中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
ヌトミック『彼方の島たちの話』
毎月連載
第85回
ヌトミック『彼方の島たちの話』チラシ(表面)
下半分に海の写真。ところどころに丸い穴が、実際に空いています。落ち着いた雰囲気ながらグッと目を惹くヌトミック『彼方の島たちの話』。主宰であり、作・演出・音楽を担当する額田大志さんと、デザイナー関川航平さんにお話を聞きました。
中井 おふたりの最初の出会いは?
額田 今年1月、ヌトミックで久々に東京での劇場公演をやろうとした時、ビジュアルも新しくしたいという中で、ずっとお願いしたいと思っていた関川さんに声をかけました。
中井 なぜ関川さんに?
額田 元々は、パフォーマーとして知っていて。その後デザインもしていると知ったんですよ。
関川 演劇とかダンス界隈の人たちの媒体をデザインすることが多かったので、額田さんが目にすることになったんだと思います。おかげで、両サイドを目撃していただいて(笑)。
中井 いちばん最初に関川さんのデザインにグッときたポイントは?
額田 演劇のチラシって、難しいじゃないですか。そんな中で関川さんのデザインと、劇団が持っているスタンスに通じるところがあったのが大きかったと思います。デザインには、作品の表面ではなくて、大事にしているコアの部分を落とし込んでほしい。例えば今回は、具体的な美術を使う劇団ではないのに、関川さんは写真という具体的なものをポンと出してきてくれたんです。そういう関川さんの強い意志のあるデザインが魅力的でした。
中井 関川さんは、それまでヌトミックをご存知でしたか?
関川 東京塩麹という額田さんがやっているバンドのライブを観たのが初めての出会いです。ヌトミックは前回チラシを担当した時に初めて拝見することができました。
中井 前回のチラシ作りの際には、戯曲はできあがっていましたか?
額田 プロットは渡しました。
中井 演劇チラシって、時に何も決まっていないのにビジュアルを作らなければならない。不思議ですよね。プロットから、そんなにたくさんアイディアが出るものですか?
関川 前回いただいたプロットも、実はあまり読んでいなくて。今回はまるっと読まずにデザインを進めました。
中井 そうですか! これまで取材したデザイナーさんには、読み込んでそこからビジュアルを作る方もいましたが。
関川 依頼主本人とってもまだクリエイションの途中段階なので、出来上がる作品を想像しながらチラシデザインを考えることになります。それは、観客がチラシを見て、どんな作品なんだろうと想像する時の距離感と同じ隔たりのような気がしていて。その時、ドンピシャでその作品に沿っていなくてもいい気がするんです。
中井 確かに、そうですよね。
関川 もちろん、プロットを読み込んで要素をピックアップするとか、作品の色に沿ったデザインをするとか、それはそれであると思うんです。でも、額田さんと話している時に大事なのは、例えばさっきおっしゃった「演劇のチラシは難しい」という言葉が含意する部分で、たぶん、額田さんがこれまでにたくさんの”演劇的なチラシ”を見てきたなかで「こういうのは嫌だな」というのがぼんやりある気がするんです。だからこそ逆に、飛躍のあるデザインを受け止めてくれるのかもしれません。
最初から100%で出されるデザイン
中井 この『彼方の島たちの話』は、完成までに何回くらいやり取りをしましたか?
額田 3、4回くらいです。
関川 仮チラシの時は本当にタイトルだけから想像するものでした。本チラシは前回公演よりシックにしたいというリクエストくらいで、あとはお任せでした。
額田 1月にご一緒した時に、関川さんがゴールを一発で決めてくる感じがあったんですよ。自分は音楽を提供するとき、「この感じどうですか」と 7割くらいで提出することがあるんです。でも、関川さんは最初から100%で「これです」と。
関川 100じゃないと、チラシは説得力に欠けるかなと思って。
額田 見た瞬間にもうわかるもの。
中井 確かに、チラシは見る時間がとても短い媒体ですよね。仮チラシも素敵ですね。
関川 等高線みたいな感じですね。前回から引き継いだ要素としては、特色の金色を使ったことです。
中井 すごくきれいですし、言いたいことがはっきりしている。このタイトルで、この日にやります、以上。
額田 確かにそうですね。潔い。
中井 仮チラシって演劇の独特な存在ですよね。
額田 長く広報して、そうすると演劇好きな人ほど、何回ももらうことになりますよね。 だから、もちろん限られた人数ですけど、その方々には金色のイメージがついた感じがあって。前作の『何時までも果てしなく続く冒険』と、物語の主題や音楽の作り方が、共通したものになりそうだったので、仮チラシの時にはそのつながりを少し話しました。
中井 それは覚えていますか?
