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樋口尚文 銀幕の個性派たち

島田陽子、「清純派」ならばこその「被虐」の華

毎月連載

第85回

2019年の島田陽子(撮影=樋口尚文)

今ひとたびの「清純派」回想

晩年の島田陽子と対談の仕事をすることがけっこうあった。マスコミの前に最後に姿を現したのも、昨年末の角川映画祭で代表作『犬神家の一族』上映をめぐって私と対談した時だった。ちょうど癌闘病と重なるこの時期、島田は常に喉の不調を訴えて声を出し難そうにしていたが、同時にもともと細いからだがみるみる痩せていくので心配であった。

そんな島田の急逝にまつわる速報がネットで飛び交うなか、大手新聞三社から立て続けに私のところに電話が入り、逝去が事実かどうかを尋ねられた。あれだけネットはざわついているのに、新聞社的な基準では掲載を躊躇するレベルであったようだ。晩年の仕事で幾度も相手をつとめたにせよ、私にこうして各社の問い合わせが舞い込むというのは、かつてあれほどのスタア女優であった人としては異常事態である。そしてほどなく訃報は流れたが、今度はお気に入りのドレスで荼毘に付されたという報道は誤りで、実は肉親が遺体の引き取りを拒否して区があずかっているため、このままでは無縁仏になるかもしれない、などと面妖な噂が後を絶たない。

このあまりにも異様な消息を耳にしていると、ある意味、生涯の半ば以降かまびすしいスキャンダルにまみれていささか「怪優」じみていた島田の最期らしいと言えなくもないのであるが、しかし私の記憶の中での最良の時期の島田は決してこんな未来の姿を予想できる由もない、画に描いたような「清純派」であり華やかな女優であった。同時代を生きた読者ならそんなことは自明と言うかもしれないが、人生の大半を醜聞の人として過ごすことになった島田の、そんな輝ける季節を知るひとはどんどん少なくなっている。だから、いつも俳優の「個性派」の所以をひもとく本稿なれど、今回は本人の意図を超えて公私にわたり「個性派」として扱われ過ぎた島田の「個性派」ならざる魅力について記しておきたい。

「清純派」の確立

2021年末、角川映画祭での対談の際に島田陽子と筆者。

1953年熊本に生まれた島田陽子は、後に上京して中学の頃から劇団若草に入り、1970年に話題になっていた東京12チャンネルのドラマ『おさな妻』に端役で出演、翌71年の絶大な人気を博した毎日放送『仮面ライダー』のレギュラーとなる。ただし、この時の印象はきれいだが地味なカワイ子ちゃんが花を添えているという感じで、実際途中から島田を見かけなくなってしまった。島田をお茶の間に知らしめたのは、同年のNETドラマ『続・氷点』で、高校二年生の島田は南田洋子、二谷英明というベテランに囲まれてヒロインの辻口陽子を演じ、注目を集めた。三浦綾子『氷点』シリーズといえば、60年代から70年代にかけて続々とドラマ化、映画化され、内藤洋子や安田(後の大楠)道代ら期待される若手スタアが薄幸なヒロインに扮して人気を呼んだ。その流れのなかで、島田のようなイメージの新人に陽子役はあまりにもはまっていた。

この長身で颯爽としているが控えめで清楚なイメージが島田の定番のイメージとなる。翌72年には石坂洋次郎原作のフジテレビ『光る海』で沖雅也、中野良子と共演したのが、テーマ曲の『アドロ』とともに忘れがたい。同年には映画界も島田に注目して初めての本格的な映画出演作といえる東宝の森谷司郎監督『初めての愛』に主演、岡田裕介の相手役をつとめた。岡田といえば後年は父を継いで強面の東映の経営者となるわけだが、当時は庄司薫的な内向型青年を演じて共感を呼んだ。学園紛争後の70年代的青春を描く時に、岡田のようなシラケたナイーブなプチブル的青年の「彼女」像としては屈折したヒッピー的な女子か、または屈託のないオーセンティックな令嬢か、その二択があった。同時代の感覚でいえば前者の典型が秋吉久美子や桃井かおり、後者の典型が島田陽子という感じで、それぞれに人気があった。

島田のこうしたイメージがピークに達したのは、1974年の日本テレビの青春ドラマ『われら青春!』で中村雅俊とともにマドンナ的存在の英語教師、その名も陽子先生を演じた頃で、曽野綾子原作のNETドラマ『誰のために愛するか』でも精神病理学のインターンの才媛役でふたたび岡田裕介と共演した。同年には映画化でも話題を呼んだ山崎豊子原作『華麗なる一族』の毎日放送・NETドラマ版で山村聰の万俵頭取の次女に扮し、島田の裕福で知的なお嬢さんイメージはすっかり定着した。この作品を手がけた名脚本家・鈴木尚之が再度山崎豊子原作を脚色した78年のフジテレビ『白い巨塔』の、中村伸郎扮する東教授の品のいい愛娘もずばりの役柄だった。そういう意味では、訃報で代表作と記された同年の野村芳太郎監督の松竹映画『砂の器』の、加藤剛扮する作曲家の愛人である銀座のバーの女給・高木理恵子は、実は当時の島田らしからぬ「汚れ役」であったし、実は出演パートもそんなには多くないのである。

