中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界
ル・コント『この世界に19文字の文章など存在しない』
毎月連載
第91回
体から大きな手が生え、そこから飛び出すように様々なポーズのキャストが重なり合っているビジュアル。花束のようなこのまとまりをよく見ると、鹿やコウノトリなどの動物も……。動きを感じさせるこのビジュアルはどのようにできたのでしょうか? プロデューサーであるパルコの藤原治さん、グラフィックデザインを担当した渋木耀太さんにお話を伺いました。
中井 この「ル・コント」は、かなり以前から温めていらしたとか?
藤原 最初にお話を始めたのが2024年の冬頃でした。最初からコント公演をやろうと話していたわけではないんです。
中井 え? どんなことだったのでしょう?
藤原 もう少しインタラクティブな、映像を使って何かをやる、謎解きをしてみる、といった、演劇ではないようなものをという話から始まったのですが。
中井 それがコントになったわけですね。渋木さんはどのタイミングでお話を受けましたか?
渋木 去年の8月頃ですね。ちょうど利賀村のSCOTに行っている時でした。朝起きたらメールが届いていて、「パルコさん?」と読み進めたら「小林賢太郎さん!?」と、びっくりしてスマホをベッドに投げたのを覚えています(笑)。
中井 なぜ渋木さんにお声がけを?
藤原 小林さんのチラシビジュアルって、確立したイメージがあると思うんです。でも今回は小林さんとの初めてのプロジェクトですし、パルコとしても初めての方とやれたほうがいいなと。そんな時にXで渋木さんが手がけた『猿のハイライト』(コンプソンズ大宮企画)のチラシを見かけて、「あ、こういう雰囲気もあるな」と思ったんです。過去の作品を拝見したら、いろんな引き出しもご自身の世界観もある方だなとピンときました。
中井 渋木さん、篠井英介さんが主演の『欲望という名の電車』も手がけられていますよね。あのチラシもまた今回とは全然違った方向性でインパクトがあって、舞台もまさしくビジュアル通りの作品でした。
渋木 ありがとうございます!
中井 実際にチラシを作ることになって、まず何から始めましたか?
藤原 仮チラシ作りですね。
渋木 小林さんは、今回は「矛盾をテーマにしている」とおっしゃっていました。『この世界に19文字の文章など存在しない』というタイトルからして19文字ですし。僕はとにかく緊張していたので、最初の打ち合わせに自分のリファレンスとなる、過去貯めていたチラシの中からイメージに合うものを持って行って、バーッと広げたんです。そしたら「青っていいね」と。そこで「真っ青な嘘」、清々しいくらいの嘘というキーワードが生まれました。小林さんからビジュアルの方向性については特にご指定がなかったので、もうそれだけを頼りに、自分がやれることを全部載せていくつかお出しして、その中から選んでいただいたものをアップデートしてという繰り返しでした。
中井 なるほど。
渋木 小林さんは、「この企画であらゆるジャンルのクリエイターをごちゃ混ぜにして、好き勝手やって欲しい、そういう場を作りたい」とおっしゃっていたので、広場を作るというイメージで、タイトル周りにベタを敷いて余白のあるデザインにしました。本チラシはコラージュで行くことが決まっていたので、仮チラシの段階からごちゃごちゃした感じにもしています。
中井 ここまで一色しか使わないというのは清々しいですね。「ル・コント」のロゴも印象的。
渋木 賢太郎さんのこれまでの作品のビジュアルって、オシャレで品がある、ある種オーセンティックなイメージだったんです。でも今回は今のクリエイターがよってたかってというところから、幾何学が動いているイメージが僕の中に生まれて。だから「ル・コント」のロゴは大胆に文字を崩していって、読める、読めないのギリギリまで攻めた形でいこう、という方針はありました。
藤原 「ル・コント」のロゴの曲線が、すべり台に見えますよね。この丸が動きそう。
中井 動きがありますね。私たち演劇ファンは、仮チラシから本チラシに移行すると「来た来た!」と思うのですが、今回は仮チラシが文字主体で、本チラシがガラッと変わったので一瞬同じ公演だとわかりませんでした。本チラシは「うわ、飛び出してきている!」という勢いを感じました。
小林賢太郎の手から生まれる森羅万象
藤原 仮チラシの段階ではタイトルくらいしか決まっていなかったので……。小林さんは、舞台を観た人がこのチラシビジュアルとの繋がりを感じてほしいとおっしゃっていて。だから本チラシにはヒントが散りばめられているんです。そこは仮チラシからアップデートできたかなと思います。
中井 一見、花束なのかな? と思ったら、鳥や鹿がいたりして。役者さんたちの写真も、かなり動きと表情がついていますが、これはどなたが演出を?
渋木 僕がいつもご一緒している写真家のYukinao Hiraiさんにお願いして、平原(慎太郎、振付・ステージングを担当。キャストの一人でもある)さんにも動きをつけていただきました。
藤原 伊賀大介さんが、ちょっと癖のある衣装を用意してくださって。
中井 黒で統一しているから一見シンプルかと思いきや、いろんな形で面白いですよね。野間口徹さんの服の袖が広かったり、竹井亮介さんのネクタイが長かったり。
藤原 矛盾のある衣裳です。
渋木 裏面で皆さんが持っているペーパーフラワー、紙の造花は、篠崎恵美さんという方の作品で。
藤原 「枯れない花」という矛盾も入れつつ。
中井 土台になっている、人の首から手が生えているビジュアルはどこから?
