中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
贅沢貧乏『おわるのをまっている』
毎月連載
第74回
贅沢貧乏『おわるのをまっている』チラシ2種(表面)
ホテルと、靴下。印象的なイラストを据えた2種類のチラシがつくられた贅沢貧乏『おわるのをまっている』。どちらのチラシも、かわいらしくもさみしい雰囲気が漂っています。「絵の力が2パターンを作らせた」というこのチラシについて、作・演出の山田由梨さん、イラストレーターの白村玲子さん、デザイナーの渡部沙織さんにお話を聞きました。
中井 『おわるのをまっている』は、実は仮チラシの段階から気になっていて。
山田 この仮チラシは、私が作りました。仮チラシは普通、情報だけが載っているものが多いですが、頭の中が見えるような、ハンドメイド感ある雰囲気のものを作ってみたくて。脚本を書く前に、作品に関するノートを書いているんですが、そのメモを切り貼りして作ってみました。デザインのプロではないので、これでいいのかな、恥ずかしいなと思いつつ、でも劇団の公演だし、と思って。
中井 久しぶりの公演ですしね。
山田 はい。お客さんに「こんな公演にしますよ」というメッセージを手書きで、近い距離で伝えられたらなという思いもあって、こうなりました。
中井 本チラシは、山田さんが作った仮チラシを見た上で渡部さんが作成を?
山田 このチラシをお見せして、台本も読んでもらいました。
中井 イラストレーターの白村さんとデザイナーの渡部さん、おふたりとの出会いは?
山田 常に気になるイラストレーターさんをSNSで探しているんですが、今回は白村さんのイラストをInstagramで見つけて。これまで見たことのないタッチで、かわいらしさ、ユニークさ、切なさとか、いろんなものを感じられて。劇団のみんなに「今回の作品に合っているんじゃないか」と共有したうえで、面識もないのにラブレターのような長文のDMを直接お送りしました。
白村 お仕事の連絡ってドライなものも多いんです。でも、山田さんはいきなりお仕事の話ではなく「ぜひお話をさせてほしいです」というところからメッセージをくださった。演劇は詳しくなくてご連絡いただくまで贅沢貧乏は存じ上げなかったんですが、「いい人かも」と(笑)。
山田 お願いできることが決まって、白村さんに「やりやすいデザイナーさんはいますか」と聞いたら、渡部さんをご紹介してくださって。実は白村さんのInstagramの投稿からすでに渡部さんをチェックしていて、素敵だなと思っていたので前のめりでOKしました。
白村 渡部さんは大学の同級生で、私の個展のDMを作ってもらったことがあったので。
渡部 神保町で打ち合わせしているときに、白村さんから連絡が来て、その足で会いにきて依頼してくれました。私も演劇はあまり観ないのですが、劇団さんのお仕事を一度やってみたいと思っていたので、願ってもないお話でした。
中井 それはなぜですか?
渡部 演劇チラシって、自由度が高い作品が多い印象があって。学生時代から素敵だなと思っているデザイナーさんの作品を観て、憧れていたんです。
針で描かれた立体感のある絵
中井 本チラシは、できあがった台本を読むところからスタートしたわけですね。演劇を見慣れていない方にとっては、戯曲を読むのは苦ではないですか?
白村 読みやすかったです。
渡部 取り扱っている題材がセンシティブだけれど現代的な話で、みんなに共通する悩みも描かれていたのですいすい読めました。
山田 台本をお送りしたあと、おふたりと最初の打ち合わせのタイミングで、白村さんがもうイラストのラフを描いてきてくださって。しかも3つも。「もう全部最高です!」という感じでした。
渡部 3つ出されたときに「え、もう!?」と。
白村 「私が描くならこうだと思うんですが」の話を、最初からしたほうがいいなと思ったので。きょう原画を持ってきたんですけど……。
中井 わー、すごい!
山田 どれも捨てがたくて、結局チラシを2種類つくることになりました。白村さん、作品も素敵ですが、描き方がすごく面白いんですよ。
白村 針で描いています。一度紙を鉛筆で黒く塗り、針で紙に溝をつくって、そこに鉛筆の粉が入るようにするんです。白い部分は一度黒くしてから消しゴムで消して表現しているので、真っ白にはならないんです。色の部分はクレヨンを溶かしながら、手やティッシュで伸ばしてつけています。キズっぽい、ちょっとした立体感によって、さみしさや切なさが出るのかもしれない、と思っているんですけど。
中井 それで独特な雰囲気が生まれるわけですね。公演のときに、ぜひ原画を展示してほしいです! 白村さんはなぜこのやり方で描くように?
