中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
渡辺えり古稀記念2作連続公演『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』
毎月連載
第75回
オフィス3〇〇 渡辺えり古稀記念2作連続公演『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』チラシ(表面)
渡辺えりさんの古稀記念として1月8日(水)より本多劇場で上演される『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』。2作連続公演、しかもキャストは総勢43名という集大成的な今作のチラシは、赤と青のコントラストが印象的なコラージュ。見るたびに新たな発見があります。脚本・演出を手掛ける渡辺えりさんと、宣伝美術を担当した立花和政さんにお話を聞きました。
中井 『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』は渡辺えりさん古稀記念の大きな公演ですが、宣伝美術の立花さんとご一緒したのは今回が初めてと聞きました。なぜ立花さんに?
渡辺 予算とスケジュールの関係でスタジオで出演者の写真が撮れない。しかも出演者が多いので対処が難しく、デザインをどうするか悩んでいました。そんなときに制作の北原(ヨリ子)さんから「コラージュを得意とするデザイナーさんがいますよ」と教えてもらって。私の作品自体がエピソードを繋いで全体でテーマを見せるコラージュのようなところがあるから、ぜひお願いしたいと思って依頼しました。
立花 このすごく大事なタイミングで、よく初めての人間に依頼してくださったなと思います。大切な機会で光栄だなというのと同時に、自分がえりさんの70年の厚みを受け止められるかなというのは悩みましたが、こんな機会はなかなかないですし、ぜひチャレンジしたいと。
渡辺 ありがたいですね。これまで一緒にやっていたデザイナーにも、完成したものを「こうなりました」と送ったんです。そしたら納得してくれて、「安心しました」と返信がきました。
中井 それはよかったですね、ほっとしますね。デザインはどのように進めていきましたか?
立花 最初に北原さんからお話を伺ったとき、えりさんのお芝居のビジュアルを作るとしたら、コラージュがいいんじゃないかと僕からご提案させていただきました。えりさんの作品は、現実のかけらをいっぱい集めたものだと思ったので、イラストでひとつのイメージを作るのではなく、写真を使ってコラージュをと、得意なデザイナーのSERINAさんという方にお願いして。
渡辺 そうなの!?
立花 はい。実は僕はコラージュ自体はむしろ苦手で、SERINAさんが主にアートワークを、僕がアートディレクションとデザインをという形で制作させていただきました。
渡辺 知らなかった。とにかく北原さんからは「忙しい方だから、いつできるかもわからない」と脅されていたばかりで(笑)。
中井 そんなことが(笑)。このコラージュ要素はどのように選んでいきましたか?
立花 えりさんが考えていらっしゃる頭の中をいかに僕らが引っ張れるかが肝だと思って、SERINAさんと脚本を読んで、キーワードになるシーンやモチーフを出し合って一度形にしました。それをえりさんに見ていただいて、「この建物は昭和のものだから違う」など、文脈が汲み取れていなかった部分は対話しながら直していきました。
渡辺 たとえば「りぼん」の方にはモノとして月と時計草とか、被服廠跡地とか、作品に出てくるモチーフが入っています。私からは、コラージュといってもポップなのは無しで、アングラっぽいものにしてくださいとお願いしました。小劇場だし、戦争のことを描いているし、今もまた世界がグロテスクな方へと向かっているので、そういうことを全部伝えるようなコラージュで、と。
中井 戯曲を読み解くことのできるデザイナーさんって、多くはないと思います。そういう意味ではかつて演劇をやってらしたという立花さんはぴったりでしたね。
立花 大学で演劇サークルに入ったことをきっかけに、2000年代の前半、20代の頃10年ほどふらふらと。野田秀樹さんの作品に圧倒されて、影響を受けました。
渡辺 知らなかった。でも、たしかに芝居が好きな人じゃないと私の作品とは合わないでしょうね。今初めて聞いて「だからか!」と納得しました。パンフレットも複雑で、演劇を知らない人だと手に負えないようなものをすんなりやってくれたのは、自分でも演劇をやっていたからなのね。おかげさまで、チラシの評判はいいですよ。
立花 よかったです!
見るたびに新たな発見のあるチラシ
中井 このチラシは赤と青の色合いも印象的ですが、全体的な色合いはどのようにして決めましたか?
