中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

ジャンル・クロスⅢ 近藤良平×松井周『ほぐすとからむ』

毎月連載

第82回

ジャンル・クロスⅢ『ほぐすとからむ』チラシ(表面)

さまざまなジャンルのアーティストが交わり合って創作する〈ジャンル・クロス〉シリーズ第三弾『ほぐすとからむ』。彩の国さいたま芸術劇場芸術監督の近藤良平さんが劇作家・演出家・俳優の松井周さんと二度目のタッグを組み、舞台作品を作り上げます。まさにタイトル通り、人を中心としたモチーフが絡まり合っているイラストが目を惹くチラシについて、近藤さんとデザイナーの秋澤一彰さんにお話を聞きました。

本番間近の近藤良平さん、デザイナーの秋澤一彰さんにリモートで取材に参加いただいた

中井 おふたりはいつからチラシ作りを一緒にされていますか?

秋澤 前作のジャンル・クロスⅡ『導かれるように間違う』(2022)でご一緒させていただいて、その流れで今回もお声がけいただきました。

中井 『ほぐすとからむ』は手がモチーフの仮チラシも印象的でした。チラシはどのくらい前から準備を?

秋澤 今回は4月末に声をかけていただいて、そこである程度資料をいただきました。そこから制作の田中さんとお話をして、その後形にしていきました。本チラシのメインビジュアルのラフを出していく中で「仮チラシはどうしようか」と、同時並行で進みました。

『ほぐすとからむ』仮チラシ(表面)

中井 どんなオーダーからこのチラシが生まれてきたのですか?

秋澤 最初は、松井さんから伝えていただいたプロットをベースに手書きでラフを作りました。登場人物であるYouTuberをはじめとした作品要素を具体的に絵に起こしてお見せしたところ、「あまり具体的でない方がいいのではないか」という意見が出て。同時にイラストレーターの選定も始まって、今回描いていただいた及川真雪さんを提案しました。

近藤 及川さんの絵には、闇の雰囲気が感じられるものが多くて。色合いも魅力的ですよね。人の肌の色が青くて、それが着物にも見えたり、魂のようにも見えたり。刺激的な絵だなと思いました。

秋澤 実は及川さんに絵を依頼するとき、プロットや戯曲は読んでいただいたんですが、「一度すべて忘れてください」とお願いしました。

中井 それはどうしてですか?

秋澤 「具体的でない方が」という意見が出ていたので、いろんな意味で抽象的な、強いビジュアルがほしいと。それがどういうものかはまだわからないけれど、具体的に中身に触れているようなビジュアルではない方がいいという判断はできていたので。

近藤 作品をなぞるチラシが作りたいわけではなかったので。

中井 『ほぐすとからむ』という強烈なタイトルで仮チラシは手がいくつもあるものだったので、本チラシを見たときに「あ、全然違うものが出てきたな」という印象でした。

秋澤 仮チラシの手が迫ってくるようなイメージは最初からあって。登場人物が常に何かに追われているような、急かされているような、捕まえられそうなという印象はあったので、仮チラシにはそれを反映しました。

中井 仮チラシの緑の色はどこから?

秋澤 舞台の背景に森があったので、そこから。

中井 一方、本チラシはより深いグリーンの背景に、グリーンとブルーを基調としたイラストですね。

秋澤 色の指定は特にしていません。及川さんのイメージで出してもらいました。

中井 及川さん、何パターンくらいお描きになったんですか?

秋澤 モチーフは同じで、色の違いで6パターンくらい出してもらいました。

中井 近藤さんは最初にこのイラストを見てどう思われましたか?

近藤 いやもう、「来たー!」という感じですね。ちゃんとトゲが入っている、とも思いました。

中井 見れば見るほど不思議な絵ですね。近藤さんは、チラシから影響を受けることはありますか?

