中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
『TSURUBE BANASHI 2024』
毎月連載
第67回
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『TSURUBE BANASHI 2024』チラシ
毎回、突き抜けたビジュアルで私たちを驚かせてくれる『TSURUBE BANASHI』のチラシ。笑福亭鶴瓶さんが身の回りで起きたことを軽妙に語るという、ごくシンプルな作りのこの公演。けれどチラシと、そのビジュアルとつながる最後の演出は、他では見たことのないものばかり。今回、プロデューサーであるデンナーシステムズ代表・千佐隆智さんと、アートディレクターの山口アツシさんに、念願叶ってお話を聞きました。
中井 私は『スジナシ』で鶴瓶師匠とご一緒していることもあって、『TSURUBE BANASHI』のチラシはとても楽しみにしているのですが、いつも遊び心があって面白いですよね。毎回、噺の最後で演出がチラシに帰結していきますし。山口さんがチラシを手掛けられたのはいつからですか?
山口 確認したら1998年でした。(1998年のチラシを見せ)これが最初ですね。まだ世の中にCGがほぼない時代にCGで作りました。
千佐 僕がデンナーシステムズの前に参加したケイマックスというテレビの制作会社があるんですよ。そこの経理の人が、山口くんの経理もやっていて出会いました。
中井 経理の方つながりで(笑)。チラシはいつも、どうやって作っていきますか?
山口 毎年11、12月頃に千佐さんとふたりで話をします。長いときは2、3時間。
千佐 出口が見えないときは長くなるよね(笑)。
中井 そもそも、その話し合いのベースとなる公演のコンセプトはどのように?
千佐 年末に本人(鶴瓶)に「来年の『TSURUBE BANASHI』はこの噺をしてくれる? こういうVTRを作ろうと思っているから」と伝えます。
中井 VTRが先ですか!
千佐 そうですね。まあ内容としては、前年の公演や、1年間のテレビ、ラジオを見聞きして、「この話をするときにはすごく楽しそうにしゃべるなあ」とか、「この話とあの話はジャンルが似てるな」と見つけて、提案します。
中井 では、今年のビジュアルのコンセプトは?
千佐 『スシロー』の40周年のCMで、鶴瓶がアフロにオーバーオールという、40年前の自身の扮装をしたんですよ。「おもろいな、これ」と思って。もうひとつ、そのビジュアルをTシャツにして、誰かに着せて撮影する感じはどうだろう、と。そのもうひとつの部分に山口くんが今回苦しんだわけですけど(笑)。
山口 最初に聞いた時は、できるなとは思いました。ただ、千佐さんがTシャツにどうしてもスパンコールをつけたい、と。
千佐 僕の最初のイメージでは、舞台の最後に巨大なTシャツが出てきて、幕みたいになったらどうだろうと。それがキラキラと照明で光るスパンコールになっている、というイメージで。
山口 「絵も全部スパンコールで描けないか」とおっしゃっていて、さすがにそれは難しいので、背景だけスパンコールになりました。この絵は、2022、2023年もチラシの絵を描いてくれた先斗ポン太さんに描いていただきました。
中井 油絵ですか?
山口 油絵風に見えるよう、デジタルで描かれています。この絵の伝え方が難しくて、何度も描き直してもらいました。
中井 ぼかしや、スパンコールは先斗さんが描いたわけですか?
山口 スパンコールは実際のものを撮影して、そこにCG加工をかけています。ぼかしやにじみは僕から「ゴッホのここの感じ」とかいろんな絵を送ってお願いして描いてもらいました。先斗さん、だいぶ困惑されていましたけど(笑)。先斗さんはすごくいろんなタッチを描ける方で。落語が大好きで、落語家の絵も描かれていて。それが2022年のチラシに活かされているんですよ。
中井 たしかに、毎年ぜんぜん違うタッチですね!
