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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

akakilike『希望の家』

毎月連載

第69回

akakilike『希望の家』チラシ(表面:松本公演告知面)

男女が写るビジュアルのちょうど真ん中に真っ白の図形が配置されたakakilike『希望の家』のチラシ。見えるはずのものが見えないビジュアルにハッとさせられます。ふたりはどんな顔で、どんな表情なのか。この白い図形は何を意味しているのか。塗りつぶされているのか、空洞なのか……。いろんなことを考えてしまうこのチラシと作品について、akakilikeの主宰であり演出・構成を務める倉田翠さんと、デザイナーのLABORATORIES加藤賢策さんにお話を伺いました。

akakilike主宰・倉田翠さん(右)、デザイナー・加藤賢策さんと

中井 倉田さんと加藤さん、おふたりの出会いは?

倉田 最初は※「『今ここから、あなたのことが見える/見えない』[YAU]」(2022年5月)/「『今ここから、あなたのことが見える/見えない』大丸有SDGs ACT5」(2022年11月)という公演です。bench(ベンチ)というアートマネージャーのコレクティブチームに依頼されて、私は演出家として参加する仕事で。ベンチさんが選んだデザイナーさんが加藤さんで、それまで私は存じ上げなくて。イメージだけを伝えたら、私がやりたいことをすごくうまく、いやらしくならないバランスで作ってくださったんですよ。

※『今ここから、あなたのことが見える/見えない』:大手町・丸の内・有楽町エリアで働く人たちとのワークショップを経てつくりあげたパフォーマンス。2022年5月にワークショップの成果発表公演、その公演をホールバージョンとして同年11月、東京国際フォーラムで再演した。


中井 印象的なチラシですね。

加藤 このとき(~YAU)は稽古中にカメラマンを連れて撮りに行った写真をあとで受け取って使っています。

「『今ここから、あなたのことが見える/見えない』[YAU]」(2022年5月)チラシ(表面)
「『今ここから、あなたのことが見える/見えない』大丸有SDGs ACT5」(2022年11月)チラシ(表面)
『指揮者が出てきたら拍手をしてください』チラシ(表面)

倉田 (~大丸有SDGs ACT5のチラシ上部に写っているのは)実際に会社で部長さんをされている方なんですが、制作時に企業に潜入してインタビューをしたなかのおひとりで、ものすごい魅力を感じて。ぜひ出ていただきたいと思ってこの方は私がスカウトしたんです。~[YAU]のときは、部長が歩いているところという感じのこの写真が好きで、これを使いたいとだけ言って何枚かお送りして、加藤さんと直接話してはいないんですよね。次もベンチさんの公演で『指揮者が出てきたら拍手をしてください』。これは撮り下ろしです。で、今回akakilikeの公演で、初めて私から依頼させていただいて。

中井 『希望の家』。

倉田 私は自分が「わからないこと」をテーマに作品を作ったりするんです。今回は結婚とか、新しく家族を形成していくこと。それをまずはテーマにして、まだいろいろ定まらない中で、私のパートナー役に設定している俳優さんと、京都の山奥の池まで撮影しに行きました。カメラマンは守屋友樹さんという、ある種の気持ち悪さも感じるような写真を撮る方で。

中井 どんなコンセプトで撮影を?

倉田 「希望」って、その単語を出した瞬間に反対のこともイメージされる言葉だと思っていて。裏が見えちゃう言葉というか。そんな話をしながら撮影してみました。別に男女っぽい動きはしていないんですよ。めっちゃ相手を見ているとか、相手をモノとして扱っているだけの写真なんですけど、それができあがってきたらすごく生々しくて。

中井 たしかに、生々しいです。

倉田 で、セレクトした写真をどんと送って、「これが100点やと思ってないで」と加藤さんに伝えたんです。池と男女って、なんかいかにも「失楽園」みたいじゃないですか。でもそうしたいわけじゃない。あともうひとつ、新興宗教みたいにしたいというイメージも伝えました。このままこの写真をストレートに使うと少しずれる気がする、と。私、作品で男女を扱うのは苦手なんです。安易に触れることができない。だからそこをぼやかしたい、というようなことをイメージでお伝えしたら、できあがってきたのがこのチラシで。すぐにいいなと思いました。

加藤 最初はいくつか案を出しました。後光が差しているように放射状に線が入っているものとか、色のついた図形を載せているものとか。

倉田 写真がずれているものとかいろいろあったんですが、控えめなものにしました。何もないから、そこの中を想像する。観る側の想像によって補填されるなにかは、このデザインがいちばん強い気がして。

中井 そうですね。この空白の形自体、タイトルの「家」から、家を表しているのかなとか、矢印とか鉛筆も想像するし。写真に何かを載せてしまうというのは、最初から思いついていたんですか?

