中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」
毎月連載
第84回

舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」チラシ(表面)
今年から始まる舞台芸術祭「秋の隕石」。激しい「隕石」の文字がピンクの地に大胆に重なる三つ折りのチラシ。WEBサイトではカーソルの動きに対応して変化を続ける「隕石」の文字。この宣伝美術について、NEW Creators Club(以下、NEW)の坂本俊太さん、山田十維さん、デザイナーの川島大地さんと、秋の隕石広報担当の松本花音さん、山内祥子さんにお話を聞きました。アーティスティック・ディレクターである岡田利規さんの要望に応えて、NEWの皆さんが作り出した「隕石み」とは?

中井 まずは「秋の隕石」について教えてください。
松本 昨年までやっていた「東京芸術祭」が生まれ変わって「東京舞台芸術祭」になりました。そのコア事業がこの舞台芸術祭「秋の隕石」です。東京芸術劇場舞台芸術部門の次期芸術監督でもある岡田利規さんが手がける芸術祭なので、岡田さんの考えるコンセプトをチームで受け止め、ディスカッションしていく中でNEWの皆さんに広報面をお願いすることになりました。
中井 なぜNEWさんにお願いすることに?

松本 岡田さんが今回「隕石」と名付けたのは、「声なき存在」「可視化されていないけれど本当はあるもの」に光を当てることを求めているからなんです。それを見聞きすることで、舞台芸術や世の中の当たり前が変わる、パラダイムシフトが起こる。それをこの舞台芸術祭で起こしたいと。そこで、デザインやコミュニケーションでも「何かおかしなことが起きている」と伝わるような、今まで演劇や舞台芸術に興味のない方でも気にしてしまうようなものを作りたいと考えました。NEWさんは紙のチラシだけでなく、WEBサイトやSNS、空間の装飾まで含めてメディアを横断して総合的に、しかも現代的な感覚でデザインを手掛けていらっしゃる。そういった舞台芸術の分野ではまだあまりない取り組みを、異物として入れたくて。
中井 「隕石」のような存在として、ということですね。お三方は演劇を観たことは?
坂本 劇団四季とか、シルク・ドゥ・ソレイユとか。
川島 メジャーなね。
山田 僕は蜷川幸雄さんとか。でもこういう、玄人向けのものはあまり……。
中井 玄人向けに見えますよね(笑)。皆さんはまずこの依頼が来てどう思われましたか?
坂本 前身の東京芸術祭のデザインをemuniさんという有名なグラフィックデザイナーの方々がやっていたのは知っていました。僕らからしたら大先輩が手がけた、そのリニューアルの仕事が来たんだ、嬉しいなと思っていたら、「名前が『秋の隕石』に決まりました」と言われて。隕石を喰らいました(笑)。
山田 それがイベント名!? とびっくりしました。
永遠に変化を続けるロゴ
松本 まずお願いしたのがVI、ヴィジュアルアイデンティティでした。
坂本 すごくざっくり言うと、展開性のあるロゴです。
松本 岡田さんは、従来の価値観を変えるようなまだ見たことのないものが立ち現れること、そのさまを「隕石み」と呼ぶんですが、ロゴにもそれが求められていたんです。そしたらNEWの皆さんが方法を生み出してくださって。
坂本 まず「LIVE VI」という概念を作ったんです。
川島 なかったんですけど、そんなものは。
坂本 既存のデザインソフトでは「LIVE VI」はデザインできないので、専用ツールとして「VIコンポーザー」というものを作っていまして。ランダムに線が動いていくという。
中井 ひとつとして同じものはない?
山田 そうです。
川島 同じものを作りたくても作れない、動き続けるロゴですね。これは隕石みだな、ということでサイトにそのまま使うことにしました。マウスのカーソルの動きに合わせてロゴが変化していきます。
坂本 手の動きも、厳密に言えば同じものはないじゃないですか。そういう生の情報からできあがるVIを設計しようと。でも、ただ変なものを作るのは違う。ちゃんとコミュニケーションデザインにしなくてはいけないから、隕石というキーワードをベースに、それをアイコニックに見せようということでこうなりました。

中井 普通は「隕石」と言われたら隕石について調べて、隕石っぽいロゴにするとか、チラシデザインに使うとか、そういうことを考えそうなものですけど……。
坂本 それではみんなの知っている隕石ではあるけれど、岡田さんのいう「隕石み」はなくなってしまうので。
中井 たしかに。岡田さんと話して、すぐにここに辿り着きましたか?
坂本 そうですね。僕らも普段から一案しか提案しないようにしているんです。その覚悟も含めて「隕石み」だと。
中井 一度落ちたら止まらない隕石、ですね。当然チーム内ではさまざまな案が出たと思いますが。
山田 坂本がアイディアを考える役割なので、基本ひとりで。
坂本 もちろん相談はします。ふたりには褒めてもらって、やる気を出して(笑)。
中井 このピンク色にしたのはなぜ?
坂本 いわゆるみんなが考える「隕石感」も大事だから、ピンクと黄色で、混ざったときに燃えているような色合いにしました。
思い出が溜まっていく「チラシ」という媒体
中井 こんなふうに最先端のコミュニケーションを重視されている皆さんは、紙媒体についてはどう認識していますか? 「まだあるの?」という感じですか?
坂本 いえいえ。なんなら山田の実家は印刷加工会社です。だから紙には触れていますし、演劇というジャンルで手触りのあるものが大事だということは体験としてわかるつもりです。
川島 「今っぽいデザインをする人たち」と認識されがちですが、落としどころが今っぽいだけで、考え方としてはフィジカルなもの、手触りも大事にしているつもりです。
山田 グラフィックデザイナーが紙や印刷について知っていなくてはいけないのは、昔も今も変わらないので。
坂本 情報をそこから得ようとはあまり思わないけど、やっぱり紙には思い出は溜まっていきますよね。掃除の時にふと見つけて記憶が取り出されるような、そういう良さがあると思います。

