中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2024 音楽劇『あらしのよるに』
毎月連載
第70回
日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2024 音楽劇『あらしのよるに』チラシ(表面)
毎年夏に開催される子ども向けの舞台公演「日生劇場ファミリーフェスティヴァル」。音楽劇『あらしのよるに』はその一演目です。が、カラフルながらクールさもある衣装をまとったふたりのキャスト、シンプルな線画のイラスト、落ち着いた雰囲気のチラシは、ぐっと大人向けの印象。シルバーの線画は角度によって光り方を変え、興味を惹きます。子ども向けの音楽劇でこの雰囲気のチラシを作ったのはなぜなのか、脚本・演出の立山ひろみさん、プロデューサーの大澤拓己さんに伺いました。
中井 「日生劇場ファミリーフェスティヴァル」は夏の風物詩ですね。1993年からもう31年。
大澤 1963年開場の日生劇場が30周年の際に始めた事業です。日生劇場は日本生命が東京に新しい拠点ビルを建てる際、「文化的な社会づくりに貢献」するため「青少年の将来に役立つ劇場」をつくりたい、という当時の弘世社長の思いで設置されました。開場翌年からは劇団四季制作のミュージカルに小学生を招待する事業をはじめました。ファミリーフェスティヴァルは家族づれで楽しんで頂く事業で、近年ですとバレエ、クラシックコンサート、人形劇やダンス、ミュージカルや音楽劇から4つ程度のジャンルの公演を開催しています。
中井 『あらしのよるに』は今回で3回め。
大澤 2019年、2021年、そして今回です。2021年は全国巡回もいたしまして、巡回公演では音楽に手拍子が起こったりもしました。
立山 手拍子は衝撃でした。東京よりもさらに舞台に接する機会の少ない子どもたちが心を開いて、この短時間に楽しもうとしてくれてるっていうのがすごくうれしくて……。『あらしのよるに』については、私がお声がけいただいた段階で演目は決まっていました。そこから、音楽を時々自動の鈴木光介さんにお願いしよう、振付は山田うんさんに、と作っていったかたちです。
中井 ご覧になる方の年齢層はかなり意識していますか?
立山 やはりお子さんに観ていただくことを思うと、あまりに言葉が多すぎると理解が追いつかない可能性が出てくる。だから感性に訴えかけるものにしたくて。「どこを観ていてもいいよ」という形にしようと、身体表現を多用した演出にしています。十数人もの演者が嵐になったり、ストーリーテラーになったりと変化していく。もともと原作は、ほとんどの場面でオオカミのガブとヤギのメイしか出てこないのですが、それを日生劇場に合うサイズの作品にするという意識もありました。
中井 なるほど、作品のサイズ感も重要ですよね。
立山 日生劇場はやはりとても素敵な劇場なので、みなさんちょっとおしゃれしていらっしゃるのも素敵だし、お子さんの反応をご両親が楽しんでいらっしゃるのもいい光景です。劇場に行くという体験自体が、ワクワクするものとして残ってくれればいいなと思いながら作っています。
中井 私自身、日生劇場に伺うたびに本当に美しい劇場だなと思います。ここでやるからこそ、特別な体験になりますよね。
全体チラシだけでは出会えない人に出会いたい
中井 チラシのお話を聞かせてください。フェスティヴァルの4公演全てをまとめて紹介するチラシがありますね。各公演、それとは別に独立したチラシを作っているわけですか?
