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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

劇壇ガルバ『ミネムラさん』

毎月連載

第71回

劇壇ガルバ『ミネムラさん』チラシ(表面)

俳優の山崎一さんが主宰する劇壇ガルバの新作は、峯村リエさん主演、その名も『ミネムラさん』。チラシでは貴婦人風、現代風、そして顔に鮮やかなペインティングをほどこされた青髪の女性と、衣裳とメイクの違う3人の峯村さんが組み合わさっていて、目を惹きます。制作および宣伝美術の陣内昭子さん、撮影の加藤孝さん、ヘアメイクの山口晃さん、衣裳の竹内陽子さんにお話を聞きました。

撮影の加藤孝さん(左)、制作・宣伝美術の陣内昭子さん(右から2番目)、ヘアメイクの山口晃さん(右)、衣裳の竹内陽子さん(PC画面内)と

中井 峯村リエさんが主演で、タイトルが『ミネムラさん』。この興味深い企画自体はいったいどこから?

陣内 峯村さんはずいぶん前から「劇壇ガルバに出たい」と言ってくださっていて、以前の公演では物販のお手伝いをしてくださったりもしていたんです。ですから私たちも「いつか峯村さんと」と思っていた。その長年の思いが満を持して今回実現した形です。

中井 『ミネムラさん』のタイトルは途中で変わったと聞きました。

陣内 そうです。最初は『ある女』というタイトルで進んでいました。けれど、「『ある女』ではちょっとぼんやりしているから『ミネムラさん』にしよう」と、主宰の山崎が。

中井 この上なくストレートなはずなのに、謎が多いタイトルですね(笑)。

陣内 峯村さん自身、周りから「自伝的作品なの?」と聞かれるらしくて、先日「もっと考えてOKを出せばよかった」とおっしゃっていました(笑)。

中井 このインパクト抜群のチラシ作りは、いつ頃から始動しましたか?

陣内 たしか、2月にはラフを描いていましたね。だから公演の7か月前。けっこう早かったかもしれません。

中井 峯村さんのお顔が3つ重なるようなこのチラシデザインはどこから発想を?

陣内 今作では3人の劇作家がそれぞれのリエさんを描くということだけは決まっていたので、いろんな女性像をひとつにまとめてみたいと。ひとりは現代風の女性、もうひとりはクラシカルな貴婦人、そしてピカソの「泣く女」モチーフの女性。この「泣く女」をメイクで表現したいと思って、山口さんにお願いしました。

中井 陣内さんと山口さんとはどこで出会われたのですか?

陣内 この連載でも取材されているデザイナーの成田久くん(第37回はえぎわ『ベンバー・ノー その意味は?』に登場)が共通の知り合いで。私から「演劇のお仕事に興味ありませんか?」と山口さんをナンパしました。

山口 資生堂SABFAというメイクアカデミーに通っていた頃、特別講師で成田久さんがいらしていました。久さんにとてもシンパシーを感じ、仲良くさせて頂いていたところ、その繋がりで陣内さんとお会いして、初めて演劇のお仕事をさせて頂くことになりました。(劇壇ガルバ第4回公演『錆色の木馬』公式パンフレット、ヘアメイク)

陣内 (劇壇ガルバ第4回公演の)『錆色の木馬』のパンフレットで初めてご一緒して、今回もお願いしました。このチラシの撮影は別の芝居の稽古前、数時間で行わなければいけなかったんです。3パターンあって、ひとつはものすごいメイク。だから山口さんは、経営されているサロンのスタッフさんを練習台にして、練習を重ねてくださって。

中井 メイクはぶっつけ本番ですか?

山口 事前にフィッティングで峯村さんにお会いしてウィッグだけは合わせたんですが、メイクは当日ですね。

中井 すごい。時間も限られている中で、このメイクを完成させたわけですね。

山口 CGじゃないの? と驚かれることもあります(笑)。

山口さんが経営するサロンのスタッフにほどこした「泣く女」モチーフのメイク(山口さん提供)

「泣く女」を表現するため、セロファンでカツラを制作

中井 そして、衣裳は竹内さん。

陣内 メイクは山口さんにお願いするけれど、それ以外の部分をどうしようかなと思っていた時期に、カムカムミニキーナのお芝居を観に行ったんです。そしたらたくさんの俳優さんたちがものすごいスピードでいろんな役柄に扮装していたんですね。人間だけじゃなくて、魚とかもあった。その衣裳を担当されていたのが竹内さんでした。出演されていた八嶋智人さんの奥様で劇壇ガルバの旗揚げ公演の出演者でもある俳優の宮下今日子さんを通じて紹介していただきました。

中井 竹内さんは、声をかけられてどう思われましたか?

