中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
新宿梁山泊『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』
毎月連載
第68回
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新宿梁山泊 第77回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』チラシ(表面)
宇野亞喜良さんによる魅力的なイラストが表裏にあしらわれた、新宿梁山泊『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』のチラシ。ごくシンプルな構成であってもぐっと目を惹くこのビジュアルからは、宇野さんのイラストがもつ力を感じます。稽古場にて、新宿梁山泊代表で演出家の金守珍さん、プロデューサーの水嶋カンナさんにお話を伺いました。
金 宇野(亞喜良)さんがここ(新宿梁山泊の稽古場)に来られたとき、状況劇場のポスターだらけだったんです。ゲージツ家のクマさん(篠原勝之)が手掛けたものがいちばん多かったかな。「いいでしょ」なんて言ってたら、宇野さん、すごく不機嫌そうに「僕の絵が一枚もない」と(笑)。「じゃあ描いてくださいよ」、そこから始まったんです。
中井 アーティストですね! 宇野さんが新宿梁山泊のチラシを手掛けられるようになったのはいつ頃からですか?
水嶋 17年前頃ですね。
中井 17年! すごいですね。今回チラシに使われている描き下ろしの絵はいつ頃依頼されましたか?
水嶋 これは早かったですよね。去年の夏頃。
金 コロナで宇野さんと3年間お会いできなかったんですよ。でも今回の公演は歴史に残る事件ですから、宇野さんがやってくれなきゃと早めにお願いして。そしたら快く受けてくださった。去年の夏にお会いして、雑談をしながら「なぜ今『おちょこ〜』をやるか」とか、この公演が実現した経緯をお話しました。そしたら、なんと3枚も描いて送ってくださったんです。
水嶋 12月頃でした。今まで何度もご一緒しましたけど、初めてでしたね。
金 いつもは一発で、「これで」でしたけど。
水嶋 宇野さんはノッてしまうとすごく速いんです。だから今回の作品は、とてもノッてくださったのかなと思います。
金 3年ブランクがあったのもあって、「僕はもう芝居はやらない」と言っていたんです。
水嶋 昔はセットの絵も直接描いていただいていたくらいでしたから。
中井 それが3点も! イマジネーションが膨らんでどんどん生まれてきたのでしょうね。
水嶋 「どれでもいい、選んで」と言ってくださって。
中井 そう言われても、どれを使うか相当迷われたのではないですか? 決め手は?
金 今回、寺島しのぶさんと豊川(悦司)くんの、ハムレットとドン・キホーテのくだりがメインなんです。風車をトイレに見立ててそこに突き進み、風間杜夫さんのおしりをつっついて。そこになぜか気絶している(中村)勘九郎さんのサンチョ・パンサがいる。これ、アングラだからできることですけど。
中井 ではお話の中でも、まさにこのイラストで描かれた部分がメインになる。
水嶋 名場面だと思います。皆さん注目するのがハムレットがガイコツに立ちションしている、これが宇野さんにしかできない発想ですよね。ドン・キホーテが頭の上に乗っている。
中井 だからそれを表に持ってこられたわけですね。
金 裏側のイラストにも要素が詰まっていますけれど。
水嶋 こちらも素敵ですよね。表にも裏にも使わなかったもう1点のイラストは、Tシャツにします。
中井 裏側に入っている文言はどなたが選ばれましたか?
水嶋 これは私が戯曲の中から選びました。チラシには劇中歌を入れることがわりと多いんですが、今回はこの歌が素敵で、イメージにはまるかなと思って入れました。
中井 チラシのデザインはどなたが?
水嶋 福田真一さんという、旗揚げからやってもらっている方で。イラストはモノクロだったので、カラーは福田さんが入れてくださいました。宇野さんは福田さんを信頼していて、「自由にやって」と言ってくださって。最終的に宇野さん御本人が構図をチェックして、細かな修正を入れられたりはしますけれど。
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金 僕らの芝居は本読みから始まるけど、それより前の段階で宇野さんはこういうイメージでこのお芝居を捉えているということを、新鮮に知ることができる。そういう意味でも、チラシのイラストはとても大切だなと思います。お客さんに興味を持っていただくきっかけでもありますし。そして、チラシと芝居の中身はまた全然違う世界であることも素敵だなと思いますね。
奇跡のキャスティング実現までの道のり
中井 それにしても、本当に奇跡のキャスティングですね。中村勘九郎さん、豊川悦司さん、寺島しのぶさん、六平直政さん、風間杜夫さん。よくぞこの5人がこの時期に揃いましたね。
金 (十八世)中村勘三郎さんがずっと唐さんをやりたいと言っていて。その思いを受けて中村勘九郎くんがずっとうちを観に来てくれて、「いずれ一緒にやりたいね」と話していたんですよ。ある日の観劇後、飲み会に残ってくれて、そこからこの公演の話が動いていったんですよね。それとは別に、豊川さんとも「やりたいね」と話していたんですが、なかなか彼の重い腰が上がらなかった。それが今回実現しました。
中井 何かきっかけが?
