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樋口尚文 銀幕の個性派たち

山本圭、うちひしがれた無垢なアウトロー

毎月連載

第84回

写真:東京スポーツ/アフロ

弾圧されたニヒルな人物像を

山本圭が逝った。これは追悼を書かねばと思ったが、ある新聞のデスクはその必要なしとした。これはゆゆしきことで、記者の中核世代が若くなっていくにつれ、どうしても同時代の活躍を知らないと山本圭ほどの俳優でもそんな扱いになってしまう。だが、たとえば60年代から70年代にかけての山本圭の活躍を知る観客にとっては、それはあり得ないことである。当連載には、もはやそういうことを補完する役割もあるかもしれない。

1940年生まれの山本圭は、1960年に成蹊大を中退して俳優座養成所の十二期生となる。兄は山本学、弟は山本亘の俳優三兄弟だが、父方の叔父が山本薩夫監督だった。その薩夫監督の『乳房を抱く娘たち』で映画デビューを果たす。苦しい農村を啓蒙しリードしようとする青年団の指導者を演じて注目されるが、とにかく以後もこういった純粋で生硬な正義感あふれる青年を演じさせると右に出る者はいなかった。山本はさっそく新藤兼人の目にもとまって映画『人間』の主要メンバーに抜擢されるなど、目覚ましい活躍が始まった。

だが、山本圭が招き寄せる役柄は通り一遍のヒロイックなものではなく、むしろ所信を貫く代償として弾圧され、うちひしがれてニヒルな心境になっている人物であることが多い。あのワンレンと儚げなまなざし、そして朗々とひとりごとのように真実を語るエロキューションが、そういう役柄にはあまりにもお似合いだった。中村登監督『二十一歳の父』では家族に猛反対されながら盲目の女性との結婚を果たす青年に扮したが、薩夫監督の『皇帝のいない八月』ではやはりごく短い時間登場しない妻の足がやや不自由らしいという描写を監督が付け加えていた。山本圭にはそういう正義感と、おそらくそれが招く波紋をもろともに感じさせる(感じさせたい、というべきか)イメージがあった。

人気ドラマ『若者たち』でいちだんとお茶の間のファンを獲得した山本だが、一方でこうした信条を妥協なく貫かんとして苦境に追い込まれる役柄をオファーし続けたのは、代々木系の名匠監督たちであった。山本圭のあの風貌はクラシックな左翼青年の典型と映ったのだろうか。特に記憶に残る薩夫監督の大作『戦争と人間』第二部・第三部における山本圭では、豪閥の子弟である主人公の親友・標耕平に扮し、共産党の大弾圧で兄を逮捕され、自らも反戦活動家を志すも、豪閥の子女への思慕断ち難く、ついに駈け落ちして結婚を果たすという設定であった(本作や後の『皇帝のいない八月』でもなぜか吉永小百合とのカップルが反復されるのだが、晩年の山本しか知らない向きにはこのすねた左翼青年のような風貌の彼が吉永小百合の相手役になるほどの二枚目スタアに見えた70年代的感覚が理解できないかもしれない)。

時代から置き去りにされる美学

そしてこのパセティックな左翼青年という役柄は、1974年の今井正監督『小林多喜二』で極まった。治安維持法制定下で共産党に入党し、弾圧の数々と戦っていた小林を山本圭は熱演、目をおおいたくなるような拷問と虐殺が描かれる。これは執拗な圧殺の描写が観客を戦慄させたが、こんな役がここまで似合う俳優というのも山本圭をおいて思い浮かばない。不謹慎な言い方だが、ここまで来ると今井正は残虐に殺されてゆく山本圭の儚さの美にサディスティックな昂りを覚えていたのではないかとさえ思うほどである。しかしこれは映画に起こりがちな倒錯で、たとえば薩夫監督は大作『皇帝のいない八月』で狂信的な国粋主義者の自衛官たちがクーデターを起こす物語を描いたが、ここでは市民を恐慌に巻き込んでも自らの思想を貫徹せんとする首謀者に渡瀬恒彦が扮し、この暴走を冷静に批判する市民代表として山本圭を主役に据えた。だが、微温湯的な国家の腐敗に決死の反逆を試みる渡瀬のほうがヒロイックに見えて、しがない業界紙記者役で左翼青年のなれの果てという感じの山本圭はなんとも非力なアンチヒーローにしか見えなくなってくる。もちろんそのどこか世をすねた感じのニヒルな山本圭にこそぼくらはお家芸を感じ、大いに面白がったわけだが。

