中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
た組『景色のよい観光地』
毎月連載
第87回
た組『景色のよい観光地』チラシ(表面)
暗闇の中でテーブルを囲む5人の男女。首と手もとだけが浮かび上がって見えて、どこか不気味です。その写真の下には、どうやら上で彼らが手を伸ばそうとしているらしい皿の様子が。見る者の心をざわつかせるような『景色のよい観光地』のチラシについて、た組の作・演出を務める加藤拓也さんと、デザイナーの増田圭吾さんにお話を聞きました。
中井 『景色のよい観光地』のチラシは、どんなところからスタートしましたか?
加藤 お茶屋さんを舞台とした話なので、お店のアートディレクションやデザインをしている方にお願いしたいと思い、増田さんにお声がけしました。増田さんの過去作品を見て世界観が合うのではないかと。
増田 「識梵 SHIKIBU」という和食店のアートディレクションを見て、声をかけていただきました。
中井 増田さんはこれまで、演劇のチラシを手がけたことは?
増田 初めてです。でも新しい分野に興味がわいて、加藤さんと直接お話できることを条件としてお受けしました。制作時間がしっかりあったのもよかったです。最初にお話をいただいたのが4,5月くらい。そこで加藤さん、制作の湯川(麦子)さんとお会いして、「こういうことを考えています」というお話をいただきました。あの時はまだ脚本が3稿か4稿くらいでしたよね。
加藤 そうですね。
増田 その脚本を読み、ちゃんと順序立てて丁寧に作っていきたいという考えを聞いて、すごくいいな、ぜひやらせてほしいなということで正式にご一緒することになりました。加藤さんはすごく話しやすい人だったし、受け入れてくれる人という印象もあって。
中井 演劇を観る側は、デザイナーがこんなにも作品に関わっているというイメージがあまりないと思います。でもお話を伺うとかなり初期の段階から一緒に作っていますよね。
加藤 作家とデザイナーが並走するやり方が僕は好きです。プロのデザイナーやアートディレクターに作品のコアやキーワードを説明して、それを形にしてもらう、というのがいい関わり方だと思います。
中井 なるほど。
加藤 完成したものに対してビジュアルを膨らませていく映画とは違って、まだ稽古に入る前のものとのすり合わせは難しいところはあったんじゃないかと思いますが。
増田 普段は商品があって、それを広告するビジュアルを作ることが主なので、脚本を読んで「こんな感じかな?」と考える時間は初期の段階でかなりありました。初回の提案ではそこで膨らませたイメージを出しました。
中井 かなり早い段階である程度の構想ができていたわけですね。
増田 最初にお会いした時、物語に出てくるお茶屋さんのモデルとなるお店を教えていただいたんです。そこでかなり具体的に想像することができました。最初に会って2か月後に次のご提案をして、そこでタイトルのタイポグラフィも提案しました。完成品にも使われていますが、文字がちょっとつぶれている感じのフォントを作り込んで。
中井 上下から圧がかかっている感じがします。字間もかなり空いていますよね。
増田 広告とは違うので、見た人に余白を持たせる、何か考えさせるようなビジュアルがいいなと思ったんです。それに合わせて字間も少しゆったり持たせました。
中井 文字もそうですけど、ビジュアル自体も「景色のよい」というタイトルなのに、景色がいい感じがしない(笑)。独特の雰囲気がありますよね。
増田 案の段階では、外の景色を感じさせるような背景とか、違う構図のものもいくつか出しました。それをバーッと並べて加藤さんにお見せしたら、「これがいいですね」とすんなり今の形に決まっていきました。
顔がはっきり見えることよりも、感じられるものがあればよい
中井 このチラシを見ていると、ずいぶん大きなお皿にも目が行きますね。
増田 大きいところにちっちゃく盛り付けてあるというのがポイントです。
中井 お皿にも余白があるというわけですね。
増田 2回目の打ち合わせの時、「この後時間あります?」と聞いて、みんなで一緒にお皿を選びに行ったんです。普段の仕事でもあまりそんなことをしないので、今思い返すと変なことをしたなと思うんですが……。イメージ通りのものをちゃんと選ぶのはすごく大事だと思ったので、一緒に選べてよかったなと思います。
中井 お店を開くときに料理人とオーナーが一緒にやるようなことを、チラシ作りでもやったわけですね。
増田 きのこの切り方もフードコーディネーターの方と撮影現場で検証して。意味があるんですよね?
