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樋口尚文 銀幕の個性派たち

縄田カノン、気高く戦う女を夢見て

毎月連載

第79回

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

2018年の映画『空の瞳とカタツムリ』で映画初主演を果たし、数々の過激な性描写に渾身で挑みながら、独特な透明感を醸していた女優が縄田カノンだった。媚態に走った女性性を好まず、意志の高みで「戦う女」を志向する縄田は、以後も園子温監督の近作やマイク・フィギス監督の待機作に出演を果たしているが、そのポテンシャルが全開となるのはこれからに違いない。期待をこめて、彼女の横顔を探る。

『セックス・チェック 第二の性』がバイブルでした

撮影=樋口尚文 撮影協力=神保町「猫の本棚」

── そもそも演技に興味をもったきっかけは何ですか。

私は1988年生まれの大阪・枚方育ちなんですが、小さい頃はレンタルビデオショップの全盛時代だったんです。母は大学でマーケティングを教えているのですが、若い時からよくビデオで映画やドラマを観ていたので、その隣でいろんなものを一緒に眺めていました。

でも自分が演技をやるということに目覚めたのは、中学2年の学芸会で主演をやらせてもらった時なんです。『グッドバイ・マイ…』という中学生向けの演劇集に収められて、いろいろな学校で演じられていた作品。出生前の3人の子どもが自分たちの悲劇的な未来を聞かされたうえでこの世に生まれるかどうかを選択するというお話で、私が両手がないという運命をあらかじめ聞かされる子どもの役でした。その時、日頃は生徒を全く誉めない厳しい顧問の先生が「とてもよかった。おまえ、女優になったらどうだ」とおっしゃたんです。

── なかなか誉めない先生がそう言ったからにはとても光っていたんでしょうね。

4歳上の姉がいるんですが、彼女はきれいだし勉強も運動も何でもできる子で、私はいつも優秀な姉に比較されてあまり誉められたことがなかったんです。でもその先生は姉のことも知っていたのに、私の演技を評価してくれたんです。ずっとそれまで姉ばかりが誉められていたけれど、はじめて演劇というジャンルで自分が認めてもらえたというのが凄く嬉しかった。これが女優という職業に惹かれた最初の出来事です。

── その流れで、たとえば自分ならこういう役を演じてみたいという映画などなかったのですか。

私は小さい頃から男の子のように育てられてきたので、特に男前の「戦う女」には憧れるんです。だから高校生の時に『ミリオンダラー・ベイビー』を観た時に「ああ、絶対にこれやりたい!」と思ったんです。あのヒラリー・スワンクを観て、本気で女優になろうと決心しました。

── そこからどんな道を通って女優になったんですか。

ちょうど高2の頃、雑誌の『セブンティーン』が一年に一度ミス・セブンティーンというのを公募していて、これが人気モデルやタレントの登竜門と呼ばれていたので、高校の友だちと試しに応募しちゃおうかということになったんです。最終選考まで残って、枚方から東京に出てきて写真を撮られたりしました。残念ながら選考には落ちたのですが、これが縁で芸能事務所のモデル部門に誘われました。

『空の瞳とカタツムリ』

── 出発点はモデルだったんですね。

その事務所で二年くらいちらほらとモデルの仕事をやったりしていたんですが、やっぱり演技をやりたいので、そこを辞めて売れっ子の女優さんが筆頭の事務所に入りました。ちょうど立教大学の経営学部国際経営学科に入った頃で、近くに新文芸坐があるので貪るように映画を観ていました。当時いちばん好きだったのが増村保造監督の『セックス・チェック 第二の性』(笑)。あれも「戦う女」の話ですね。でもこういうものをやれたらなと思いつつ演技の仕事はやって来ないので、自分でも監督のワークショップに参加して機会を見つけようとしていました。その主宰だった松枝佳紀さんが演出した音楽劇『銀河鉄道の夜』でカムパネルラを演じました。これは2012年に愛宕の青松寺で上演したのですが、人前でちゃんと演技をやった最初でした。

── さっそく男の子の役だった(笑)。

そうなんです。それで松枝さんを介していろいろな方に出会うなかで荒戸源次郎さんと知り合ったのは大きかったですね。妙に私のことを面白がってくれて、荒戸さんのワークショップで『飢餓海峡』のヒロインを演ったりしました。

── 『飢餓海峡』のヒロインというと娼婦の杉戸八重ですか。

はい、あの左幸子さんが演った役ですが、八重が主人公の犬飼多吉と別れる時に「次はいつ会えますか」と聞くと犬飼から「(寝た代金は)いくらだ?」と尋ねられ、「五十円です」と切なそうに返す。その台詞にこめたニュアンスを荒戸さんがとても気に入ってくれて、初めて女優として認識してくれました。出会って1年後の2013年に荒戸さんが新国立劇場で『国家〜偽伝、桓武と最澄とその時代〜』という舞台に最澄の師である行表の役で出演することになって、私はその一番弟子の光定を演じさせてもらいました。翌2014年には同じく新国立劇場で荒戸さんが『安部公房の冒険』を演出することになって、私をヒロインにしてくれました。これは主演が佐野史郎さんで、私は安部公房の恋人の茜という役でした。でも当時の事務所からこうした役柄を受けることに反対されたので、そこを辞めてこの舞台に出ました。

── しかし、その2年後に荒戸さんは亡くなってしまいます。

荒戸さんからは亡くなる前に芸名も授かっているんです。私は本名の「縄田智子」で活動していたんですが、この「〇〇子」という女性性がどうも苦手で(笑)。あまり好きではなかったんですね。荒戸さんは今とても活躍されている俳優の芸名をつけたりもされていたので、私も名前を考えていただけないでしょうかと頼んだら「わかった。ちょっと時間をくれ」と言われて、一か月くらい後にお宅に呼ばれて行ったら「かのんな」と。

── その因って来るところは何でしょう。

荒戸さんがかつて演劇の天象儀館をやっていた頃、必ずオープニングにパッヘルベルのカノンを流していたんですね。私はそれを聞いて泣きそうになってしまって。そう言えば一緒に喫茶店にいる時などにカノンが流れると、荒戸さんは「俺はこの曲に弱いんだ」と言ってたんです。2016年の2月から縄田かのん(現在はカノン)になりました。

── ずいぶん愛されていましたね。その年の11月に荒戸さんが他界されてからは?

