中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
namu『観測地』
毎月連載
第89回
namu『観測地』(表面)
白地に小さな円。まるで覗き穴のようなそこから見えるのは、どこかの風景でしょうか。タイトルやキャストなど必要な情報はすべて書かれているけれど、ごくごくシンプル。でありながら、決して仮チラシではないと思える作り込みを感じます。裏面には英文と、こちらもはっきりとはわからない写真が、縦に。namu『観測地』の作・演出を手がける俳優の名村辰さんと、デザインを担当した金子裕美さんにお話を聞きました。
中井 namuとしての公演は、特別編を入れて今回で3回目だそうですね。
名村 2024年1月にOFF・OFFシアターで旗揚げ(『地獄は四角い』)しました。元々、作・演出に興味があったんですが、どうしたらいいかわからなくて。役者から始めました。
中井 その「どうしたらいいのかわからない」から一歩踏み出したきっかけは?
名村 2022年に、出演予定の舞台がコロナで小屋入り直前に中止になってしまって(タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』。翌年上演)。その時に空いた時間で、初めて作品を書いたのがきっかけです。役者って、公演が中止になったらもう何もできない。けれど作品を書くことはひとりでもできるし、演劇と接続できている感覚があったから。書いてみたらクオリティはともかく形になったので、「やれるかも」と思えて。
中井 その時に書いたものは公演に?
名村 いえ、どこにも出していません。普通にうちの家族の話を書きました。旗揚げはコロナ禍で旗揚げする劇団の話を書いたんですが、そちらの方が初めて書いたものより自分に近い話になりました。
中井 名村さんと金子さんの出会いは(劇作家の)蓬莱竜太さんの作品ですか?
金子 そうです。アンカル(蓬莱竜太による個人ユニット)の旗揚げの時に名村くんが出演していて。
名村 モダンスイマーズ(作・演出の蓬莱竜太と、舞台芸術学院での同期である主宰の西條義将を中心に旗揚げされた劇団)でもご一緒して。旗揚げするとお伝えしたら、金子さんは応援してくれたんです。旗揚げからデザインをお願いしています。
金子 おかげでこんなインタビューを受けるチャンスを頂けました。
金子 俳優の古山憲太郎さんをきっかけに見始めたモダンスイマーズがスタッフを一新する時に「やりたい」と立候補して、以来宣伝美術をやらせてもらっています。元々演劇を高校までやっていて、美大に行ったりデザイナーになったりで少し離れていたのですが、仕事が少し落ち着いた30代後半から小劇場を観るようになって。
中井 どんな劇団を?
金子 ぬいぐるみハンターのクオリティの高いイラストのチラシ(『お肉体関係』)を見て「なんだろこれ」と思って。そこからハマって、王子小劇場(現・インディペンデントシアターOji)やこまばアゴラ劇場の支援会員になって観まくりました。
中井 私も中高演劇部でした。背もそこそこ高かったから男役で。大学では観に行っていましたけど、就職してからは忙しくて、結婚した後、30代から観るようになりました。
金子 男役まで同じですね! 会社では広告からパッケージ、色々なデザインを手掛けてきました。代表から「40代になったし、会社を通さず好きなことをやってもいいよ」と言ってもらえたので、観るだけではなく本格的に演劇に関するデザインや撮影を始めました。
覗き見しているような感覚を与える、スタイリッシュなチラシ
中井 『観測地』のチラシはどんなところからスタートしましたか?
名村 最初に「こんなイメージ」と送ったのは、イタリア映画のポスターでした。その時点で決まっていたのは英語を劇中で使うこと。もうひとつ、会場のAPOCシアターにある階段をそのまま使いたくて。階段があるとしたらここ(ステージ)はどこだろう、展望台だ、と。実際に友達夫婦と一緒に展望台に行ってみて、なんとなく撮った写真がそのまま使えそうだったので、それを金子さんに渡しました。
中井 じゃあ、裏面の写真はその時の。
金子 そうです。それを2枚重ねて、天地を変えたりして使っています。名村くんの作品は、確実に人の心を揺らしてくる。それがこのブレている写真とちょうど重なって面白いなと。
中井 英語の文章が裏面に入っているのは、作中で英語を使うから?
