中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

小松台東『ソファー』

毎月連載

第79回

小松台東『ソファー』チラシ(表面)

一面にぎっしりと敷き詰められた写真。子どもが写っているもの、誰かが寝そべっているもの、誰もいないもの。一見統一感のないこの写真群には、どれもソファーが写っているという共通点があります。小松台東『ソファー』のチラシづくりは、「ソファーの写真募集」からスタートしました。チラシのために広く呼びかける取り組みについて、小松台東の作・演出を務める松本哲也さん、2019年から小松台東のチラシデザインを担当している俳優の吉田電話さんにお話を聞きました。

デザインを手がけた吉田電話さん(中央)、小松台東主宰の松本哲也さん(右)と

中井 今回のチラシは、「小松台東『ソファー』のチラシにあなたの思い出を載せてみませんか」という呼びかけのときから気になっていました。最初から皆さんの力を借りようと?

松本 最初は、タイトルのまま普通にソファーの写真を撮ろうと思っていました。でも、チラシって一番最初に作るものですから、宣伝美術に写るソファーと、実際に舞台美術に使うソファーを同じものにできる可能性がかなり低い。すると「違うソファー」がメインビジュアルになるのは違うだろうなと思ったんです。じゃあ逆にいろんなソファーの写真を並べようという話になったときに「だったらいろんな人に頼んでみよう、そのこと自体が公演の宣伝にもなるし」と。

吉田 実際に集まった写真をほぼ使って配置してみたんですが、もうちょっと一枚一枚の写真サイズが小さいほうがいいなと思って調整しました。見栄え的に、どうしても写真を正方形にしたくて……。

松本 だから、チラシのサイズがA4より一回り小さいんです。

中井 本当ですね! 写真の並べ方はどのように決めていきましたか?

吉田 まず、一番左の一番上は僕の家のソファーです。僕が作っているので、エゴで僕のソファーからはじめました(笑)。最後は小松台東のメンバーにしています。最後の写真の隣がキャストの瓜生和成さんの家のソファーなんですけど、この紅白が目に入った隣が小松台東のメンバー、という形で締められたらと。

『ソファー』チラシより、吉田さんのお宅のソファー(左)、から始まり、小松台東のメンバーの写真(右)で締めくくる。その小松台東の写真の隣に配置されているのはメンバーの瓜生和成さんのお宅のソファー(中央)

松本 これ、『再会(仮)』(2023)のチラシ用に撮った写真で、実はソファーじゃないんですけど……。劇団員がソファーに座っている写真がなくて、これになりました。

吉田 ちなみに、小松台東メンバーの写真の上は昔の僕です(笑)。

『ソファー』チラシより、小松台東の写真の上には吉田電話さんが写ったカットが

吉田 全体としては、赤色はけっこう目立つのでなるべく分散させるようにしましたね。やはりお子さんが写っている写真がとても多かったので、全体を見たときに子どもだけに目が行かないような並べ方は気にしました。場合によっては足だけとか後頭部だけとか、トリミングも調整しました。

一枚一枚に物語が感じられる写真たち

中井 チラシができあがったとき、どう思われましたか?

松本 理想的なものができたな、と思いました。キャストさんがくれた写真が入っているのもいいなと。

吉田 松本さんもフィルム写真をスキャンしたものを送ってくれました。昔の写真が入ってくると、全体の解像度が上がるというか……よくなるんですよね。

松本 中央やや上のあたりに配置されているのが、今回の物語のスタートとなった僕の実家のソファーなんです。僕が小学3年生の頃からうちにあって、最初は5、6人掛けの、分割できるソファーだったんですけど、いま母がひとりで住んでいる家にこのひとつだけがぽんと窓際に残っている。そこに母が座っている。これがきっかけだから、この写真は入れてもらいました。

吉田 そのお話を聞いたので、このソファーを最初にパッと目が行く場所に配置しました。その上に松本さんのお父様の写真を。

今回の物語のきっかけになったという、松本さんの実家で愛用されているソファー(下)。その上に写るのは松本さんのお父様(『ソファー』チラシより)