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AIにビジュアルを作らせる難しさ
中井 鶴瓶師匠の絵はできた。次はTシャツにする段階ですね。
千佐 最初は本当にこのTシャツを作って着せようと、スタイリストにも相談して。
山口 でもこの時代に、顔も出さずに女性の胸だけを強調するような撮影は、モデル本人がよくても僕らがつらいと。それでAIに作らせてみようとなったんです。AIならば実在の人が傷ついたり、嫌な思いをしないので。まずAI制作会社の人たちに連絡してみたものの、全く返事が返ってこない。なぜなら生成AIは、意図通りに作ることができないから。偶然できたものばかりで「こういうものを作りたい」とお願いしてもできないんですよね。
中井 なるほど。発注仕事はできない。
山口 そんな中でもいくつかの会社にお願いしてみましたけど、どうにもならなくて。結果、25000枚くらい生成AIを試して、ようやく少しずつ理想に近づいてきて、やっと納得できるところまできたんです。そしたら千佐さんが「胸の大きさが足りない」と。そこでCGアーティストに連絡をとって胸を大きくしてもらう、それをレタッチャーにまわして細かいところを調整する、というのを繰り返してここにたどりつきました。
中井 今までにない大変さだったでしょう。
山口 人ではなく機械が理解できるよう伝えなくてはいけない難しさがありましたね。生成AIの画像をSNSにアップしている人たちは、その言葉が巧みなんでしょうね。
中井 AIの共通言語のようなものがあるわけですね。どれくらいかかりましたか?
山口 2か月くらい生成を繰り返していました。顔は入れない予定だったのですが、生成するとついてきてしまう。
中井 わ、かわいい! これは存在しない人ということですよね。
山口 そうです。意外にかわいく仕上がってきたので、顔も入れたいなと。そこにちょっと毒がほしいなと思って、タイトルで目を隠してしまおうと。
千佐 Tシャツをメインにしたかったので、顔が全部入らないよう目の下から使えばいいと思っていたら、こんなふうに目を隠してきて、「おっ!」となりましたね。
山口 以前ロンドンにいたことがあって、あの辺りは駅にクラブのポスターがバーッと貼られているんですよ。ビリビリ破られていたりして。そういうパンクなイメージ。
中井 たしかに、パンキッシュですよね!
山口 デザインを見せたら、最初は日本語だった部分も、(制作協力の)アタリ・パフォーマンスの堀さんが「せっかくのビジュアルだから、全部英語にしてしまいましょう」と言っていただいて。
中井 確かにこれは英語のほうがサマになりますね。顔をそのまま入れるという選択肢はなかったわけですか?
千佐 僕はやっぱり、最後の演出を考えていたので。神宮球場で、キャノン砲でタオルが客席に投げ入れられるように、Tシャツを投げ入れたいというのが頭にあったので、あくまでTシャツをメインにしたいと思っていたんですよ。演出の構想が、いつもチラシに対してブレる気持ちを戻してくれるんですよね。
毎年変わるチラシの歴史
山口 実際にTシャツも作りました。非売品ですけど。この発色のきれいなシートが中国でしか作れなくて、中国で生産して、日本で圧着するという。どこまでやっているのかという手間をかけています(笑)。
中井 かっこいい! これはほしいですよ。師匠も気に入っているでしょう。
千佐 奥さまが「これは私は着られへん!」とおっしゃってました。お客さんからも「ほしい」と言われましたけど、うち、物販をやらないので。
中井 飛ぶように売れるでしょうに! それにしても、本当に毎年斬新なデザインのチラシを作っていますよね。私はこれ(2018年のチラシ)が相当好きでした、ギャンとやられました。
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千佐 これは、できあがったものを本人(鶴瓶)に見せたら「ええ加減にしてくれや」と言われたのを覚えてますね(笑)。そしたらそのとき周りにいたスタイリストやヘアメイクの女性たちが「めちゃくちゃかわいい!」と言ってくれて。
中井 これはかわいいですよ。
山口 このイラストはまた別の方が描かれていて。80年代のエアブラシで描かれている方で、問い合わせたらもう引退されていると。でも「そこを何とか」とお願いして。
中井 ではその方が久しぶりに描かれたわけですね!
山口 描いてみたら楽しかったようで、「また始める」とおっしゃっていただいて。
中井 この一枚のチラシが、ひとりのイラストレーターの人生の時計を動かしたとは。2014年のこれは仮チラシですか?
千佐 僕ら、仮チラシは作ってないんです。
山口 これ、出始めの頃の3Dプリンターで作って、めちゃくちゃお金がかかりました。
中井 ごめんなさい、仮チラシじゃなかった(笑)。
山口 2010年のチラシはカメラマンとスタイリストをあらゆる授賞式に連れて行って、バックヤードで撮りました。
千佐 映画『ディア・ドクター』のときにいっぱい賞をとったから。
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山口 2019年のときは、本当の人形を作りましたけど、うまくいかなくてCGで加工しました。
中井 マネージャーの宇木さんの人形まであるのがすごいですよね。
千佐 この年は宇木の噺をするのがメインだったので。
中井 そうでしたね! これだけいろいろなチラシがある中で、おふたりが印象に残っているのはどのチラシですか?