「被虐」と「エロス」への傾斜

平成最後の夜に。右から『砂の器』の元子役・春田和秀、島田陽子、秋吉久美子、筆者。

むしろ『砂の器』に続いて出演した1975年の同じく松本清張原作の松竹映画『球形の荒野』のほうが主演で出ずっぱりな上に、当時のいわゆる島田陽子らしい上品なお嬢役であった。だが、『球形の荒野』の平凡さに対して、『砂の器』の女給役はとても艶やかで美しいうえに愛人の作曲家のエゴに翻弄される薄幸さがスパイスとなって、島田の「清純派」ぶりがいちだんと観る者の胸に食い込むのであった。それは同じく代表作に挙げられる1976年の市川崑監督の角川映画第一弾『犬神家の一族』の野々宮珠世役についても同じで、あくまで助演でありながら、いつもの島田の清潔な明るさが金の亡者と化した一族の男どもにたびたび蹂躙されるさまに釘づけになった。どうやらわれわれは『砂の器』にせよ『犬神家の一族』にせよ、いつものお嬢さまぶりに飽き足らず、楚々とした島田が痛めつけられる「被虐」のさまに心を動かされていたようである。

だが、島田のこの「被虐」の度が高じて79年の村川透監督『白昼の死角』、山根成之監督『黄金の犬』ではやや陰惨でエロティックな扱われ方に傾き、「国際派女優」とうたわれる契機となったNBCドラマ『将軍 SHŌGUN』でもヌードばかりが話題になった。いつまでも「清純派」というわけには行かないと思ったのか、島田も大人の女優への脱皮を目指していた気がするのだが、何か違和感があった。その傾向がきわまったのが1988年の伊藤俊也監督の東映映画『花園の迷宮』で、遊郭の女主人に扮した島田が燃えるボイラー室の前にがっしりした全裸で立ちはだかり「来な!抱いてやるよ!」と野太い声で内田裕也(!)を挑発する山場のシーンで完全に「清純派」島田陽子像は粉砕された。これはまさに脱いで吠えて女優開眼みたいな古臭いパターンが壮絶に失敗している例で、初期からの島田のファンはおそらくこれを見なかったことにしたであろう。しかもこの作品がきっかけで接近した内田裕也との関係により島田は以後週刊誌のゴシップの人になる。この作品は、さまざまな意味で「転機」ではあったわけである。

追悼の記事が想定外のあたたかさで、ここから後の島田の消息にはふれず、ひたすら『砂の器』『犬神家の一族』の頃の島田を称揚していたのは、ひじょうに好ましかった。今思うと島田の麗しき「清純派」の季節は本当にひとときのものではあったが、演技の巧拙とはまた違う次元で当時の島田は明らかに独特な輝きがあった。いっそあの「清純派」のまま過ごしていれば、生涯さまざまな脇役にも恵まれたであろうに、島田は「国際派女優」と呼ばれた頃から何か過大なもの、筋違いなものを背負わされ、自らも平衡感覚を失っていったように思われる。島田陽子は決して「個性派」になるべきではなかった人である。

データ

砂の器
1974年10月19日公開
配給:松竹
監督:野村芳太郎
原作:松本清張
脚本:橋本忍/山田洋次
出演:丹波哲郎/森田健作/加藤剛/春田和秀/加藤嘉/島田陽子

球形の荒野
1975年6月7日公開
配給:松竹
監督・脚本:貞永方久
原作:松本清張
出演:芦田伸介/島田陽子/竹脇無我/乙羽信子

犬神家の一族
1976年11月13日公開
配給:東宝
監督・脚本:市川崑
原作:横溝正史
出演:石坂浩二/高峰三枝子/三條美紀/草笛光子/あおい輝彦/島田陽子

白昼の死角
1979年4月7日公開
配給:東映
監督:村川透
原作:高木彬光
出演:夏八木勲/竜崎勝/中尾彬/島田陽子/岸田森

黄金の犬
1979年6月2日公開
配給:松竹
監督:山根成之
原作:西村寿行
出演:鶴田浩二/島田陽子/夏八木勲/地井武男

花園の迷宮
1988年1月25日公開
配給:東映
監督:伊藤俊也
原作:山崎洋子
出演:島田陽子/工藤夕貴/野村真美/内田裕也

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全映画秘蔵資料集成』(編著)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会刊

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子