中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
ムニ『始まりの終わり』
毎月連載
第81回

ムニ『始まりの終わり』チラシ(表面)
正方形のチラシには、黒く大きな曲線が二つ。虫眼鏡のふちのようです。その枠ごしに覗いた中には、肉眼でははっきりと捉えきれないほど小さなものがたくさん。何があるのかを確かめたくて、つい凝視してしまいます。ムニ新作公演『始まりの終わり』のチラシについて、作・演出の宮崎玲奈さん、デザインを担当された俳優の渡邊まな実さんにお話を伺いました。
中井 渡邊さんとは、演出家と俳優としての出会いの方が先ですよね?
宮崎 はい。俳優さんとして一緒に創作している中で、渡邊さんのデザイン的な視点も俳優として面白いなと思っていました。
渡邊 私としては、こっそりデザインをやっていたのが気づかれてしまったという感じでした(笑)。
中井 ムニの公演チラシはいつから手がけるように?
渡邊 昨年(2024年)出演もした『つかの間の道』『赤と黄色の夢』二本立て公演からで、今回が二作目です。
宮崎 2022、2023年に『ことばにない』という、前後編あわせて8時間の作品を上演したんです。その後、演劇で当たり前に自分たちがやっていたことをもう一度問い直したいと思ったタイミングで、渡邊さんにお願いすることにしました。
渡邊 その最初のチラシがこれです。

宮崎 これからの公演のチラシを、CDアルバムのように貯めていく、積み重ねていくようなイメージで正方形で作っていけたらと。ただ、前回はちょっと小さすぎて(笑)。もう少し大きくしてみようかということで、今回はサイズをA5の正方形にしました。
中井 サイズだけではなく、このフォーマットも踏襲していくということですか?
渡邊 「今後も使い続けられるようなフォーマットから作りたい」と宮崎さんから相談を受けました。
宮崎 それまでは公演ごとにビジュアルを決めるという一般的なやり方でチラシを作っていましたが、チラシを見たらすぐに「あ、ムニだ」と思っていただけるようにしたいと。
中井 このフォーマットはどのように?
渡邊 前回からムニは宮崎さんと黒澤優美さんの劇作家二人体制になったんです。そこでお二人と私、3人で話し合っていく中で、虫眼鏡が出てきました。虫眼鏡って、近づけるとぼやけますよね。「鮮明に見ようとして近づけるのにぼんやりしちゃうのが面白いよね」ということで、このフォーマットが決まりました。
宮崎 虫眼鏡の中が真っ白で、その中に作品に関するものが配置されていくのはフォーマットとして優れているなと思いました。
中井 近寄ることによって見えなくなるものがあるって、人間関係と一緒ですね(笑)。渡邊さんは元々美大ご出身で、他劇団のチラシを手掛けていらしたとか。
渡邊 小田尚俊さんが作・演出をされている「小田尚稔の演劇」のフライヤーをずっとやっています。これはサイズもデザインも文庫本のフォーマットで、作品ごとに色が変化していくものです。

中井 このチラシのお話もいつか聞きたいと思っていました!
宮崎 毎回大きく変化するわけではないけれど、「この人たち、また公演するんだ」とすぐわかる。それが魅力的で、渡邊さんならフォーマットからご相談できると思いました。
「どちらかだけ」ではなく、紙とWEBの両輪で
中井 このフォーマットだと、虫眼鏡ごしに見えるモチーフがかなり重要ですよね。
渡邊 前作は劇作家二人の作品を同時上演したので、上と下で作品を分けてモチーフを載せました。今回は宮崎さんから出てきたモチーフをバランスよく配置した形です。
中井 前作よりもはっきり見えていますね。
渡邊 素材一つひとつを作り込んだので、もったいなくなっちゃって。「拡大しようとするほどぼんやりしちゃう」というコンセプトは大事にして小ささは担保しつつ、前作よりは少しはっきりめにしました。
宮崎 公式サイトでは画像が拡大できるので、アイテムがよりはっきり見えるという楽しみ方ができます。
中井 それは面白いですね!
渡邊 今回はちょっと拡大できる程度ですが、今後は絵本の『ミッケ!』みたいに、近づけば近づくほどよく見えるデータ版を作れたらいいなと思っています。拡大してもわからないと思いますが、今回は中学生男子が修学旅行のお土産で買うようなドラゴンソードとか、カニカマとかの素材が散りばめられているんですよ。宮崎さんにモチーフを17くらい出してもらって、そこから100以上素材を作り、配置していきました。
中井 素材はどのように作っていくのですか?
渡邊 AIで生成します。今のAIはすごく優秀で、具体的に指示をするとどんどん生成してくれるんです。このチラシ自体のデータを作っているAdobe IllustratorソフトにもAIは搭載されているんですが、海外系のアプリなのでカニカマとか着ぐるみとかを作らせようとしても「What?」という感じでうまくいかなくて(笑)。言葉の限界を感じたりもしました。
宮崎 着ぐるみも何パターンか試したみたいで「人の形がすごく出ているものからなんとか変化させてここまで来たんだよ」と稽古場で話してくれました。
渡邊 着ぐるみはかなりいいものができて嬉しかったですね。
中井 言葉一つで形を変容させていくということ自体が面白いですね。AIには「やわらかいタッチで」というようなニュアンスの言葉は伝わらないだろうから、別の能力が必要になってきそうです。
渡邊 AIへの言葉は、具体的であればあるほどいいですね。上に配置されている石は、宮崎さんから「人を殺せそうな石」というリクエストがあったんですが、これも作るのがなかなか難しかったです。
宮崎 ゴツゴツしてる感じの、大きい石がほしくて。
中井 岩みたいな石ですね。
宮崎 そうか、岩と言えばよかったんですね。
中井 でも宮崎さんにしてみれば、このフォーマットだと、まだ脚本が完成していないチラシ制作の段階で具体的なアイテムを出さなくてはいけないわけですよね。
宮崎 そうですね。演劇では企画書を書いたりチラシを作ったりと、上演に先んじて動いていることがけっこうありますが、私にとってはそれは自分が脚本を考える上でのドライブになるものという感覚が強いです。アイテムを一つひとつ選ぶのもまさに脚本につながっていきますし。
中井 とすると、このチラシはアイテムを通じて作品を読み解いていく謎解き要素が詰まったものとも言えそうですね。
渡邊 そうですね。観終えた後にチラシを見返してもらって、二度楽しんでいただけたら嬉しいなと思っています。
中井 いいですね。このチラシ、アイテムも小さいですが、タイトルなどの文字も全部小さいですよね。
宮崎 裏面に誘導したいので、あえて小さくしてもらっています。
中井 なるほど。裏側にも表にあるアイテムが少し配置されていますが、こちらはかなりぼんやりしていますね。
渡邊 裏はぼんやりさせたほうがかわいいかなと思って。
中井 そして、裏面が読みやすいです。
渡邊 嬉しいです! 美大の先生から、「読みやすくないとダメだよ」と言われていたので、読みやすさは大事にしています。実は宮崎さんからもらったあらすじや「上演に向けてのことば」はもっと長かったんですが、短くしてもらいました。
宮崎 QRコードでサイトに飛んでもらえたら全文載せているので、両軸でやっていけたらいいかなと。
中井 アイテムの拡大もそうですが、紙とWEBのどちらかだけではなく、どちらも情報の手段になっているのがいいですね。

