中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
荒悠平たち『また会おうね』
毎月連載
第78回

荒悠平たち『また会おうね』第4回私も大人になってしまいました編のチラシ(表面)
『また会おうね』という全4話の戯曲を、9カ月かけてライブやダンスとともに上演してきたユニット「荒悠平たち」。4回の公演のたびに、人が眠る姿が描かれた、そっと手に取りたくなるような繊細なチラシが用意されました。ダンサーの荒悠平さん、デザイナーの阿部航太さん、制作の加藤仲葉さんにお話を聞きました。

中井 『また会おうね』という1本の戯曲を4回に分けて上演するという試みも面白いですが、連作のようなチラシも魅力的ですね。このチラシはどのように考えていきましたか?
阿部 4回公演をやると聞いて、「4種類も要るのか」と思ったのは覚えています。ただ実際には4回あることより、ひとつの公演に演劇も音楽もダンスもあることをチラシで表現することが難しくて。その「掴めなさ」みたいなものをどう伝えようか、という話をしました。
荒 チラシの相談をした時点で台本は4話分、最後までできていたんです。ただ、あらすじを読んで引き込まれるというより、空気感が大事なタイプの作品で。だからこそ、この戯曲にあわせたライブやダンスも一緒に「アンソロジー」として上演しようとしていたんです。だからチラシも、その空気を伝えるイラストを、阿部が描くことになって。
阿部 僕は普段はイラストレーションを描かないんです。だから「写真とか、何かしら素材があると助かるんだけど」と話したけど、全然ないと。でも自分で描くのは嫌だな、としばらくゴネていました(笑)。
中井 なぜ嫌なんですか?
阿部 どうしても気恥ずかしさがあって……。
中井 それでも、荒さんはイラストを描いてもらいたかった?

荒 航太からしたら無茶振りだったかもしれないけど……。描いてもらいたかったというよりは、本当にやりたくないわけじゃなさそうだな、と思ったんですよ。阿部航太とは高校の同級生で、長い付き合いでお互いをよく知っているんです。僕自身、今回新しいことをやるにあたって苦手なこと、怖いことにもトライしている。それを応援してくれているのはわかったし、そのためにひと肌脱ぐよという気配も感じていて。「イラストを描くのはすごくチャレンジになっちゃう」と言っていたので、「チャレンジならしたほうがよくない?」と伝えたんです。そしたら案の定、いい結果になった。
阿部 まあ、そうだね。イラストにはこれまでトライしてうまくいかなかった経験もあったので、やり方を変えないとと思って、今回は絵もタイトルまわりの字もぜんぶ左手で描きました。
荒 それ、初めて聞いた!
加藤 字はお子さんが描いたりしたのかなと勝手に思っていました。
阿部 こうすることで、ちょっと他人が描いたふうになってよい距離感になるので。
中井 毎回少しずつ違う、この震え気味の文字は左手で書いたものだったとは。
阿部 最終手段というか、裏技というか、何度もは使えない手法ですけどね。「声が小さい演劇」と聞いていたので、弱い、儚い感じが出るといいなと思って。

加藤 デザインに合わせて、紙も薄めがいいということで選んでくださいました。
荒 データだとわからないことですけど、薄いから裏が透けるんです。それがまたすごくきれいで。できあがりを見たとき、ガッツポーズでした。
中井 左手で描いたイラストを、すべて一発OKで。このチラシ、シンプルに美しいですし、イラストと、この字のおぼつかなさのバランスが面白いですね。寝ている人をモチーフにしたのは、どのような流れで?
荒 4回を通じて、舞台の隅で寝ている人がいるんです。その隣で小さな声で話している、という演劇で。
阿部 僕、実は脚本を読んでいないんですよ。荒から話を聞いて「寝ている人がいる」「声が小さい」というふたつの要素で作りました。「寝ている姿の写真をたくさん送ってほしい」とお願いしたら、知り合いが寝ている写真がたくさん送られてきました。でももう少しほしかったので、妻にも寝てもらって。
中井 面白い。それだけでもう作品ですね。
荒 稽古がたまたま一緒だった人や、教えている大学の生徒に「大丈夫かな?」と思いながら、「ごめん、寝てるところの写真撮らせてくれない?」と頼んで。
阿部 このお願いごと、ちょっとプライベートだよね。踏み入ってはいけない場所というか。
荒 そう。だから心配したけど、みんな「いいよ!」と気前よく引き受けてくれました。第2回の絵のモデルはダンサーさんなんですが、「自分だけが知る楽しみにします」とすごく喜んでくれて。第4回の寝姿は僕だよね。
阿部 うん。描くにあたって、顔が見えないのは大事にしていました。隠れているほうが安心するし、やさしい雰囲気になるのかなと思って。
中井 完成まで、何枚くらい描きましたか?
阿部 チラシになったこの4枚しか描いていません。イラストのプロというわけではないので、コントロールしすぎないように、荒がいいと言ってくれたらそれでOKにしようと。「もっとこうしてほしい」と言われていたら、苦労したかもしれません。