関川 そうですね、前作の終わりに「次の公演の予定があるので担当してもらえたら」ということで、つながりの話はそこで伺いました。
中井 ちなみに、前作で初めて出会ったヌトミック作品の感想は?
関川 ちょっと時間をください……。なんか変な感想しか言えない。
額田 いいですよ、全然。遠慮なく言ってください。
関川 複数の種類の、負荷がかかる。
額田 確かに。
関川 そもそも普通の演劇でも、早送りとかができない、その時間に付き合うというひとつの負荷があると思うんです。で、ヌトミックの場合はテキスト自体が解体されて、モザイク状に物語が進行していくことで負荷その2、リズムによって言葉が緻密にレイアウトされることで負荷その3、というような……。
中井 負荷がどんどん増えていく。
関川 その負荷ごとにダイナミクスが作れるということでもあるんです。だから、負荷をかけて解放する、その手段がとても多い感じ。これは大変だ、やる方も観る方も、と思いました。
中井 もし出演者としてオファーが来たらどうしますか?
関川 できないと思いますよ。
額田 特殊かどうかと言われたら特殊だと思いますが、自分の中での筋は通すという部分はあって。例えば演劇で大事なことはなんだろう? と考えるんです。演劇にとって大事な要素は「物語」が挙がりがちですけど、自分は物語はなくても演劇だと思うタイプで。そうやって、何をもって演劇の体験とするかを噛み砕いていくと残ったものがいくつかある。ただ減らしすぎると届きづらいから、そこに自分が持ちうる音楽とか、リズムとかの、上演を進めるためのエネルギーを加えていくんです。言葉にすると難しいかもしれませんけど、これはシンプルに演劇が好きだから考えた結果なんです。
実際に穴が空いていることの効果
中井 演劇チラシって情報量が多いですよね。
額田 しかも今回、穴あきというのがあって。文字を入れられるスペースがさらに限られて。
中井 穴あけは最初から決めていた案ですか?
関川 はい。穴が大きいと折り込みの機械にかけられないかもしれないというのもあって。機械にかけられるサイズの穴を調整して開けました。もしもう少し穴を大きくできたら、別のことをそこに印刷しておいて、お土産にできたらなと思っていたんですが。
額田 そのアイデアを聞いて、あ、面白い、と思いました。
中井 いいですね。演劇って、持ち帰れるものがチラシしかないから。
額田 1月の公演では、関川さんのシールを来場した方に配りましたよ。
中井 それは嬉しいですね。
額田 シールは友人の劇団も真似しはじめています。それは広報の冠那菜奈さんのアイデアなんですが、SNSに投稿できるものがないと。フォトスポットを作るのは予算的に難しいから、じゃあシールを配ったらいいとなったんです。単純に持ち帰るものがあったら嬉しいし、携帯とか冷蔵庫に貼って作品を思い出すのもいい。それで、SNSにアップしてくれる人が多くて、広報面でも動員につながった感じもあってとてもよかったです。
中井 なぜ穴を開けたいと?
関川 最初はそのお土産のことを考えていたのと、初期の打ち合わせで額田さんが「喪失すること」という話をされていて。だから画像が少し欠けていたり、穴が空いていたりというのをうまく使えたらいいと。実際のレイアウトを考えていく中で、いくつかの時間を同居させようと思ったんです。この穴、チラシを裏と表で2枚並べると、月や太陽の軌道のようになるんです。天体の刻む大きな時間と、満ち引きする海の時間、タイトルは時計回りに読めるようにしています。ヌトミックの作品内にはいくつもの種類の時間が流れるから、チラシでも複数の時間が同居している感じにしようと。
中井 一見しっとりと、ひそやかな感じのビジュアルにそんな意味が! 裏が黄色なのは意外ですね。
関川 その「しっとり」をネガティブに捉えると、トーンが落ち着きすぎる状態なんですよね。だから、裏に黄色を使って、ちぐはぐな状態を目指しました。
中井 それを穴が繋いでいるわけですね。
額田 関川さんは100%で投げてくれる人なので、これと、もうひとつ全く違うデザインと2案くれて。
関川 どちらになっても嬉しいという気持ちで提案しました。結局この案になって、海の写真は九十九里まで撮影しに行きました。
中井 自分で撮られた?
