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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

果てとチーク『害悪』

毎月連載

第73回

果てとチーク『害悪』チラシ(表面)

四辺ともがランダムな形に切り取られた変形チラシ。青い空、一列に並ぶ肉体、大きな三角形の中に書かれた『害悪』というタイトルロゴ。目に飛び込んできた瞬間はポップに見えるこのチラシ。じっくりと観れば観るほど不穏な雰囲気が伝わってきます。なぜこのチラシが生まれたのか、果てとチーク主宰の升味加耀さん、イラストレーターの前田豆コさん、デザイナーの三崎了さんにお話を伺いました。

果てとチーク主宰の升味加耀さん(中央左)、イラストレーターの前田豆コさん(中央右)、デザイナーの三崎了さん(右端)と

中井 再々演となる『害悪』の今回のチラシは、前回、前々回とはまったく違うテイストですね。升味さんがなぜ前田さんと三崎さんにチラシを依頼したのかというところから教えてください。

升味 前田さんが去年8月の公演(『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』)を観に来てくださって、すごくうれしい感想をくださったんです。その後、前田さんのInstagramを観に行ったら素敵なイラストがありまして。『害悪』の初演は早稲田小劇場どらま館、再演も小劇場楽園で、今回は座・高円寺1。我々ユニットとしてはだいぶ気合を入れなければいけない規模なんですね。前田さんのイラストがあれば、背中を押してもらえるような素敵なチラシになるのではないかと思って、お願いしました。

中井 前田さんのイラストをご覧になって、作品にぴったりだと?

升味 そうですね。戦争とフェミニズム、家父長制といった今作のテーマは、去年の作品とも似通っていて。それを観て面白いと言ってくださった前田さんであれば、きっと作品をいい形で具現化してくださるだろうなと思いまして。そこでお願いしたら「デザインは三崎さんで」と提案をいただいて、このチラシができあがりました。

中井 三崎さんと前田さんはどういうお知り合いですか?

前田 大学の同級生です。1年生の頃から私と三崎さんともうひとりでチームを組んで、切磋琢磨しながら作品制作をしていたんです。

三崎 しかも当時の題材が女性性や少女性だったんです。だから、升味さんの脚本を読んで、とても興味深かったし、いろいろと考えてしまって……。本当に携われてよかったなと思いました。

中井 それは幸せな出会いですね。前田さんはなぜ、果てとチークを観に行こうと?

前田 友人が出演していたんです。私はもともと寺山修司作品の美術に憧れて大学でデザインを勉強していたので、演劇もよく観にいくのですが、升味さんの作品ではカルト宗教のようなモチーフや、身近な題材と現実離れした部分のギャップがとても面白くて。それに、女性の立場についても描かれていたんですよね。そこに自分の作品テーマとも通じるところを感じました。

升味 (『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』は)女性への信仰と農業を組み合わせた新興宗教と、ミソジニーやミサンドリーをJホラーの枠組みで扱った作品だったんです。

中井 チラシのお話をもらって、どう思われましたか?

前田 実は最初、迷ったんです。『害悪』のあらすじを伺ったらけっこうシリアスなお話だったので、私の絵で大丈夫かな、と。そしたら升味さんが丁寧に「こういう理由で前田さんの絵がいい」というのを説明してくださって。

升味 ラブレターのようなメールをお送りしました。

中井 たとえば、どんなことを?

升味 「ふくよかなキャラクターからは、性別とか、人体そのものの境界を曖昧にして、純粋な身体の躍動感やチャーミングさがまっすぐに伝わってくる感覚があります」と。私は自分がノンバイナリーであることもあって、男性/女性と定義された体を見ると安心できないときがあるんです。でも前田さんのキャラクターは安心して見ていられる。また、「境界が曖昧になるという部分が自分の作品とも通じていると思いました」ともお伝えしました。

前田 私は言語化が苦手だから絵を描いてる面もあるんですが、ここまで私の作品を言語化していただいたのがすごく新鮮でしたし、この文章があったおかげですごく安心して、深いところまで考えて作っていけました。

戦火で燃え残ったようなかたちのチラシを

中井 チラシを作るにあたって、升味さんからはどんなオーダーをしましたか?

升味 三角形は家父長制やトップダウンのイメージとしてずっとありました。『害悪』の中では基本的に支配構造の下にいる人しか登場しない。だからこそ、この三角形がズドンとそこにいるのがわかるといいますか……。不在だけれど構造としてずっとある三角形は形として入れたいなと。そして、前田さんの描くキャラクターはもちろん入れていただきたいと。そこから先はもうお任せでした。

前田 お話を受けて、だいたいこのあたりに文字が入るかなとか、ここを空けておいたら情報が入れやすいかなとイメージしながらラフを描き、ふたりに見てもらいました。三崎さんとは長い付き合いなので、安心して自由にラフを描いて渡しました。

中井 ラフは何パターンくらい描きましたか?