荒 公演全体に対してもそうですけど、クオリティに対しては厳しくありつつも、優劣という縦軸だけでは見ないようにしていて。「ぐーんとそれて違うところに行ったけど、あんなに遠くに行ったね」というのも、みんなで作ることの楽しみのひとつだと思うんです。イラストに対してこちらの要望とか、世間的にこのほうがいいだろうとかいう基準で修正していったとき「誰でもいいもの」になってしまうのは絶対に嫌だったので、一発でこのイラストが出てきた喜びのまま、オッケーを出しました。
中井 いいですね。荒さんと阿部さんは高校の同級生ということでしたが、当時からお互いがこういう道に進むと思っていましたか?
阿部 2、3年生同じクラスだったよね。僕の後ろの席に荒がいて。
荒 1年のときは海太と同じクラスだった。航太の双子の弟で、画家なんです。ふたりとも美術系が好きだったから、そういうかっこいいことをしていきそうだなとは思っていました。
阿部 荒は早熟で、高校からジャズを聞いて小説を読んで、外国の映画もいろいろ知っていて。そういうの全部教えてもらっていました。でも、身体を使った芸術に進んだのには驚きましたね。
荒 ダンサーになるとは、自分も含めて誰も思っていなかったですね。
阿部 でも、活動を始めて10年くらいはチラシを頼んでくれなかったよね。
荒 仕事でやっている人に頼みづらかったのもあるし、チラシを頼むほどの企画もなかったし。

中井 阿部さんはそれを気にしていらした?
阿部 「俺にやらせろよ」と思ってました。
荒 それ、初めて聞いた気がするけど。
阿部 大学時代に荒が戯曲を書き出した頃、僕は海外の大学に行っていて、直接会ってはいなかったんです。でも、戯曲が送られてくるようになって。僕も暇だし、演劇のチラシに憧れがあったので、遊びで勝手にそのチラシを作ったりしていました。
中井 「これが上演されるなら」と? いい話ですね。では、実際にチラシの依頼が来た時は嬉しかったでしょう。
阿部 もちろん嬉しかったし、毎回気合を入れてやっています。
中井 いろいろなお仕事がある中で、演劇チラシの面白さはどこにありますか?
阿部 唯一まだ紙が必要とされている現場という気がします。演劇を観に行ったとき、チラシ束をめくりながら開演を待つという体験はやはり特別だと思うんです。だから、チラシを作るときには、あの場でこのチラシはどういう存在感を持ってくれるかなということは考えますね。
「チラシを大切にとっておく」という公演との関わり方
中井 そもそも、なぜひとつの戯曲を4回に分けて公演しようと判断されたのでしょう?
荒 僕、上演予定がなくても常に戯曲を書くんです。だから短いのも含めると10〜20本上演未定の戯曲があるんですが、それをふと読み返したときに「これ、やりたいな」と加藤さんに送りました。でも公演って、やる側も観る側も大変じゃないですか。お客さんからしたら、見に来るかどうかを曖昧な前情報だけで決めなきゃいけないことも多い。趣味趣向に合わない公演だったとしても、上演時間はずっと客席から動けないし、スマホを見るくらいの自由もない。そういうリスクがある。
中井 たしかに。
荒 だったら短ければいいかな、その短い作品に空気感の合うダンスやライブを一緒に上演したら、どれかは楽しんで帰ってくれるかなと。公演を4回に分けたらブッキングもチラシも4回分あって大変というのはなぜか見落としていたんですが……。でも、ずっと楽しかったです。
加藤 なんだかずっとチラシを作っている感覚でした(笑)。
中井 決して大きくないキャパで行われる2日間だけの公演に対して、全4回分、しかもちゃんと阿部さんというデザイナーに依頼してチラシがあるのは、作り手の強い意志を感じます。これはどなたの考えですか?
加藤 常々、手にとって情報を見ることができて、そこから何かをイメージすることができるチラシが好きで。だから、作らないという選択肢はありませんでした。
荒 加藤さんからもその気配を感じたし、僕も公演を、本番の時間のことだけだと思っていなくて。観に行って享受することだけが舞台公演ではないというか。観に行かなくても、気になってとっておくチラシってあるじゃないですか。チラシを大切に手元においておくことが、公演を楽しむという方法のひとつでもあると、信じているんですね。だから、誰が決めたということもなく、いつの間にかチラシは作るものとなっていました。
中井 すごくいい考え方だと思います。
荒 毎回、チラシの裏面にキャストだけではなく、関わっているスタッフも、プロフィールと写真が載っているんです。これも、強い意志でというよりは、自然にこうなったものです。そういう意思決定のプロセスがこの公演には多い気がします。

