中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2『花と龍』
毎月連載
第76回
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KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2『花と龍』チラシ(表面)
KAAT1階アトリウムの特設劇場で上演された『王将-三部作-』(2021)が話題を呼んだKAATと「新ロイヤル大衆舎」が再びタッグ。第二弾は明治の終わり、石炭産業で盛り上がる北九州を舞台に生命力あふれる男と女を描く火野葦平の『花と龍』。物語に込められたエネルギーがほとばしるようなチラシを手掛けたデザイナーの吉岡秀典さん、そのサポートをした伊藤総研の星杏沙妃さん、そして打ち合わせの段階からチラシに深く関わった山内圭哉さんにお話を聞きました。
中井 福田転球さん、長塚圭史さん、大堀こういちさん、そして山内さんの4名で結成された「新ロイヤル大衆舎」の公演では毎回、山内さんは出演のほか音楽も担当されていますよね。でも、まさかチラシにまで関わっていらっしゃるとは!
山内 ロイヤルのチラシには最初からずっと関わってます。楽園で『王将』(2017)をやったときは、全部DIYで、自分で作って。
中井 えー! 驚きです。では、ロイヤルのチラシを吉岡さんにお願いしたのは、KAATの『王将-三部作-』が初めてですか?
山内 そうですね。長塚(圭史)が芸術監督に就任して、KAATが吉岡さんに一括してアートディレクションをやってもらうということで。
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吉岡 『王将-三部作-』がKAATさんとのお仕事のスタートでした。長塚さんから「開いた劇場にしていきたい」と伺っていたので、なんとかそれに適うものにしたい、そこに以前のチラシのニュアンスもうまくブレンドしていきたいと思っていました。ただ、山内さんが作られた(2017年公演の)『王将』のチラシはもう完成されたものだったので。これがあれば問題なくできると思いましたし、スムーズにいったんじゃないかなと。
山内 元のチラシの写真は打ち合わせのとき、飲み屋で「転球さん、ちょっと上向いて」とお願いして撮ったものです。
中井 そのモチーフを受け継いで、KAATバージョンを仕上げたわけですね。
山内 これは素晴らしいチラシですよ。プロだなと思いました。この時は多分そんなに苦労なさらず、素敵なものを作っていただきましたね。
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中井 吉岡さんはそれまで、演劇のチラシは?
吉岡 ほとんど初めてでした。以前、コズフィッシュという祖父江慎さんの事務所にいたんですが、その時は祖父江さんがチラシをやっているのを「いいな」と思いながら横目で見ていて。赤坂ACTシアターのこけら落とし公演『トゥーランドット』(2008)ではアシスタントで少し手伝ったことはありますけど、本格的にやるようになったのはこのKAATからです。
福田転球による筆文字とローマ字ロゴの異国情緒感
中井 今回の『花と龍』のチラシはどのように?
吉岡 今回はかなり苦労しました。最初、大はずしをしまして(笑)。
山内 けっこう打ち合わせも重ねて、ギリギリまでやりとりしていましたね。
星 『花と龍』は映画にもなっていますから、ご存知の方も多いと思います。そういう方にとっては今までのイメージと違う、新しい感覚で観られるチラシにしたいというお話がありました。
吉岡 まずは、このタイトル文字を転球さんの書かれた文字でいくということで、いろんなバージョンを書いてもらったんですよ。
中井 これ、転球さんの字ですか? すごい! かっこいいですね!