近藤 あります。今回は特に、青でも水色でもない色に衣裳や舞台美術がすごく引っ張られていますね。空気感もそうかもしれない。松井さんもこの絵をすごく気に入ってしまって、作品がまだ何もできていない段階から「Tシャツを作ろう」と最初に言っていました(笑)。

「モヤモヤやザワつきを持ち帰る」という楽しい体験

中井 『ほぐすとからむ』のタイトルの文字も、秋澤さんが?

秋澤 はい。絡んだり、動きのある形を意識して作りました。

中井 こういうロゴやイラストがピタッとハマる時と、しっくりこない時とはどこに違いがあるのでしょう?

秋澤 僕も理由は分かりませんが、個人的にどこかしっくりこない時はレイアウトで不具合が起きていることが多い気がします。置き方を変えるだけで印象が変わることもあるので。

中井 なるほど。このチラシは、裏面も不穏な感じがしますね。遊園地の、平衡感覚がわからなくなる部屋のような……。

秋澤 ありがとうございます。前作『導かれるように間違う』を観劇して、モヤモヤするというか、ザワザワする感覚を持ち帰ったんですよ。裏面はそれを形にできないかと思って作りました。きっと、今回もモヤッとした、ザワつく印象を持ち帰ることになると勝手に思っているんです。きっとそれは楽しいことだと思うので、みんなでモヤれるといいな、と。背景のモヤモヤ模様が目につくように多めに余白を取りました。

ジャンル・クロスⅢ『ほぐすとからむ』チラシ(裏面)

中井 これは(裏面の背景の模様を指して)この模様の素材があるのですか?

秋澤 元は地形のような素材があって、それを繋げてみたら面白いんじゃないかと思って作りました。

中井 近藤さんはいまこのお話を聞いて笑ってらっしゃいますが、秋澤さんの予感は当たりそうですか?

近藤 まさにいま作品を創っている段階ですが、松井さんも冴えていて、モヤりますね、これは。

中井 松井さんの脚本は全部できているんですか?

近藤 脚本自体は一緒に仕上げている感じです。言葉が多くある部分をかなり減らしたり、最後に持っていく世界も吟味しながらやっています。

中井 ジャンルクロスも第3弾ですが、近藤さんはどんな手応えを感じていますか?

近藤 今回はすごく面白くて、松井さんの戯曲にはしっかりとした物語があるんです。いわゆる演劇らしい戯曲なんですよね。それを稽古場で立ち上げようとすると、演劇的な世界からふっと遠ざかる瞬間がある。つまり、僕が最初からダンスを作ろうとして「この作品はダンスです」という時よりも、演劇からスタートしたものの方がよほど舞踊っぽくなってきているんです。演劇を作っているような気がしているのに、「あれ、どんどん舞踊に近づいている」という、そういう感覚がある。

中井 すごく面白いです。演劇にはセリフがありますが、そのセリフがいらなくなることも……。

近藤 そうなんですよ、いらなくなる。もちろん伝えるために大事なセリフはあります。そこは忠実に残しつつ、何か削ぎ落とすみたいなところもあって。そうすると、(出演する)成河のようにすごく動けてしゃべれる人たちに対しても、「そんなに多くはしゃべらなくてもいいんじゃない?」という気持ちにだんだんなっていくんですよね。

中井 やっぱり肉体の情報量はものすごいですよね。人が目の前で動くことだけで観る側が受け取る情報量は本当に大きい。

近藤 大きいですね。それに、時代や時間、場所は、言葉というものを使えばいくらでも判明してしまう。でも言葉がない状態ではそれすらあまり特定できない。そんな状況にワクワクします。

中井 そう思うと、絵画ももしかしたら肉体に近いのかもしれませんね。受け取り手の感情の動きによって情報を受け取ることができる。

近藤 確かにそうですね。

たくさんの人の力でエネルギーを発するチラシに

中井 今後、演劇チラシはどうなると思いますか?

