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樋口尚文 銀幕の個性派たち

カトウシンスケ、わからせる傲慢に抗って(インタビュー前篇)

毎月連載

第77回

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

カトウシンスケ、1981年生まれの40歳。2015年の映画『ケンとカズ』(小路紘史監督)で俄然頭角を現し、2021年にはカンヌ国際映画祭・ある視点部門のオープニングを飾った野心作『ONODA 一万夜を越えて』(アルチュール・アラリ監督)や同じく東京国際映画祭・アジアの未来部門で注目された『誰かの花』(奥田裕介監督)に次々と出演し、独特の味のある演技を披露している。

この直近の公開作『誰かの花』では、平穏な日常のなかに起こったひとつの事件によって、カトウシンスケ扮する主人公の孝秋の一家をはじめ、近隣の住民たちの関係性がじわじわと変質してゆく。人物は、物語は、いったいどこへ向かおうとしているのかというサスペンスフルな魅力が充満し、最後まで観客は豊かな知的緊張を味わうことだろう。まずこの誠実な意欲作について、カトウの思いを聞いた。

大ベテランにアイディアをぶつける

── 『ケンとカズ』以来、カトウさんには注目していますが、このたび公開となる横浜・シネマジャック&ベティ開館30年記念映画と銘打たれた『誰かの花』についてうかがいたいと思います。まずこの作品に主演するきっかけは何だったのですか。

奥田裕介監督の前作『世界を変えなかった不確かな罪』をK’s cinemaで観たのですが、今回の『誰かの花』にも通じる部分もあって、なかなか好きなタイプの作品だったんです。すると2019年にプロデューサーの飯塚冬酒さんからその奥田監督の作品に出ませんかと打診がありました。横浜に根ざした作品だと聞いたので「自分は横浜出身でも何でもありませんがだいじょうぶですか?」と尋ねましたが(笑)。

── とても静謐ななかに一本意志的なまなざしを感じさせる優れた作品で、ぐんぐん惹きつけられました。

この作品の出発点には、奥田監督がお身内を交通事故で亡くされた実体験をもとに書いた脚本があって、それはもっと直截にそういった事故を断罪する作品だったんですね。でも自分がやりたいものはこういうことではないはずだと奥田監督が何度も脚本を練り直して完成品の映画のようなかたちに到達した。そこで僕に声をかけたそうなんです。

── 団地で起こったある事故をめぐって周辺の人々の平穏な日常がスリリングに変質していく含み多き作品なので、原点にそういうストレートな怒りを映す脚本があったというのはもはや想像もつきません。しかし横浜・シネマジャック&ベティという私も大好きな映画館の周年記念映画なのに、映画館自体は全く出て来ませんね(笑)。

そうなんです。奥田監督もジャック&ベティの梶原俊幸支配人に「この劇場とは直接関係はない物語になりますが、ここでずっと上映してもらうことのできるような映画にできればと思います」と説明して、梶原さんも大いに同意されたようです。印象深いのは梶原さんが完成作について「30周年の浮かれた気持ちをこの作品によって引き締められました」と語ってくださっていたことですね。

── 2019年にオファーが来たとすると、コロナ禍は撮影に影響したのですか。

もろにありまして、2020年の春に撮る予定が緊急事態宣言発出で半年ずれました。でもその間に監督ともあれこれホンについてやりとりを重ねたことが実になっていますね。

── 吉行和子さんや高橋長英さんといった大ベテランが両親を演じていましたが、こんな方々と共演する気持ちはいかがでしたか。

とにかく楽しかったですね(笑)。とにかくおふたりとも凄いキャリアの方ですから、僕が時々脚本にない台詞を考えて現場でぶつけて行っても、もう大きな構えで受け止めてくださるので。それが本当に楽しいので「怒られるかもしれないけど、こんな贅沢な機会なのだからどんどんアイディアをぶつけてみよう」と思いました。

── それを受けて立つ吉行和子さんも、カトウさんとのシーンは何か嬉しそうでしたね。

作品のなかで唯一明るい前向きな役ですしね。監督も吉行さんに「この作品は陰鬱な目にあっている人物ばかりなので、吉行さんは唯一太陽みたいな存在でいてください」と言っていました。

「わからなさ」をこそ志向する

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

── その役柄のせいもあるのですが、何かカトウさんと演技をキャッチボールしあっている張り合いのようなものがにじみ出ていてよかったです。ちなみにニヒルなようで優しく、やる気もなさそうであるような、具体性のないカトウさんの役柄もひじょうに魅力的でした。この人物造型については監督と何か話し合いがあったのですか。

ひとつ監督と確認しあっていたのは、「こういう人物」「こういう役柄」と割り切って見られるような人物像にはしたくない、ということでした。それには僕自身が演ずる孝秋について「こういう人間だ」と決めつけないことが大事なわけです。監督もその意向が強かったと思います。

── とてもいいのは主人公の孝秋をはじめ人物たちが単純に要約できないことに始まって、作品全体についてもたとえば「このシーンはいったいどういう意図のシーンなのか」と貧しく単純化できない複雑さをたたえていて、ミステリーでも何でもないのにそこが一貫してサスペンスフルで、目がはなせないんです。

それこそ要約できてしまうものはわざわざ映画にする必要もないわけで。孝秋も悪い人間ではないけれど、どこか本音を出さないでニヒルにはぐらかして生きてるような存在ですよね。あれも監督と、実際の人間も実はそんなにわかりやすく自分の内側を表明したりしないよねと話し合って作っていった人物像ですね。孝秋はニヒルだけど決して人生を諦めているわけでもなく、やる気がないわけでもなく、いろいろなことが面倒くさくもあるけど悪い人とも思われたくないので親や他人とそこそこ付き合いもする……みたいな人は実はたくさんいると思うんです。でもおよそメジャーな娯楽映画ではそんな具体性を欠くもやもやした人物はキャッチーでも何でもないので、まずは描かれない(笑)。

── そこに踏み込めるのが、『誰かの花』のようなサイズの作品ならではの旨味ですね。

よく映画レビューの書き込みなどで「この物語や人物設定がよくわからないからつまらない」なんて書かれていることがありますけど、むしろ人間を描く時って「わからない」前提だと思うんです。そこらにいる人間だって本当はどういうものを抱えてるいるとかわからないですよね。だから、人間や世界を「わからせよう」として描くというのはベースとして間違っているんじゃないかと。それが監督や僕らの間で大前提としてあったので、孝秋という人間にせよ映画全体にせよ、ずっと「わからない」感じが漂い続ける作品になったんだと思います。


こうしてエッセンシャルな映画の醍醐味を突き詰めるカトウは、どんな足取りでスクリーンにたどりついたのか。次回はそのカトウの横顔について遡行してみたい。(後篇につづく)


『誰かの花』(C)横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会

データ

『ONODA 一万夜を越えて』
2021年10月8日公開 配給:エレファント・ハウス
監督・脚本:アルチュール・アラリ
脚本:バンサン・ポワミロ
出演:遠藤雄弥/津田寛治/仲野太賀/松浦祐也/千葉哲也/カトウシンスケ

『誰かの花』
2021年12月18~24日、横浜・シネマジャック&ベティで先行上映の後、2022年1月29日公開 配給:ガチンコ・フィルム
監督・脚本:奥田裕介
出演:カトウシンスケ/吉行和子/高橋長英/和田光沙
/村上穂乃佳/篠原篤/大石吾朗

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、12/25刊行予定)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・12/25刊行予定

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子