加藤 なるべく薄く切っています。毒を持つきのこを、「これくらいの薄さならもうちょっと食べてもいいか」と思ってしまう薄さです。
中井 最初はきのこに見えなくて、なんだろう? と、そういう意味でもついこのチラシに目が留まりました。ホームページでストーリーを読んでようやくきのこだとわかりました。
増田 田村健太郎さんは劇中できのこを切るシーンがあるから、切り方を教わるために早く撮影現場に来ていたんです。その様子を見て穏やかな人だなと思っていたら、カメラの前に立った瞬間急に雰囲気が変わった。役者さんはすごいなと思いました。
中井 このお皿は、上の写真に写っている人たちからの目線ということですよね?
増田 そうです。今回の写真は、これまで何度かご一緒している関口(尚志)さんに撮影していただきました。
中井 上の、首だけが見えているかのような人々の写真も印象的です。
増田 最初は体の形をもっと出すパターンも考えていましたが、表情や仕草に視線が行くように、なるべくいらないものを削ぎ落とすことにしました。
中井 これはどんなふうに撮影を?
増田 真ん中の平原テツさんから順に、バラバラに撮影しているんですよ。その場でレタッチャーさんに仮で当てはめてもらって、視線や表情、手のあるなしのバランスを確認しながら。面白いなと思ったのが、加藤さんが広告的発想ではあまりない写真のセレクトをされていたことです。特に田村さん。
中井 たしかに、顔に手がかかっていますね。
加藤 顔がはっきり見えるかどうかよりも、ほかに感じられるものがあればよいと思います。
増田 サイズも、本来であればなるべく顔が大きく映るように配置することが多いと思いますが、なるべくぎゅっと小さくして、ここにも余白を感じさせたいと。
中井 裏側のデザインはどうでしたか? これまでのインタビューでも、演劇チラシの情報の多さに戸惑う方がたくさんいましたが。
増田 今回はかなり少ない方だと思います。加藤さんが余分なものを減らしましょうという考え方で。
加藤 『ドードーが落下する』再演の時なんかも、QRコード一個でいいじゃんと言っていました。さすがにそれは通りませんでしたけど。
中井 文字が枠のギリギリまで来ていますね。
増田 作品自体がギリギリ感のある物語だったので、それを文字の組み方でも表現しようと思いました。
中井 一番難航したのは?
増田 色ですかね。かなり絶妙な色なんです。枠の白も、紙の白ではなくて、少しだけ色を入れています。だから紙や、お茶の色、人の肌の色も印刷会社さんから何パターンか出してもらいました。
加藤 髪の黒が背景の黒に溶けちゃうんですよね。背景の黒と、タイトルの文字の黒も絶妙で。
増田 スミ100%の黒ではなくて、少しだけパーセンテージを落としています。あまり気づかれなくても、見た時の印象は違ってくると思って、そういうディレクションは大事にしています。
中井 た組のチラシで枠があるのは珍しいですよね。しかもその枠が紙の白ではなかったり、単純な黒に見えるタイトル文字がそうでなかったりする。そういう細かな部分に神経が行き届いているわけですね。
我々にとって、唯一できる努力は“準備”
中井 初めて手がけた演劇チラシはどうでしたか?
増田 加藤さんと直接、密に話し合って作っていけたのがよかったなと思います。提案をしたら受け入れてくれる。そんな関係でやれたのがよかったです。
加藤 僕もとても好きなビジュアルになったと思います。せっかくチラシを作るなら流れ作業的なものではなく、アートディレクターがちゃんと最初から入って、ビジュアルをきちんと作ってもらうというやり方が僕は安心できます。お任せできるし。
中井 加藤さんはこれまでもそうやって印象的なチラシをたくさん作ってこられましたよね。
加藤 『ぽに』(2021)の時は松本穂香さんのいい写真がたくさん撮れて、いざチラシにしてみたらデザイナーのMinhanがアゴから下を塗りつぶしてしまった。でも面白いからいいか、と。さらにMinhanは台湾人で日本語が書けない。そんなMinhanが書いたひらがなのタイトル文字もなんか面白いしいいか、と。
増田 今回も、目をつぶっていたり顔が隠れていたりする写真が選ばれて、事務所のNGが出るんじゃないかと思っていたら、一発OKでした。
中井 お話を聞くと、今回はとてもいい出会いでしたね。それにしても、ここまでクオリティの高いビジュアルができたのはやはり加藤さんが早い段階で脚本をある程度完成させていたり、ビジュアルに対するイメージがあったりすることが大きい気がするのですが。
加藤 我々は予算がないので、できる努力が準備なんですよ。
中井 それができない劇団もたくさんありますが……。
加藤 やれるならやったほうがいいと僕は思いますが、まあいろいろありますよね。
中井 ところで、今回の作品はスムーズに書けましたか?