秋澤 紙の手触り、印刷されたもののよさはものとしてあり続けた方がいいと思います。ただ、やはりスマホで受け取るビジュアルが主流になってきているのが実情なので、そこでも映えるものというのは常に考えていきたいなと思っています。

中井 演劇チラシの面白さはどこにありますか?

秋澤 僕がデザインを始めたばかりでチラシに携わったことがない頃、藤原竜也さんがBunkamuraでやられた『ハムレット』のチラシに衝撃を受けたんです。エネルギーに魅了されました。演劇やダンスの公演を担当するようになって、自分もあのエネルギーを作っていかなきゃいけないと思うようになりましたが、どうしても僕ひとりの力では作れないんですよ。関わる人たちの意見をどんどん取り入れて面白いものになるように心がけることで、エネルギーのあるものが作れることがだんだんわかってきたんです。今回もまさに近藤さんや松井さん、田中さんをはじめとするいろんな意見が集まり、及川さんのイラストで力あるビジュアルになった。それが演劇チラシの面白さの本質かは分かりませんが、舞台美術の作られ方にはこういう面があって、宣伝美術もそのひとつなんだろうなと思います。

中井 たしかに、これだけの労力とアイディア、お金と時間が注ぎ込まれているのに、公演が終わったら存在しなくなる。そんなメディアはなかなか他にありませんよね。近藤さん、このチラシを手がかりに公演を観に行ったらどんなものが観られそうですか?

近藤 このチラシに関連もあるし、いい意味で裏切りもある作品になったと思います。チラシの話から離れますが、稽古の休み時間にもみんながやけに話し合っていて、仲がいいし、創作が好きなんだなと思うんですよ。「自分の役割だけやります」じゃなく、全員がまさにややこしい、からんでしまうような話を、ほぐそうとしている感じ。

中井 では、近藤さんはキャストにいろんなことを試させる役割ですか?

近藤 そうですね、きっかけを与える部分もあります。理想としては、何もしたくないんですが……。

中井 何もせず、みんなが作り上げるのを見てニヤニヤするというような?

近藤 それが本音です(笑)。

取材・文:釣木文恵

公演情報

ジャンル・クロスⅢ 近藤良平×松井周『ほぐすとからむ』

日程:2025年8月3日(日)~8月11日(月・祝)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール

脚本:松井 周

演出・振付・美術:近藤良平

出演:成河、宮下今日子、中村 理、浜田純平、ぎたろー、端 栞里

公式サイト:
https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/103893/

プロフィール

秋澤デザイン室
秋澤一彰(あきざわ・かずあき)

三重県出身。アートディレクター、グラフィックデザイナー、宣伝美術家。独立以降、主に劇場・コンサートホールで宣伝美術・デザインを担当。近年の主な舞台作品では、『セツアンの善人』(白井晃演出)、『球体の球体』(池田亮演出)、『ポルノグラフィ PORNOGRAPHY/レイジ RAGE』(桐山知也演出)、イデビアン・クルー『バウンス』(井手茂太振付・演出)、『マスタークラス』(森新太郎演出)、『みんな鳥になって』(上村聡史演出)、舞台版『せかいいちのねこ』(山田うん演出)に宣伝美術として参加。

photo: 山崎信康

近藤良平(こんどう・りょうへい)

振付家・ダンサー、コンドルズ主宰、彩の国さいたま芸術劇場 芸術監督。1996年に自身のダンスカンパニー「コンドルズ」を旗揚げし、全作品の構成・演出・振付を手がけ、世界30ヵ国以上で公演。NHK『サラリーマンNEO』『いだてん』などの振付も担当。子ども向けや障害者との公演など、多様なアプローチでダンスを通じた社会貢献にも取り組んでいる。多摩美術大学教授。2025年春の紫綬褒章ほか受賞多数。2025年11月に開催されるデフリンピックでは、開閉会式の総合演出(共同演出)を務めることが決まっている。

photo: 福山楡青

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。