金子 はい。どこからでも見られるチラシにしたくて写真と英語を縦に入れました。チラシを手にした時に「どっちから見るんだよ」といじってもらいたくて。制作さんは「英語が読めない人もいる」と懸念されていたと名村くんから聞いたのですが、今はスマホをかざせば翻訳できるから。しかも、日本語にしたときの最初の一文がいいじゃないですか。
名村 「彼にわからないように英語で書いています」と。
金子 読んだ方が、秘密を共有するような感覚になりますよね。英語の文字ブロックは、デザイン的にもありがたいです。「このデザイン、あの人だったらこう言うかな」と、見やすさ分かりやすさに厳しい人たちの顔が浮かびましたが、チラシのデザイン性にこだわりを持つ名村くんの作品だからこそこれもありかな、と。
名村 ともすれば鼻につくようなデザインかもしれない。それでもいいや、スタイリッシュにしたい! と思って。
中井 作品自体もスタイリッシュな感じのものになりそうですか?
名村 どうだろう……………・・・・・・(笑)
中井 この文章はどなたが?
名村 僕です。
中井 こうしてみると、このチラシはどちらが表でもいいようなデザインですよね。
名村 今回、客席がふたつに分かれている二面舞台なんです。今気づいたけど、それとも重なっているかも。
中井 はからずも作品を表しているわけですね。脚本を書くにあたって、チラシから影響を受けた部分はありますか?
名村 松本(哲也)さんが英語をしゃべれない役で、福田麻由子さんと伊島青さんがしゃべれるという設定は、チラシの文章から思いつきました。
中井 その設定がチラシの時点で決まっていたのではなく、チラシに書いたことから作品の内容が決まったということですか?
名村 そうなんです。「チラシに英語を入れたい、そのために英語である必然性がほしい」と思った時に、「この人にバレたくないから英語にする」と思いついて。それを物語にも反映するという順番でした。
中井 面白いですね。それにしてもこのチラシ、シンプルに整理されていくと冷たさが出る場合がありますけど、冷たさがないですね。
名村 うれしい。
金子 書体、各ブロックと白の空間のバランスにこだわりました。それから両面の白地は、紙の色そのままではなくて、ちょっと色を入れているんです。あと、温かみのある白で手触りの良い紙がめちゃ高い。なのでひと工夫。でも手触りは大事だと思っていて。
中井 いい紙は、いいセーターのように手触りが全然違いますよね。シンプルであればあるほど、文字や裏面の写真のバランスなどが難しいと思いますが。
金子 名村くんとはいつも、KINKO’Sとかの出力センターで打ち合わせをするんです。名村くんが面白い写真を持ってきてくれるので、その場で修正したものも出力して見たいので。
中井 データじゃなくて、紙で見る。
金子 そうです。どの仕事も最初はほぼ紙で出力してお見せします。で「もう少し小さくできますか」など要望を聞きながらバランスが決まっていく。ただ今回の表面はシンプルすぎて、宣伝美術の「てにをは」的なものが欠けているチラシと言えるかもしれない。
中井 宣伝美術の「てにをは」とは?
金子 いわゆるキャッチコピーがあって、ビジュアルがあって、と普通に作る時に必要な要素、それらの強弱や空間とのバランスなどですかね。
中井 でも、表に知りたい情報はすべて載っているのがいいですよね。この小さな円も気になるし。
金子 表の覗き穴は、名村くんの「覗いているような、盗み聞きしているような話」という言葉からこのようなデザインになりました。まさに穴から覗きたい話かも。見たくないけど、見たいような。
中井 普通に見たらなんということのないものであっても、穴から見ると意味が生まれますよね。演劇ってみんな好きなところを、自分だけのアングルで見るものだからこそ、どこかを切り取ることには意志が出るから。
名村 確かにそうですね。
蓬莱竜太に影響を受けて
中井 今回は3人芝居。
名村 最初、キャストを3人にするか4人にするかで揺れたので、チラシ裏のブレは僕の心です(笑)。旗揚げが4人、特別公演が2人芝居だったので、3人に挑戦したいなと。
中井 作・演出をするときは、ご自分は出演しない?
名村 自分で作・演出をするときはわけがわからなくなってしまうので出ないです。
中井 俳優脳と演出家脳は違うものですか?