金 僕は、豊川くんと『蛇姫様』をやりたいと思っていたんですよ。でも、「しばらく舞台に立っていないからこの作品には体力が追いつかないし、キャラクターも合わない」と。そんな豊川くんが「金さん、これだったら僕やれそうです」と言ってくれたのがこの『おちょこの傘もつメリーポピンズ』だった。そこでみんなで集まってやんややんややって、実現にこぎつけました。
水嶋 こんなメンバー、実現しそうにないでしょう? でも、私は実現するような気がしていました。みんなが度々集まって「さすがにできないでしょう」「いややるよ」とかいろいろ話し合う会があって、私もたまに参加していたんです。皆さんがすごくこの唐十郎作品を求めている感じがあったので、これは決まる予感がしていました。
金 皆さん、テントに出たいという思いがあって。テント公演には爆発的なエネルギーがありますから、そこにチャレンジしたいと。あとは作品選びですよね。豊川くんはやる気で、相手のセリフも全部入っていますから。
中井 そうなったらもう、やるしかない。
金 豊川くん、30数年ぶりの舞台というけど、かっこいいですよ。風間杜夫とのふたりのシーンを花道で、客の中でやりたいといって稽古している。なかなかいいですよ。唐さんもこの公演をすごく楽しみにしていて。いちばん喜んでくれると思っていたら、ご覧にならないで逝ってしまわれましたが……。宇野さんがチラシ用に描かれたイラストだけは唐さん、ご覧になったんですよ。それがせめてもの慰めですね。芝居の稽古が始まる前にチラシという作品があってよかったなと思います。
投げかけられたものを自由に受け取ればいい
中井 今回はテント公演に初めて行く方も多いと思いますが、何か意識されていることはありますか? 唐さん作品自体に初めて触れる方も多いと思います。たとえば唐さんの作品は、台詞が美しいですね。最近あまり聞くことのない美しさ。
金 劇詩人ですね。詩って、行間がある分解釈がいろいろできる。唐さんがよく「誤読のすすめ」とおっしゃっていて。ひとつの現象をひとつで受け取るという縛られた伝え方ではなく、100人いたら100通りのストーリーがあっていいんじゃないかという考え方ですね。投げかけたものを皆さんがどう捉えるかは自由。
中井 初めて観る方も、何度も観ている方も変わらず、自由に受け取ればいい。
金 はい。唐さんも宇野さんも、イメージの飛躍、豊かさがあるじゃないですか。それが非日常の、普段使わない脳みそを刺激する。70年代の寺山(修司)さん、宇野さんからアングラが始まり、唐さんはテント芝居で演劇として新しい方向性を見せた。ただ、唐さんご本人は「新しくもなんともない、ずっとあったことをやっているんだよ」とおっしゃるんですよね。元をただせば、屋台崩し、外連味、花道、そしてイメージの飛躍。それは歌舞伎の中にいっぱいあるじゃないですか。唐さんの作品をテントで上演するというのは、自由闊達なイマジネーションを皆さんで楽しむ、祭りみたいなものですよね。
中井 その坩堝の中に自分も入りたいと思うのでしょうね。
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金 テント芝居は幕一枚隔てて外で、守られていない。どこまでも自然の影響を受けながらの公演ですから。特に花園神社はしょっちゅう救急車のサイレンが聞こえるし。それが楽しい。
中井 新宿梁山泊を観に行くと、若いお客さんもすごく多いですよね。
水嶋 最近学生さんも多くて、嬉しいです。
金 順繰りに注目されていくんでしょうね。刺激がほしいときにはこういうものを観て、日常のドラマを観たいと思ったら平田オリザさんのような静かな演劇を観て……と、相互作用で陰と陽が周るように。テントばかりでも嫌になっちゃいますから(笑)。
水嶋 唐さんのお葬式に参列しながら、次の世代に唐さんを受け継いで行きたいと改めて思いました。だから若い人たちにできるだけ観てもらいたい。伝えていきたいなとすごく思います。