竹内 楽しそうだなと思いました。ぜひ衣裳を作ってみたいなと。

中井 実際にはどこからどこまでが竹内さんの担当範囲ですか?

陣内 3パターンの衣裳、つまり服と装飾品、そしてこの「泣く女」のカツラが竹内さん作です。

中井 このカツラはCGではなく、実物が存在するわけですね?

竹内 はい。ちょっと透明感を出したいと、ワイヤーにカラーセロファンを巻き付けてつくりました。

陣内 このカツラもですが、私は現代風女性のイヤリングが完璧にイメージ通りだったことに感動しました。とんがっている襟はつけ襟を作ってくださったんですが、これも印象的だったので実際のチラシではこの部分を強調して目立たせました。竹内さんには本番の衣裳もお願いしています。

中井 本番の衣裳はまた違った難しさがありますか?

竹内 そうですね。脚本を読むと、幻想的な部分と、実際ありそうな話とが入り混じっているんです。だから、ちょっと宙に浮いたような感じが出せるといいなと思いながら手掛けています。チラシでも透け感を意識しましたが、本番の衣裳にもちょっと透け感を取り入れられたらいいなと思っています。

アナログとデジタルが混在する手法で

中井 そうやって衣裳、カツラとメイクが決まり、それを撮影するのが加藤さん。

加藤 はい。

陣内 写真を加藤さんにお願いしたのは『錆色の木馬』からでしたっけ?

加藤 3回目の公演(『THE PRICE』)も、パンフレットの写真は僕が撮ってるよ。

陣内 あ、そうでしたね。加藤さんは山崎がずっと仲良くさせていただいていて、半ば劇団員のように無理難題にお付き合いいただいています。この撮影のときも、加藤さんのご意見もあって「泣く女」風の女性のまつ毛を最後に足したんですよね。

加藤 ファインダーごしに覗いてみると、ちょっと目が弱いかなと感じて。ちょっとした違和感ですよね。

陣内 リエさんも「あったほうがいい」と言ってくださったので足したんですが、あってよかったなと思います。

中井 加藤さんは撮影のとき、思い描く表情を引き出すためにどんなことをされますか?

加藤 気持ちを聞きますね。「今どんな気持ちか考えて」と。ハッピーなのか、悲しいのか。貴婦人風のほうはちょっと高貴な感じを出すために上を向いてもらったりね。照明も3パターンそれぞれで変えました。

中井 そうして撮影したものを、陣内さんがデザインしていく。

加藤 プリントしたやつを切り取ってね。

中井 え!? これ、出力したものを実際に重ねて作られているわけですか?

陣内 はい。コンピューター上でやったほうがきれいにできるかもしれませんけど、絵画のようにしたかったので、ローテクな作業で作っていきました。加藤さんのご提案で「泣く女」の髪だけはキャンバス地にプリントして、素材感を加えました。

中井 すごい。まさかこれが実際にモノとしてコラージュされていたとは。

チラシ表面のビジュアルは、撮影したものをプリントし、実際に板の上に貼ってデザインされた

陣内 アナログとデジタルが混在したつくりになっています。絵の背景も実物で、そこに写真を貼ったものを撮影して使っていますが、周りの壁は写真データです。ちなみにこの壁、ロンドンのナショナル・シアターのものなんですよ(笑)。

中井 そこに飾られている、「ミネムラさん」という女性の肖像というわけですね。言われてみればすべてが加工ではなく人の手が入っているからこそ、こんなにも惹かれるのかもしれません。

陣内 自分のイメージをどう着地できるか考えた結果、この方法に落ち着きました。

中井 ちなみに、顔といっしょに写っている手は?

加藤 これも撮影しましたよ。

陣内 実際に腕を白塗りしていただいて撮影しましたが、かなり形を加工しています。物語は3人の作家が描きますが、それぞれ独立しているわけではなく、三位一体になったひとつの話なんです。それをビジュアルでも表現したかったので、腕を入れることでまとまりをよくしました。

作品に長く携わる制作がチラシをつくる良さ

中井 このチラシ、裏面がすごく親切ですよね。字が大きくて、デザインがシンプル。

陣内 私が老眼だから、ちゃんと読めるサイズで入れようと(笑)。

中井 メガネをかけずにスタッフ全員のクレジットが読めるチラシは貴重です! 紙に対するこだわりはなにかありますか?