白村 版画をやってみたいなという気持ちがあったんですが、工房を構えたり、下準備をしたりが大変なので、もっとパッとできないかなと思ってこの方法にたどりつきました。でもこの方法、黒く塗ってから針でキズをつけながら線を引くので、描いている間って自分でも何を描いているかよく見えないんですよ。
中井 彫刻みたいですね。
白村 あ、そうかもしれないです。見えないし、間違えても消せない。力の加減を間違えて線が変な方向に行ってしまったら、いちからやり直し。でもそれが私には合っていると思います。簡単に直せてしまうと気持ちが入らないので。
山田 今聞いて納得しました。白村さんの絵から感じるいびつな力強さ、ゆがみの面白さは技法から必然的に生まれるものなんですね。
渡部 白村さんはずっと作品を作り続けているので、本当に尊敬しています。作り続けることって、自分との戦いをずっとやることだから。それをやめないで続けているって本当にすごいし、さらに試行錯誤してこの域にたどり着くのはかっこいい。
山田 この素敵な絵をチラシとしてどう配置するかは、渡部さんがやってくださいました。
渡部 いただいた台本を読んで、チラシもあまり暗い雰囲気にしたくないなと。ホテルの方は絵もかわいくて色も明るいから、ホテルから出られない女の人の心情を、絵を大胆に囲うことで表現しようと思いました。あと、作中におばけが出てくるから、おばけの雰囲気をほわほわとした線にしました。色はピンクで、チャーミングなおばけに。
中井 『おわるのをまっている』というタイトルもドキッとしますよね。この文字はどんなふうに?
渡部 最初は手で書いてみたんですが、手書きだと人の心情が伝わりすぎる、「誰かが」おわるのをまっている感じが出すぎてしまったので、きっちりした線を崩した文字で少し機械的な雰囲気にして、距離感をもたせました。
中井 「わたくし知ってございます。〜」のフレーズはどなたが?
山田 これは作中に出てくるセリフで。私もですが、劇団員が「ここがいいんじゃない?」と出してくれて、コピーにしました。
中井 靴下の絵のほうのチラシは、ぽつんと感があってまたいいですね。
渡部 この配置も迷いましたが、穴を上から見下ろす感じの、ちょっとした違和感を出したいと思って下に置いて、目線を上から下に持っていくようなデザインにしました。
中井 こちらのデザインは、文字の配置がすごいなと思いました。人の心ってきちんとはいかない、線の上にいるようでいて外れていたりする。それが表現されているなと。空間と文字の入り方、絵の存在感とのバランスがすごく好きです。青い線も素敵。
渡部 これがないとちょっと下に落ちていく感じが強すぎるので、ストッパーとして(笑)。
中井 気づいたらいろんなことがわかって楽しいチラシですね。裏面は?
渡部 裏面は「うまくやりたいのにできない」感覚を出せればと思って、でも読みやすさも担保したかったので、全体を少し斜めにしました。
山田 チラシの裏面のデザインって、情報量が多くて難しいじゃないですか。渡部さんは今回初めてなのに、最初からほとんど直していないんです。ぜんぶの情報がしっかり目に入ってきつつかわいいのでびっくりしました。
渡部 ありがとうございます!
中井 一作品でふたつのチラシを作るのは手間だと思いますが。
渡部 でもやっぱり絵がよすぎて、どちらもちゃんと見せたかったので。
山田 絵を見た時の私たちの「どっちも選べない」という気持ちが形になりました。
中井 紙も2パターンでそれぞれ違いますよね?