そして大衆を大いに失望させた連合赤軍事件を通過して、安定志向のはびこる70年代は左翼陣営も退潮していったわけだが、こういう時代を映してデビュー時はまだ意気揚々と映っていた山本圭の左翼青年像が、いよいよはぐれ者の悲哀や怨念を背負い始めたのだった。その代表例が佐藤純彌監督の傑作『新幹線大爆破』の爆弾犯グループのひとりである過激派の残党の役だろう。山本圭が、まんまと身代金をせしめた場合の使い道を共犯の高倉健に尋ねられて、真顔で「どこか革命の成功した国に行ってみたい」と語るシーンは、1975年の公開初日の劇場で観た時でさえ、完全に時代から置き去りにされたはぐれ者としか映らず、しかしその純情なロマンティシズムの痛々しさがあまりにも山本圭シズルを炸裂させていたのだ! コマーシャルの惹句をもじれば「ああ、この瞬間が山本圭だね」という感じである。人物像が時代からずれていようがどうだろうが、山本圭はそれでよかったのである。

燃えがらのごとき晩年

ロッキード事件との符合で話題になった翌年公開の大作『不毛地帯』で、薩夫監督はこの愛すべき甥ならではの小さいが面白い役を設けている。それは元大本営参謀でエリート待遇されている仲代達矢の商社マンがアメリカの航空機工場を視察に行った際、アテンドを任されている現地社員という役で、これがまた短い出番なのに当時の山本圭「らしさ」が噴出する役だった。やや卑屈にファッショングラスでまなざしを隠した山本は、ごく淡々と慇懃無礼に仲代をアテンドするのだが、この中途入社の花形社員を羨みながら、自分はアメリカの片田舎に孤独に飛ばされて、夕陽に向って遠吠えしたくなる、といったことを口走る。珍しく勝ち組の商社マンの役かと思いきや、またしても山本圭にはいじけた雰囲気と勝者への呪詛がとぐろを巻いているのだ。しかも、ほんのチョイ役なのにここまでの印象を残すというのがさすがである。

こうして左翼的なはぐれ者として、しかもその哀愁が二枚目風味を醸していた全盛期を経て、80年代後半からゼロ年代にかけての山本圭は、もはや達観した燃えがらのようなふぜいでの助演が続き、「月9」などのメジャー枠へのオファーが後を絶たなかった。そこにおいて山本圭は善良な好々爺的な医者から、年季を積んだ風格でかつては考えられない為政者の役まで多彩にこなしていたが、この後半の山本圭は私にとってはもう「余芸」という感じであった。山本圭の真骨頂は、どう考えてもあの震える捨て犬のような目で権力への呪いや少年のような夢を語る、怒れる弱者なのである。

データ

若者たち
1968年12月16日公開
配給:俳優座=新星映画社
監督:森川時久
出演:田中邦衛/橋本功/山本圭/佐藤オリエ/松山政路

戦争と人間 第2部 愛と悲しみの山河
1971年6月12日公開
配給:日活
監督:山本薩夫
出演:北大路欣也/吉永小百合/高橋悦史/滝沢修/山本圭

小林多喜二
1974年2月20日公開
配給:多喜二プロダクション
監督:今井正
出演:山本圭/中野良子/北林谷栄/佐藤オリエ

新幹線大爆破
1975年7月5日公開
配給:東映
監督・脚本:佐藤純彌
出演:高倉健/山本圭/織田あきら/宇津井健/千葉真一/丹波哲郎/藤田弓子

不毛地帯
1976年8月28日
配給:芸苑社
監督:山本薩夫
出演:仲代達矢/小沢栄太郎/大滝秀治/山形勲/山本圭

皇帝のいない八月
1978年9月23日
配給:松竹
監督・脚本:山本薩夫
出演:渡瀬恒彦/山本圭/吉永小百合/滝沢修

鬼龍院花子の生涯
1982年6月5日公開
配給:東映=俳優座映画放送
監督:五社英雄
出演:仲代達矢/夏目雅子/高杉かほり/岩下志麻/山本圭

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全映画秘蔵資料集成』(編著)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会刊

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子