山内 旗揚げの時の『王将』のチラシも、転球さんの字なんです。「こんな感じで書いて」と言ったら、どんな字でも書きよるんですよ。ただ、『花と龍』というタイトルからして、知らない方には任侠の話だと思われてしまうでしょう。だから、任侠っぽくないようにしたいと思って。
吉岡 筆文字によって任侠っぽさが強調されてしまうかなとビビりすぎて、最初はすごく柔らかいデザインを提出したんです。そしたら「違う」と。
山内 それも素敵だったんですけど、「もっと何かありそうな気がする」という感覚でした。
吉岡 急いで違う案を作るために、星さんには資料を探してもらうだけじゃなくて、星さんの顔を写真に撮ってラフに使わせてもらったり(笑)。それくらいバタバタでデザインを作っていきました。
星 全体的なイメージの方向性を定めるためにさまざまな資料を集めました。イラストを使おうかという話も出ていたので、イラストレーターの候補を出したりもしました。
吉岡 今のチラシは顔だけですけど、この顔にイラストの体をつけようか、という話もあって。星さんがいろいろとイメージを出してみんなで共有したとき、長塚さんが人の、顔だけを抜き出して構成している昔のチラシを見せてくれて。
山内 それを見て僕も、「この人らが出ます、こんなことやります」だけの、昔のなんば花月の看板やチラシで顔だけ切り抜いていっぱい貼ってあるようなものを思い出して。
吉岡 そっちのほうがいいんじゃないのか、という流れになったんです。
中井 なるほど、そこからきた「顔」というわけですね。なんといっても転球さんと安藤玉恵さん、主人公の夫婦を演じるふたりの顔のインパクトがありますね。そしてこの斜めに配置されたローマ字タイトル。
吉岡 このふたりが海の向こうに憧れをもっているという話ですから、そのイメージを出したく、アルファベットロゴを入れることにしました。
中井 これぞプロの技という感じがしますね。ロゴの形も、色合いも。
吉岡 打ち合わせで長塚さんが「彼らには海外への思いがあって」と熱く語ってくださるので、もう自然と色合いは日本っぽいものではなく異国情緒のある生々しい色のものになっていきました。昔のチラシで、シアンとマゼンタを強引に使っていたりするものがあるので、その感じが出ればと。
山内 「こんな感じになったらええなと思ったけど、こんなんなっちゃった。まあでもええか」みたいな。
吉岡 それくらいのノリが作れたらいいなと。思うようにはいっていないけど、それが逆にいい、というような。ロゴは、屋台の看板みたいなイメージもありつつ、いろんな要素を取り入れてどこかわからない異国情緒ある感じの状態に落ち着かせました。方向性を1点ではなく何点か見つけることで奥行きが出るというのは、自分がよく使う手法だと思います。
中井 ふたりの顔の下に敷かれている写真は?
吉岡 これは星さんが見つけてくれました。
星 上の緑のほうの写真は、北九州の若戸大橋です。
山内 長塚と一緒に、舞台となる若松に取材に行ったんですよ。ふたりで小倉から戸畑、洞海湾を渡って若松まで行ってみたら、その近さにびっくりしたんです。
物語の中では「俺は若松には一生行くことはないだろう」とか言ってますけど、もう本当にすぐそば。小倉から車でだいたい15分。洞海湾も大きい川くらいの幅。その見えるくらい近いところと、見たこともないブラジルとか中国とかに思いを馳せる、その距離感がすごく面白いねと。そんな話をしながらふたりで船乗り場に行ってみたら、真っ赤な若戸大橋がバコーンと現れる。もちろんこの橋は物語の頃には存在しないんですよ。でもすごく強烈な印象で。あの荒々しさや怖さが伝わればいいなと思って。
吉岡 長塚さんも山内さんも「あれ、すごかったよね」と熱く話してくださって、その時に撮った写真も見せてくれたので、この橋がほしいなと思って星さんに探してもらいました。下のピンクの方の写真は、幅の細い川のような海に船がひしめき合っているという話を聞いて、じゃあそのビジュアルを載せようと。見つかった時は「いける!」と思いました。
山内 当時は石炭が一大エネルギーで、九州で獲った石炭を洞海湾から船で運ぶ。そこにはいろんな人が集まって、金が動いていた。その勢いが出ればと。今では閑散としたものですけど、なまじ現地を観てきたもんだから。
中井 ごちゃっとしているけど、人を引き付けるエネルギーがあるビジュアルだと思います。
山内 このデザインが上がってきたとき、思わず長塚と電話しました。「すごいのできた、よかったね」って。
中井 最初の「違う」から一発でこのデザインが?
吉岡 ここまで顔のサイズの差がついていないバージョンもありましたけど、それくらいですかね。
山内 僕はそのバージョンも好きでしたけどね。圭史が「どう思ってるの?」と聞いてきたんですよ。圭史の「どう思ってるの?」は、圭史の方になんか思うことがあるときなんです(笑)。それでもう一回だけ話して、完成しました。
中井 そのバタバタしたなかで、この写真はどう撮影を?