名村 僕は全く違いますね。今回出演してくださる松本さんは作・演出をしながらご自分も出られる方じゃないですか。だから稽古中は俳優に徹してくれつつも、時折「こうした方がいいんじゃない?」と演出的なアイディアをくれることがある。立ちながら演出のことを考えているんだな、すごいなと思います。自分は演出の時は演出、俳優の時は俳優のことしか考えられないので。
金子 細かい演出をする演出家だと思いますよ。蓬莱さんの影響もあるのかも。
名村 僕は舞台で一番多く出させてもらっているのは、蓬莱さんの作品ですし、演劇を楽しいと思えたのも蓬莱さんのおかげ。影響を受けていないとはとても言えないです。余談ですけど、昨年の蓬莱さんの作品(『シャイニングな女たち』)に出演しながらこの作品を書いていて。地方公演に向かう新幹線で隣になったので、脚本についていろいろと蓬莱さんと喋らせてもらっていました。
中井 いいですね。チラシは今後どうなるでしょう?
金子 少し前に、ある主宰が「今回のチラシはほぼ刷らないでSNS中心」でと。しかも「チラシを作らないという打ち合わせをYouTubeで動画にしたい」と言っていて、私はすごく抵抗してしまいました。規模や人気によって印刷なしで成功例があるのはもちろん知っています。ペーパーレスはエコだし、予算の事もあるので悩ましい。でも演劇を観るために行く劇場などでは手に持っていただき知ってもらう宣伝として残って欲しいです。最近は紙のチケットも減ってきましたね。私はずっとチラシ、チケット、当日パンフをセットにしてファイリングしてきたので欠けると少し寂しいです。海外でも、電子チケットが主流ですが、ほしい人にはいくらか払えば紙のチケットも当日に記念で手に入れられたりする劇場もある。日本もそうすればいいのにと思って。
名村 紙がもったいないから余らせたくないという気持ちはあります。でも、やっぱり紙のチラシは欲しいですよね。だって一発目にお客さんが見る、公演の顔じゃないですか。ビジュアルだけでもSNSをやっている人には届くけど、劇場で、折り込まれているものに触れる感覚を大事にしたい。自分の作品のチラシで手が止まっているのを見たら嬉しいから。
中井 人ってチラシから「こんな作品かな」と勝手に想像する。そのイメージとの差とか、実際の公演との落差とか、そういったことも、作品の面白さですよね。今回も楽しみです。ここまでシンプルに削ぎ落として、でも魅力的なチラシに出会えてよかったです。
名村 うれしい。顔を褒められている気分です。
取材・文:青島せとか 撮影:源賀津己
公演情報
namu第二回公演『観測地』
日程:2026年3月4日(水)~8日(日)
会場:東京・APOCシアター
作・演出:名村辰
出演:福田麻由子 松本哲也(小松台東) 伊島青
namu公式サイト
https://playnamu.com/
プロフィール
金子裕美(かねこ・ひろみ)
アートディレクター、グラフィックデザイナー。東京都出身。東京造形大学卒業後、広告プロダクション 南青山事務所に所属。TV番組、鉄道、船、飲料などの広告、パッケージを多数手掛けてきた。TBS「愛していると言ってくれ」「青の時代」「世界陸上」などがある。個人では、舞台の宣伝美術やWEB、撮影を中心に活動。モダンスイマーズ『死ンデ、イル。』以降全作品、アンカル、道産子男闘呼俱楽部『きのう下田のハーバーライトで』など作・演出 蓬莱竜太の小劇場作品を担当。所属する「Performance Team PADMA」(作・演出 知幸)全作品、近年では「namu」「宝石のエメラルド座」「大和シティー・バレエ」「HIGHcolors」「ストスパ」「ルーラル・ステージ」「季真〆組」他、若手の「ナキワスレ」「カーパー・カッペスト」「ほぼジャムパン」や、音楽劇「三文オペラ 歌舞伎町の絞首台」「セミョーノフ座」「世田谷演劇カルチベート」のWEBデザイン、映画『素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる』(大河原恵監督)他。国内、ドイツ、イギリス、台湾など観たい作品があれば距離を問わず足を運ぶ観劇マニアでもある。
名村辰(なむら・しん)
幼少期をシアトルで過ごし、帰国後に歌舞伎を学び演劇に興味を持つ。2018年より俳優活動を開始。近年は『だからビリーは東京で』(2022年)、『雨とベンツと国道と私』(2024年、共に蓬莱竜太演出)、『メルセデス・アイス』(2023年、白井晃演出)など舞台を中心に活躍。初監督の短編映画「誰のための日」は国内外で受賞を重ねたほか、映画「明けまして、おめでたい人」では劇伴も担当。2023年にソロユニットnamuを始動し、旗揚げ公演が全席完売を記録するなど活動の幅を広げ、NHK連続テレビ小説「虎に翼」小橋浩之役でも注目を集めた。
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。