大澤 これまでは、この全体チラシのビジュアルをそのまま単独のチラシとした演目もあります。ですが、『あらしのよるに』は初演のときから、フェスティヴァル全体のものとは違うビジュアルのチラシを作ろうと。
立山 全体チラシは、掲載できる情報が限られていて、今年は少し変わりましたが、これまでは全ての演目が画一的に並んでいる印象でした。せっかく『あらしのよるに』をやるのに、それだけでは情報が届けたい人に届かないんじゃないかと。チラシはいちばん最初にお客さんに出会う窓のような存在だと思うので、自分たちはこういうことをやるよというメッセージとして、全体チラシからは独立した単独チラシを作りたいとお願いしました。
大澤 これまでの全体チラシでは、同じテイストで表紙からすべての公演を統一していました。ですが同じテイストでいろいろなジャンルの公演を並べると、演劇はどうしても目をひきづらい部分がありました。というのも、バレエやクラシックはお子さまが習いごとで親しんでいることも多く、「連れて行ってみよう」と思われる保護者の方もいる一方、演劇は親御さんが普段から演劇を観る習慣がないことには、なかなか関心を持っていただきにくいジャンルです。実際、ファミリーフェスティヴァルの中でも演劇はその点での課題が大きい。ですから、クオリティの高い演劇公演である、ということを単独のチラシで、さらに訴えかけたいと。全体チラシは1都3県の幼稚園や小学校に配布するものなので、違うルートで興味のある方に出会いたいという意図もありました。
中井 愛らしさの中にも大人っぽさがあるチラシで、素敵ですよね。
立山 幅広くこの公演にアクセスしてもらいたくて、まずは予算やその他の制約を考えずに、シンプルかつキャッチーなものを作りたいと思いました。最初にデザイナーの加藤秀幸さんのところに相談に行ったとき、あらかじめメモしていたイメージ図を見て頂きました。「ガブとメイのふたりのお芝居が中心にあって、他の出演者はヤギやオオカミのほか、物語の大切な要素である自然や天候を演じるので、そういう部分も(イラストで)表現してほしい」と。そしたら加藤さんも「じゃあこうしよう」とその場でラフを描いてくれて。
中井 ではかなりスムーズに。
立山 そうですね。衣装プランももちろんまだできていない中、公演の衣裳デザインの太田雅公さんもチラシの撮影打ち合わせに同席してくれたんです。キャストに似合う色も考えてアイデアを出していただき、太田さんのアシスタントである生田志織さんにデザイン・製作をお願いしました。
大澤 3回目となる今回はアンサンブルの皆さんのマフラーも作っていただいて、裏面のキャスト写真も揃えて撮り、カラーで掲載しました。
中井 線画が贅沢にシルバーでプリントされているから、手にとって角度を変えることで風合いが変化するのがいいですよね。
立山 このハプニング性もいいなと思います。お子さんたちに想像力を渡せるようなしかけを公演でも意識しているのですが、チラシでもそんなテイストが表現できたらと。
中井 裏面も美しいです。表のモチーフが散りばめられていて、情報量は多いのに読みやすい。
立山 これはもう、デザイナーである加藤さんのプロの技です。
大澤 表面の情報が、過去に当劇場で作成してきたチラシに比べて、非常に少ないんです。やはり最初は内部からも「もっと情報を入れるべきでは?」といった声もありましたが、デザインを見て納得してもらえました。
立山 大澤さんが頑張ってくださってありがたかったです。私は表にはあまり要素がないほうがワクワクするので。
大澤 絵本がもともと少ない文章でお子さんの想像力を喚起するものだと思うので、入れなくてよかったと思っています。結果、お客様からも、カンパニーからも好評でした。
中井 表が魅力的だったら絶対に裏面も見ますから。デザインの勝利だと思います。
公演もチラシも、シンプルが強い
中井 これまでの公演のチラシを並べてみると、基本のコンセプトは同じですが、再演のたびにまわりのイラストが変化していくのが面白いですね。
立山 ふたりを取り囲むイラストが1回目は自然、2回目はふたりが出会った小屋にしようというところまではサクッと決まりました。最初は再演の予定はなかったので、2回目の撮影時には以前の衣装がもうなかったんです。だからキャストに合わせて衣装の色味も変えて新たに作っていただいて。
大澤 3回目となる今回は、原作終盤で2匹が並んで月を見上げているシーンを選びました。
中井 こうしてチラシを並べてみると、それこそ絵本を見ているようですよね。長く再演を繰り返す公演であれば、1冊の絵本のように展開していくのは面白いですね。今回はガブもメイも新キャストになりますが、稽古のようすはいかがですか?
