Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

志水正義、 狂犬も官憲も掌中の演技職人

毎月連載

第8回

写真向かって左端が志水『相棒-劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断』 (C)2017「相棒 劇場版IV」パートナーズ

 つい先日のこと、9月27日に俳優の志水正義が膵臓がんで亡くなった。この名前を聞いてピンと来ない向きも、人気ドラマ『相棒』シリーズの大木長十郎巡査部長といえば、ファンには「ああ、あの人か」とわかってもらえることだろう。山西惇扮する警視庁の組織犯罪対策5課の角田課長の部下である。志水は、2002年10月に始まる連続ドラマ版『相棒』の前身となる2000~2001年放映の土曜ワイド劇場版(プレシーズンと呼ばれる3話)の初回からすでに登場している。

 これにはわけがあって、実は遡って土曜ワイド劇場枠で1994~1999年に5話にわたって放映された水谷豊主演『探偵事務所』シリーズに、志水はほぼ毎回顔を出していた。『相棒』は、この『探偵事務所』に続く新シリーズとして企画されたという経緯があって、おなじみの脇役だった志水がレギュラーで起用された。

 こうしてじわじわと志水正義はお茶の間でも「いつものあの人」として認知され、CMなどにも起用されるようになっていったのだが、私はこんな志水の様子を見ながら(面識も何もないのだが)密かな理由で快哉を叫んでいた。というのは、志水の原点にして、おそらく唯一であろう主演の8mm映画を40年前に観ていて、その印象が極めて強かったからだ。それは今や日本映画を牽引する鬼才のひとりである石井岳龍監督が手がけた『突撃!博多愚連隊』なる68分の8mm映画で、1978年にPFF=ぴあフィルムフェスティバルの前身である第二回ぴあ自主制作映画展の入選作として池袋文芸坐の受賞作オールナイトで公開された。

 この時の入選作にはなんと森田芳光監督『ライブイン茅ヶ崎』や長崎俊一監督『ユキがロックを棄てた夏』などそうそうたる作品が居並び、『突撃!博多愚連隊』も期待の一本だった(どうでもいい話だが、そこに佳作で紛れていたのが高校一年生の私であった)。当時は石井聡互名義であった石井監督だが、実はこの時点で商業映画に若すぎるデビューを果たしていた。この数か月前に日活系で公開された『高校大パニック』でまだ8mm作品しか撮ったことのない石井監督はベテランの澤田幸弘監督と共同監督の機会を得た。

 この作品はそもそも石井監督の8mm版『高校大パニック』を観て面白いと思った日活の企画プロデューサーのアイディアで実現したもので、撮影所のプロフェッショナルな作法のなかでいきなり監督を任せられても、キャリアのない石井監督としては充分にやりたいことをやれなかったという後悔があったようだ(私はこの日活版『高校大パニック』もなかなかいい情緒のある作品だと思うが)。そのリベンジ的な意味も含めて、石井聡互監督は今いちど8mmに立ち返って『突撃!博多愚連隊』を放ってみせた。

『突撃!博多愚連隊』
写真提供:ぴあフィルムフェスティバル

 そこには、確かに日活版『高校大パニック』にはなかった騒然たる演技とカメラワークの祝祭感があって、無名の主役の若者も鮮烈な印象を残した。それが当時はたちの志水正義であった。志水をはじめ中学以来つるんでいる博多のチンピラ青年たちが、たまさかガンマニアから手に入れた改造ピストルでヤクザの組長の息子を殺してしまい、ヤクザと警察両方から追われるはめになり、博多じゅうで騒ぎを起こすという作品だったと思う。

 あまり人物の横顔に踏み入る描写はなくて、とにかく東映実録路線の手持ちカメラの見せ場が数珠つなぎになっているような作品で、その暴れる映像と鳴りまくるロックで文芸坐の大きいスクリーンが8mmに圧倒されていたさまをよく覚えている。『突撃!博多愚連隊』というタイトルはきっと中島貞夫監督『893愚連隊』などを意識しているのだろうが、商業映画の枠では無茶しきれないところや踏むべき段取りを一切無視しているハチャメチャ感が凄かった。そこで走って走って撃ちまくる志水は、劇団テアトルハカタを興して精力的に地元で公演を重ねる演劇青年だったのだ。

 その凶暴な野犬のような志水はやがて水谷豊の事務所に入って俳優とマネージャーも兼務しながら、こつこつと2時間ドラマなどで目立つようになった。いつしか博多の暴れん坊俳優も手堅い脇役となり、役柄も凶暴なチンピラから署の名物刑事に変わったが、その演技職人ぶりはもっとずっと見たい人であった。まだ還暦の死はあまりに早すぎた。

作品紹介

『相棒-劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断』

2017年2月11日公開 配給:東映
監督:橋本一 脚本:太田愛
出演:水谷豊/反町隆史/仲間由紀恵/及川光博/志水正義

『突撃!博多愚連隊』

1978年公開
監督・脚本:石井岳龍(聰亙)
出演:志水正義/八谷富夫
※志水正義主演作。スターチャンネルにて10/26(金)17:00より放映予定。

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。