松本 もうひとつ、右上端の写真で瓜生さんの隣にいるのが、僕の母親です。宮崎に仕事で行ったときに訪問したらしくて。僕は知らなくて、「訪ねてきました」という写真だけがグループLINEに送られてきました(笑)。

吉田 せっかくなので、その下には松本さんを配置しました。

松本さんのお母様とメンバーの瓜生さんの2shotの下には松本さんの写真を配置(『ソファー』チラシより)

中井 そうやって1枚1枚解説されると、もっと知りたくなっていきますね。昔、アルバムに親が「何月何日、玄関先でにっこり」とか一言書いてくれていたじゃないですか。それを見つけたときのキュンとする感じがあります。

吉田 僕は両親が離婚するとき、アルバムを全部置いてきてしまったので、自分の子どもの頃の写真がほとんどないんです。だからこういう写真を見ると「いいな」と思うし、こうやっていろんな人の写真をチラシとして残せたのはいい企画だったなと思います。

松本 チラシをSNSで公開したら、「私の写真が採用されてた、ぜったい観に行く」と反応してくださっていて、いい効果が生まれたなと思います。

中井 いいですね。こうして改めてじっくり見てみると、それぞれの写真に物語がありそうですよね。

松本 いま「物語」と言ってくださいましたけど、この写真のシーンを劇中に組み込んだりもしているんです。芝居を観終わった後、「こんなシーンあったね」と、このチラシが思い出になるように。

作中に同様のシーンが組み込まれる予定の写真(『ソファー』チラシより)

中井 それは楽しいですね。自分とは違う世代の、違うところに住んでいる人の写真であっても、見ていると「私もこういう写真を撮ったな」と自分の思い出がよみがえってきます。それにしても、今回の『ソファー』というタイトル自体、シンプルで強いタイトルですよね。

松本 僕は基本的にあまりひねらずまっすぐタイトルをつける方で。だから今回も「ソファー(仮)」でスタートしましたけど、チラシがこうなってから「タイトルもこのまま『ソファー』でいいね」ということで「(仮)」を外しました。ひとつだけ、「ソファー」の音引きをつけるかつけないかはすごく迷いましたね。本を読んだりすると「ソファ」という表記も見かけますし。

中井 「ソファ」だと、ちょっとおしゃれな感じになってしまいますよね。昔はみんな音引きをつけていたけれど、最近なにかと省略しがちかもしれません。

吉田 だから「ソファ」のほうが現代的だったかもしれないけど……。

中井 だからこそ作品にはこの音引きの距離というか、余韻が必要な気がします。小松台東の『オイ!』(2023)や『デンギョー!』(2021)の「!」もそうですけど。ところで、チラシの表にタイトルを入れないのはかなり思い切った判断ですね。

吉田 パッと表が目に入って「なんだろう? ソファーが多いな」と裏を見たら「ソファー」というタイトルだとわかる流れにしました。文字で表に入れなくても、ソファーはたくさんあるから。

中井 裏面はとてもわかりやすいデザインですね。

吉田 これは僕の特徴だと思いますが、極力こういう情報はなるべく文字を大きくして、わかりやすく伝えたいなと。今回はアフターイベントが多いので、星取表だとかえってわかりづらくなるなと文字だけでタイムテーブルを並べたり。

小松台東『ソファー』チラシ(裏面)

松本 今回は特にイベントが多いんですよ。僕は毎公演アフタートークに出ますし、演劇体験もやります。もちろん面白い作品を作るのは大前提で、とにかく劇場に足を運んでほしいので、やれることはやりたくて。

「自分たちが汗をかく」新しい宣伝企画プロジェクト

中井 松本さんにとって、チラシはどんな存在ですか?

松本 どこまで効果があるかは実際のところわからない面もありますけど、やはり公演はチラシからスタートしますから、大事ですよね。自分が観る立場でも、結局チラシで面白そうかどうか判断しているから。

中井 今後もチラシは作り続けますか?