立山 稽古は始まったばかりですが、いまのところふたりの声の相性がすごくいいことに感動しています。過去2回は(ガブ役を務めていた)渡部豪太さんがリードして、メイ役の俳優さんがついていく、という関係性でしたが、今回は白石隼也さんの声がやさしくて、南野巴那さんは明るい声。このふたりで新しい『あらしのよるに』が見せられるんじゃないかと思っています。これは初演からですが、場面自体はすごく多いけれど、美術はそれほど多くないんです。やはりシンプルな方が強いという思いがあるから。
中井 楽しみです。チラシも、公演も、シンプルな強さを訴えている。こうして見るとチラシに載っているコピーも最低限ですよね。
立山 そこもシンプルに、ですね。『あらしのよるに』は名作ですし、さまざまなメディア展開がされているからこそ、サブタイトルやコピーで縛るのではなく、まっさらな気持ちで観に来ていただいて、舞台ならではのダイナミックさ、空気感をそのまま受け取っていただけたらという思いで。
中井 やっぱり驚いてほしいですよね。こんなにたくさんの人が出てくるんだとか、こんなにジャンプするんだとか。動くことから生まれてくる非常に根源的な感動が、舞台にはあるから。
立山 演劇ってたいへんなこともたくさんありますけど、やはり生の身体がそこにあるのが舞台の醍醐味だしアドバンテージだ、という気がするんです。だから『あらしのよるに』でもそこを見せたいですね。子どもの時に面白い作品を観たら、劇場に通うようになるかもしれない。お子さんに「演劇は自分の人生に関係ない」と思われてしまったら、一度にたくさんの選択肢が削られる。子ども向けだからこそ、尽力して本当にいいものを作らないとと思います。
大澤 日生劇場としても、クオリティの高いものを、と思っています。
中井 このクオリティの作品が廉価で観られるのは本当にすごい取り組みだと思います。最後に、立山さんにとって演劇チラシの意義はどこにあると思われますか?
立山 観る方が一番最初に出会うのはチラシですよね。そこにどれだけ作り手の思いが鋭利に入っているか。「このくらいでしょう」という温度感でチラシを作っていては、熱量で他の公演に負けてしまうと思います。この作品に作り手がどのくらい賭けているかは、一般の方にもチラシから感覚的に伝わると思うんです。その視線に私たちは常に晒されてる。そうなると、なるべくいらないものを全部削って、大切なことだけ伝えるものにしたいなと思いますね。
中井 演劇チラシは日本独特の文化ながら、予算との兼ね合いもあって、だんだん減っていますが。
立山 予算はチラシに限らず何にもついてまわりますが、関わってくれるスタッフ全員の知恵を総動員して、いいものを作りたいと思います。このチラシも、大澤さんが調整してくれて、デザイナーの加藤さん、柴田さん、衣装の生田さん、みんながいいものを作ろうと妥協せず案を出し、実現してくれる。戦ってくれる。それは実際の舞台を作るときも同じです。予算という現実を受け止めながら、みんなが納得する結果を出すための知恵を出し合うのが大事かなと思います。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
日生劇場ファミリーフェスティヴァル 2024
音楽劇『あらしのよるに』
原作:きむらゆういち
脚本・演出:立山ひろみ
音楽:鈴木光介(時々自動)
振付:山田うん
出演:白石隼也 / 南野巴那 / 阿南健治 / 平田敦子 / 他
日程:2024年8月24日(土)・25日(日)
会場:東京・日生劇場
主催・企画・制作:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
プロフィール
立山ひろみ(たてやま・ひろみ)
1979年、宮崎県出身。劇作家・演出家。パフォーマンス演劇ユニット「ニグリノーダ」主宰。宮崎県立芸術劇場演劇ディレクター。大学卒業後、劇団黒テントに所属し演出家デビュー。同劇団を退団後「ニグリノーダ」発足。主な演出作品に、宮崎県立芸術劇場プロデュース公演「新かぼちゃといもがら物語 #7『神舞の庭』」、オペラシアターこんにゃく座オペラ『ルドルフとイッパイアッテナ』、デフ・パペットシアター・ひとみ『河の童 かわのわっぱ 』など。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
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