演劇が苦手な人に観にきてほしい、前提を疑いながら作る作品
中井 今作はどんな作品になりそうですか?
宮崎 高校生の時に出会った6人が10年後に再会する話です。高校時代、うち1人が修学旅行に行っていなかったから、ニセ修学旅行として東京を観光した。その話を10年後にしているという入れ子構造の作品です。俳優に役があって、スーツで出てきたら刑事、という当たり前がよくわからないなということで、「グミ」というひとつの役を5人で演じてみて、語る。という劇を作りたいなと。
中井 「上演に向けてのことば」では「『ゴドーを待ちながら』のゴドーが5人いる!語り手も5人いる!」と書かれていましたね。
宮崎 ゴドーは、出てこないじゃないですか。でもゴドーが出てきて、ゴドーが誰かわからない、みたいなことが起きたら面白いんじゃないかと。会話劇だとどうしても役=俳優から逃れられないので、モノローグのようなお芝居にトライしてみようと、1年くらい実験を続けてきました。
渡邊 今「どうやって作り上げていこうか」と話し合って作っています。
宮崎 これまでもやってきたんですが、戯曲の一部をXで公開しているんですよ。今回は「句読点がないことがこんなに苦痛だとは思わなかった」と知り合いから言われました。
中井 確かに、息継ぎをどこでしていいかわからなくなりますよね。
宮崎 でも、発話してもらうと意外と読めたりして。演劇の戯曲に句読点は必要なんだろうかと思ってもいます。

中井 今までの演劇のあり方に対して、宮崎さんは疑問を抱いているということですね。
宮崎 そうですね。一緒に作るみなさんと、音楽、照明、衣装、もちろん宣伝美術にしても「音楽って必要なんですかね?」「チラシって毎回変えなきゃいけないんですか?」という土台から話すということをやっています。だから、演劇を見慣れてる方にももちろん観に来ていただきたいんですが、「お芝居……」という感じの、「目の前で大きい声で喋るの苦手なんだよね」という方にも、ぜひ観に来ていただきたいです。
取材・文:釣木文恵 撮影:星野洋介
公演情報
ムニ『始まりの終わり』
日程:2025年7月20日(日)~7月27日(日)
会場:アトリエ春風舎
作・演出:宮崎玲奈
出演:
南風盛もえ(青年団)
藤家矢麻刀
渡邊まな実
伊藤拓(青年団)
黒澤多生(青年団)
ムニ公式サイト
https://muniinum.com/
プロフィール
渡邊まな実(わたなべ・まなみ)
1993 年生まれ、新潟県出身。出演作に、チェルフィッチュ『三月の5日間』リクリエーション、安川有果監督 作演出の舞台『ここにはいない彼女』、世田谷パブリックシアター若手演劇人育成プログラムハッチアウトシアター2021『ホーム』、那須塩原市ART369プロジェクト『わたしのまち』、チェルフィッチュ×藤倉大 with アンサンブル・ノマド『リビングルームのメタモルフォーシス』など。
宮崎玲奈(みやざき・れな)
1996年、高知県出身。ムニ主宰。劇作家・演出家。明治大学在学中に演劇学校無隣館に通い、青年団演出部に所属、2017年ムニを旗揚げ。日常会話を基調とした、3場以上の空間と時間を同時進行させる演出手法で注目され、第11回せんがわ劇場演劇コンクールにてムニ『真昼森を抜ける』で演出家賞受賞。俳句や小説にも創作の幅を広げている。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