前田 ありがたいことに、実はこれ1枚なんです。

三崎 前田さんが言っていたように、一番最初は変形といっても人物のかたちという話だったので、人物がどんっと大きく描かれたものになるのかなと思っていたら、この1枚にストーリーがぐっとまとまっていて。しかもこちらが文字を入れやすいように空間も作られていた。だから、前田さんのアイディアをありがたくもらって、その世界を崩さないよう、さらによくするにはどうしたらいいかと考えながらデザインしていきました。

中井 このチラシ、色合いも印象的ですよね。

前田 私の絵だとやはりいつも使っている人物のピンク色がメインになるので、それが映えるような組み合わせを考えています。人の肌の色というよりは、パンダの赤ちゃんとかの色をイメージしていて。うっすらと漂う不気味さが、今回の作品と相性がよかったのかなと思います。

中井 たしかに、命そのもののような生々しさがありますね。

前田 今回初めて使ったのが三角形のえんじ色で。自分がふだん使っているパレットの色合いだとこの作品らしい雰囲気が出せなかったんです。そこで、あえて真っ赤よりもちょっと沈んだえんじ色にすることで抽象的な三角形、見えているのか見えていないのかわからない権力の雰囲気を描こうと。

中井 人物もよく見ると一人ひとり違いますね。

前田 最初はそれぞれ登場人物のイメージで書こうかなと思ったんですが、お面や足かせなどのモチーフは複数人に共通してる部分もあるなと思ったので、「これが誰」と決めずにモチーフを並べていくことにしました。もうひとつ、お話に出てくる人だけじゃなく、このチラシの外側にずっと人が続いているようなイメージも出せたら、と。

三崎 デザインで使いやすいようにと、データ上では実際に使っているよりもたくさんの人を並べてくれていました。

中井 人物がとっているポーズはどこから?

前田 幼い頃からダンスを習っていたので、ポーズは毎回工夫しているんですが、今回はあえて明るく、かつ連なっているように見えるものをと。いつも、先にポーズが浮かぶんです。振り付けするような感覚で考えています。

中井 では、今回も自分で実際に動いてみて決めたんですか?

前田 はい。鏡を見ながらやってみます。平面でいちばんおもしろく見える形を大事にしています。

チラシのポーズを真似て記念撮影

中井 印象的なタイトルロゴは三崎さんが?

三崎 はい。「害悪」という言葉の持つイメージからもっと怖い感じにしてもよかったんですが、脚本を読んで、嫌な感じが自然とはびこっている世界という印象を受けたのと、前田さんのイラストを使うというバランス感を考えると、ちょっとぷよぷよ、ぐにょぐにょした文字にしてみようと。

中井 なるほど。そして最大の特徴となる、変形にしようという案はどこから?

升味 以前から変形チラシを作ってみたいなと思っていました。今作は「トロイアの女たち」というギリシャ悲劇を下敷きにしているんですが、ここで描かれているのは見えない戦争なんです。そこで、チラシにも戦争の戦火で燃え残ったもののイメージが出せれば、と。

前田 升味さんが「変形をやってみたい」と最初におっしゃったときには、全体を人物の形に切り抜くイメージだったんです。でも、台本を読んだり、お話を聞いていくうちに、燃え跡のような形が合うんじゃないかと。

三崎 イメージだけ最初に描いてもらって、最終的には裏面の情報に合わせていい感じに燃えたように形をつくっていきました。

前田 三崎さんが燃えた後の表現が得意だと知っていたのでお願いしたところもあります。

三崎 それこそ学生時代から作品の角を燃やすようなこともしていたので、「つくりやすいですよ」と(笑)。

升味 ただ、変形加工に時間がかかるので、できあがるまでの公演で撒くために定型のものもつくりました。

変形版が出来るまでの間に撒かれた定型版のチラシ

中井 定型のものは縁が赤くなっていて、また印象が変わりますね。

三崎 変形のインパクトを出せない分、強い色を使ってみようと。

中井 このチラシは裏にも情報が詰まっていますが、さらに表にも「目を閉じたら、なんだって無いのと一緒だよ──」というフレーズがありますね。これはやはり表に入れたい言葉だった?