渋木 これ、実は体も手も小林さんのもので。念の為撮っていた写真を使わせていただきました。花束にも見えるんですけど、イメージとしては博物館の「大進化展」のような、いろんな種が一つの場所から分岐して広がって咲いているような感覚で作ったんです。その源流に何があるかと考えたら、やっぱりそれは小林さんの手と体だ、と。
中井 頭や脳ではなく、手。
渋木 「神の手」として舞台を操る、みたいな感覚で。
中井 それにしてもこれだけの要素、どんなふうに配置を?
渋木 今回は写真があまりにも良かったので、とにかく人の形を活かしたいと思って、並べていきました。タイトルを白にすることは最後まで悩みましたけど、このビジュアルを邪魔したくないと思って。「ル・コント」の文字も仮チラシの青を引き継ごうと思ったんですが、これもやっぱりビジュアルを立たせたくて、贅沢に銀で刷りました。
藤原 できれば「ル・コント」はシリーズ化したいので、第一弾としてこのシリーズ名も大きく。
渋木 シリーズロゴになりうると思ったので、そこはけっこう時間がかかりました。紙面を完成させるのと、ロゴを作るのと、二つの違う頭で作っていった感覚でした。
中井 紙はどう選びましたか?
渋木 今回は白が重要だったので、白がパキッと出る紙でというリクエストをさせていただきました。
中井 裏面は手と体が白黒で大きく置かれていて、また違った印象ですね。
渋木 裏面は最後まで正解が見えなくて……。でもまとまりきるより、不思議なバランスくらいがちょうどいいなと思って作りました。
中井 何が出てくるかわからない、不思議なことが芽吹くのだろうなと感じさせるビジュアルだと思います。何より「未知なものを作りますよ、私たちみんなで、この手で」という勢いがありますね。
藤原 今回はコント公演で、あらすじのようなものはないので、ご自身でもコント集団をやられている渋木さんならではの勘所があったような気がします。ビジュアルにストーリーがあるというか。
渋木 僕のやっている劇団もオムニバス公演をやるので、もしかしたらそういうベースがあって、裏面も要素をポンポンと置いて勝手に解釈してもらう、という形にした部分はあったかもしれません。
裏面はごまかしが効かない
中井 渋木さんは演劇チラシをたくさん手掛けていますが、演劇チラシを作る喜びはどこにありますか?
渋木 演劇は、1ステージ長くても2、3時間で終わるじゃないですか。でもチラシは、公演よりも長い期間、人目に触れるもの。しかも、同じ作品であってもチラシによって見え方が変わってくる面もある。作品までの道のりや文脈がチラシによって紡がれると僕は思っています。だから、僕は宣伝美術としてチラシのデザインだけの時もありますが、アートディレクションという肩書きで公演周り、あるいは劇団のビジュアル全体を包括的に作ることもあって。そういう時は、公演までの顔を作り続けている感覚です。間口を広くすることと、かっこよさとの両立については常に葛藤しながら作っています。
中井 ご自身が最近目にしたチラシで気になったもの、好きなものはありますか?
渋木 何人か気にしているデザイナーさんはいて、榎本太郎さんのチラシには毎回驚いて参考にしています。イキウメのチラシを手掛けられている鈴木誠一さんも。共通しているのは、メッセージが明快ということ。毎回自分でチラシを作るときは、自分が貯めてきたチラシ束をひっくり返して、特に裏面をよく見ます。表はまぐれで目を惹くものが作れたとしても、裏面がまだまだだな、というのは自分の過去の作品にもあって……。裏面にはチラシを作った人がどれだけその公演を理解しているかが出る気がします。
中井 その点で言うと、今回のチラシの裏面は印象的でもあり、とても見やすいですね。
藤原 今回に関しては、小林さんがラーメンズなどで「かっこいい宣伝ビジュアル」を作られてきた先駆者なので、渋木さんはかなりのプレッシャーだったのではないかと思います。
渋木 高校で演劇部だったんですが、ずっとラーメンズを見て、ラーメンズのような脚本もやったりしていたんです。だからまさかこんなことがあるとは、という時間でした。「賢太郎さんと打ち合わせを!?」という(笑)。
藤原 3回くらいは会って打ち合わせしましたね。
中井 作ったものを見せるのも、さぞ緊張したでしょう。
渋木 最初にデザインを出した時なんかは、朝まで粘って作ったんです。でも提出した後で「絶対ダメだ」と思い始めてしまった。そしたら次にお会いした時、小林さんが「すごくかっこいいですね、壁紙にしてます」とスマホを見せてくださって。こんなことあるんだ、やっててよかったと心から思いました。
中井 そういう喜びも詰まったチラシというわけですね。
取材・文:青島せとか 撮影:藤田亜弓
公演情報
パルコ・プロデュース 2026
ル・コント『この世界に19文字の文章など存在しない』
日程:2026年5月15日(金)~26日(火)
会場:東京・I’M A SHOW(アイマショウ)
ほか、宮城・愛知・富山・大阪・岡山・福岡公演あり
脚本・総合演出:小林賢太郎
出演:野間口徹 なだぎ武 竹井亮介 うらじぬの 平原慎太郎一
公演公式サイト
https://stage.parco.jp/program/leconte
プロフィール
渋木耀太(しぶき・ようた)
1998年生まれ。俳優、デザイナー。早稲田大学在学中に劇団木霊に所属し以降4年間、出演・音響・宣伝美術を務める。早稲田大学出身のメンバーで構成された「劇団ヅッカ」共同主宰、MEMELT [メメルト] メンバー。所属団体のアートディレクションを担当するほか、外部作品の宣伝フライヤー、早稲田小劇場どらま館ビジュアルリニューアルにあたってのブランドビジュアル(2022)ほか、ジャンル・媒体を問わず、デザインを手がける。 https://dinaryworks.studio.site/
中井美穂(なかい・みほ)
1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。