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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』

毎月連載

第72回

東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』チラシ(表面)

ドット絵で表現されているのは、いつかどこかで観たことのあるような、懐かしい雰囲気のゲーム世界。鮮やかなオレンジの地に、あまり耳慣れない「RTA」という単語が入ったタイトル。東京にこにこちゃんの『RTA・インマイ・ラヴァー』のチラシについて、作・演出の萩田頌豊与さんと、デザインを担当している田仲マイケルさんにお話を聞きました。

デザインを担当するアニメーターの田仲マイケルさん(中央)、東京にこにこちゃん作・演出の萩田頌豊与さんと

中井 田仲さんは、普段はチラシと関係ないお仕事をされているとか。

田仲 アニメーションのディレクターとか、映像のプロデューサー、ゲームのアートディレクターなんかをやっています。

中井 そんな田仲さんが、なぜ東京にこにこちゃんのチラシを手掛けることに?

田仲 もともと、頌豊与とは友達で。僕が昔つきあっていた彼女が小劇場の役者で、一緒に観に行った東京にこにこちゃんが面白くて、頌豊与と仲良くなったんです。で、ある時からチラシを作るようになりました。

中井 最初は友達から。

萩田 完全にそうです。今もですけど。

田仲 チラシを作りはじめた頃は「僕が好きに絵を描く場をくれるならタダでいいよ」と。

萩田 本当に甘えっぱなしでした。

田仲 高校が工業高校でグラフィックデザイン学科だったので、チラシを作るのは元々好きで。それに、普段の仕事では原作やクライアントの要望に合わせる必要があるけど、演劇のフライヤーはフラッシュアイデアをそのまま絵に起こすことができる。それが嬉しくて。

萩田 それこそ1公演で50人くらいしか集客できていなかった頃からチラシをお願いしています。マイケルはプロのアニメーターなので当然ながら絵がすごくうまくて、チラシに公演が見合っていない状態が続いたんですけど、ようやく駅前劇場に立てるようになって、やっと中身が追いついてきたなと思っています。

中井 いちばん最初に組んだのはどの公演ですか?

萩田 どれだっけ……。お願いするようになってから10年弱は経っていると思います。

中井 過去のチラシを見てみると、テイストはわりとバラバラですね。

田仲 そうです。僕にとっては実験場なので。

中井 チラシはどんなふうに作っていきますか?

田仲 毎回、チラシを作る段階では台本がないんです。「何ヶ月後に舞台をやりたい」と言われて、「今回は何を作るんだい?」と聞くところから始める。

萩田 マイケルには申し訳ないですが、彼にしゃべりながら物語を作っているところがあるんですよ。なんとなく「今回はこれかな」くらいの状態でマイケルと会って、彼としゃべることでより作品が具体化していく。マイケルはその話に沿って僕の考えているものをチラシという形にしてくれる。

田仲 以前のチラシ作りは、アイデアを聞いて「こういうこと?」とお品書きを出すようなイメージでしたけど、途中からはもう一緒に台本を作るような感覚です。

中井 田仲さんは萩田さんにとって、アイデアの源でもあるわけですね。

萩田 そうです。チラシは作品の顔で、その顔を作るための物語の核は、マイケルとの会話から生まれています。

田仲 「今回は明るいの? 暗いの?」「場所はどこなの?」「時代は?」と。

萩田 もはやカウンセリングですね。

田仲 とはいえ、書くのは頌豊与なので、必ず彼の言葉を待ちます。

萩田 ここで話したことをベースに物語を作り、チラシができあがったら、そのビジュアルを元にさらに物語を深めています。

中井 これまでチラシについていろんな方に伺ってきて、劇団の主宰とデザイナーさんが友達から始まったという例はありましたが、ここまでの関係性は初めてかもしれません。

ハッピーエンドを志向する作品のチラシに「暗さ」を残す

中井 東京にこにこちゃんのチラシを作るとき、意識していることはありますか?