渡辺 『りぼん』は青いリボンが実際に作品に出てくるから青。その対比でもう一方は赤にしようと。
立花 アングラ感が出るように、反対色に近い組み合わせで刺激的にしたいと考えていたのと、赤と青を足すと古稀カラーの紫になるのも面白いなとも思っていたので、あまり意識せずに青と赤を選んでいました。
中井 グラデーションの上に文字が載っているタイトルは、すごくアングラっぽさがありますね。
立花 タイトルは、もともとは白抜きにしていました。でも「白抜きは弱い」とえりさんにご指摘いただいて。えりさんの感性、何をいいと思われるのかを対話して知っていく、それをデザインに反映することはすごく重要でしたね。
中井 裏面も色を象徴的に使って、タイトルから内容、チケット販売日へと目線が誘導されるようになっていますね。
立花 演劇のチラシって、裏面がちゃんと組まれてないものが多いイメージがありまして。表面のビジュアライズも大切なのですが、情報を整理して順序立てて伝えるのはデザインの本分のひとつなので、裏面はしっかり組むように意識しています。あと、今回はご年配の方もチラシを手にとられると思ったので、読みやすさも意識しました。
渡辺 もう、みんな年配になっちゃったので。
中井 私も小さい文字がよみづらくなってきたのでよくわかります。裏面の読みやすさは、すごく重要ですね。立花さんは、チラシ作りにおいて何がいちばん大事だと思いますか?
立花 チラシが担えることはそれほど多くはなくて、「この日に公演をやるんだ」と知ってもらうためのきっかけを与えることくらいだと思うんです。だからこそ、作品の結晶みたいなものをどこまで遠くに届けられるかが重要かなと。演劇って折り込み文化じゃないですか。小劇場の演劇を観ている人たちの中で奪い合いになってしまうところを、できる限り外の人にも観てもらえるように、という意識はしています。
渡辺 それは大事ですね。
中井 それにしても、コラージュはバランスが難しいと思いますが、このチラシでも何度かやりとりを?
渡辺 かなり何回も作り直してもらいました。この(『りぼん』のデザインにある)足は、最初きれいな欧米人の足だったのを、日本人のものにしてもらったり。これ、デザイナーさんの足なんですよ。
立花 このコラージュを作ったSERINAさんご本人の足です(笑)。
渡辺 『鯨よ!私の手に乗れ』のほうでは、私の顔がえぐられてますからね(笑)。
中井 これ、他の人ならNGかもしれませんけど、えりさんはOKを出されたのですね!
渡辺 ダリの絵画でダリの奥さんがよくえぐられていたりするし、まあいいかと思って。
中井 面白いです。
渡辺 アングラってアバンギャルド、前衛という意味だもんね。だからグッと鋭く来るものがないと、アングラとは言えないですよね。……今気づいたけど、『りぼん』の地面に埋もれているこれは何?
立花 人の顔ですね。木の下に人がいるという。
渡辺 今日気がついた。これ、室井滋さんの顔にすればよかったね(笑)。
中井 こんなに毎日見ているはずのえりさんでもまだ気づく余地があるのだから楽しいですよね。えりさんのお父様とお母様のお写真が実は隠れているとか、子供時代のえりさんがいるとか、私たち観客も見るたびに発見していく。
立花 えりさんの作品は読むたびに得られるものが違う感覚がある、それがこのコラージュの楽しさに通じるなと思っています。だからもし、また次にご一緒できたとしても、やっぱりコラージュを提案してしまうかもしれません(笑)。
一生一度の「43人キャスト、2本連続」公演
中井 私はずっと紙のチラシが好きでこの連載も続けていますが、この先紙のチラシはどうなると思いますか?
立花 僕も印刷が大好きですし、紙のチラシって体験だと思います。持っている感じや匂いを身体として覚えている。だからデジタルでも伝わることは意識しつつ、紙はぜひ残したいし、とっておいてもらえるチラシを作れたらいいなと思っています!
