っていた団体さんも、あえてお金も時間もかけて作るんだという気持ちでチラシに取り組んでいる気がします。だから、コロナ以降は面白いチラシが増えてきたのではないかと思います。
成島 弊社ではSNS広告のサービスも行っていますが、最近はAIの精度も上がって、ちゃんと届けたい人に広告が届くようになったなと思います。
永滝 会社としてもチラシとSNS両方で、フレキシブルに「集客」と「創客」どちらにも貢献できる宣伝ができたらと。
中井 これからチラシはどうなっていくと思いますか?
永滝 何もしなければ縮小していくかもしれない危機感はありますが、その中で弊社のような立場の者が創造性を発揮してチラシをどう活かすか、その新しい可能性を提案していくことが使命だと思っています。公演があるかぎり、チラシはあってほしいと思うので、そのよさをどう伝えられるか。
成島 単なる宣伝媒体ではなく、演劇の儚さを留めておくものがチラシだと思います。紙媒体としてどう残していくかを、団体の方々といっしょに考えていけたら。舞台の外側の演劇体験はこれから、まだまだ団体さんとともに見つけていけるのではないかと思います。
清水 「おちらしさん」では、印刷会社の株式会社サンコーさんが「勝手におちらしさん」という連載をしてくれています。チラシって印刷物としてプロの方の目線で見てもかなり面白いものなんですよね。そうやってチラシを通じて、デザイナーの方、印刷会社の方など舞台芸術の一歩外にいる人たちと手を繋いで新しく劇場を訪れるお客さんを増やしていけたらと思います。
永滝 舞台って総合芸術で、チラシもそのひとつなんですよね。
中井 こんなクオリティの高い印刷物をタダで配っているというのが、日本の演劇界の特殊で面白いところですよね。みなさんのお話を聞いて、改めて今以上にチラシの価値が上がっていくといいなと思いました。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
プロフィール
株式会社ネビュラエンタープライズ
2002年に個人事業として分社した後、2004年に法人化。2020年に社名を株式会社ネビュラエンタープライズに変更。企業理念「どこまでも、人が集う幸せを求めて。」のもと、チラシ折り込み代行サービス、チラシ宅配サービス「おちらしさん」、WEB広告代行サービス、多目的スペース 「 時々海風が吹くスタジオ 」運営などの事業を展開する。
https://nevula-prise.co.jp/
おちらしさんWEB
https://seisakuplus.com/ochirashisanweb/index.php
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。