山口 どれもそれぞれに苦労はありますけど、僕はオリンピック(2020、2021)ですかね。いろんなスポーツのシーンを集めて。
千佐 五輪のマークは使えないから、笑福亭の紋の五枚笹になっているんですよ。
山口 2020年の公演が中止になってしまったので、2021年で改めて閉会式をやろうというビジュアルでした。当時、この遊びは不謹慎と言われる可能性もあったけど、鶴瓶さんであれば許されるだろうと。
千佐 最後の演出で聖火ランナーのコントをやったんですよ。コントなのに、お客さんがみんな泣いて。当時はコロナで、声も出してはいけないというのもあって、鬱積したものがあったんだなと思いました。そういう意味でも思い出深いですね。
山口 公演が中止になってしまったので、せめてチケットを持っていた人にポスターをプレゼントしました。千佐さんが「抽選って書いてるけど、みんなに送ろう」と、結局応募してきた人みんなに送ったんです。送料のほうが高いくらいなのに。
中井 みなさん、うれしかったでしょうね。いい話。
千佐 ちょっとでも喜んでくれればね。
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演出と密接に関わるチラシビジュアル
中井 こうしてお話を聞くと、チラシ1枚1枚に物語がありますね。そして、チラシがここまで直接演出につながる公演も珍しい。
山口 ここ最近は特にそうですね。最初から「こういう演出にしたいからこういう作品にしたい」という話をされます。
千佐 毎回演出プランの構想をもとにチラシを作るけど、2022年のときは上がってきたチラシの絵を見てパンダを作ったの覚えてますわ。このパンダがすごくいいなと思ったから、「最後にこれがステージに登場したら面白くない?」と。
中井 チラシと演出が、相互に影響し合っているわけですね。
千佐 毎年、タイトルロゴも秀逸でね。
中井 普通、シリーズものはロゴを固定することが多いと思いますが、毎回変えていますね。
山口 決まったロゴにしてしまうと、世界観が固まってしまう。絵とロゴは一体だと思っているので、毎回変えていますね。この公演には鶴瓶師匠が登場するので、それがアイコンだと思っているところもあります。
千佐 2023年のロゴは特にいいなと思って、そのままステージに飾ってるんですよ。
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中井 他のデザインの仕事もされている山口さんにとって、『TSURUBE BANASHI』のチラシはどんな存在ですか?
山口 1年で1番のメインイベントです。千佐さんと話すのが楽しみで。
千佐 1年1時間で終わって、それ以外会わずに過ごす年もいっぱいありますよ。
山口 ふたりですべてを決められるから、話が早いんですよ。制約がないからいちばん楽しい仕事だし、難しさもありますけどね。
中井 『TSURUBE BANASHI』ともなれば、チラシがなくてもチケットが売れると思いますが、それでもこれだけ大変な思いをしてチラシを作られるわけですね。
千佐 いやいや、やはりそんな甘いもんじゃないですよ。それに、『TSURUBE BANASHI』ってノンジャンルなんですよね。説明のしようがない。毎年来てくれる方もありがたいけど、観たことのない人に観に来てほしい。そんな思いもあって毎年チラシを作り続けています。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
『TSURUBE BANASHI 2024』
出演:笑福亭鶴瓶
【大阪公演】
2024年4月17日(水)~4月21日(日)※公演終了
会場:森ノ宮ピロティホール
【東京公演】
2024年5月8日(水)~5月12日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
プロフィール
山口アツシ(やまぐち・あつし)
アートディレクター。デザイン事務所Super me inc.代表。山崎まさよし「HOME」のCDジャケットデザイン・ディレクションをはじめ、2005年よりFUJI ROCK FESTIVALオフィシャルTシャツのデザインを手掛ける。書籍のデザイン、企業のロゴデザイン等多岐にわたり活躍。https://superme.jp/
千佐隆智(ちさ・たかとも)
大阪府生まれ。1988年4月、松竹芸能に入社。同年9月に笑福亭鶴瓶のマネージャーとなり、長きにわたりマネジメントを手掛ける。1999年6月に芸能プロダクション・デンナーシステムズを設立、代表取締役に就任。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
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