加藤 そうですね。倉田さんのイメージを最初に聞いた時、「『希望の家』というタイトルつけるなんて、宗教にハマっちゃったのかなと思われたらちょっと嫌」と言われて。

倉田 そう、ストレートにやってるわけじゃないよ、というのを伝えたいと。

加藤 それをどう出したらいいかなと言われて。あえてつけているタイトルがそのままベタに受け取られないようなイメージを、このA4サイズの中で配置するか。たぶんいくつか方法がある中で選んだのがこれだったということですね。普通ビジュアルがあったら大事なところは避けてタイトルを置いたりするけど、そのいかにも大事なところに何かを置く。すると、言葉とイメージとの変な作用を起こすじゃないですか。写真自体にもそういう思いが見えたから、その延長という感じですね。

倉田 カメラマンが「お気に入りの送るわ」と送ってきた写真が、私の手が写ってるんだけど手自体じゃなくて手首の血管に注目しているような写真で。人間を撮らないというか。そういう気持ち悪さ。がゆえに、本質的な部分があけすけに見えてしまうというか。だから、大事なところを隠してもらったんですよね(笑)。

akakilike『希望の家』チラシ(表面全体)

「なんだろう」が形になった

加藤 二つ折りのチラシの、もう一面のタイトルの方も、あえてカッコを入れました。これも、生っぽい言葉だからそのままじゃなくて、何かがしたかった。

倉田 「まっすぐこれやってるんじゃないよ」がすごく大事なんです。ここに写ってる彼は今回、劇中でローラースケート履いてるんですよ。それは彼のナルシズムみたいなことを揺るがそうと思って決めてたことなんです。でもね、そしたらうまくて、かっこいいんですよ。ただ、私がかっこよく見せようと思ってやったわけじゃないんだということは伝えたい。じゃあ下手くそにすべらせたらいいのかといったら、そうじゃない。なぜ彼がローラースケートを履かされているのか、そこをどう伝えるかという難しさがあるんですよね。私はデザインとかわからないけど、タイトルのカッコとかフォントが効いて、まっすぐじゃないことが伝わっているんじゃないかなと思う。

中井 このフォントがいいんじゃないか、というのはすぐ思い浮かぶものですか?

加藤 まさに今のお話のように、ひとつのモチーフがどう捉えられるかを、周りの状況に応じて調整し続ける。それは面白いところで、デザインも舞台も同じかもしれない。

倉田 私、ダンスの人なんで、ダンスのチラシがわかりづらいというのは嫌なんですけど、6月に上演した松本でもこのチラシを配って、白いシルエットがある方を大きくしたポスターも貼って。やっぱり松本の人たちにとって、これすごくわかりづらかったんです。でもこのビジュアルがずっと街に貼られていたことで、その「なんだろう」というコンセプトが形になっていった感覚があって、それは面白かったです。

中井 それは面白そうです。この大きなビジュアルが貼られているの、ゾワッとすると思う。

倉田 この(白いシルエットの)真ん中にサインしてとか言われて、名前書いてみたら「これなんなんだろう」と思って。みんなにとってのこのスペースはなんだろう? と。作品を作っていく中でこの部分が見えへんのがすごく私っぽいなと思うようになって。今回なら結婚というテーマがあって、死ぬ気でガワを行ってる感じ。そんなに中心を、確信を持って提出できるのか。そこは見せられないですよね、「わかんないよね」というところがビジュアルでも表現されているチラシだなと思います。

演劇やダンスの「ウソ」をなんとかしたい

中井 加藤さんは元々akakilikeの作品をご存知だったんですか?

加藤 チラシをやるまでは観たことがなくて、最初は映像を送ってもらいました。手掛けたものは観に行きましたよ。『指揮者が出てきたら拍手をしてください』なんかは僕、最前列で号泣しながら観ました。

倉田 私の作品はダンスなんですけど、セリフがあるんです。俳優さんにも出てもらうし、一般の方ともやるし、踊ったほうがよければ踊ってもらうし、しゃべってもらったほうがいいと思ったらしゃべってもらう。その人の存在が、その人がその人として生きてきたことがなるべく消えないように舞台に立ってもらうための演出をしています。だから一人ひとり違う。『指揮者が〜』だったら、かつてバレエをやっていて、今はやめているという共通点をもつ人に出演してもらって。スクリーンにそれこそ「指揮者が出てきたら拍手をしてください」とか、指示が出るんです。その中で、それぞれの思いが乗っかって展開されていくという作品で。