中井 もう新作が観られないと思うと、精神が残っても肉体が残らないことの悲しみを感じます。でも、だからこそ残った作品がどんどん上演されるといいですよね。ひとつの作品にいろんな解釈があり、上演する団体によって変容していくところが面白い。
金 そうですね。だから自由に観てもらいたい。ただ、そのまま日常に埋没するのではなく、何かしらがその人の人生に残ってほしいですね。
中井 演劇ってエネルギーだし、命だなと思います。今生きているから見られる、作った人が亡くなっても、生きている人が身体を貸せばその作品を蘇らせることができる。その、生きていることを確かめに行く感覚。それが私がアングラを観に行くいちばんの理由だなと思います。
本番前に提示できるもうひとつの作品
金 去年ニューヨークのラ・ママ実験劇場に行ってきたら、演劇のポスターがすごく丁寧にアーカイブされていて。そこに宇野さんのチラシやポスターがあったんですよ。
水嶋 『毛皮のマリー』のポスターでした。
金 劣化しないひとつの文化として、歴史に残っていくわけですよね。宣伝媒体でありながら、これもひとつの作品じゃないかなと思います。僕は演劇において、チラシのイラストレーターはもうひとりの作家だと思いますね。
中井 特に、日本でもかつてはアートのど真ん中の方が演劇に関わっていましたよね。新宿梁山泊と宇野さんとは、そのつながりが今もなお残っているとても貴重な関係だと思います。最後に、紙のチラシがどんどん減っていますが、新宿梁山泊は今後も紙のチラシを作り続けますか?
金 もちろんです、当たり前でしょう! これが最初の僕らの意気込みですから。宣伝でもあるけれど、僕らが本番前に提示できるもうひとつの作品。
水嶋 特に宇野さんの絵で、皆さんが好まれるから絶対に作ります。ただ、配るところは少なくなりましたね。街撒き(街の店にチラシを置きに行く)はコロナ禍以降、もう行かなくなりましたし、劇場も枚数を減らしていて……。
金 でも僕は、日本の演劇のチラシをラ・ママのアーカイブに残したいんです。ニューヨークでは寺山さんも無名で、三島由紀夫で終わっている。でもきっとこの世界は刺さると思うんです。寺山さんも唐さんも、後世にきちんと残していきたいなと思います。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
新宿梁山泊 第77回公演『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』
日程:2024年6月15日(土)〜6月25日(火)※毎夜19:00開演
会場:新宿花園神社境内特設紫テント
作:唐十郎
演出:金守珍
出演:
中村勘九郎 / 豊川悦司 / 寺島しのぶ / 六平直政 / 風間杜夫
金守珍 / 水嶋カンナ / 広島光 / 松田洋治 / 藤田佳昭 / のぐち和美
二條正士 / 柴野航輝 / 宮澤寿 / 荒澤守 / 染谷知里 / 本間美彩 / 芳田遥 / 三輪桂古
プロフィール
金守珍(きむ・すじん)
1954年、東京都出身。新宿梁山泊代表。蜷川スタジオを経て、唐十郎主宰「状況劇場」で役者として活躍後、新宿梁山泊を創立。 旗揚げより演出を手掛ける。1997年にはオーストラリアの国立演劇学校から「特別講師」として招かれ、1999年にはニューヨークで『少女都市からの呼び声』を公演。2022年、新宿梁山泊公演『下谷万年町物語』とProject Nyx公演『青ひげ公の城』の演出で第五十七回 紀伊國屋演劇賞を受賞。
水嶋カンナ(みずしま・かんな)
東京都出身。青年座研究所を経て、1994年『青き美しきアジア』より新宿梁山泊に参加。以来数々の唐十郎作品に出演する。2006年に、宇野亞喜良の総合美術、金守珍の演出を基盤とし、不朽の名作や知られざる傑作を現代のパフォーマンスとして蘇らせる実験演劇ユニットProject Nyxを立ち上げる。プロデューサー兼女優として活躍中。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
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