松本 今のところは続けていくつもりです。今回、こうして写真を募集したことでチラシに対する考え方や、チラシの作り方が少しずつ変わっていくかもしれません。毎回誰かの写真に頼るわけにはいきませんけど、同じように“参加型”のチラシづくりができたら面白いかも、とは思っています。

中井 こうしてチラシづくりのプロセスでみんなを巻き込むのはいいですよね。

松本 毎回ではないけれど、定期的に写真募集をしていたら、「今回は送ってみよう」と思ってくれる方がいるかもしれませんし。

吉田 次はぜんぶお父さんの写真でタイトル『親父』とか(笑)。

松本 僕ら、建設現場の話もよくやるから、作業着の人たちの写真を集めるのもいいかも。

中井 いいですね(笑)。もうひとつ、今回小松台東の新しい宣伝企画をスタートさせると伺いましたが。

松本 KJPP、小松台東共同宣伝企画(Komatsudai Joint Promotion Project)というものですね。ふつう公演の宣伝は、劇団からいろいろな媒体にリリースを送って、取材してもらうじゃないですか。それはそれでいいんですが、もっと違う形で新しいお客さんを広げる方法はないかな、と思ったとき、逆にこっちが取材してしまえばいいんじゃないかと思ったんです。そこで、公演時期が同じくらいの劇団を取材して、お客さんを奪い合うのではなく、お互い宣伝することで一緒に盛り上げていくという方法を考えました。劇団員がひとりずつ劇団さんを担当します。たとえば今回音楽を担当する佐藤こうじは劇団チョコレートケーキの『ガマ』について日澤雄介さんと対談する。僕は『流浪樹~The Wanderer Tree~』をやるゴツプロ!の塚原大助さんと昨日対談してきました。小園茉奈はOn7、瓜生さんはラッパ屋を担当します。もうひとつ、若い団体も紹介したいと、ほぼジャムパン。という劇団にも話を聞き、それを自分たちでまとめて、小松台東のWebで随時公開していきます。

中井 劇団員が自ら行くというのが面白いですね!

松本 お互いの公演のことが話せますし、相手の団体さんもSNSで「小松台東に取材を受けました」ということになればお互いの宣伝にもなりますから。

吉田 こんな取り組みは他であまり聞いたことがないですね。

中井 これに「KJPP」と名前をつけたところもいい(笑)。

松本 建設関係に馴染みがあるので、「JV(建設工事を受注するための複数の企業からなる組織)」とか、会社っぽいのがいいかなと思って(笑)。応援チケットにも「自治会メンバー」という名前をつけました。ちょっとだけアイディアをのせて、楽しんでもらえたらいいなという気持ちです。

中井 新しいことをしようといろんな工夫をしている姿勢が見えると、それだけで応援したくなります。

松本 公演期間なんてたかだか3カ月くらいですから、その間は汗かいてなんぼだなと。とにかく作品を観てもらうために、悔いなくいろんなことをやろうと思います。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

小松台東『ソファー』

日程:2025年5月10日(土)〜5月18日(日)

会場:ザ・スズナリ

作・演出 : 松本哲也

出演 :
佐藤達 (劇団桃唄 309)/ 江間直子(無名塾)/
山下真琴 (演劇集団 円)
道本成美 今里真 / 瓜生和成 今村裕次郎 松本哲也

小松台東 公式サイト
https://www.komatsudai.com/home

プロフィール

吉田電話(よしだ・でんわ)

1986年、和歌山県出身。俳優。大阪美術専門学校デザイン学科卒業後、6年間の会社員生活を経て、2014年春、27歳で上京。劇団『クロムモリブデン』の劇団員オーディションに合格し劇団員となる。その後、舞台を中心に、映像などにも幅広く活動中。小松台東の作品『山笑う』(14)、『明るい家族、楽しいプロレス!―今日も息子が、ウィ~!と叫ぶ―』(16)、『デンギョー!』(21,24)に出演。

松本哲也(まつもと・てつや)

1976年、宮崎県出身。小松台東主宰・劇作家・演出家・俳優。2010年にソロ演劇ユニットとして小松台東の活動を開始。2013年より劇団名を小松台東(こまつだいひがし)に改名。全作品宮崎弁で上演されていることが特徴で、日常の中で起こる人間の機微を丁寧に描く。近年は舞台だけでなく、テレビ脚本なども手がけている。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。