加藤 演劇もダンスも音楽もあるこの公演をどう呼んだらいいか話し合った時に、「アンソロジー」なんじゃないかと。そのアンソロジーが4回繋がるとき、マンガの単行本が4巻とか、ドラマ4話という質感になるといいなと思っていたんです。だから、チラシも手元に同じようなテイストの何かが揃っていく楽しさがあるといいなと阿部さんにお伝えしましたし、そこには関わっている全員が載っているといいなと思いました。文字数も写真も多くなってデザインは大変だったと思いますが、「Webに行けば見られる」ではなくて、チラシで関わる全員の顔が見えたらいいという話をしました。
中井 プロフィールもいいですが、裏面に「全体で1時間40分程度です」と上演時間が書いてあるのがとても親切ですね。何を見せたいかがはっきりしているなと思います。

荒 上演時間を書こうと言ったのは加藤さんの提案ですが、制作という立場はクリエイティブなイベントまわりのサポートと思われることが多い。いやいや、加藤さんこそが作っている公演でもあるんだよと思います。それは加藤さんに限らず、関わる全員に対してそう思っています。
中井 それがこのプロフィールに現れているわけですね。毎回公演が2日間しかないのはもったいないけれど、それも先ほど話されたように「行けなくても公演を楽しめる」ということですよね。

荒 4回もやっていれば、どこかでは来られるんじゃないかとも思って。来られなかった分は上演台本を読もうとか、人それぞれの関わり方をしてほしいなと思います。最近、Netflixのすごく面白い映画やドラマを観ているとき、「観るのは自分じゃなくてもいいな」と思う瞬間があるんです。でも高校生の頃は、映画を観て「これは僕が観るから意味があるんだ」という感覚が強くあった。この公演も、そうやってチラシを手に取った人もこの公演に関わっている、それは誰でもいいわけじゃない、という気持ちで作っています。
中井 イラストといい、手触りといい、裏に全員の顔が出ていることといい、受け手が物語を作りたくなるチラシですよね。何なら、この下に観客も全員載っていてもいいくらいの……。プライベート感のある、自分ごとになるチラシだと思います。
荒 まさにそうですね。チラシ裏面の僕のプロフィールには「『人が集まって何かを作ってみんな楽しい』を目指して」と書いているんですが、これが大事で。僕は、「みんな」にお客さんも含みたいと思っているんです。
取材・文:釣木文恵
公演情報
荒悠平たち
第4回『また会おうね』
私も大人になってしまいました編
日時:
2025年4月19日(土)18:00
2025年4月20日(日)13:00
2025年4月20日(日)17:00
会場:水性(東京・中野)
[プログラム]
DANCE「残像人間学」
出演:世界装置(池野拓哉・兼盛雅幸・斉藤栄治)
作・演出:斉藤栄治
LIVE「ここまでの寝相、これからの寝相」
出演:細井徳太郎
PLAY「また会おうね」
出演:鈴木健太・木引優子・佐藤滋・日比野桃子
作・演出:荒悠平
公演公式サイト
https://arayuhei.com/mataaoune/
プロフィール
阿部航太(あべ・こうた)
デザイナー。1986年、埼玉県出身。廣村デザイン事務所を経て、2018年より「デザイン・文化人類学」を指針として独立。2018年から19年にかけてブラジル・サンパウロに滞在し、現地のストリートカルチャーに関する複数のプロジェクトを実施。2021年に映画『街は誰のもの?』を発表。近年はグラフィックデザインを軸に、リサーチ、アートプロジェクトなどを行う。2022年3月に高知県土佐市へ活動拠点を移し、海外からの技能実習生と地域住民との交流づくりを目指す「わくせいPROJECT」を展開している。

荒悠平(あら・ゆうへい)
ダンサー。1985年生まれ。ダンスを軸に、パフォーマンス作品の制作、音楽ライブへの出演、演劇の執筆と演出、歌、小説、会社員などの活動をしている。他分野との共作を得意とし、陶芸家、画家、現代美術家とも共演。過去の出演団体は「まことクラヴ」「Co.山田うん」「カンパニーデラシネラ」「ケムリ研究室」など。2023年に、「人が集まって何かを作ってみんな楽しい」を掲げ、荒悠平の作品を中心とした上演をするひとたちのあつまり「荒悠平たち」の活動を開始。

中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