渡辺 紙はなくなったら嫌ですね。だって歴史的にも紙がいちばん残っていますから。この前『NHKスペシャル』で、ユダヤ人の収容所跡地から丸めたメモがつい最近出てきたというのを見て。あれ、紙だから残ったわけでしょう。デジタルだったら残らない。中井さん、いいコーナーを作りましたね。
中井 私、いままでお話を伺ってきたたくさんの方々のチラシを一堂に会する展覧会をやりたくて。あと、演劇からチラシではなくて、チラシから演劇が生まれないかとも思っているところです。
渡辺 面白そう。
中井 今回、本チラシもさることながら仮チラシも面白かったですね。キャストの名前とともに数字が並んでいて、シンプルながら「なんだろう?」と考えさせられるもので。
渡辺 キャストのみなさんが私と付き合った年数を書いたものですね。あれは大和田美帆ちゃんと相談して決めたんです。そしたら室井滋さんの数字を間違えちゃってて。「もっと前から知ってるよ」と言われました(笑)。
中井 本チラシではメインビジュアルを囲むようにキャストの顔写真が並んでいますが、2本連続上演だから、並べるだけでもたいへんですね。手に取った時に、こんなに豪華な人たちが こんなにいっぱい出る芝居が2本も連続であるなんて嘘でしょ? と思ってしまいます。
渡辺 自分でもバカじゃないかと思いますよ。アングラ系の演出家や批評家がどんどん亡くなっているけど、アングラって命をかけてやるものだから。本当、これは一生に一度の公演ですよ。だって、キャスト43人ですよ? この前NODA・MAPを観ているときに数えたら27人。これより多いのか、大丈夫かな、と思って。もう最近は芝居を観に行くたびに人数数えてます。
中井 それを、しかも2本連続で。
渡辺 いま稽古をやっていますけど、2作品を1日おきにやるから、役者も忘れちゃう。前代未聞ですよ! だけどやっぱり、いつ死ぬかわからないから。やれるときにやらないと。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
渡辺えり古稀記念2作連続公演
『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』
作・演出:渡辺えり
出演:
『鯨よ!私の手に乗れ』
木野花 / 三田和代 / 黒島結菜
北村岳子 / 広岡由里子 / 土屋良太 / 桑原裕子 / 深沢敦
小日向星一 / 黒河内りく / 串田十二夜 / 小日向春平 / 小出奈央 / 春可直子 / 松井夢
福間むつみ / 吉田裕貴 / 藤浦功一 / 岡野一平 / 手塚日南人
宇梶剛士 / ラサール石井
アイザワアイ / 後藤茂 / 佐藤俊彦 / 椎木美月 / 翠月瞳 / 宮下浩行 / 夢乃
青井想 / 金井ひとみ / 鈴木楓加 / 東宮綾音 / 南条采良 / 森嵜未弓 / 佐藤舞希子 / 川波幸恵 / 近藤達郎
渡辺えり
『りぼん』
室井滋 / シルビア・グラブ / 大和田美帆 / 広岡由里子 / 深沢敦 / 土屋良太 / 大西多摩恵 / 吉田裕貴 / 小日向星一
福間むつみ / 藤浦功一 / 小出奈央 / 松井夢
ラサール石井 / 宇梶剛士
春可直子 / 岡野一平 / 串田十二夜 / 黒河内りく / 小日向春平 / 手塚日南人
アイザワアイ / 佐藤俊彦 / 椎木美月 / 翠月瞳 / 宮下浩行 / 夢乃
青井想 / 金井ひとみ / 鈴木楓加 / 東宮綾音 / 南条采良 / 森嵜未弓 / 佐藤舞希子
川波幸恵 / 近藤達郎
渡辺えり
日程:2025年1月8日(水) 〜1月19日(日)
会場:東京・本多劇場
プロフィール
渡辺えり(わたなべ・えり)
山形県出身。舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年から「劇団3○○」を20年間主宰(初期の劇団名は「劇団2○○」)。その後演劇ユニット「宇宙堂」を経て、現在は次世代の演劇空間の創造を目指す演劇制作集団「オフィス3○○」を母体に、劇作家、演出家、俳優として活動。1983年『ゲゲゲのげ 逢魔が時に揺れるブランコ』(1983)で第27回岸田國士戯曲賞を受賞。『瞼の女-まだ見ぬ海からの手紙-』(1987)で第22回紀伊国屋演劇賞受賞。映像作品への出演も多数。
https://office300.co.jp/
立花和政(たちばな・かずまさ)
兵庫県生まれ。自身で演劇ユニットをしていた頃にデザインをはじめる。ブランディングファーム・総合広告会社などでリブランディングを中心にコミュニケーション戦略やプロモーションの企画・コンセプトメイク・ディレクションに従事しながら、宣伝美術のデザイン太陽と雲として活動。演劇・ダンスや美術などのプロジェクトにアートディレクションやデザインで多数参加。2024年からは、事業会社に在籍しつつ本名の立花和政名義で活動開始。そのほか印刷・文字・引力に目を光らせている。
https://taiyotokumo.com/
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。