私はフリーのままでしたから、どうしたものかと思っていたら、たまたま知り合ったリリー・フランキーさんがお店を開くというので手伝ったりしていました。リリーさんが出演したウェイン・ワン監督の『女が眠る時』の現場に付いて行ったら、ちょこっと出ることになったり(笑)。でもそろそろちゃんと女優を再開しなきゃと思って荒井晴彦さんのワークショップに通っていたら、そこでたまたま女優を探していたアノレの社長に出会って籍を置くことになったんです。

舞台『国家〜偽伝、桓武と最澄とその時代〜』。左が荒戸源次郎、右が縄田。

気高さが呼び寄せる透明感を

── その荒井晴彦さんのワークショップが、さらに縄田さんの目下の代表作『空の瞳とカタツムリ』にもつながるわけですね。

荒井さんは二つの原作を課題にされていて、10代後半から20代半ばくらいの受講生のヤングチームには松浦理英子さんの『乾く夏』、20代後半から30代半ばくらいの受講生には白石一文さんの『火口のふたり』を演じさせていたんですが、私は『火口のふたり』のチームでした。そして荒井さんは『乾く夏』の少女二人の世界にも通ずる作品をやりたいということになって荒井さんのお嬢さんの美早さんが脚本を書くことになった。そこで荒井晴彦さんが「主演はカノンでどうだ」と言ってくださって出演が決まりました。

『空の瞳とカタツムリ』クランクアップ時のスナップ

── 『空の瞳とカタツムリ』は相米慎二監督が遺作『風花』に付けようとしたタイトル候補でもあったわけですが、それを相米さんの弟子筋の斎藤久志監督が手がけたなかなかの意欲作でした。現場はどんな感じでしたか。

舞台の経験はあっても、映画では初主演で初めてちゃんとした演技をする作品だったので緊張しました。低予算なので10日くらいで寝ないで撮りましたが、斎藤監督はとにかく長回しを何回もやって、こちらがわけがわからなくなったあたりでオーケーを出す感じでした。頭で考えた小芝居をした瞬間にNGが飛んで、もうその時に感じたことにそのまま反応した時にOKが出るんです。

── この作品を2018年の東京フィルメックスで観た時、製作の成田尚哉さんがこちらに見えて感想をお尋ねになるので「いい意味でのロマンポルノですね」と言いました。むろん大いなる讃辞ですが。

それは嬉しいですね。私は裸も衣装と思っているので何も抵抗はないんですが、それにしてもけっこう濃厚なセックスシーンもあるのに不思議と硬質で隠微な感じがしない映画なんですよね。それは私が演じたヒロインの気高さにあるのかもしれません。いわゆる女性性を嫌悪しているところも似ているんだけど、あそこまで思うがままに突き進んで砕け散るような生き方は私には無理なので、これほど自分は気高さをまっとうできないなあと思いながら演っていました。何年に一度でもいいのでこういう作品に参加できたらなあと思います。

マイク・フィギス監督によるポートレート

── 縄田さんはその後も園子温監督の『エッシャー通りの赤いポスト』『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』、谷口正晃監督『ミュジコフィリア』などに顔を出していますが、『リービング・ラスベガス』のマイク・フィギスが香港で撮った新作にも参加していますね(公開は未定)。ぜひまた『空の瞳とカタツムリ』で見せたポテンシャルが発揮される現場と出会えるといいですね。

私は私であってそれを小器用に変えることはできないので、役に呼ばれることを待ちながら、日々自分にできることをやっていようと思います。今は高倉英二先生について古武道の稽古に励んでいるのですが、相手の出方に対して反応する能力を磨くというのは、実はまったく演技にも通じているんですよね。ひとつことを極めると、あらゆることにつながる。それを最近体感しています。

擬斗でも知られる高倉英二氏に古武道を習う
古武道の所作はすこぶる演技に活きるという

データ

『空の瞳とカタツムリ』
2019年2月23日公開
配給:太秦
監督:斎藤久志/脚本:荒井美早/企画:荒井晴彦
出演:縄田かのん/中神円/三浦貴大/内田春菊/柄本明

『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
2021年10月8日公開
配給:ビターズ・エンド
監督:園子温
出演:ニコラス・ケイジ/ソフィア・ブテラビル・モーズリー/ニック・カサベテス/TAK∴/中屋柚香/縄田カノン/渡辺哲

『ミュジコフィリア』
2021年11月19日公開
配給:アーク・フィルムズ
監督:谷口正晃
出演:井之脇海/松本穂香/山崎育三郎/阿部進之介/石丸幹二/濱田マリ/縄田カノン/辰巳琢郎/杉本彩/きたやまおさむ/栗塚旭

『エッシャー通りの赤いポスト』
2021年12月25日公開
配給:ガイエ
監督・脚本:園子温
出演:黒河内りく/モーガン茉愛羅/山岡竜弘/縄田カノン/藤田朋子/渡辺哲/吹越満

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、12/25刊行)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・12/25刊行

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子