関川 そうです。なかなかなくて。
額田 前回も今回も、関川さんのデザインから話が影響を受ける面がかなりありました。月と太陽のモチーフとかも。だから、コンセプトを伝えるという部分だけはかなり時間をかけてやっています。そのコンセプトがどうビジュアライズされていくかを初めて見る機会だし、前回もチラシのビジュアルによって最終的に台本を直す段階とか、最後の詰めの段階でも気付かされることがありました。
中井 面白いですね。
額田 そうすることで、ビジュアルがより違和感ないものになっていくというか。コンセプトを共有できていて、「これです」と強く出してもらえることで、作る側にも影響があって。そこがやっていて面白いですね。
中井 いちばん最初の第三者だし。
額田 だからテクニカルスタッフさんと同じような存在だなと思います。
中井 演劇のチラシ作りはどんなことが楽しいですか。
関川 たとえば開演前のブザーが鳴って暗転を待つ時間だったり、観劇体験というのは実際の公演時間よりももっと手前から始まっていると思うんです。チラシというのは実際に作品を観るまでの途中の時間にあるものなので、自分自身も想像をしながら体験のひとつを作れる面白さがあると思います。
中井 チラシ不要論もありますが、おふたりはどう感じていますか?
額田 僕は紙で作る派です。さっき言ったような自分の創作に影響を与えるという内部的な意味でもあった方がいい。それと、チラシを渡したりもらったりという行為自体が演劇の限られたコミュニケーションの中ですごく大事だなと思うんです。
関川 確かに、額田さんがおっしゃるようなことがあるとしたら、手に取る意味のある付加価値をつけたい。穴が空いている風の画像ではなく、実際に空いていることの意味を大事にしたいなと思います。
中井 ものとしてあることの意味がありますよね。演劇にしかないような、演劇チラシという存在の大きさ。
額田 宣伝媒体ですけど、デザイナーも作品として捉えてくれているのが嬉しいですね。僕自身も、外に出るものについてはある程度誠実でありたいと思います。
関川 ヌトミックという劇団には、そういう気配りを感じます。
額田 劇団結成当初はおしゃれなチラシによって注目してもらった感覚があります。今はフェーズが変わって、先鋭的なだけではなくより広く届けたい。ビジュアルをどちらかといえばシックな印象にまとめていただいたのも、そういう意図からです。
中井 1枚で集団が目指すところがわかるというのはいいですね。
額田 今回取材を受けて、関川さんのデザインは、シールのような「お土産」も当日パンフレットも含め、公演の枠組みをデザインしている、公演当日までお客さんがどういうモチベーションで自分たちを観てくれるかという部分にまで至っているような気がしました。
中井 そういう、自分たちをどこかに連れて行ってくれるようなデザインは素敵ですね。
額田 確かに、自分たちの思う自分たち自身から少しずれる、ひとつ先行くビジュアルがいいのかもしれません。そうすることで、作品もその空気を纏ってくれる気がします。
取材・文:青島せとか 撮影:源賀津己
公演情報
世田谷パブリックシアター フィーチャード・シアター
ヌトミック『彼方の島たちの話』
日程:2025年11月22日(土)~11月30日(日)
会場:シアタートラム(三軒茶屋)
作・演出・音楽:額田大志
出演:稲継美保 片桐はいり 金沢青児 東野良平 長沼航(ヌトミック) 原田つむぎ(ヌトミック)
ギター:細井徳太郎 ベース:石垣陽菜 ドラム:渡健人
ヌトミック公式サイト
https://nuthmique.com/
プロフィール
関川航平(せきがわ・こうへい)
1990年生まれ。自身の身体を使った行為やインスタレーション、ドローイング、デザインなどの多岐にわたる手法を用いて作品を制作。「つくること」や「見ること」、それ自体のなかで何が起きているのかを考え続けている。主な展覧会に「吹けば風」(2023年・豊田市美術館)、「あざみ野コンテンポラリー vol.11 関川航平 今日」(2020年・横浜市民ギャラリーあざみ野)、「THEY DO NOT UNDERSTAND EACH OTHER」(2020年・香港/大館當代美術館)「開館40周年記念展 トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」(2018年・国立国際美術館)など。
https://www.sekigawa-kohei.com/
額田大志(ぬかた・まさし)
1992年、東京都出身。作曲家、演出家、劇作家。東京藝術大学在学中にコンテンポラリーポップバンド「東京塩麹」結成。1stアルバム「FACTORY」はNYの作曲家・スティーヴ・ライヒから「素晴らしい生バンド」と評され、2018年にはFUJI ROCK FESTIVALをはじめ数々の音楽フェスに出演。2016年より演劇カンパニー「ヌトミック」を率いる。「上演とは何か」という問いをベースに、音楽のバックグラウンドを用いた劇作と演出で、音楽劇の枠組みを拡張していく作品を創作している。2016年、『それからの街』で第16回AAF戯曲賞大賞を、2018年、『お気に召すまま』でこまばアゴラ演出家コンクール2018最優秀演出家賞を受賞。
https://www.nukata.tokyo/
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