加藤 わりと楽しんで書けました。稽古は昨日ようやく荒通しをして、スタートラインに立った感覚です。
中井 今作はどんなところから発想したものですか?
加藤 僕が首のヘルニアで通っていた鍼灸院は、鍼が趣味と自称する人がやっていたところだったんです。鍼灸院で出てくるお茶とかにもこだわったら、また趣味が仕事になっていくと思って、鍼灸師でお茶が趣味の人がお茶屋に転身して趣味をビジネスに変えていくというストーリーラインができました。趣味の部分は針で毒素を抜くとか、カッピングとか、お茶で毒素を流していくみたいなことや、人間関係でも掛け合わせると薬になったり毒になったりするという考え方もあることから、毒を含んだ物を食べるというくだりが出てきました。かつて友人がお酒の代わりにきのこで酩酊しようとして、毒きのこを食べて泡を吹いたというエピソードもあります。
中井 毒って、惹かれますよね。人間関係も同じで、だんだん麻痺していきますよね。「どこまでやったらこの人は怒るんだろう」と試したくなるところがある。それもひとつの毒だなと思います。
加藤 毒も少しなら取り入れた方がいい、という考え方があるじゃないですか。
中井 それが「少し」でとどまらなかったり……。キャストも魅力的ですね。
加藤 テツさん、たむけんさんは、ふたりの正反対な感じが今回のキャラクターに合うと思っています。(安達)祐実さんはずけずけとした物言いをしても嫌味がない、反感を持たれない雰囲気がすごくいい。(宮﨑)秋人くんとは初めてですけど、もともとバスケットボールを一緒にやる仲ではあって。声が特徴的ですよね。吳静依さんは台湾から来てくれていますが、今のところかなり日本を楽しんでくれているみたいです。
中井 増田さん、初めて手がけたチラシの演劇がどんなものになるか、楽しみですね。
増田 加藤さんがどういうことを考えてあの脚本を着地させるのか、とても興味深いです。頭の中にあるものを目に見えるものにしていくという意味では、演劇とデザインは似ている。それは今回の発見でした。
取材・文:青島せとか 撮影:藤田亜弓
公演情報
た組『景色のよい観光地』
日程:2026年1月17日(土)~2月1日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
作・演出:加藤拓也
出演:平原テツ 田村健太郎 / 安達祐実 / 宮﨑秋人 吳静依(Jing Wu)
た組公式サイト
https://takumitheater.jp/
プロフィール
加藤拓也(かとう・たくや)
1993年大阪府出身。脚本家・演出家・映画監督。17歳で放送作家として活動を開始し、18歳で渡伊し映像演出を学ぶ。帰国後に「劇団た組」を旗揚げし、全作品の脚本・演出を担当。「MISHIMA2020『真夏の死』」(2020)『もはやしずか』(2022)『博士の愛した数式』(2023)など話題作を次々と発表する。2022年『ドードーが落下する』で第67回岸田國士戯曲賞を受賞、20代で第30回読売演劇大賞優秀演出賞を獲得。映画『わたし達はおとな』(2022)、日仏合作『ほつれる』(2023)でも高い評価を受け、NHKドラマ『きれいのくに』(2021)ほか映像分野でも活躍。演劇と映像を横断し、注目を集める存在。
増田圭吾(ますだ・けいご)
1983年静岡県出身。2009年に武蔵野美術大学・視覚伝達デザインコース修士課程修了。大貫デザイン、日本デザインセンター原デザイン研究所、デザインユニットknotを経て、2023年「MA design(まデザイン)」を設立。人・企業の思いを大切に、丁寧なコミュニケーションとシンプルで機能するデザインを得意とする。主な受賞にNY ADC、ONE SHOW、東京ADC、東京TDC、Good Design賞など。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。