中井 演劇って本当に儚い。立ち現れては消えていくし、どんなに多くても数万人しか同じものを観ることはできない。ものすごく不便な芸術。でもきっと人が生きている限りなくならないであろうもの。それが思い出せるのがチラシですよね。最近では「期間が終われば捨ててしまうものはエコ的にどうなのか」とも言われますが。
坂本 演劇はまだまだ他の業界よりチラシが大事だと。そう聞くと、デザイナーとしては捨てたくないデザインにすることで問題を回避するしかないですよね。「作らない」は短絡的で消極的だから、いかに無駄にならない、作るべきだったと思えるものを作れるか。
川島 今回のチラシが大人気でハケることを祈ってます。
中井 今回の紙のチラシはA4の三つ折り。「隕石」の文字に合わせてカットされているものと、普通の長方形に印刷されているものの2パターンがありますね。

山内 カットしているのは機械折り込みができなかったので、普通のものも作りました。
中井 では、カットしたものはどうやって折り込みを?
山内 手折り込みです。
山田 究極にアナログな。
中井 面白いですね。先ほど自在に変化するロゴを見せてもらいましたが、紙ではロゴをどう選びましたか?
坂本 永遠にいろんなパターンができるので、どこかで覚悟を決めるしかなくて。ピンクと白のバランスを考えて決めました。
山田 レイアウトをした中でこれがベストでした。
川島 折った状態で「秋の隕石2025」が成り立つことを意識して。
中井 このロゴ、獣が血を吐いているようにも見えてきますね。
川島 確かに、LIVE VIが「生きているような」ものなので、そのイメージも重なる部分はあるかもしれません。
中井 チラシに掲載されている、演目の説明文章はどなたが?
松本 岡田さんが書かれた文章に事務局のプランニングに関わる複数のメンバーが手を入れる、というのを繰り返して作りました。

山内 ディレクターがここまで一つひとつこだわって作っているのは、東京芸術祭の歴史でも初めてだと思います。
中井 その意気込みはこのチラシやWEBからちゃんと伝わりますね。お金もかかっていそう。
山田 お金はそれほど……。
松本 NEWさんには頑張っていただきました(笑)。
坂本 ただ、例えばチラシにしても普通のクライアントなら「これでは折り込めないから普通にしてほしい」となるところを、岡田さんが「隕石み」という概念を作ってくれたおかげで「面白い、オッケー」と言ってくださる体制がまずありました。
川島 金額よりも、そういう体制が整っていることがありがたかったですね。
「一番しんどかった」チラシ
中井 このチラシ、全ての文言に英語が添えられているのがすごいですね。
坂本 大変でしたね。。
松本 今回、岡田さんは「舞台に来られない人がいるということ自体を変えたい」ということで「ウェルカム体制」というものを重視しています。要は来場サポートをしっかりやろうと。だから情報網羅にはかなり気をつけています。

中井 でもこれだけの要素を紙に収めるのは大変だったでしょう。星取表(上演演目のスケジュール表)も複雑ですし。
川島 デザイナーですから、こういうものもこれまで作ってきましたが……、今回が一番しんどかったかも。
松本 すみません……。
坂本 「なんでこの時間に公演するんだ!」とか言いながらデザインしてたよね(笑)。
山内 プログラミングチームが頑張って、行った日にいろんなものが見られるようにと複雑な時間設定になってしまって……。


坂本 僕と山田が大きなアートディレクションをして、具体を詰めていくという作業を川島がやるので、チラシに関しては川島が一番大変でした。本来A4の三つ折りなら最初の面にもっと情報が入れられるところを、僕らが紙をカットすると決めたから削らなくてはいけなかったりして。
川島 そこは最終的に自分もバランスを見て決めていることだから。ウェルカム体制やアクセシビリティのアイコンが後から追加されたのが一番辛かったかもしれない。一度組んだものが崩れてしまって……。
坂本 ただ、情報が後から入るからという理由だけで整然と並べるのでは「隕石み」が足りないということで、ガタつきを保ったまま成立させて。

川島 昨日たまたまデータを見ていたら、同じ名前のファイルがずらっとありました。
山田 バージョン何まで作った?
川島 20ぐらいじゃないかな。ひとつのものにかかっている時間を考えると、一番しんどかったかもしれません。
松本 本当にありがとうございます!!
中井 演劇ファンからしても、こうして今までと違う人たちに、違う目線から参加してもらえるのは嬉しいことです。
坂本 自分たちを正当化するつもりはないですが、演劇をあまり知らなかったからできた部分もあるかもしれません。
中井 面白いですね。この芸術祭が、本当に変わりたいという意志を持って変わったということが伝わってきました。
取材・文:青島せとか 撮影:藤田亜弓
公演情報
舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」
日程:2025年10月1日(水) ~11月3日(月・祝)
会場:東京芸術劇場、GLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉
公式サイト
https://autumnmeteorite.jp/ja
プロフィール
NEW Creators Club(にゅー・くりえいたーず・くらぶ)
2021年設立。多様な専門性と探究心をあわせ持つメンバーが所属する複合型(フルスタック)デザイン組織。グラフィックデザインをはじめ、プロダクト、印刷加工、プログラミング、化学、ストラテジックデザインなど、それぞれが異なる領域を得意としながらも、分野の垣根を越えたコラボレーションによって、独自のオリジナリティを築き上げている。新たな社会・文化・環境へ挑戦する事業者のクリエイティブパートナーとして、国内外さまざまなブランディングを⼿掛けている。 https://www.new-creators.club/
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