渡部 靴下のほうの薄い紙が先に決まりました。自宅のプリンタで出力したものをお見せしたとき、たまたま薄い紙を使っていたんですが、みなさんが「この薄さがいいね」と。
山田 靴下の絵にはぴったりで。ホテルの絵のほうの紙が思いの外廉価だったので、うまく予算内に収まって2パターンが実現できました。
プロセスを開示するおもしろさ
中井 SNSで公開されているアニメーションも素敵ですよね。
渡部 白村さんが線を描いてくれて、私が動かしました。音楽も絵コンテだけでドンピシャのものを作っていただいて。
山田 音楽担当はこれまでの公演の音楽を何度も作ってくれている、私の大学の同級生です。
中井 2組の同級生コンビによってできあがった映像ですね。アニメーションによるプロモーションも珍しいですが、今回の作品で本読みや身体づくりなど、稽古の模様を公開されているのは面白い試みですね。(編集注:本公演のクリエーション過程を公開する「贅沢貧乏の稽古場をひらく会」を7月から開催している)
山田 本番は演劇のほんの一部なので、過程を公開してみようと。本稽古に入る前の台本を書いている途中の打ち合わせ、俳優のためのワークショップ、美術や照明の打ち合わせ。こんなコアな部分をお客さんがどれくらい楽しんでくれるんだろうと思いましたけど、意外と舞台美術に興味を持った建築系の方が来てくださったりして、ちょっと広がったのかなと思います。
中井 今回の記事も、その一環の「チラシづくりのプロセス開示」として楽しんでもらえたら。
山田 うれしいです!
中井 今回のキャストでは、やはり銀粉蝶さんの参加が目を惹きますね。
山田 以前共演させていただいたことがあって、素敵だなと思っていたんです。脚本を書く中で、「この役には銀さんがぴったりだ」と思ったのでドキドキしながらオファーをしたら、「劇団というものが好きだから」と快諾くださって。
中井 素敵な俳優さんですよね。楽しみです。
山田 稽古場に銀さんがいてくださることですごく勉強になります。
中井 白村さんと渡部さんは脚本を読んだうえで演劇を観るのは今回が初めての体験になりますね?
白村・渡部 楽しみです。
中井 演劇って、生きている人が目の前で演じている、生身の身体がそこにあるということに価値があると思っていますが、先ほど白村さんの原画を見せていただいたときの高揚感は、「本物がここに立ち現れる」という意味で演劇と似ている気がします。
白村 うれしいです。
中井 演劇のチラシ、またやってみたいですか?
渡部 ぜひ!
中井 この連載を長くやっていますけど、チラシをつくる段階で台本ができていることはかなり珍しいですよ(笑)。
渡部 そうなんですね。
山田 私もまず何もないところからチラシだけ作って、「こんな公演にしよう」とチラシからインスピレーションを得て書き進めたこともあります。
中井 ですよね! 最初から、たとえば白村さんが絵を描いて、それを基に山田さんが脚本を書く、そこから始まるような公演があってもいいかも。
渡部 それいいですね!
山田 中井さん、ぜひプロデュースしてください(笑)。
取材・文:釣木文恵 撮影:藤田亜弓
公演情報
[世田谷パブリックシアター フィーチャード・シアター2024]
贅沢貧乏『おわるのをまっている』
作・演出:山田由梨
出演:綾乃彩 薬丸翔/大竹このみ 田島ゆみか 青山祥子 武井琴/銀粉蝶
日程:2024年12月7日(土) 〜12月15日(日)
会場:東京・シアタートラム
プロフィール
山田由梨(やまだ・ゆり)
東京都出身。作家・演出家・俳優。立教大学在学中に「贅沢貧乏」を旗揚げ。以降すべての作品の作演出をつとめる。2017年『フィクション・シティー』、19年『ミクスチュア』で岸田國士戯曲賞にノミネート。Abema TVオリジナルドラマ「17.3 about a sex」「30までにとうるさくて」、NHK「作りたい女と食べたい女」等で脚本を担当。WOWOWオリジナルドラマ「にんげんこわい」で脚本・監督として参加するなど近年は映像作品や小説執筆など活動の幅を広げている。セゾン文化財団セゾン・フェローI。
https://zeitakubinbou.com/
https://yuriyamada.jp/
白村玲子(はくむら・れいこ)
愛知県出身。女子美術大学卒業後、ハッピー・バースディ・カンパニー入社。唐仁原教久氏に師事。退社後、現在はフリーランス。2013年、2023年東京TDC賞入賞。2021年HB FILE COMPETITION vol.31仲條正義特別賞受賞。
https://reikohakumura.tumblr.com/
渡部沙織(わたべ・さおり)
東京都在住。グラフィックデザイナー。10inc退社後、現在はフリーランスに。グラフィックデザインの他、アニメーションの製作などを手がける。デザイナー・西川©友美(にしかわ・ちょも・ともみ)とともに映像クラブ「86chans」としても映像作品を制作。
https://wtbsor.myportfolio.com/work
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。