中井 私もピアノをやっていましたけど、何かをやめると、続けている人を見るたびに「もしかしたら私にも可能性があったのかも」と、ほんの少しだけ未練が生まれますよね。

倉田 そう。続けることのほうが評価されがちですけど、やめることを肯定したいなと思って作った作品です。

中井 今回は一般の方ではなく、俳優がキャスティングされていますね。

倉田 一般の方と作るのと、俳優の方と作るのとは全然違っていて。俳優の方は自分とは関係ないテーマをぶつけても、プロとして引き受けられる人なんですよね。それでも、やっぱり人間だから。私も含め、自分と対峙していって、かつ自分自身の課題とは違うテーマにパッケージ化していく難しさがあります。

中井 役者というものの存在自体が不思議ですよね。作品のたびに別の役をやるけど、でも本人だよね、というところがあるじゃないですか。Aという役を演じているけど、でもあなた自身はAじゃなくて俳優の誰々でしょ、という面がある。

倉田 (立ち上がって)そうなんですよ!! 私が演劇を信じきれないと思うのはそこなんです。いや、あなたじゃないですかって。ダンスも同じで、風とか大地とかを表現したりするんですよね。いや、それを否定したいわけではないが、あなたはあなたじゃんって。セリフや振り付けがその人の存在よりも強く出てしまうことの気持ち悪さから解放されたい。そのウソのつけなさで作品を作っている感じがあります。もちろんセリフをしゃべるし、振り付けを覚えて踊るんだけど、その中でいかにあなたがあなたであることを消さないか。もちろん役があるから舞台に立てる、それが俳優なのだとはわかっているけれど。

加藤 きっとその「気持ち悪さ」こそが倉田さんの作品を作るうえで大事な部分なんでしょうね。

倉田 もちろん、舞台に立っていつも通りできる人なんていないから、私の作品は「その人をそのまま舞台に乗っけている」と言われることもあるけど、それはウソで、フィクションではあるんです。でもね、一般の方が立ったとき、本物の強みがあるんですよ。薬物依存症の方と作品を作ったことがあるんですが(『眠るのがもったいないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、緑の庭に光あふれるように、永遠に続く気が狂いそうな晴天のように』)、そのキャストなんかは立ってるだけでめっちゃ強い。その強度に俳優やダンサーがどう太刀打ちできるかということは考えたりします。この話ができてうれしいです。

加藤 デザインも、依頼があってその人との関係の中で作っていくので、「こうしてほしい」という要望を叶えながらも、言われたまま作るのは相手にも失礼だと思うんです。だから、言われたのと違うように作っても「ああ、それだね」と言われるように作る。今のお話を聞いていてそんなことを思いました。

倉田 今回の作品は特に難産で。松本で「なんとか形になったな」というときにみんなで「なんかチラシ思い出したよね」と話したんです。だからチラシって作品の一部だなと思います。

中井 観客にとっても、観た舞台のことを客観的に眺められるモノってチラシしかないんですよね。私は確かにこれを観た、と。

加藤 僕、美術館の仕事もやるんですけど、最近グッズがものすごく多くて。でも「これ買う?」というものも売れていたりするんですよ。みんな、体験をモノとして持って帰りたいんだなと思います。

中井 なにか、証が欲しいんですよね。演劇においてはそれがチラシなんだと思っています。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

akakilike『希望の家』

演出・構成:倉田翠

出演:
倉田翠 桑折現 白神ももこ 前田耕平 吉田凪詐

【松本公演】
日程:2024年6月8日(土)・9日(日)※公演終了
会場:まつもと市民芸術館 特設会場

【東京公演】
日程:2024年7月13日(土)~15日(月・祝)
会場:シアタートラム

プロフィール

倉田翠(くらた・みどり)

1987年、三重県生まれ。演出家、振付家、ダンサー、akakilike主宰。3歳よりクラシックバレエ、モダンバレエを始める。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科を卒業後、京都を拠点に活動。作品ごとに自身や他者と向かい合い、そこに生じる事象を舞台構造を使ってフィクションとして立ち上がらせることで「ダンス」の可能性を探求している。今年度よりまつもと市民芸術館の舞踊部門芸術監督を務める。 akakilike公式サイト https://akakilike.jimdofree.com/

加藤賢策(かとう・けんさく)

株式会社ラボラトリーズ代表取締役。アートディレクター/グラフィックデザイナー。武蔵野美術大学・横浜国立大学非常勤講師。2000年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2002年同大学院視覚伝達デザインコース修了。同年より視覚伝達デザイン学科研究室に助手として勤務。2006年株式会社東京ピストル設立。同社退社後2013年7月株式会社ラボラトリーズ設立。グラフィックデザイン、ブックデザイン、WEBデザイン、サインデザインなどを手がける。 株式会社ラボラトリーズ https://www.labor-atories.com/

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。