田仲 これは僕が勝手にやっていることですけど、どのチラシにも少しだけ闇を落とすようにしています。『ゲラゲラのゲラによろしく』(2022)はかなりわかりやすいですけど、顔を隠してしまうとか。

萩田 僕はハッピーエンドを信じて物語を書いていますが、どこかでちょっと暗いんでしょうね。どこかに死の匂いがある。それは全作品に共通していると思います。そもそも、東京にこにこちゃんは数年前まですごく暗い作風でして。人が舞台上で死ねばそれでいい、というような公演ばかりやっていたんです。もう限界だと1年間テレビ局のADとして働いてみましたけどそれも地獄で、結局演劇に戻ってきた。以降、「もう暗いものはダメだ」と思ってハッピーエンドを志向するようになったら、ようやく注目されるようになりました。

中井 方向を転換したのはいつ頃のことですか?

萩田 2018年に他団体との合同公演で短編『どっきんどっきんメモリアル』を書いたとき、「もしかしたらハッピーエンドのほうがいいかもしれない」という予感があって。2022年にそれをベースにした本公演『どッきん☆どッきん☆メモリアルパレード』から完全にハッピーエンドに向くようになりました。

左から)『ゲラゲラのゲラによろしく』(2022)チラシ、『どッきん☆どッきん☆メモリアルパレード』(2022)チラシ

田仲 彼自身は、本当は暗い。けどハッピーエンドにあこがれている。だからみんなに「もっとハッピーな立ち居振る舞いで生きていけばいいのに」と言いたいんだろうなと僕は捉えています。

萩田 僕は心の底からディズニーが好きで。ウォルト・ディズニーの作品に潜むブラックな部分も含めて尊敬しています。でもディズニーって根底がハッピーエンドなんですよね。そこに憧れを持っているのは確かです。マイケルも同じでしょう?

田仲 そうだね。若いときは、小劇場ならではのダークな作品も観たけど、嫌だったよね。もっとハッピーでいこうという気持ちがあった。

萩田 僕自身、大学でサブカルに触れて暗いものに惹かれたけれど、よくよく考えたら結局好きなのはドラゴンボールだし、ONE PIECEだし、ディズニーじゃん、と2年前にようやく思えたんだよね。

田仲 きっと俺たち、30歳過ぎて丸くなったんだよ。とはいえ、僕は初期の頃から東京にこにこちゃんを観てきて、暗めの題材をコメディ調で描いていくという頌豊与の作風を大事にしたい。ハッピーエンドを目指すようになってからも、ただ軽いわけじゃなく、何か考えさせるようなものがある。その雰囲気はチラシに残すようにしています。

チラシに引っ張られるか、チラシを裏切るか

中井 新作『RTA・インマイ・ラヴァー』では、どのようにチラシを作っていきましたか?

萩田 今回、一般的にあまり馴染みのない「RTA」というものが題材になっていますが、これは最速でゲームをクリアする「リアルタイムアタック」というゲームスタイルです。それを人生に落とし込んだ作品にしようと。

田仲 「RTA」はみんなが知っているものではないけれど、チラシでは「RTA」を知っている人が観たら既視感があるようなものにしようと思いました。「RTA」でチャレンジするゲームって、過去の名作ゲームが多いんです。マリオ、ロックマン、ソニックのようなスーパーファミコン時代のものが愛されている。だからチラシに8ビットのドット絵を使いました。

『RTA・インマイ・ラヴァー』チラシ(裏面)。裏面は極力シンプルに見やすく! タイトル文字のフォントもゲームのイメージで

中井 先ほどおっしゃっていた「暗いもの」は今回は忍び込ませなかった?