『ミネムラさん』チラシ(裏面)

陣内 最初はツヤのある光沢紙で試してみましたが、光沢紙は金額による差が大きいんです。高い紙だとよく見えるけれど、安い紙だとあまりよくない。その点、上質紙は安価な紙であってもある程度のレベルが担保できる。そんなわけで今回は上質紙に刷りました。けっこういい質感が出たのではないかと思います。

中井 こうして皆さんのお話を聞いていると、このチラシはプロが集結してできた仕事という感じがしますね。制作として初期の段階から作品に深く関わっている陣内さんがチラシを手掛けるのは、作品にとってかなり大きなことのように思います。

陣内 最初に企画書を書いたのが昨年11月ですから。プロジェクトとして、作品について長く考えられるというメリットはありますね。

中井 私はチラシが好きなので、なくならないといいなという思いでこの連載を続けていますが、みなさんはチラシについてどうお考えですか?

加藤 印刷するところは減っても、ビジュアルは必要でしょう。でも、手元に残らないのは残念だなあと思いますね。

陣内 コロナ後、折り込みチラシがだいぶ復活してきたんじゃないかと、少し希望を持っています。

中井 今回の『ミネムラさん』は、美術展で配布されても面白そうですよね。美術展のチラシかと思ったら演劇、という。美術展のチラシも凝ったものが多いですから。そうやって、お互いのチラシがジャンルを侵食していったらすごく楽しいな、と思います。

取材・文:釣木文恵 撮影:藤田亜弓

公演情報

劇壇ガルバ『ミネムラさん』

作:笠木泉 / 細川洋平 / 山崎元晴
演出:西本由香(文学座)
出演:峯村リエ / 大石継太 / 上村聡 / 森谷ふみ / 笠木泉 / 山崎一

日程:2024年9月13日(金)~9月23日(月・休)
会場:東京・新宿シアタートップス

プロフィール

加藤孝(かとう・たかし)

神奈川県出身。写真家。日本大学芸術学部写真学科木村恵一ゼミ卒。株式会社新美容出版写真部勤務を経て1982年よりフリーに。映画監督や音楽家など世界的クリエイターのポートレイトを中心に、演劇・広告・雑誌で活動。シス・カンパニー、歌舞伎座、松竹、東京ヴォードヴィルショー等の演劇のポスター・パンフレットにも多く携わる。2007年・2009年に読売演劇広告賞優秀賞受賞。2017年に読売演劇広告賞最優秀賞を受賞。

山口晃(やまぐち・あきら)

埼玉県出身。「Hair make & Spa Tento-」代表・美容師・ヘアメイクアーティスト。日本美容専門学校卒。資生堂SABFA卒。埼玉県、東京都内のヘアサロン数店舗を経て2015年東京・大泉学園に「Hair make & Spa Tento-」を開店。2018年、海外出店のためメキシコ・カンクンへ移住。現地で主にブライダルのヘアメイクとして活躍し、2020年に帰国。サロンワーク、ヘアメイクの他に社外講師として社会的・職業的自立支援教育プログラム事業講師として活躍。
Hair make & Spa Tento- HP
https://tento-hair.com

竹内陽子(たけうち・ようこ)

香川県出身。衣装デザイナー。文化女子大学服装学科卒業と同時にオリジナルブランドを立ち上げ、百貨店等で販売。2001年にバンクーバー インターナショナル・ファッション・ウィークに招待され、ファッションショーを行う。2002年より衣装デザイナーとして活動開始。カムカムミニキーナ、流山児事務所、温泉ドラゴン、チャイロイプリン、オフィスコットーネ等の作品の衣装を手がける。

陣内昭子(じんない・あきこ)

福岡県出身。劇壇ガルバ制作・絵本作家・臨床美術士・アートディレクター。1990年株式会社資生堂に入社。パッケージデザインから始まり宣伝制作全般のクリエイティブに従事。2017年に退社後、臨床美術士として美術療法活動に従事しながら、絵本創作や画家としての活動を始める。劇壇ガルバには第3回公演から制作・宣伝美術として参加。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。