山内 ちゃんと撮る時間がなかったんで、全部自撮りです。「自分でこんな感じで撮ってください」と。それをロイヤルのグループLINEに送ってもらって、「もうちょっとこんな角度で」とかお願いして。
中井 すごい! 自撮りでこんな表情が。
吉岡 転球さん、すごくいい写真がいっぱいあって。何パターンも入れて「どれがいいでしょう」と選んでもらいました。
迷ったり悩んだりしたから、たどり着いたチラシ
中井 文章に使われている、古い感じのフォントもいいですね。
山内 これは僕が作った『王将』のチラシの書体を踏襲してくださって。
吉岡 KAAT版『王将-三部作-』のチラシでも使っています。すごくかっこいいなと思ったので、この書体は使おうと。
中井 もちろん文字だから情報でもあるけど、情報以上に生き生きとした感じがあって、こっちに訴えかけてきます。裏側も、他のチラシよりも情報が多いのにすっきりしていますね。
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吉岡 角度をつけたばかりに苦労しました(笑)。
山内 制作さん的には「もっと読みやすく」というのもあったかもしれないけど、読む人は読むからね。
中井 これ、かなり読みやすいと思います。なんならこれが斜めだと気づかないくらいですよ。
吉岡 それはうれしいです。カッコいいだけでは意味がないので、伝えたいところは伝わるように意識しました。
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中井 二つ折りの内側にも情報がたっぷりですが、これも色合いが印象的ですし、読みやすいですね。
吉岡 今ではあまり見かけない生っぽさを出せたらと思って。
山内 「作ってる途中かな?」くらいの。この物語って、明治の、社会の仕組みが完全にできあがっていない時代の、マッドマックスの世界に近いような話ですから、内側のデザインも物語の内容にリンクしてるな、理解してもらってるなと思います。
吉岡 とにかく勢いを出したいなと思いました。
山内 めっちゃ出ましたよ。本当に迷ったり悩んだりした甲斐がありましたよね。本当にいろいろ見せてもらって、いろいろ話して、結果、すごくいいものができました。
吉岡 今回は打ち合わせの回数も多くて、ふだん全員が集まるような打ち合わせは1回のところ、今回は3回ありました。
山内 一度見失って、見つけられた。見つけたい人ばっかりおったからよかったですわ。「もうええか」という人もいると思いますよ。その諦めのよさが大事なときもあるけど、今回は「見つけたい」と思う人ばかりだったから、見つけられた。
中井 チラシに作品が引っ張られる部分はありますか?
山内 引っ張られるどころか、「こんなええチラシできたんやから、相当頑張らなあかん」と思いましたね。
中井 最後に、紙のチラシがどんどん減っていっている現状についてはどうお考えですか?
山内 僕はあってほしい。KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんみたいに、チラシが作品の一部だという人もいるくらいじゃないですか。でも、「いらんのちゃう?」という人らのことも、ちょっとわかる。たしかにコストをかけてどんだけの効果があるのかわからんところもあるし。
星 個人的には、デジタルのものは流れていってしまう感覚が強くあります。家に持って帰ることができて、ずっとモノとして置いておける、見返すことができるというのはデジタルにはない強さですよね。できれば自分が携わるものは紙として残るものがいいなと思います。
吉岡 自分は紙が好きだから、どうしても紙に刷りたい、データだけで完結するのはつらいと思います。厚みや素材感によって受ける印象は違うと思います。これからも作品をより強調できるチラシを作っていけたらと思います。
中井 演劇って、心のなかにしか残らないですよね。はじまる前も終わってからも、モノとして残るのはこのチラシだけだからこそ、チラシという媒体が残ってほしいなと思います。
取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己
公演情報
KAAT×新ロイヤル大衆舎 vol.2
『花と龍』
原作:火野葦平
脚本:齋藤雅文
演出:長塚圭史
音楽:山内圭哉
出演:
福田転球 安藤玉恵
松田凌 村岡希美 稲荷卓央 北村優衣
森田涼花 成松修 新名基浩 大鶴美仁音 坂本慶介 北川雅
馬場煇平 白倉基陽 永真
山内圭哉 長塚圭史 大堀こういち
日程:2025年2月8日(土)~2025年2月22日(土)
会場:神奈川・KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
3月に富山・兵庫・福岡にてツアー公演あり
プロフィール
吉岡秀典(よしおか・ひでのり)
コズフィッシュを経て、2011年にデザイン事務所セプテンバーカウボーイを設立。『嫌われる勇気』のような大ベストセラーからアーティスト集団 Chim↑Pomの作品集までボーダーレスに手がける。2021年からKAAT広報物のアートディレクションを担当。
山内圭哉(やまうち・たかや)
1971年、大阪府出身。俳優・歌手。1992年に故・中島らも氏主宰「笑殺軍団リリパットアーミー」に入団し中心メンバーとして活躍。99年退団。ドラマ、映画など映像作品でも出演作多数。2017年に福田転球、長塚圭史、大堀こういちと共に“日本の演劇を明るく照らす”演劇ユニット「新ロイヤル大衆舎」を結成。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
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