田仲 今回はそれほど明確にはしていませんが、男主人公がハートに届かないという配置はあえてやっています。ハート形は、ゲームだとライフポイント、命を表現することが多い。命を追いかけているのか、あるいは単純に好きな人を表現しているのかはいろいろ想像してもらえたらと思っています。

中井 なるほど。いろんな意味が込められているけれど、見た目はあくまでもポップに。

田仲 当時のドット絵って、手や腕がちゃんと描けていなくて、それっぽいポーズを黒線で表現している。それを再現したつもりです。ボーダーを着ているのは名作ゲーム『MOTHER』、ハートは『ゼルダの伝説』に寄せて、ゲーム好きな人が見たら「おっ」と思ってもらえるようにしてあります。ゲーム好きな人がたまたまチラシを手にとったときに、「かわいいな、なんのゲームだろう?」と思ってもらえたら“勝ち”だな、と思って作りました。

萩田 でも、作品自体はゲームがわからない人でも楽しめるように書いていますので(笑)。いま、台本が全て完成して改めてこのビジュアルを見てみると、本当に最初から台本を見せて作ってもらったんじゃないかと思うくらいです。

田仲 チラシの段階では台本がないから、僕は結局何も知らないわけですよ。毎回、答え合わせのような感覚で公演を観に行きます。

中井 いかに心地よく裏切られているかを体感しにいくわけですね。

田仲 そうです。心地よく裏切られるときも、チラシに引っ張られてるなと思うときもありますよ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2022)は、僕の“勝ち”でした。かなり引っ張られてた。このチラシに描いたバルコニーがまんまセットになっていたもんね。

萩田 これは完全に引っ張られましたね。

左から)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2022)チラシ、『ネバーエンディング・コミックス』(2024)チラシ

田仲 『ネバーエンディング・コミックス』(2024)で青を基調としたチラシを作ったときは、劇中の照明や映像も青がメインになっていた。

萩田 やっぱりチラシを見ながら物語を作っていくから。

田仲 僕は役者じゃないしお芝居もできない。でもチラシを通じて一緒にお芝居をしている感覚になるのが楽しい。クライアントがいて、コンセプトがあって、というものの外側でやれているから、僕にとってこのチラシの仕事はオアシスです。

中井 もし、他の劇団から依頼が来たら?

田仲 断るか、めっちゃ高いギャラをとると思います(笑)。

萩田 今でこそギャラを払えていますが、それでもお友達価格なので。それでこのクオリティのチラシを作ってくれるのは、本当に恵まれているなと思います。

田仲 チラシにも特色を使ったり、紙を変えたりしていましたけど、一時期やりすぎて「やめてくれ」と言われました。

萩田 豪華になるのはいいけど、マイケルがギャラを超えるくらいの自腹を切っているときがあったので。プロとしてやりたいことが、予算でできる範囲を超えちゃってた。

田仲 違うよ、プロだったら予算に収める努力をする。プロだったらやらないことをここでやりたいんだよ。

萩田 それはうれしいけど、さすがに申し訳ないから。

中井 ここまでしてくれる人に出会えるなんて、奇跡のようなものですね。

萩田 そう思います。だからチラシに見合う劇団になりたいですね。

田仲 友達としての体感では、いよいよ売れてきている感じがするよ。

萩田 マイケルが何も言わずに飯とかドライブに誘ってくれた時期が長くあった。最近それが減ってきているということは、僕が大丈夫になってきているのかもしれないです。

田仲 心配する必要がなくなってきたからね。

萩田 やっぱり、マイケルは完全に僕のカウンセラーです。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』

作・演出:萩田頌豊与

出演:
前田悠雅(劇団4ドル50セント)
野上篤史
加藤美佐江
木下もくめ(破壊ありがとう)
藤本美也子
髙畑遊(ナカゴー)
立川がじら(劇団「地蔵中毒」)
てっぺい右利き(パ萬)

日程:2024年10月2日(水)~10月6日(日)
会場:東京・下北沢 駅前劇場

プロフィール

萩田頌豊与(はぎた・つぐとよ)

1991年1月4日、 フランス・パリ出身。和光大学在学中に「東京にこにこちゃん」を旗揚げ。東京にこにこちゃんの作・演出全てを手がけ、現在は東京・下北沢を中心に公演を重ねている。爆笑問題のYouTube『爆笑問題のコント テレビの話 #86』脚本(2023)、NHK 青春アドベンチャー『あたふたオペラ「からふる物語」』脚本(2023)など外部作品への執筆提供も多数。

田仲マイケル(たなか・まいける)

アニメーター、アニメーションディレクター、プロデューサー。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。