升味 全作品を通じたテーマに「見て見ぬふりをすること」があるんです。今回もそれによって悲惨なことが訪れるという作品なので、ぜひ入れたいと思いました。

定型版(左)と変形版(右)で裏面も印象も変わる

憧れの演劇チラシを作るという夢がかなった

中井 今後、紙のチラシはどうなっていくと思いますか?

升味 座・高円寺さんもSDGsの取り組みとしてチラシ束を作らず、置きチラシのみにしていたりするんです。私自身、捨てられていくチラシを見ると、つらいなという思いもある。じゃあ画像でSNSのみで告知すればいいかというと、Xの規約が、アップした画像やテキストを、X側が著作権フリーでAI学習等に使えることが、より明示的な形で改訂されるという話もあって。本当に皆の権利を守りたいと思ったら、いったいどこで告知をすればいいの? と……。やっぱりいまだに小劇場界ではチラシがいちばん安定して届く媒体なんですよね。告知については毎回頭を悩ませつつ、答えが出ないままです。

前田 私は学生の頃から演劇ポスターやチラシに憧れていました。しかもこのふたりとできたというのが、私にとっては夢がかなったような感覚なんです。だから、紙媒体はやり続けたいという思いはあります。

三崎 私も手元に置いておきたいので、紙のチラシがなくなるのはさみしい。でも紙がもったいないなとは思うので、作るからには大事に作らなくては、と思っています。

中井 チラシって公演日が過ぎてしまえば役割が終わってしまう、不思議な媒体ですよね。でも、こうして連載でお話を伺っていると、他の広告とは違って作り手のクリエイティビティを試せる場でもあるのが面白いなと。

前田 私のように「こんなふうに作ってみたい」という気持ちがある側としては、そこを快く受け入れてくださって、柔軟に作れるチラシという媒体は貴重ですね。

三崎 私も同じくです。私はふだん退廃的な感じのデザインをすることが多いんですが、今回は前田さんとの長い付き合いのおかげで少しハズしても成り立つ、むしろハズしたほうがいいと思えて、やりやすかったです。表側の文字も、より一般的なさっぱりしたフォントを使ったものも出したんですが、升味さんが私が使いたかったクセのある方を選んでくれたので「解釈、合ってた!」と思いました。

升味 大正解でした。

中井 作品内でも、それぞれにいまを生きている女の人たちがどこかで繋がったり離れたりしていますが、そんな作品のチラシを作る皆さんの間でも世界観がうまく共有されてこのチラシが生まれたのだなということが伝わってきました。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

座・高円寺 秋の劇場 20 日本劇作家協会プログラム
果てとチーク第 8 回本公演『害悪』

作・演出:升味加耀

出演:
川村瑞樹 / 鄭亜美(青年団) /中島有紀乃/能島瑞穂(青年団) /宝保里実(コンプソンズ) /まりあ/李そじん

日程:2024年11月22日(金)~11月24日(日)
会場:座・高円寺1(東京)

プロフィール

升味加耀(ますみ・かよ)

1994年、東京都出身。早稲田大学法学部卒。2016年、留学先のベルリンにて、演劇ユニット・果てとチークを旗揚げ。以降、全ユニット作品の劇作・演出を担当。19年、『害悪』が令和元年度北海道戯曲賞最終候補作となる。23年、『はやくぜんぶおわってしまえ』が第29回劇作家協会新人戯曲賞最終候補作となる。24年、『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』が第68回岸田國士戯曲賞最終候補作となる。公益財団法人セゾン文化財団2024年度フェロー。
https://hatetocheek.com/

前田豆コ(まえだ・まめこ)

1993年、東京都出身。2020年からイラストレーター・アーティストとして活動を始める。幼少の頃から習っていたダンスの影響で身体を使った表現に関心を持ち、身体の伸縮によって生まれる張りやシワの美しさに着目したふくよかな体型の人物を描いている。開放的なキャラクターたちがユーモラスに描かれる作品に海外からのオファーも急増。韓国でのアートフェア出展が決定するなど、その活躍を世界へと広げている。
https://www.instagram.com/mameko_maeda/

三崎了(みさき・りょう)

静岡県出身。グラフィックデザイナー / アートディレクター。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。ポスター、チラシデザインのほか、CDジャケットのデザイン、本の装丁など、音楽・演劇・映画といった幅広い分野のデザインを手掛ける。22年、PANTA(頭腦警察)「BACTERIA 2」のジャケットデザインにて挿画を担当。23年渋谷・井の頭線改札アプリ「ブラッククローバーモバイル 魔法帝への道」サイネージ用装飾デザインを担当。
https://www.ryo-misaki.com/

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。